第3話:拘束されて
カズト達が白騎士に遭遇した平原からさらに山地へ向かうと、草地や林の中にコンクリートの建物が点在する一帯があった。
そこは先の戦争の激戦地であり、アイリシア、ヤルノス両国の陣地が存在していたが、休戦後はほとんどが廃墟として放置されていた。
ただしその中の一つの長距離砲台跡には、外部からは見えにくいが、内部は複数のの車両とFA数機が並び、数十名の人間が群れて整備を行っていた。
彼らはアイリシア王国の魔導騎士団と国軍FA隊の混成部隊であった。
その中にはあの白騎士こと【グラディウス】と名付けられた新型機もあり、若いパイロットが降りてきたところだった。
「ルーカス殿、これはいったい?」
アイリシア国軍の士官服を纏う男が駆け寄ってきて、グラディウスのパイロットに聞いた。
「フレイ=ジュード中尉か。何でもない、構うな」
「しかし、グラディウスのあの傷は」
「何でもないと言っている!」
ルーカスは、年齢では明らかに上のフレイ中尉を怒鳴りつける。
しかし内心は言葉と真逆であることは、ルーカスが何度も「クソッ」と口にすることからもわかる。
「あんな連中に敗れるとは。クソッ!」
ルーカスは唇を噛みつつ、ヘッドギアを乱暴に脱ぎ捨てた。
「かなり苛ついているようだな、ルーカス」
フレイ中尉の背後から声がした。
「ダーキス=シルヴァか」
その男は魔導騎士団の制服はいいとして、仮面で顔を隠していたが、それを咎められる様子はなかった。
「芳しくなかったようだな?」
口元以外は仮面で分からないが、その表情が嘲笑を形作っていることは、ルーカスには想像がついた。
「見合う相手がなかなかいなかっただけだ」
「負けておいてそれは……フッ。返り討ちになったのだろうに」
ダーキスはククッと嗤った。
「まったく、坊ちゃまの火遊びには困ったものだ」
「火遊びではない! これは私が――」
「魔導の力に目覚めるためにやってることだ、かね?」
ダーキスは今度はやれやれと首を振った。
「確かにいきなり放り込まれた実戦で魔導の力に目覚めた者の例はある。だが君にはその気配がない」
仮面から憐れむような眼が覗いた気がした。
「もう諦めたらどうだ? 君には才能がない。私達も君の伯父上もこれ以上はフォローは無理だよ」
「しかし、そういうわけには……」
ルーカスは歯噛みし、黙り込んでしまった。
その時、基地内部にホーン音が鳴り響く。
「帰還機あり。ハインド様の【ダークブラッド】です」
通信士の言葉がインカムを通して聞こえると、程なくして漆黒のFAが現れて、グラディウスの向かいに停まった。
それはカズト達の前に現れた黒い機体だった。
「ハインドか。お疲れ様だ」
「ちょっと手を貸してください。厄介な荷物がありまして」
黒いFAのコックピットから切れ長の目の男が出でて言った。
「これは一体どうしたことだ?」
ルーカスがダークブラッドのコックピットを覗き込むと、拘束されて眠らされている少年少女三人の姿があった。カズト、ライ、ユファの三人である。
「隠蔽工作というやつですよ。この三人、見覚えがあるのでは?」
「ああ、そういえばあの時の。しかし何故わざわざ捕えている?」
「始末したほうがよろしかったでしょうか?」
口端を吊り上げてハインドが嗤う。
「いや、そういうわけでは……」
ハインドの顔に浮かぶ残虐性に、ルーカスはどもるが、
「あまり手荒な真似はしないでやれ」
と、当たり障りのない指示を出し、私室代わりになっている移動式宿舎へ入っていった。
「やれやれ。表沙汰にできない試し斬りを独断でやっておいて、お坊ちゃんは存外に甘い」
ダーキスは呆れながらルーカスの背中を見送った後、ハインドに向き直った。
「さてハインド、先ほどのルーカスの疑問だが、私も同じことを考えているのだが?」
「そうおっしゃいますと?」
「口封じは必要として、わざわざこの少年らを拘束して連行する必要があるのかな?」
「実は、この少年に気にかかることがありまして」
ハインドはカズトを指さした。
ダーキスは値踏みするようにカズトを観察する。
身長は170前後。美少年と言えなくもない顔、ちと派手なグリーンの髪以外は、特異なところは見受けられない。
しかしその最中、あることに気づき、驚きの顔をあげた。
「この少年は、まさか?」
「ね? 似ているでしょう?」
「まだ確信が持てるわけではないが、そうか、こんなところにいたのか、君は……」
二人は目を合わせてほくそ笑んだ。
+
「こんちはーっす」
コール兄弟の自宅兼店舗の扉が、女の声とともに開け放たれた。
「何だ? 今日はまだ準備中だ」
眠い目をこすり、寝ぐせだらけの頭を掻くアランは不機嫌そのものだった。
だがアランの気をよそに、ポニーテールの少女がずかずかと入り込んでくる。
「カズト=コール君の家はここでいいんだよねー?」
「なんだ、カズトの知り合いか? だがあいつは留守だ。友人のFAの試し乗りにつきあっていてな」
「ああ、それは知ってるよ。用があるのはご家族さんのほうかな。届け物と知らせがあるんだ」
「どういうことだ?」
少女の言葉に良からぬ予感がして、アランは一気に目が覚め、少女の顔を見やった。
「ロザリー……? ロザリー=ニーヴ?」
「ロザリー=ブレイン! あんな奴の姓で呼ばないでッ! ……って、アタシのことを知ってんの?」
いきなり自分のフルネームを呼ばれて、ロザリーは面食らった。
が、それは、彼女の持つ疑念を確信に変える根拠の一つなのだが――。
「まさか、アラン? アラン=ハイト=シュマイケル?」
ロザリーが呼んだ名前は、アランがシークリスタで名乗るフルネームではなかった。
「何故君がここにいる?」
「それはこっちのセリフだ! アンタは死んだって……」
二人は互いを見つめて硬直した。
「何だ、知ってる奴なのか」
割って入るように、ロザリーの後ろから無精ひげの男が現れる。
「誰だ?」
「グリーヴ=フィール。てんで無名のしがない傭兵さ。傭兵というより、実質何でも屋だがな」
グリーヴは肩をすくめて苦笑いした。
「それよりカズト君とやらの話をしようぜ。やはり戻っていないようだが」
「……あの子に何があった?」
+
廃墟の一室、かつては倉庫として使われていたらしい場所に、ライとユファは二人で押し込められていた。
「ライ? 起きてる?」
「ああ、聞いてるよ」
「あいつら何者なの?」
「多分アイリシアの軍と騎士団だ」
「アイリシア? なんでシークリスタなんかに?」
「知らねえよ。でもアイリシアなんてやっぱりろくでなしだ! 前の戦争だってそうだ!」
シークリスタは元々はアイリシア領だった。しかし前の前の戦争で形勢不利となると、アイリシアはシークリスタやその周辺から戦力を引き上げ、本国に引きこもってしまった。
その後休戦を迎えた時、この地一帯は両大国の間の緩衝地帯にされ、多くの小国が己が意思と関係なく独立する羽目になった。
そういう事情もあってこの地でのアイリシアの評判は良くない。
そこへ来て今回の所業だ。ライも怒りを抑えられるわけがない。
「私達、どうなるのかなあ……」
一方ユファが顔を青くして呟いた。
「あいつらのFAを俺たちは見てしまって、今こうして枷をされてる 下手すりゃ俺達……」
ライの言葉はその先は続かなかったが、言わんとしていることは二人の共通認識だった。
――朝方まではまだ無邪気に馬鹿言ってられたのに、何でこんなことになってしまったんだろう。
白騎士とその仲間への怒りと、やり場のない不安と恐怖が、二人の心を染めていく。
ライは唇を噛み、ユファの目に涙がたまって来た。
それでも少しでも気丈で居ようとして、ライは友人のことを気遣う言葉を吐いた。
「それにしても、カズトはいったいどこに連れていかれたんだ?」