二章 15夢 夢人の憶測
既に刻限は夜の帳を迎えている。
執務室でコウは、カイと共に今日の仕事の整理。そして、明日の書類に目を通していた。
二日目。その二日目はユミを連れて城を案内して回った。城内も去ることながら、敷地内は広大であるために、主要な場所をざっと一周。それだけであっという間に二日目は終わりを告げた。
王城へと招かれた第二王子の客人――ユミ・ヒイラギ。今や彼女の存在は、城の者達全てに知れ渡っていることだろう――それは、同上が理由のためだ。否が応でも皆の目にあれは飛び込む。
――あの『赤』は。
それはいい意味でも悪い意味でも、注目の的となっているのは確かだ。
「カイ。お前から見てユミはどう写ってる?」
今日一日の仕事をまとめ終え、書類を受け取りに来たカイへとそう投げ掛けた。
話題に上がった当の本人は今頃、アルメリアと共に就寝しているころであろう。
「ユミ、ですか? おもしろい子だと思います」
カイは書類を受け取り、笑みを浮かべながらに、自らの見解を語った。彼女にとっては好印象といったところか。
まだ出会って日は浅いものの、コウもおおよそではあるが、ユミ・ヒイラギという人物像はしっかりと見えてきていた。
「――特に表情豊かなところが」
表情を正してカイはそう付け加えた。「ははは、そうだな」と笑ってその意見にコウは同意する。
ユミは表情に富んでいる。それが彼女の人となりを最も象徴している。
驚嘆。憤怒。高揚。弱気。強気――他、様々な顔を作り、飽きさせない。ユミは純粋なのだと、コウは思う。
そんなユミの純粋さは、すぐに顔に出るため、相手に悟られてしまう。それはある時には長所であるが、基本的に短所である。
「それ以外で何かあるか?」
「他には特に。これといって特筆すべきことは……強いていうなら、よく寝る子だと。それくらいです」
「寝るのは大事だからな……って、それはいいが――ユミのことで何か不自然だと思うところはないか?」
「……不自然。確かに思い当たる節はいくつか――」
「――だろ?」
食い入るようにコウは立ち上がり、悩めるカイを少しばかり見下ろした。
「その事でお前の意見を聞きたくてな。――少し付き合ってくれ」
「はい。コウ殿下」
カイの返事の余韻が残る中、それを掻き消すように扉を叩く音が響く。「夜分に失礼致しますコウ殿下! お急ぎの文書が届いております」と、カイは対応するために、扉へと向かっていった。
「ありがと」
「――!! で、では失礼致します」
カイへと文書を渡した兵は、顔を少し赤らめていたのが、コウの位置でも確認できた。「あぁ、ありがとう」と、コウの言葉で執務室は閉ざされ、また二人だけとなった。
「開けていいぞカイ。恐らくそれは――」
「――国境通過記録……なるほど。これを見れば一目瞭然だね」
「そうだ。プラノ全域の関所からだから丸一日かかったが、それでも速い方だろう。兵達には感謝しかない」
「そうだね。一先ずこれでユミが何者かが分かるのは大きい」
外れでも構わない。それならそれで新たな答えが自ずと浮かび上がる。
「「ユミが異国からの来訪者かどうかが!!」」
コウとカイ。二人はそれぞれの席へと着いて、しらみつぶしに記録の読み漁りを開始した。
――それから二時間後。
「これといって『赤髪』についての記載はないね」
「……こっちも同じだ。特に問題はない」
受け取った書類には一人一人、事細かく記載されてる。性別、入国理由、身分証まで多岐にわたる。
だが、一日に何人もの人間がそこを通過すると思っているのか。ましてやそれがプラノの全域なら尚更――だからここ数日。特に少女に絞っての書類を求めた。
その結果――ユミ・ヒイラギに該当する人物はどれも当てはまらない。書類の不備も確認したがそれもない。
――――不正入国。
それがコウの脳裏を過るが、短絡思考は得策ではない。まだ別の可能性があるためだ。
「あれだけの物。目立たない訳がない……隠蔽したとしても必ず噂は――」
「――あぁ、そのことで一つ報告が上がってる」
考え込むカイはコウの言葉に視線を彼へと向けた。
コウに報告されたユミに関する情報は一つだけあった。
「先日――俺たちがユミと初めて出会った日だ。『赤い髪』をした少女が、見慣れぬ服装で王都へ入っていったと。しかも大声で悲鳴を上げてたと、目撃している者がたくさんいるらしい」
「なら、ユミはプラノの生まれってことになるね」
別の可能性というのがそれ。元の生まれがプラノなら国境通過記録に残らないのも裏付けられる。
「『時の鐘』も知らないみたいだから、王都からは離れた土地」
カイの推察はコウもまた同じであった。
ユミはプラノの生まれで、辺鄙な地出身。もしくは島生まれか。
ただ、
「そこが不思議なんだ。今の今まで噂すら流れなかったのはおかしいとは思わないか? 『赤髪』で――ましてや女の子だ。言っては悪いが、その土地の領主や貴族達の目は自然とユミへと向くはずだ」
事実から目を背けてはいけない。それはユミを知る上でも必要不可欠の要素であり、彼女が直面する問題にも直結するためだ。隠匿しても意味をなさない。
ユミを思うのならと、コウは真っ直ぐに問題を浮き彫りにした。
「それは……そうだね」
言いづらそうではあるが、カイもそれに同意した。――否、するしかない。下手な嘘をついても仕方がないのを彼女は知っている。
何せ彼女は『近衛兵士』の前に、『伯爵令嬢』であるためだ。
実際、そういうことで没落した貴族はごまんといる。
「……悪い」
「それはユミに対する言葉? それならいいけど――私に言っても仕方ない」
「……悪い」
最もな言葉にコウは再び謝る。「埒が明かないね」と、若干呆れた様子のカイに、「そうだな」とコウはただそう返すしかなかった。
「話は戻るけど――だとすれば、ユミの家系はそれなりの家柄ってことでしょ? そんな例え話するってことはつまり、そうじゃない」
「察してくれて助かる」
カイの理解力には脱帽する。それだけに、コウは彼女を信頼している。だからこうして相談できる相手とも言える。
ユミはコウにとって恩義ある存在。だからある程度は彼女の身辺を知っておきたい。こそこそと裏で嗅ぎ回っているのは彼女も同じだから、そこは愛嬌だろう。
ただ、それ以上に――。
「なら、可能性としてはあそこぐらいか……」
引き戻されたコウは、カイの言葉に体が振れた。「どうかした?」と、カイはその様子に反応し、「何でもない」と平静を保って返し、
「とは言っても、あそこは俺の領分でも足りない。兄さんなら知っているだろうが……」
「教えてはくれないだろうね」
「……そこは察しなくていい」
項垂れたコウは苦笑いを浮かべた。
「でも、あそこの可能性があるなら、『ロベリア候』にとってユミは汚点でしかないはず……なのに――」
「――そこは俺も引っ掛かってる」
『ロベリア候』――プラノとルテーノの国境付近を領地とする『辺境伯』の爵位を持つ人物。男性であり、年は三十代前半。
彼は、ユミが『リコリス候』と並んで危惧していた人物でもある。
「『ロベリア候』は謎が多い人だが、このプラノ王国の重鎮には変わりない。今回の『戦争』についての呼び出しにも応じてる」
昨日の挨拶――ユミも同席した仕事の顔ぶれは、異例であった。彼らは国の中枢を担っていると言っても過言ではない。それだけに、その人物たちが一同に会する機会など、行事ごと以外ではプラノを揺るがす緊急事態が進行していることを示している。
――それが『戦争』
だから彼らは王城にいた。都合よくユミの顔見せができたのもそれが理由だ。
「当事者だから……って訳でも無さそう。――段々見えてきたね」
「いつもなら使者を送るのが『ロベリア候』のやり方だ。だが、今回は事態が深刻だった。そう言われればそれまでだがな……」
ルテーノとはつい先日まで、水面下ではあるが戦争状態であった。そのため、『ロベリア候』――もとい彼の領地の兵達が応戦している。それは変えようのない事実。
――逃げ出してきた。
それはない。彼はそこまで臆病風に吹かれてはいない。むしろこちらから攻めている。それはないと断言できる。
ならば王城に来た理由だ。そこだけが不可解で仕方がない。
攻める口実があるならば、シギリからの指示は多少なりとも仰いでいる――もしくは受け取っているはず。そのためにわざわざ足を運ぶとは考えにくい。それこそ使者を送るだろう。
独断での決行。それなら咎められるために呼び出されたと考えるのが自然。
だが、当然それもない。それこそ無視を決め込む。むしろこちらにも兵を差し向けているはずだ。
謎なのだ。『ロベリア候』という人物が――彼の領地内の出来事が――だからユミとの繋がりがあるのではないかと、コウは勘繰っている。勘繰ってしまう。それは恐らくカイも同じであろう。
「ユミが直接言ってくれれば話は早いが――」
「――ユミは言わないと思うけど?」
「……だよな」
乾いた笑いを上げて、ふんぞり返る。ふと見上げた天井が近いようで遠い。まるで今のユミとの距離感のように――。
幾度となくカイとの口論を重ねても、結局はユミの一言が全てを決める。彼女が語れば今までの苦労は水と消える。それはそれでいいことではあるが――。
だが、カイは懸念を示している。それはないのだろうと、コウは思う。もちろん語ったとしても、嘘の可能性は十分にある。しかしそれはユミの表情から読み取れる。そこがユミの長所であり短所。聞くだけならありだろう。
「聞くだけは聞いてみるか」
「そうだね。その価値はある」
嘘なら嘘の答えで構わない。もし本当のことを語るのなら、それはそれでユミを知れるいい機会となる。コウは彼女のことを何も知らないのだから――。
「――ユミはどこで『戦争』について知ったんだ」
姿勢を正してカイへと視線が飛んだ。彼女も、そのことで態度がより一層深い思考の底へと向かった様子であった。
コウは前々から疑問を感じていた。何故ユミが『戦争』のことを知り得ているのか、と。それは彼女が知り得るはずのない情報だ。それこそ『ロベリア候』や『リコリス候』などのように、中核を担う人物でないと――、
「――あり得ない、んだよな。ユミ的に言うと」
「その事はどうやらシギリ殿下も危惧しているようで」
カイは立ち上がり、コウへと近づいて、
「――『内通者』がいると」
そう一言。コウは目を見開いて驚きを露にされた。
また新たな疑惑がコウを襲ったのだ。ユミに対するまた一つ。出生。態度。情報源――他、ユミ・ヒイラギという人物が目に見える所以外の謎は深まるばかり――。
夜はこれから更けてゆく。




