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夢戻リダイアル  作者: やまは
現実七日、夢六日
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二章 16夢 赤の惑い

 夜の帳の向こう側に辿り着いた世界。ユミはまだ、そんな世界の夜明けに取り残されて、今なお微睡みの最中であった。

 アルメリアが侍する中、虚ろな世界をぼんやりと眺めている間に、身だしなみは既に整えられて、


「ユミ様。まだ()()()()()?」


 アルメリアの言葉に、ユミは彼女の意思を尊重することにした。それは自らの欲にも忠実に従うことを意味する。


「……ん~。まだ寝たいの~アルちゃ――」


 ユミはアルメリアと共に再びベッドインしようとした矢先のこと、彼女から目が覚めるような一撃が言葉と共に送られたのだった。


()()()下さい!」


「ぐぅ……あ、アルちゃんって、け、けっこう……つよい」


 バタリとユミはベッドの上で力尽きた。

 倒れ込み、見ようにも見れない夢を描いて、痛みを噛み締める。

 ――異世界四日目。王城生活三日目は、アルメリアのビンタから始まった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 朝のいざこざも過ぎ去り、場面は客間へと移す。時はそう――あれから二時間ほど経過したか。

 カイが訪ねてきており、彼女と共にユミはソファーへと腰かけている。

 アルメリアは席を外している。お茶を持ってくるとのことだ。


「……ユミ。顔、腫れてない? 何かあった?」


「えっ? ――い、いえ何でもないです、何でも……」


 カイから身ぶり手振りを交えて、ユミは目を背ける。今もまだ離れない彼女の視線を浴び続けている。

 見定められているような気がしてならない――頬の腫れを。その赤は多少引いたとはいえ、だ。鋭いなと、ユミは思う。


 カイの疑いの眼に、恐る恐る視線を向けるが、瞬時――また背けた。そんな首振りを何度か繰り返し、「あはは……わ、分かりますか?」とユミは苦笑しながら彼女に問いを投げざるを得なかった。


「ユミの異変ぐらいすぐに分かるよ。気にしてるから――ユミのこと、全部」


 カイは軽く微笑んで、まるで恋人のようなことを言う。彼女のそんな言葉に、ユミは頬を違う意味で赤く染め上げた。

 冷徹さとのギャップか、彼女の笑みはいつ見ても美しい。それと合わせての美貌。同姓としても見惚れしてしまうものだ。


「……わ、わたし。カイさんと、そ、そそそ、そういう関係には、なれません」


 うつ向きながらに身ぶり手振りで何かを断るユミに、


「……何、言ってるの?」


 と、冷酷で残忍なカイの冷ややかな言葉が、ユミの背筋を凍え上がらせた。

 押し寄せてくる冷や汗が止まらない。

 何を言っているのやらと、流石のユミも自分の言動に引いた。馬鹿だろうに。いや、バカだ。大バカだ。何がそういう関係だ。アホか。


 自分自身でもドン引きの言動に、ユミはうつ向き続けるしかない。どんな顔してカイを見ればいいかが分からない。早とちりも甚だしいほどの思い違い。信頼と信用だろうに――あの状況からすれば。気づくのが遅い。


「……ユミは私をそういう目で見てるの?」


「そ、そんなこと! ……ないです。あぁ、カイさんだからとかそういう意味じゃなくて……あわわ、それじゃあ他の子はそういう目で見てることになっちゃう……」


「ユミが私を選んでくれるなら、私はそれでもいいけどね」


 泡食ってるユミの目の前で、傍若無人な態度でカイは何かを受理する。


「うぇっ!? えぇー!?」


 面食らったユミの表情に、「ふふっ。冗談だから」とカイは口を抑えて笑いを堪えている。その笑みもまた美しいが、

 ――――弄ばれてる。

 ユミはその事にようやく気がついた。


「……ひ、酷いじゃないですか! カイさん!」


 ユミは立ち上がって、指差しを交えながらに怒りの目を作る。


「ごめん、ごめん。だってユミが変な気、起こしそうだったから――」

「――ち、違いますっ! 私、そっちの気なんてないですから!」


 きっぱりと疑惑を否定する。

 如実に表れるユミの怒り。それをカイはことごとくかわす。それはもう踊るように――踊らせるように。


「ふーん。ならいい。私もそんな目で見られたくないから」


「私だってそうですよ!」


「話が逸れたね」


「ど、どっちが逸らしたと思ってるんですか~!?」


 今もなおカイの手のひらの上で転がされるユミ。心を落ち着かせるためにユミは、胸に手を当てて一呼吸――するとカイは「落ち着いた?」と、表情を正し、場の空気を一度リセットさせた。


「そ、それで……何かあったんですか? まだ朝食には早いですよね?」


 ユミは改めてソファーに腰かけて、カイへとそう投げ掛ける。

 とは言っても、だ。改めて掘り下げる問題事はそこではない。何故ならこの二日、朝食の時間は疎らだったためだ。さして問題ではない。

 だが、コウが来ていない。つまりはまだまだ早いのは明らかで、ましてや彼に何かあったとは考えにくい。外が慌ただしくないためだ。

 挙げれば切りはない。だから投げ掛けた。

 ――以上。


「ちょっとユミに聞きたいことがあってね。それで早くにお邪魔してるってわけ。そしたらユミが頬を腫らして待ってた。そして朝から変な気に当てられてたってわけ。――これでいい?」


「どうもありがとうございました!」


 答えと合わせて、改めて内堀にされた事柄に対しても力を込めて感謝を述べる。


「ユミってどこから来たの?」

「――――!!」


 ユミは驚きのあまり表情を崩す。

 その事について、今まで音沙汰なかったことが不思議だ。もれなくやって来た回避する術のない現実。

 出身地はどこ――日本。は? のやり取りが目に浮かぶ。

 だったが、


「私はユミが『内通者』じゃないかって、疑ってる」


 場の空気は一瞬にして深刻さを纏い始める。

 張りつめたのはユミの表情以上にその心であった。身震いを伴って、脈動は跳ね上がりを見せる。

 カイの突拍子もなく掛けられた疑念。――否、それは至極全うなことか。


「な、『内通者』……そ、それって……」


「でも証拠はない。ただ私たちが勝手に勘ぐってるってだけで、ユミがその可能性があるかもって話」


「な、なら、何でそんなことを私に……」


「期待してるから」


 カイは天井に視線を向ける。


「……自白を、ですか?」


 彼女の意図をすぐに察するユミ。


「そういうことにはすぐに頭が回るのね」


 感心したようにカイは見つめる視線を天井から、うつむくユミへとまた戻した。彼女は求めているのだと分かる。信頼、信用が故に、それが仇となってユミを襲う。


 ――――分からない。

 答えてよいものかが分からない。

 意図は理解できている。だが、真っ正直に答えたとて、それがカイが求めている解ではないだろう。ましてやますます疑念の余地を与えることなる。それにそれを証明する手立てなどない。


 ――――死ねというのか。


 この二日で、日の目を浴びユミ。だからこそ、このタイミングなのは何かしらの新たな意図があるのだろう。――いや、出揃ったと言うべきか。

 『戦争』を知る者達との引接。そして城の者達への見合わせ。全てが出揃ったこのタイミング。だからカイは改めてそう告げてきたのだろう。


 そもそもユミが『内通者』と疑われる所以などない。しかしそれはあくまでも彼女の観点でしかない。

 ――『リダイアル』

 ループの渦を漂い、今に至るまでに得たもの情報であるためだ。だからあり得ない。あり得ないのだ。それはユミの方が異常なのは明白なのだが――。


「……」


「答えられなくてもいいよ」


 黙りこくるユミを見かねてか、カイは優しい言葉を掛ける。


「大丈夫。私はユミを信用しているし、コウ殿下もそれは同じだから。――でも、私たちはユミのことを知りたい。勿論、全部話せって強要してる言う訳じゃないから……話せるだけでいい」


「わ、私は……」


 ――――言えない。

 ユミは言葉を詰まらせて、発信出来ずにいる。

 親身になってカイは受け入れ体制を整えてくれている。それなのに、話したら全てが終わる気がしてユミにはならなかった。ましてや嘘をついてもすぐにバレることも、また然り――。


「魔女」

「――――!! そ、それは!」


 カイの呟いた言葉にユミはすぐさま反応を示した。


「ユミが魔女だと仮定すれば、全て納得できるって話。別に驚くことじゃない。簡単な話だよ」


「……そ、その事については触れないで、下さい。お願いしますカイさん」


 ユミは頭を垂れてそう懇願する。

 カイの言葉は確信を突いている。魔女であるならば、余計な詮索をされないのを。

 甘い誘惑である。だが、ユミは魔女と袂を分かち合った。完全に立ち切ったのだ。乗る気はないし、詮索されるのは仕方がないのもまた確かで――。


「それを隠す必要があるのは何で? それを皆が知ればユミに掛かってる疑いが晴れるってことは、分かるよね?」


 その事を知るはずもないカイは詰め寄る。


「……前にもいいましたが、私は魔女じゃないです。それにもう――」

「――魔女じゃないなら、シギリ殿下が見せたあの指輪はなに? それに意味深な言葉の意味を説明して」


 当然ながら説明を求められて、ユミは答えるしかない。


「あ、あれは、ただ私が捨てたものってだけです……それをシギリさんが勝手に拾って……い、意味なんてないです。からかってるだけだと思います」


「なるほど。あれが魔女の証なのね」

「――――!!」


 カイの見解にユミは驚愕の表情を隠せなかった。そんな彼女に「本当なのね」と的確に射ぬいたカイは確信を示す。


 ――――バカだ。大バカだ。

 ユミは拳を握りしめて、悔い改める。

 迂闊に口を滑らせて、聞いてもいないことまでベラベラとしゃべってしまった。

 こんな口軽、ポーカーフェイス皆無な私が『内通者』でないのは、薄々気づいているんじゃないのかと、カイの観察眼ならばと、そう思ってしまう。


 ユミはあまりにも無力である。無力でしかないのだ。直接的にも、間接的にも、人間力でも、全てにおいて劣っているという事実。

 だから一人では何も出来ず、彼女を頼った。コウを助けるために。

 それが彼女に魔女と露呈させる結果となったのだ。


「埒が明かない。――コウ殿下に伝えるよ。ユミが魔女だって」


 立ち上がって扉へと向かうカイ。ユミは大急ぎでそこに割って入る。

 ――――知られたくない。

 知られたくないのだ。何のためにここまでやって来たのか。全ては、全ては――。


「お、お願いしますカイさん。そ、それだけは……それだけは……」


 ユミは涙声になりながらカイの懐へと飛び込んで訴えかける。


 ――――コウには知られたくない。

 それが全てだ。本音だ。本心だ。


「それがユミの本音なのね」


「……へ?」


「野暮ったいから言わないけど、自分の気持ちに……それも野暮か。――あのね、ユミ。落ち着いて」


 カイの懐で何度もポンポンと彼女の体を叩くユミ。積み重なる彼女の攻撃に流石のカイも嫌悪を示している。

 だが、赤を撫でて鎮めようとしている優しさが表れているのもまた真実。


「言わないから。そう約束してるでしょ? 忘れた?」


「……わ、忘れてない。忘れてないですけど……でも……嘘でも、冗談でもそれだけは言わないで」


 殴りを止め、言葉を紡ぐが覇気はない。


「……分かった。ごめんユミ。私の方が野暮だった」


 ユミは崩れ落ち、カイはそんな彼女をしばらくの間、包容した。

 そして時は暫し流れ行く。慟哭が静かになるまで――。


「私たちも本当はユミを疑いたくはないけど、そうもいかないのは分かって」


「わ、わかってます。私が隠してるのが悪いって……」


 落ち着きを取り戻したユミは、カイに支えられて立ち上がる。

 己の生い立ち。特別なことはこれといってないのに、語れない。だが、ここではそれが特別なのだ。その意思は変わることはない。


「もし仮に、ユミが『内通者』だったら、客人として受け入れた私達に問題がある。そのことでコウ殿下に飛び火するのは、分かるでしょ?」


 カイの言葉にユミは頷く。

 ユミを客人として迎えたのはコウだ。『戦争』のことを知らないものにとっての彼女は、ただの客人。だが、それを知る者にとってのユミは――疑わしき者になる。


「疑われてるのは、私たちとユミが一昨日会った人達」


「そ、その中から『内通者』を見つければ――」


「――そっ。一応ユミの疑いは晴れるね」


 希望を見出だしたのだが、


「と言っても、それは私たちの仕事だからユミに出来ることはない。――疑われる行動だけは取らないこと。城を一人でうろついたり、こそこそしたりしないこと。一番疑われているのはユミだってこと、忘れないで」


 カイからの注意換気が飛ぶ。

 当然と言えば、当然か。その言葉に気を引き締めて、「はい」と力強くユミは頷く。

 そんなユミににこやかに笑みを浮かべたカイは続けて、


「今日は王都に出掛けようか。出来るだけ城にいない方がいいし、ユミも――」

「――は、はい! 私、王都のこと知りたかったんです!」


 その言葉にユミは目をキラキラとさせて、カイを見上げた。


「――それじゃあユミ。また後で来るよ」


 しばらくそんなユミを眺めたカイは、彼女との包容を解き、扉を開いてその場を後にした。

 手を小さく振ってユミは見送り、バタンと扉が閉まった音が鳴り渡る。


「……言えなくて、ごめんなさい」


 誰もいない。誰にも響かない。誰にも伝わらない。それでもユミは頭を下げ、謝罪の姿勢を無機物なる扉へと静かに呟きながらに繰り出したのだった。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 話せないのはユミのわがまま。傲りに過ぎない。

 だが、見たり、聞いたり、目の当たりにしたことのない事柄を羅列し、それをさも当たり前の概念として存在するかのように振る舞いそして、それがあたかも世界の常識として皆に受け入れさせるのはどうしたって無理がある。そのことを理解しなければならない。誰もが悩み、もがき、苦しむ。


 世界の理からはみ出し、別の世界の理と一部となったのだ。譲歩するのはそこに迷い込んだ者が決めること。何故なら彼女がそうなのだから――。


 ヒイラギ・ユミがそうなのだから――。

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