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夢戻リダイアル  作者: やまは
現実七日、夢六日
51/63

二章 22夢 死始累々

 子供の頃に見た、戦争映画のようだった。

 ――パーン。

 無音の緊張感から放たれた一発の弾丸。銃口から火花散って、遠方の敵を抉り取る。

 言い表すのなら、そんな音だっただろうか。

 分からない。擬音で表すには限度があるものだからなのか、もっと近い音が存在するからなのか――そんな気がしてならない。

 もっと簡潔に表現できる。そのはずだ。


 ――――あぁ、そっか。

 簡単だ。あまりにも簡単なことで、自分に拍子抜けだ。

 だって、そのままに説明すればよいのだ。起こったことをありのまま伝えればよいのだから。


 ――――どうしてそうしなかったのだろうか。

 そう自分に言い聞かせても、答えは自分の中で出ているのだから意味はない。

 ――発信すること。

 そうすれば、きっと届く。そうすれば、伝わらなくてもきっと分かってくれる。そうすれば――。


 そうしてはならなかった。そうした結果がこれだ。

 どんなに答えを切り詰めても、導き出される一つ。


 ――死。


 あの時発生した音は、発信したがために訪れた、『夢美』の死音だったのだから。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「――――様」


「わあぁぁあああ!!!!」


 飛び出すかのようにユミの半身が起き上がる。そしてそれと共に繰り出された絶叫が寝室に放たれた。

 顔色は淀みを見せ、胸に手をかざし、乱れ狂う呼吸は治まる様子はない。

 悪兎の声以上に、ユミは自分の鼓動音で目を覚ました。全身を鮮明に響く証――生命。

 それは、あったらあったで恐怖をより強固なまでに呼び覚ます。


「ゆ、ユミ様! だ、()()ですか?」


 悪兎――アルメリアはユミの背をさすりながら、心配する言葉をかける。

 それを突き放す気力はユミにはない。返す言葉もない。余力さえ残されていない。それを凌駕するほどに、ユミの心はズタボロに朽ち欠けている。


 ―――話せない。

 何故話さなかったのかは、無意識ながらも持っていた本能。ユミ自身の危機察知能力であったのだろう。

 それが乱調により狂った。そしてその隙を練ったカイの救援。見事にはまったパズルのように、解き明かされた扉の向こう。そこに封印されていた悪魔によって、ユミは心臓を握りつぶされた。

 突きつけられる現実。新たな現実の色を手で覆い隠す中、ユミから零れ落ち続ける涙が溢れて止まらなかった。

 泣きじゃくって、泣きじゃくって――。

 さすられて、さすられて――。


 この状況はユミが望む平穏である。何も起こらずにただ流れる時間。たとえそれが、異常なまでの慟哭が奏でられる空間であったとしても、だ。

 同じことだ。同じことなのだ。

 時間の流れは皆に等しく与えられるものであり、それを変えることなど不可能。

 だが、誰も知らない事実がある。ユミがその時を何度も駆けていることなど、誰も知る術はない。

 皆は握りつぶされた。ユミによって。ユミも知らない相手によって。


 ――――ころす。


 ユミの慟哭が治まりを見せ始める中、彼女は小さく殺気を纏い始めていた。


 ――――コロス。


 芽生える感情に否が応でも苛まれる。


 ――――殺す。


 毛布を強く握る。


「……ユミ様? ()()ですか?」


 再びの『大丈夫』の相反言葉を皮切りに、押し寄せる呪詛がユミを飲み込んだ。

 いったいどの口がいっているのか。その口か。その喉か。


 ――その命か。


「――――ッ!!!!」


 ユミから声にならない声が上がった。

 呪いに操られるがままのように、ユミは自分でも何と言ったか分からない。

 だが、今はそんなことなどどうでもいい。今はただ、動物の本能に従い唸るだけでいい。


 ――――こいつ、こいつさえいなければ私はっ!!


 蓄積されたユミの思いが今、炸裂する。

 アルメリアの喉を掴み取り、勢いのままに二人はベッドから転げ落ちる。

 アルメリアに馬乗りとなったユミ。掴まえた手だけは確実に喉笛を捉えており、さらに両手となって――それは一段と強く、力の限りに喉を潰している。

 今のユミに躊躇いなどない。息の根を止めること。それだけの気概も、度胸も、力量も、今はある。十二分にある。

 このままいけば確実に殺せる。元凶を絶つことができる。全て丸く収まる。

 このままいけば――。

 このまま握り潰せば――、


「ゆ、ゆ……み、さま……」


 そんな中、弱々しい言葉がアルメリアから送られた。

 抗うためのアルメリアの手の冷たさが、握り潰すユミの手にはある。

 だが、抗う力はもうほとんど無いのだろう。徐に片手が落ちて行った。

 パタリと、重力に逆らえないままに床へと落ちる。こと切れるのも時間の問題といったところか。

 儚く散り逝く運命(さだめ)を前に、名を呼ぶ様はあまりにもおぼろげ。

 それが最後の言葉になるとも知らないのに――知らないのに――ユミの目の前はまた、だんだんと濡れていった。何故か溢れ出して止まらなかった。


 目の前がどうしようもなくなっていた。

 振り払うには手を離さなければならない。でも、離すわけにはいかない。でもでも、離さないとこのままでは――。

 せめぎあう頭の中のユミは、葛藤の果てにだんだんと真っ白になっていって――、


 ユミの目の前には兎がいる。


 ()()()()()()


 ――――ち…………。


 ()()()()()()


 ――――…………う。


 ()()()()()()()()


 ――――……が……。


 ユミの手のひらに残留する人肌程度の温もりは今もある。紛れもない体温が今もアルメリアかれ送られてくる。

 だから、気がついたことが相反していると信じたかった。

 ユミは咄嗟に手を離して、すぐさま自分の濡れを拭い落とす。吸収されて行く水たち。視界をクリアに開けさせる。

 そして――そしてようやく、ユミは理解した。


「ああ……ぁぁ……」


 ――ユミは相反していると気づいた。


 恐怖にひきつり、自分の犯した罪の重さに苛まれ、腰を抜かして情けない声を上げる。

 どれだけ信じていても、相反することなく存在する現実がそこにはある。そしてそれは決して不変することはない。


 目の前には兎がいる。


 ――活力無く泣いていた。


 ――闇にくすんでいた。


 ――弱々しく死んでいた。


 落ちた花はもう戻ることはない。たとえそれが造花であろうとも、同じ姿で日の目を浴びることもう二度とない。

 萎れた花に何を与えても戻らないように、死んでしまった者は生きて帰っては来ない。決して。


 ユミは人として越えてはならない一線を越えてしまった。

 目の前に広がる真実の光景から目を背けるように、ユミは走り出した。あたかも死の現場を目撃してしまった通行人のように、喚声を上げながらその場から一目散に逃げ出したのだった。


 ユミは城内を駆けていた。

 すれ違う際にあった人々の呼び掛けをも置き去りにして、止ること無くひた走る。どことも知れずに足を動かし続ける。

 脳を支配する残留物を振り払うには、何かで埋め尽くさなければならない。何かをしなければ。何かしなければ、飲み込まれる。


 ――人殺し。


「ちがう。……ちがう! ちがう!!」


 支配される。

 どれだけ他のことで埋め尽くしても、刹那に塗りつぶしてくる色があまりにも深くて濃い。

 一度支配されたが最後、鮮明に色づいて頭の端から端のどこにもこびりついて離れない。キャンパスのどこを切り取っても、目移りする害悪なる存在となっていた。


 ユミの足は止まる。ゆっくりと方向を変える。進行方向とは別。向かって右側へと歩き始める。

 ユミの虚ろな目に写るはただ一つ。城内を覆う壁だけだった。

 そこにたどり着いたユミは、何の躊躇もなく――、


 ――壁が震撼し始めた。

 大きな物音を立てて、静寂する城内を駆け回る。

 だが、それでもびくともしないのが壁だ。生身の体でいくらぶつかっても、破壊することなどできない。ましてや、彼女の『頭』一つで何ができるものか。

 それでも彼女は何度も頭を壁へと打ちつける。力に身を任せて、何度も何度も――。

 すると『赤』が流れ出す。それらが服を汚す。壁を汚す。床を汚す。それでも続ける。


 だって、しょうがないんだ。続けるしかない。どうやったってそれが、どうしたってそれが、したところでそれが、


「きえない……きえないんだもん……」


 消えないのだ。消えないのだから仕方がない。消えるまでやる。何度だってやる。

 ただ、それだけのこと。


 頭も去ることながら、手のひらにもそれは残留している。それを落とそうと、新たにそこも追加して壁に当たる。

 みるみるうちに頭も、手も『赤』に染まって、見るに耐えない少女がいる。

 膝から崩れ落ちて、意識が朦朧とし始めている。それでも止めようとしない少女――ユミ。


「……だれか、わたしをころして……ころしてよー!!」


 ユミは叫んだ。泣きわめいて、壁に向けて懇願する。

 ぶつけるしかない心の叫びを受けてもなお、壁はそこに鎮座しているだけだった。

 アルメリアは簡単に殺せたのに、自分には無意識にも躊躇している。どこかでストッパーがかかっている。ここから先がどうしても――どうしても遠い。


「……ころして」


 ふらふらながらも立ち上がるユミ。何度もそう呟きながら、壁づたいに歩を進み出した。

 この先に何があるかなんて分からない。それでもこのまま止まっていては苛まれ続ける。蝕まれる。もういっそそのままの方がいい気がする。だけど、言葉とは裏腹に死にたくはない。死ぬのは嫌だ。

 このままでは死にきれない。


 ――――こんなことがしたいんじゃなかった。


『赤』が流れると、沸点が下がり始める。吐き出すことで、スッキリすることがある。

 ユミは自然と冷静になり始めた自分と向かい合った。

 アルメリアは何で殺されたのか分からず死んだはずだ。

 ユミも――私も何でそれを行動に移せたのか分からない。

 でも、一つだけ私の言い分も分かって欲しい。


 ――――怖かった。

 ただ、怖かった。

 目の前の恐怖からただ逃げたかった。

 そんな恐怖に我を失った結果、アルメリアを殺めてしまった。

 きっと、私はあの場で恐怖を与える存在だったのだ。誰もがそうなり得るのだと。

 だから、誰も悪くはない。悪くはないはず。悪いのはそう――私だけだ。


「……っ、うぅ……アル、ちゃん……」


 どれだけ涙を流しても、それでだけでは償えない。償いきれない。

 恐怖に負けか結果が今だ。そして、最悪の称号までをも獲得する始末。

 人として終わっている。


「――――!!」


 今ここで、ユミ・ヒイラギは完全に理解した。

 人としてあるまじき行為により、文字通り人生が終わったのだ。それは、ユミは人でないことを表す。

 では、ユミとは何者なのか。

 その答えは既にあった。

 どこにでもある色のように、突如としてキャンパスの片隅からその色が浮かび上がってきた。


「……違う!!」


 それでもユミは拒絶する。

 その色とは既に袂を分かちあった。

 その色は捨てた。

 その色は――、


「私は……私は絶対に『魔女』なんかじゃない!!」


 ここで表面化した『魔女』の存在が、『リダイアル』と相互関係であるのは言うまでもない。


「……っ、そんなに私が死ぬのが見たいのなら見せてあげるっ!」


 苛立ちを露にして、どことも知れない『魔女』へと言葉を上げる。その『魔女』は今もきっと見ているはずだから。

 死ぬ様を見て、苦しむ姿を見て、ゴミの生き様を見て、ほくそ笑んでいるに違いない。

 腹が立つ。人の命を弄んで何がしたい。

 苦しいだけなのだ。苦しくて、苦しくて、苦しいだけ。

 先が見えない。それは当たり前のことなのに、それを得られる機会が生まれれば、生まれた分だけ、まさに地獄。突破口を一人で抱えさせられるのもまた鬼畜。そして、力がないのもまた、拍車をかけている所以である。

 だが、ゼロじゃない。一つ。たった一つある。


「私は必ず生きてやるっ! そして、約束を果たすんだっ!!」


 ユミからは今も髪色と同じ『赤』がポタポタと流れ続けている。

 壁の補助を外し、よろけながらも自分の足だけで立つ。そして、ユミはそのいるとも知れない『魔女』に向かって、どこへともなく大声で高々と宣言した。

 直後、ユミは呟く。

 その言葉をきっかけに、破裂音が響き渡ることになる。


 たった一つ。命を命で繋ぐ『赤』の力。それをユミは『リダイアル』と呼んでいる。

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