第1話:発端
魔導王国と機械帝国の四度目の戦争が終わってから六年後、降臨暦1062年。
両大国に挟まれた緩衝地帯にある小国シークリスタは、戦争の爪痕は残りながらも、穏やかな平和な時間が流れていた。
その日、カズト=コールの機嫌は著しく悪かった。
前日に友人と約束をし、兄の家業の手伝いも早めに切り上げて早めに眠り、今朝に備えていたのだが。
――コンコン
ドアをノックする音が響いてきて、カズトの意識を覚醒させる。
――コンコン
「……聞こえてるよ……」
苛立たしげな顔をしながら、緩慢な動作で起き上がり、枕もとの時計に目をやる。
「……まだ5時半じゃないか……」
――コンコンコンコンコンコンコンコンコンコン
「だあっ、やかましい!」
顔に憤怒を纏わせて、カズトはドアを開けた。
「いやあ、お早う、カズト君」
玄関先にいたのは白々しく笑う少年。約束の相手、ライ=グリフィスだった。
「なんだよ……」
「なんだよ、じゃなくてな。昨日ちゃんと約束しただろう?」
「ああ。ライの遊びにつきあえってやつな」
「遊びじゃねえ! 俺が自警団に入団するにあたって、専用のFAを貰えるから……」
「それは聞いたし、俺も行くよって言った。でもまだ約束の時間より三時間も早いぞ!」
「いやあ、楽しみで早く起きちまって、つい」
ライは悪びれる様子もなくにやついていた。
その時カズトの後ろから大柄な男が現れて、不機嫌そうな顔を見せた。
「まったく、うるさいぞガキども」
「あ、おはよう、ございます、アランさん」
その男にライはたじろぎ、顔が引きつった。
カズトと同居するアラン、夜遅くまで営業する小さなバーを営んでいる、カズトの兄だ。
「うっさい。お前のせいで俺の今日の睡眠時間はたったの一時間だ」
端正な顔をしているが筋骨隆々とした体つきのせいで威圧感があるため、ライはアランが苦手ではあった。
「ほらー。やっぱりカズトもアランさんも怒るって。あ、おはようございまーす」
ライの後ろからショートヘアの少女が現れた。
「ユファ? どうしたの?」
「たたき起こされたのよ~。FAを試しに動かせるから見に来いって。今日非番なのに」
「……そっちもか」
カズトとユファは顔を見合わせた後、生ぬるい視線をライに向けた。
「人に物を頼む態度じゃないよな」
「うん、まったく」
「やっぱり“親しき仲にも礼儀あり”だよな」
「うん、そうよねぇ」
「こっちは迷惑かけられてる訳だし、やっぱり奢ってもらうしかないな」
「わーった! わかりましたからっ! なんでも奢るから。来てくれたら嬉しいなあ」
二人に観念して、ライは手を合わせて拝み倒す。
「素直でよろしい」
ユファはウンウンと傲然と笑う。
「じゃあそういうことで、俺は機体のメンテに付き合うから、お前らは後から来いよ」
そう言うとライとユファはカズト宅をいったん後にした。
「相変わらず騒々しい奴だ」
欠伸をしながらアランは寝床に戻るが、その途中、カズトに聞いた。
「ところで、お前はFAには興味はないのか?」
「いや、FAは別に」
「……そうか。まあFAはな」
アランは意味ありげに笑みを浮かべた。
+
二度寝と朝飯を済ませた後、三人の姿は郊外の平原にあった。
カズトとユファは小型トラックにもたれかかり、あるものを見上げていた。
二人の視線の先にあるのは、全高十メートルを超える鉄の巨人、フォースアーマー、略称FAだった。
第三次マギ・マキナ戦争後期に機械帝国の兵器として登場した巨大ロボットであるが、第四次戦争では他国にも広がり、軍事の主力となっていた。
それはここシークリスタの自警団でも同じで、眼前の物は自警団に入団し、パイロット適性を認められたライに宛がわれた機体である。
「これが俺専用のFAだっ!」
「あーはいはい、すごいすごい」
「おい、もうちょっと何かあるだろ!」
「どーだ、羨ましいだろ?」
どうだと言わんばかりのライに対し、ユファは冷淡な態度をとった。
「別に。中古品を専用だなんて言ってもねえ」
小国の自警団が新品や自前の機体など揃えられるはずもなく、シークリスタ自警団の機体は、一線を退いて払い下げられた旧式の軍用機である。
「うるせえよ。どんな機体だろうが、自分よりでかい巨人を操る快感がわっかんねーかなー?」
「別に」
「まあ、FAのパイロットになる夢を抱いていたライにとっちゃ、嬉しいことなんだよ」
そうカズトが口にすると、ライは嬉々とした。
「さすがカズトは話が分かる。一方ユファは何だ。一応自警団オペレーターのくせに」
「よく言うわ。他にありつける仕事がなかった、の間違いでしょ?」
「そりゃそうなんだけどさ。俺はお前らみたいに成績良くないし家族もいねえから、おまんまを食っていくにはこうして技能を身につけてだな」
「魔法でも使えれば、アイリシアで出世街道が待ってんのにねー」
「はっ、冗談はよせよ。アイリシアなんて絶賛落ち目は――」
二人が無線越しに会話をしていたその時だった。
「何だこいつっ! 来るんじゃねえっ!」
怒号のような通信が、突如として割り込んできた。
「何よ、これ?」
不審に思ったユファがインカムに集中するが、続けて聞こえたのは
「うわああああっ!」
という悲鳴だった。
一方カズトは不安そうにあたりを見回し、耳を澄ませた。
――ズウン――
何か重いものが動く音が聞こえた。
「ああ、こりゃ自警団の先輩だぜ。模擬戦やるって聞いてるぜ」
ライの言う通り、三人の視線の先からFAが出現した。機体にはシークリスタ自警団のマーキングが施されている。
どうやら何かに追われているらしく、後退しつつ主武装のハンドガンを連発していた。
「へえ、模擬戦のわりに結構気合入ってんだな」
その直後に、自警団機を追うようにもう一機が現れた。
純白の装甲に身を包んだその機体は、剣と盾を携え、騎士と形容するのが相応しい外見をしていた。
「何だあれ? 趣味的すぎないか?」
「ちょっと待って。あんな機体、データベースにはないわよ?」
「おおかた誰かが気合を入れて作った改造機なんじゃねえの? 自警団でもフリーランサーでも、愛機をカスタムする人は多いぜ」
ライは暢気な感想を述べるが、実際はそんなものではなかった。
白騎士は鬱陶しい銃弾を盾でしのぐと、マガジンが空になって銃撃が止んだ隙を突いて自警団機に接近し、手にした剣を振り下ろした。
「……えっ?」
呆気にとられる三人の目に映ったのは、胸部装甲を割られ、パワーダウンしたのか力なく後方に倒れる自警団機の姿だった。
「自警団のものにしては強力すぎる……」
ライが呟くが、カズトもFAには疎いにも関わらず心の中で同意していた。
弱装弾とはいえ白騎士の盾と装甲には傷一つもなく、自警団機の装甲を軽々と破壊できる。
そのパワーと装甲は、とても自警団や一個人が手にできるものではない。
白騎士の攻撃はそれだけでは終わらなかった。
白騎士は倒れた自警団機を、まるでいたぶるように何度も何度も斬りつける。
その度に自警団機の装甲やパーツが破砕され、オイルがまき散らされる。
「そんな、やり過ぎだ!」
ここに至ってようやくただ事ではないことを三人は理解した。
「おい、やめろ! 相手はもう倒れてる!」
カズトがトラックの拡声機を通して白騎士に呼び掛ける。
「やめろって言ってんだ! 聞こえてんだろ?」
ライも叫び、間に割って入ろうとした時だ。
自警団機のタンクから燃料が漏れ出し、破断したコードから散る火花が火を付けると、一瞬にして火は機体を覆い、ついには爆発させた。
パイロットは、逃げ出せていない。
「あああっ……?」
自分たちの目の前に現れた死のイメージに、三人の背筋が凍り付いた。