第2話:暗雲
白騎士は硬直した三人を見逃さなかった。
標的をライ機に変え、剣と盾を掲げて向かってくる。
「く、来るってのか、こいつ?」
ライは自機のモニターに映る白騎士を睨み返す。
しかし所詮ルーキーの強がりだ。声も操縦桿を握る手も震えてしまう。
「ライ、逃げろ!」
素人目にも勝てる見込みはなく、カズトは叫んだ。
しかしライはすくみ上ってしまい、反応が遅れた。
その隙に白騎士の斬撃を見舞わされ、ライ機は左腕を斬り落とされていた。
もう駄目だ。
後に訪れる残酷なシーンから逃れようと目を伏せたカズトの耳に、砲撃の音が聞こえてきた。
……それはおかしい。白騎士もライ機も、火器は持っていなかったはずだった。
恐る恐る目を向けると、白騎士は何故かライ機に背を向けていたが、その左肩には明らかに被弾の跡があった。
白騎士の見つめるその先には、二機のFAの姿があった。
一機は【グラスタ】。第三国で開発され多く使用されるFAで、ポピュラーな機種である。搭乗者の趣味なのか、大型の盾とカノン砲で武装していた。
もう一機はデータがないが、左右で異なる腕を持ち、どうやら寄せ集めの機体らしかった。
白騎士はライをしり目に、横槍を入れた二機に向き直り、接近していった。
白騎士がグラスタと寄せ集めに気を取られている隙に、カズトとユファはライ機に接近し、コックピトからライを引きずり出した。
「ライ! 無事か?」
「ててて……。何とか。まだ世界が揺れてるけど」
ライの身体を見た限りでは、流血も打撲も見当たらなかったが、脳震盪あたりが心配ではある。
「チクショー、アイツ許さねえ」
白騎士を睨みつけ、ライは呪詛を吐く。
「そんなこと言ったって。というか、あいつら何?」
ユファの言葉に合う答えなど、三人は持ち合わせてはいない。
ただこの状況でやるべきは一つだった。
「とにかく、逃げよう」
ライとユファを小型トラックの座席に押し込むと、カズトは運転席に収まり、エンジンをかけた。
+
「グリーヴ、食いついたよ」
グラスタのコックピットに座する女性パイロット、ロザリー=ブレインはもう一機の寄せ集めに通信で話しかけた。
「片方は残念だったが、もう片方は助けられるようだな。不幸中の幸いだ」
グリーヴと呼ばれた男は、愛機【マーベリック】の窮屈なコックピットの中で答えた。
「気をつけなよ。あいつは恐らく新型の魔導騎士専用機だ。どんな能力を持っているかわからないよ!」
「さすが、古巣のことは詳しいな、ロザリー」
「……フン。今はアタシの事なんてどうでもいいだろう?」
「ああそうだ。弱いものいじめしか出来ないような奴は、痛い目を見てもらわんとな!」
グラスタとマーベリックは白騎士に向かって駆けていく。
一方の白騎士も速度を上げ、意気揚々と突進する。
出会い頭にまず、ロザリーのカノン砲とグリーヴのマシンガンによる正確な射撃を食らった。
ただし銃撃は盾で防がれ、有効なダメージにはならない。
それでも構わず二人は銃撃を続ける。
一方白騎士は避けるか盾で防ぐかするだけで、反撃を仕掛ける様子がなかった。
そこから二人は白騎士は剣と近接防御用火器以外に武器を持っていないと判断した。
「かと言って魔導を使ってくるわけでもない。なら恐れるに足らずだね」
「まったく、新型かと思えば拍子抜けかもな」
二人は安堵すると同時にほくそ笑むと、左右に分かれてそれぞれの方向から白騎士を狙った。
やがて白騎士は銃弾の嵐を捌ききれなくなり、ロザリーのカノン砲をまともに受けて大きくのけ反った。
チャンスとばかりに、グラスタが一気に距離を詰める。
「その隙にもう一発オマケ!」
懐に潜り込んで盾を突き立てると、盾に仕込まれていた特殊鋼製の二本の杭が、炸薬の力によって打ち込まれ、白騎士の右肩の装甲を貫通して砕いた。
白騎士は不利を悟ったのだろう。胸部マシンカノンを乱射すると、ロザリー機が飛びずさった隙に、踵を返して逃げ去っていった。
二人はそれ以上白騎士を追わなかった。
「引き際は見誤らないか。そういう点では悪いパイロットではないようだが」
「腕はね、二流くらいだろう。人間性は三流だよ」
「にしても妙だったな。WizAだとしたら、何であいつは剣とマシンカノンしか使わなかった?」
「使えなかったのかもしれないね。魔導力を」
「能力がないのにWizAに?」
「魔導なしの機体の基礎性能テストか、あのパイロットの魔導力訓練ってとこでしょ」
「質が悪いぜ。お前も苦労するなあ。古巣がこんな有様で」
「……アタシとアイリシアはもう何の関係もない」
「へいへい、そうだったな。それよりさっきの少年達はどうした?」
「アタシ達がやり合ってる隙に逃げ出したみたいだね」
「そうか……。大丈夫だと思うか?」
「マズいね。子供三人、魔導騎士団が易々逃がしてくれないと思うけど」
ロザリーは少しの間考え込むと、
「アタシが追ってみる」
と言って、グラスタで街に向けて駆け出した
「そっちは頼むとして、俺はどうすっかな……」
考えあぐねているグリーヴの元に、通信が届いた。
『マスター』
モニターの片隅に、メイドの姿が映し出された。
「エオリアか。どうした?」
『はい。たった今、魔導力の発動を感じました』
「今の奴は魔法を使わなかった。つまり別の奴だな。場所はわかるか?」
『そこから街よりへ行ったところ、地図ではハイウェイのこの地点です』
「そうか。こりゃロザリーは間に合わないな……」
グリーヴはため息をついた後、祈るように瞑目した。
「苦労をかけるな。俺についてきたばかりに、お前には酷く汚い物ばかりを見せてしまっている」
『いえ、お気になさらずに』
「馬鹿な奴だ。俺についてきても何の得もない。他の連中と同じように俺を捨てれば良かったのに」
『私は貴方の侍従です。今までも、そしてこれからも、私は貴方にお仕え致します、殿下』
「“殿下”はよせ。その呼び方にはもう意味は無い」
『はい、マスター』
エオリアは苦笑いして頷いた。
+
平原を後にし、街へ向かうハイウェイを、カズト達の乗る小型トラックは疾走していた。
「わけがわからない。一体何なの?」
「そんなこと聞かれても」
「カズト、前!」
「え……?」
カズトは最初、ユファが何に反応したのかわからなかった。車の行く手は道路以外何もなかったからだ。
否。
三人の目の前はやたら暗かった。まるで夜の帳が降りたかのように。まだ昼前だというのに。トンネルに入ったわけでもないのに。
慌てて車の照明をつけるが、その光が巨大なシルエットを照らし出した。
暗闇の中に、突如として巨大な黒い人型が現れたのだ。
「FA!? 危ない、ぶつかる……?」
まさかこいつはあの白い機体の仲間では? などと思う間はなかった。
カズトは急ぎブレーキを踏みハンドルを切るが、車はコントロールを失い、道路脇の林へと突っ込んだ。
ロザリーがその場に到着した時、闇は晴れていた。
彼女が目にしたのは事故車一台だけで、乗っているはずの少年達の姿はなかった。
「これは一足遅かったな。やられちゃったか……」
辺りの状況から導きだしたロザリーの推測は暗い。
一応無駄かもしれないが機体を降り、車の中と周囲を調べ始めた。
程なくして、一枚のカードが落ちているのを見つけた。それはカズトの運転免許証だった。
「えっと、カズト=コール、十七歳……ん?」
記載された個人情報を何気なく読み上げていたロザリーだが、カズトの顔写真を見た時、目を剥いた。
「えっ? こいつの顔……まさか!?」
ロザリーはいったん驚愕した後で、カズトの顔写真を懐かしむように見つめていた。