四度目の休戦
何処にあるとも知れぬ、青と緑に覆われた世界。
かつて世界に災いが降りかかった時、天から女神が降臨し、人々を救ったという伝説が残るその世界は、長らく魔法によって統治されていた。
北の大陸に興ったアイリシア王国。
女神の子孫を称する者を女王として戴くその国は、王家に受け継がれる魔導の力によって発展していった。
エレメントを操る神秘の力は、時として破壊を司り強大な軍事力の礎となり、また時として生命力を司り豊穣の礎となった。
アイリシアはいつしか大陸の大部分を治めるに至り、魔導王国とも呼ばれるようになっていった。
しかし文明の歴史が千年に達しようかという頃、その権勢には陰りが見え始めた。
アイリシアと、南の大陸に勃興したヤルノス帝国との間に、戦争が勃発したのだった。
当初は誰も魔導王国の勝利を疑わなかった。
しかし“機械帝国”は機械による精強な軍事力を組織し、王国の魔導士部隊を打ち破っていった。
魔導王国も決して無策ではなく、幾度となく反攻に転じた。
そのたびに双方が疲弊し、休戦協定が結ばれるものの、また再び開戦に至る。
それが何度か繰り返されるうち、機械帝国はじわりじわりと勢力を広げ、魔導王国は勢力を削がれていった。
そして迎えた四度目の戦争において、僕は否応なく戦渦に巻き込まれた。
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「どうして、こんなことに……」
火炎の熱と硝煙と血の匂いに顔を撫でられながら、僕は茫然と呟いた。
そこは自然の美しい場所だったはずだが、もはや僕の周りには破壊の跡しかなかった。
僕に付いていたはずの騎士や兵士の姿も、すでになかった。
いや、彼等ならそこら中にいた。体中に穴を開けられて血を流し、物言わぬ躯となって。
みんな、僕の盾になって倒れたのだった。
「ごめんなさい……!」
彼らに背を向けて、僕は駆けだした。
この戦火には、僕の愛する女性も巻き込まれているはずだった。
だから僕は炎の中を必死に探した。
煙に何度もむせながら駆け回るうちに、やがて女性を見つけた。
しかしその周りには、女性に明確に敵意を向ける邪悪な影があった。
「何故、このようなことを……」
「貴方はご自分がどれだけ危険か、認識していらっしゃらないのだな」
「危険……?」
女性と邪悪は何か話していたが、僕はそんなことを気にせずに、勇敢――いや無謀にも、影の前に歩み出た。
「待てっ!」
「いけない……。こんなところに来ては……」
女性の言葉はそれ以上紡がれなかったが、唇は「逃げなさい」と言っていた。
「ほう、そんな所にいたか」
「嘆くことはない。こちらが済んだら、すぐにお母様の所へお連れしましょう」
邪悪達は僕のことなど取るに足らぬと嘲笑し、女性に刃を向けた。
「やめろおおおおおおおっ!!」
怒りの咆哮と共に、僕は無意識に右手を突き出した。
そこから僕の中の眠れる力が、女神さまから受け継がれた魔導の力が、破壊の力になってあふれ出し――。
視界の全てが閃光と土煙に遮られた。
やがて視界が晴れた時、邪悪の姿はなかった。
「今のが、魔法……」
あの人を守る。その思いが、この力を覚醒させたのだろうか?
しかしそんなことを考えてはいられなかった。
血だまりの中で、その女性が突っ伏していたのだから。
「そんな……」
僕は愛する人を守れなかった。それどころか僕の意思があの人を――。
そのことに思い至った時、神秘の力への憧れは砕け散り、僕の心は絶望に染まっていった――。
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その後魔導王国は、女王と王子が機械帝国の襲撃により、命を落としたことを公表し、帝国に対する憎悪と戦意を煽り立てた。
その上で一大反攻作戦を遂行し、女王の弔い合戦とばかりに帝国皇帝を殺害した。
元首を失った両国は休戦協定を締結し、第四次マギ・マキナ戦争は終結した。
一方僕は世界から目を背けて、自分の名前、能力、記憶をすべて封印した――。