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夢戻リダイアル  作者: やまは
現実七日、夢六日
52/63

二章 23夢 考察の三日目

「――――さま」


 そんな声が聞こえた瞬間だった。

 ユミは何もかもを置き去りにした。五感の覚醒を待たずして、第六感が指し示すがままに、力強く抱きしめた。

 その声の主を放さんと、ベッドから身を乗り出し、胸元へと顔を埋め、声の主の細い体を両手で囲った。

 そこにいる。目の前に確かにいる。


 ――――アルちゃんがいる。


 そんな当たり前でありきたりな思考だけが、今のユミを支配していた。


「ゆ、ユミ様? どうしましたか?」


 慌てる声。温もりある体。冷たい手。

 そして、生きてる証の鼓動がある。

 そんな事実にユミの気持ちが溢れ出す。それが目の前を潤ませていって、


「あるちゃん……あるちゃんあるちゃん……よかった。よかった、よかったよー」


 何度も何度も、ユミはアルメリアの名を呼んだ。慟哭を繰り返した。勝手に安堵し続ける言葉を放ち続けた。

 見境なくわんわんと泣くその姿はまるで子供。思いの丈が爆発し、解き放たれている。

 ユミは初めて思った。『リダイアル』があってよかったと、そして自分が死んだことでアルメリアが生きてること。それが何よりも嬉しかった。

 だが、決して消えない事実もまたある。

 ユミがアルメリアを殺めた事実も、彼女がユミを売った事実も、これからのことも――課題は山積み。光さえ見えていない。それに突破口があるのかさえ分かっていない。

 ただそれでも、今は平穏が流れる時をユミはしかと噛みしめている。

 アルメリアがここに生きている真実だけが、今のユミの拠り所であり、そして何よりの、


 ――救いであった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ユミの涙も無限ではない。

 どれだけ夢を見ていても、いつかは冷めるように、ユミの慟哭も少しずつ収まり始めた。


「ユミ様、()()ですか?」


「……う、うん。大丈夫」


 もう何度目か分からない『大丈夫』。

 はっきり言って駄目に近い。そのままの意でユミは受け取りたい。

 だけど、逃げても何も変わらない。ぶつけたとしても、自分がさらに苦しむだけなのを知っている。

 ならば、今まででの教訓全てを糧にするしかない。残された道はそこしかない。

 ユミは涙を拭い去って、見つめる先にいる悪兎――アルメリアを見据える。

 心配そうな面持ちなのだろうか、相も変わらず無表情。多少の変化が窺える程度の崩れを露にしている。


「……()ですか?」


「ホント、ホント。ちょっと怖い夢見ちゃっただけだから……そのー、ごめんねアルちゃん。いきなりびっくりさせちゃって、あははは」


 疑いの眼を向けられるが、ユミは平静を装うようにおどけた。手を後頭部へとかざして、苦笑った。

 今はただ、平静を装うしかない。見繕って縫い合わせる。がさつなまでの荒い縫い方ではあるが、ないよりはましだ。

 疑られるのは致し方ない。真っ赤な嘘なのは見え見えだと思う。

 実際、アルメリアは目を逸らすことなくじっと見つめてきている。

 その無表情がユミの心に突き刺さる。すぐに見繕ったものが壊れて――ユミはアルメリアから目を逸らした。それが彼女の特徴なのも理解している。だが、その内心いったい何を考えているか分からない。

 恐怖心から鼓動が速まる。

 抑えろ。抑えろと、ユミは念じながら目線をゆっくり元に戻す。


「……ごめんアルちゃん。少しだけ、あっち行っててくれるかな?」


「……()()()。分かりました。()()の準備を致してきます」


 アルメリアは素直にユミの言葉に従って、寝室を後にした。

 一人なったユミ。天を仰ぐように、ベッドへ倒れ込んだ。


「冷静にならないと。このままじゃあ前とおんなじだ。――落ち着け、落ち着け私」


 胸を押さえて深呼吸を繰り返す。

 このままいけばカイがやってくる。そうなると、悟られてしまう。何があったか詮索される。バレてしまう。

 恐らく、話さなくてもそのことは必ずコウに伝わる。そこから先はどうなるかは分からない。

 ただ一つだけ。一つだけ確かなことがある。


 ――迷惑を掛けることになる。


 たとえカイに露見しなくとも、このまま時が進めばアルメリアに売られてしまう。悪党に弄ばれてしまう。

 そして、結果的にはまた掛け直(リダイアル)されてしまう。


「大丈夫。大丈夫だよ私。カイさんと普通に会話して、その後外に行かなきゃいいだけだから……大丈夫。普通に。普通に……」


 何度も自分にそう言い聞かせると、鼓動はゆっくりと元に戻り始めた。

 何も同じ事を繰り返す必要はない。ルートの選択を誤らなければ問題ない。わざわざ死にに行く必要はないのだ。知り得ているのだから、避ければいいだけ。それが『リダイアル』のいいところでもある。

 ユミはベッドから起き上がり、寝室の扉に手をかざしたその時――カイの呼び掛けが寝室と客間に響き渡った。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 何度かの『リダイアル』の結果、見えてきたことがあった。そして、納得できないところがいくつか見えてきていた。

『リダイアル』の条件が『死』。それは恐らく変わらない。

 だからあの時――アルメリアに売られたその時も、死んだのだろう。意識が遠退いていて正確ではないが、それは間違いない。

 誰かが殺した。あの場の誰かに殺された。


「――――」


 誰なのだろうか。いまいち見えてこないが、ユミの心当たりはあの場にいた一人しかいない。そうだと仮定するならば、その人物に付け入る隙がアルと考えるしか今はない。

 実際のところ全てはユミの仮説でしかない。それでもそんな小さな糸を手繰り寄せて、紡いで、繋いでいくしかないのだ。

 そもそも『リダイアル』事態があり得ないのだから、それ以上のことなどありはしない。まだ仮説の方が優位性は保てている。

 ならば、次に立てられた仮説。それは『リダイアル』が『自殺』でも有効であるということ。それは謀らずも前回の『リダイアル』で証明されてしまった。

 自殺による逃れさえも許されない。確実な死は今のところユミから失われている。


「――――ミ」


 そうなるとおかしいのだ。『リダイアル』の条件が『死』。『リダイアル』するためには、殺されるか、自ら死ぬか、もしくは、


 ――『リダイアル』のことを話すか。

 そこがおかしい。

 何故ならそれは、今まで何度かユミは『リダイアル』について話している心当たりがあるためだ。


「――――ユミ」


 自問自答のように話したことがある。

 メトンにもはぐらかすように伝えたことがある。

 コウにも話している。

 ならばその時も同様に死ぬはずだった。だが、結果的にそれはなかった。何かしらの条件により回避したことが明白である。それはアルメリアを殺し、自暴自棄になって呟いた時は死んだのがその証拠である。あの時の死因は、『赤』を流し続けたのが原因ではない。確かに死音を耳にしたためだ。あの破裂音はカイに甘えたときと同じだったから。


 もちろんではあるが今、ユミが『リダイアル』してここにいる事実を知る者はいない。全ては『リダイアル』の輻輳の中に消えているからだ。

 だとすれば、条件を満たせれば『リダイアル』――もといこれから起こることを話すことができる。そう仮説を立てられる。

 それは突破口となり得る可能性が秘められた仮説だった。


「――――ユミ?」


 ならばその条件は何だと言われれば――はっきり言って分からない。

 全てにその条件が当てはまって、自殺時に満たせていない条件となると限られている。

 何だろうか。何が足りない。いったい何が――。


「ユミ!!」


 その呼び掛けに、ユミはハッとした。意識ごと持っていかれるかのようで、無意識にその言葉のする方へと首が動く。

 そこにはカイがいる。ユミの目の前には彼女がいる。客間のソファーで対面に座っている。


「あ……ご、ごめんなさい、ごめんなさい。少し考え事してて……」


 ユミはあわてふためいてカイへと何度も頭を下げる。何度も謝る。


「考え事するのは勝手だけど、話を聞いてからにして。大事な話があるっ言ったけど……そのことも分かってないように見えるけど?」


 図星を突かれてぐうの音もでない。

 カイを部屋に入れたところまでは覚えている。だけど座ってからが思い出せない。ずっと考え込んでしまっていた。


「す、すいません」


「謝ればいいってものじゃないでしょ? ……何かあったの? 目が真っ赤なのは、それと関係あったりするの?」


「――――!! それとこれとは関係ないです。な、何でもないです」


「嘘つくのが下手だよねユミは。表情が面に出過ぎ。言いたくないなら別に聞かないけど、困ったことがあったら言ってね。私たちはユミの味方だから」


 優しさで包み込もうとするカイに、ユミは甘えられない。また同じ事を繰り返すだけなのを知っているためだ。

 その心だけは受け取って、「は、はい」と空返事を繰り出すしか今のユミには他、選択肢はなかった。


「……それじゃあさっそくだけど――ユミはどこから来たの?」


 若干見透かされたような気がしたが、カイはそれ以上詰めては来なかった。そこもまた優しい――甘えたくなってしまうポイント。グッとこらえる。

 そして切り出した彼女の問いかけは、一番最初と全く同じことであった。あの時と同じやり取り。『内通者』の存在。ユミが『魔女』なのかどうか。そして、コウにそのことを言わないという約束。

 その後、カイは一先ず帰って行った。ホッと一息ついて、ユミは一先ずの脅威を退けたことに安堵する。

 やはりあの洞察力は侮れないと思い知らされる。赤の下の赤を軽々と見透かされている。範囲は前回と狭いというのにだ。

 だが、カイとのやり取りを改めて経験したことで、浮上した一つの可能性があった。


 ――()()はあの時あった。ずっとあった。


「うーん。対処には問題ないみたい……なんだよね。なら、自問自答はあまり関係ないのかも」


 ユミはまた一人になった。

 部屋を彷徨うように歩きながら深く考え込む。まるで探偵のように顎に手を当てて。


「――だとすれば、あの時誰かいたってこと? 聞かれてたって考えれば納得できるけど……」


 ユミの考察が正しければ、自殺は誰かに聞かれていないとできないことになる。

 あの時誰が聞いていたかなんて、正直どうでもいいことなのだ。過ぎたことで、実際にはなかったことになっているためだ。

 しかし、今この時を誰かに聞かれていた。などという偶然の産物の結果――置き土産的に死する危険性があるのも、拭えない事実。

 試してまた死ぬなんて、死んでもごめんだ。


「あまりしゃべらない方がいいのかもね……特にアルちゃんは耳が良いから気を付けないと」


 アルメリア――兎人族は聴覚が優れている。

 うかつには喋らないことをユミは肝に銘じる。考察は頭の中だけ。もしくは文字だけにすると。

 パソコンに打っていた時も死にはしなかった。だけど、見られないことも加味するべきことの一つ。そうするに越したことはない。ついでに文字も日本語にしておこうと。そして、


 ――――必ず乗り越える。

 ユミはそう改めて心に固く決意した。

はしょったユミとカイとのやり取りは、二章16夢をご参照ください。

ほぼ同じやり取りだと思っていただいて大丈夫です。

『ユミってどこから来たの』からですが。

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