その名はジンタロー!
周りを、闇が覆っていた。
女は、たった一人で封印石に縛りつけられていた。
美しい女だ。だが、その体には人間の物とは思えないような模様が浮き出ていた。そして頭には、二本の大角が生えていた。
もがいても、もがいても、この封印の鎖をちぎることは出来ない。
「ヴ…ヴヴゥ…」
女はもがくが、胸に突き刺さった伝説の剣は抜けることは無い。
何万年経っただろうかー。
あの日から、歳を取らない不死身の体となり、ここでずっと封印されていた。
普通なら、この封印は一千年で外れるはずだった。
あの忌まわしき、隕石さえなければ…。
「ユ…ユルサヌ…ユルサヌゾ…!」
暗闇に向かって吠える。もちろん返事など返ってこない。
だが、
「ワレハ…アキラメヌ…!コノトキヲイキルモノスベテヲ…ホロボスマデ…!グギャァァァァッ…」
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「ふぁ~あ…」
「あぁ~っ…よく寝たぜぇ~…」
朝日が差し込んでくる窓から、森林が見える。
ベッドから降りた一人の少年…15歳のジンタローはぐぐーっと伸びをした。
シャツとランニングパンツ姿のジンタローはクローゼットを開けて着替える。
ボッサボサの黒髪によく日焼けした体、茶色の目をしている。つなぎのようなもこもこした服は腰のベルトの上からはだけており、黒いシャツと腹巻きが見えていて、つなぎの上半身部分は邪魔にならないよう腰に縛っている。
外はいつものことだが、春のように暖かい。
朝飯を済ませて家の戸を開けて、梯子を使って降りる。
ジンタローの家はツリーハウスだ。他の家も同じように、自然に寄り添うように建っている。
「おはよー!ジンタロー!」
「おうガジェット、元気そうだな!」
2、3人の子供に元気に挨拶され、ジンタローも笑顔で返した。
その足で広場に向かう。
ここは森の中にある小さな集落だ。なのでそんなに大きな広場というわけでもなく、小さな噴水があるのみだ。
その周りに、小さな商店など最低限の生活に必要な物がある。
「うーんと、依頼来てるかな…」
ジンタローは、その広場の中央にある「クエストボード」を確認し始めた。
まぁクエストボードといってもそんな御大層な物ではなく、言うならばただの業務用掲示板だ。
例えば「商店で果物を予約したい」となれば、そんな内容が書かれた紙を「商店」のスペースに貼ると言うような使い方となる。
スペース振り分けは
「商店 トモト
酒場 アリュウ
加工屋 ジンタロー
大工 ヤマク
食堂 テル」
の5つとなっている。
そう、ジンタローは一人暮らしの加工屋なのだ。
「おっ、結構来てるな…どれどれ、農家のゼルバさんとこがスコップ、ヤマクがトンカチと梯子か…
他にもいっぱい…よし、一仕事すっか!」
そうニカッと笑ったジンタロー。丈夫な物を作ってやろうと息巻いている。
いつもの、変わらない平和な生活。
ジンタローは、家の大木の後ろにある工房へ向かった。
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ジンタローの家の木の裏手には、小さな工房がある。
ジンタローは武器屋、防具屋、加工屋を含めてやっているので、村ではなかなかの大切な事業である。
鉄塊を高熱でドロドロに溶かして、それをスコップの型に流し入れる。
後は冷えたら固まって完成だ。
今回はこんな物だが、場合によっては溶接作業などもこなしている。
ちなみに、この時ジンタローはあのつなぎを着ている。これはジンタローが譲り受けた耐熱服であり、3000℃のマグマも耐えることが出来る。
そのままクワなど他の物も作ってしまった。
「うっし!こんなモンだな!」
型にはめたので、後は冷えるのを待つだけだ。
工房にあるマナを使った冷却室に落とさないよう丁寧に運び入れ、しっかりカギをかけた。
うっかり誰かが触っては大変だ。最悪の場合腕が溶けてしまう。
ジンタローの今日の仕事は終了。後は冷え固まるのを待って、納品するだけだ。
作業していると、もう昼頃になっていた。だが、ジンタローはもうフリーだ。
「テルさんとこに、飯食いに行こうっと」
そう言ってジンタローは、席を立った。
これから起こる出逢いなど、予想もせずに…
同時刻。
村近くにある池。
野生の動物が喉を潤すこの池に、一人の女が流れ着いた。
年は二十歳くらいだろうか。
ボサボサの髪に人の良さそうな目つき、簡素なシャツ、簡素な緑色のズボンに裸足のままだ。
背中に小さなリュックを背負っている。
びっくりした動物たちが、遠くから様子を伺っている。
女は、ゆっくりと目を開けた。
「…ん…?ここは…ど、何処…?」
そのままふらつく足で立ち上がり、フラフラと歩いて行った。
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「テルさーん!こんちは~!」
ジンタローは、食堂の扉を開けた。
「おっ、らっしゃい!ジンタローじゃないか!
今日の仕事は終わったのかい?」
年は二十代ほどだろうか、くるくるヘアーに清潔な服装、簡素なエプロンに身を包んだ容姿端麗な女性、テルが元気な声を上げた。
「あぁ!もちろんスプーンも作っといたぜ~ただ、型がすこりぼろっちくなっちゃって、少し大きめになっちゃったけど…」
「いいよいいよ、代金はちゃんと払うからさ
ご注文は?」
テルがメモ帳片手に尋ねる。
村の人口こそ少ないが、村の食堂といえばここなので、しかも料理はとても美味いと言うことでかなり評判が良い。
今日も人がたくさんいて、ウェイターがてんてこまいになっている。
「冒険してみる!新メニュー、ビーフシチューで!」
「はいっ!かしこまりました!ビーフシチュー一丁!」
テルは店の厨房へ向かって行った。
「楽しみだなぁ~!ビーフシチュー!」
ジンタローはワクワクしながらスプーンを出したその時だった。
バタァン!
突如、強引に扉を開ける音がした。
「!?」
ジンタローを含め、他の客も驚いてそちらを見た。
だが、入ってきた女は…何か言いかけたが言葉にならず、力尽きたようにドサッと倒れ込む。
「…!!」
ジンタローは察した。命の危機!
「う、ウェイターっ!」
ジンタローは大声を出してウェイターを呼んだ。
「ビーフシチュー…一つ追加で」