一章 3夢 魔女メイド
――――こんなに綺麗な人がいるなんて……。
まず『亜人』ではない。
佳麗な顔立ちから見つめる双眸が、橙色の輝きを放ってユミを捉えて離しはしない。
手入れの怠りなど微塵も感じさせない、長い水色の髪が風に揺られて背中でなびいている。
細身の体格でスタイル抜群。ちょっと胸が可もなく不可もなく――平均的。
上から下。粗を探そうにも、見つけるのは至難の技であろう。
完璧なまでのメイドがそこにいる。
「何故、メイドさんがここに……」
ヒイラギ・ユミ。十七年目の人生にして、生メイドとの初接触である。
とられた呆気をぬぐい去るように、頬を叩く。そしてユミは改めてその人物を見やるが、いるのはやはりメイド服姿の超絶美人であった。
白と黒のコントラストのクラシックなメイド服には、かめのマークが何故かある。
腕と足を覆って、その下の素肌を見せてはくれない。
水色の髪に架かる白い橋。
これをメイドと言わず何というのか――。
「私はただ呼ばれましただけでございます。それに、こう見えても一応『魔女』ですので」
悟ったはずなのに、その魔女メイドの一言にユミは震えた。
魔女であると示したにも関わらず、すぐに現れた本物。折角ついた嘘が露見し、本音と共に情に訴えかけたことさえ意味をなさなくなる。
「それで……あなた様はどちら様でしょうか? 私はあなた様の疑問にお答えいたしましたが……答えてくれませんか?」
丁寧な物言いから淡々と紡いだ言葉で再びユミへと問いかける魔女メイド。
そのさいに行われた一つ一つの仕草には、魔女である前にまずメイドであるというのが垣間見えた。
「……あぁ~もう! 魔女よ、魔女! あなたと同じ魔女のユミよ」
赤髪をくしゃくしゃにして、やけくその嘘っぱち。
嘘なのはすぐにばれる。だが、不思議な力を知っており、情に訴えたノイとゼーブなら――と、そんな淡い希望を託す。
とりあえず気休めに、目線で助けを求める合図。ウィンクを送った。
ノイとゼーブが気づいたか気づかなかったか、それは定かではない。
が、
「……ユミ様。そのような方を魔女に見初めた覚えはありませんが……」
「いやいや、確かにそっちの彼女は不思議な力を見せてくれたよ? なぁゼーブ」
「……確かに。奇怪な音を出したのは間違いない」
ノイとゼーブが、先程のユミが行った魔女力を示したことを事細かに説明しだす。
「――なるほど。では先程の魔獣達の暴れようはあなた様のお力でしたか」
「そ、そうよ。あ、あなたにも見せてあげようか?」
思い描いていた通りの展開で、声の動揺が隠せていない。それでも見栄だけは張り通した。
「いえ、お構い無く。また魔獣を暴れさせられては困りますので――申し遅れましたが私は『フィア』と申します。『フィア・エクソス』どうぞお見知りおきを」
手を前にして、深いお辞儀を伴った自己紹介。
ユミは思わずフィアのそれに釣られて「あ、どうも」と、会釈混じりに答えた。
フィアと名乗るそれは、魔女ではなくメイドである。そうユミの中で、格好だけではなく、その一連の仕草で確信に変わった。
魔女らしいさは一切なく、ファンタジーのメイド。ご主人様に対して従者。その威厳しかない。
「では、ユミ様。こちらへお越し下さい」
手のひらを上に向けての素振りを伴って、フィアに呼ばれた。
不思議と引き寄せられるようにユミは歩み進めた。
そこに悪意というものは一切感じ取れない。ましてや嘘を咎められることさえないという思いしかない。
今ある悪意はノイ達のほうが大きい。その大多数を占めているのがゼーブであるが、ノイにもほんのりとそれはあった。
警戒心が抜けたとはいえ、魔女は魔女であることに変わりない。
ゼーブは未だに剣を手に取り、それが魔女または異教徒なるものに対する憎悪なのか、睨みを効かせている。
そしてノイはそれを制止している。
そんな二人プラスウマゴンよりかは、まだメイドであり魔女のフィアの方がまだいい。ましてや女性というのも、それに拍車をかける。
この異世界で初めての女性だから。
この場において珍妙な二人が向かい合う。高校指定の制服とメイド服。
メイド服のフィアの方が若干背が大きい。
ユミを呼んだフィアだが、これといって発することなく、ただ静寂な時が暫し流れたが、いたたまれずユミから切り出す。
「色々聞きたいけど……いいですか?」
「それは構いませんよ。ただし、一つには一つ。ユミ様にもお答えを強いることになりますが、それでもよろしいでしょうか?」
「うん。いいよ、別に」
「では、ユミ様からどうぞ」
余裕綽々なご様子で、先行をユミへとくれた。
聞きたいことは山ほどあるが、提示された条件に違反した場合どうなるか――なんて要らぬ質問をしてしまいそうになるが、それを抑えて、
「魔女ってなんなの?」
と、この異世界に来て散々振り回されている『魔女』というものについての見解を問いただした。
今は、この世界が――とか。
あの二人が何者なのか――とか。
フィアは――とか。
そんなことよりも、魔女という存在がユミの中で確立していない。このフィアというメイドが、魔女であるというのであるならば、知っているはずだから。
だったが、
「――ふふっ。魔女と名乗っておきながら、魔女そのものについてのご質問とは、中々にユーモア溢れるお方とお見受けできます」
などと、あしらったフィアの言葉に、ユミは紅潮を抑えきれなかった。
魔女と名乗っておきながら、魔女を知らないから教えてくれと頼むバカなどいない。
――――完全に油断した。
これでフィアに頭が上がらなくなり、自らを窮地へと陥れてしまったことに、押し黙ってうつむくしかなかった。
だが、ユミの赤い髪を撫でるようにフィアの手が乗せられる。それが、心地よい温もりを伴っており、ユミは自然と見上げた。
フィアがユミと目線を合わせるために少しばかり屈んで、
「冗談ですよユミ様。あまり落ち込まないでください。知らないことを聞くということは、とても難しい行いの一つです。それがいかに常識的なことであったとしても、知らずに抱えているより、いっそのこと爆発させた方が今後のためにもよいことだと、私は考えておりますよ?」
まるで子供をあやすような――母性の塊のようなフィアの言葉と行動が、今のユミには突き刺さった。
巨大な存在を前に、ユミは全てをさらけ出してしまいそうになる。
「……なんなの、フィアさんは……どうみても私と同じか、二、三才ぐらいしか違わないはずなのに……何でそんなに大きく見えるのよ」
「人は見かけにはよらないということです。外見でのご判断は、歪みとなり、過ちとなってユミ様に襲いかかるやもしれません。お気をつけくださいませ、ま・じ・ょ・さ・ま」
「うぅー、それはないでしょ~、フィアさ~ん!」
からかい全開のフィアの攻撃に、ユミはギャグ全開で三百六十度腕振り攻撃をお見舞いするが、片手でおでこを抑えられて当たることはなかった。
結局、全てさらけ出されてしまった。
フィアという魔女メイドは、直接的な力とは別にナニか恐ろしい力を秘めている。
今だ続くユミの攻撃入り交じる中フィアは、
「ふふふっ、冗談その二です――では改めてご質問にお答えしましょう」
その一言に、ユミは冷静さを取り戻し、フィアへと真剣な眼差しを向けた。
「魔女というのは、『魔法』という『加護』を持ち合わせている者のことを総じてそう呼びます。もちろん男女の隔たりはなく『魔女』。そう呼ばれます。現在この世界で、魔女と呼ばれる者は数にしまして『二十』。私もそのうちの一人です」
フィアの魔女について説明講座を真剣に聞き入るユミ。
それに嘘がないのは自然と分かる。
魔法という言葉が飛び出し、ユミの興奮は高まるが、その数の少なさで落ちた。
どうやら魔法を軽々しく使える世界ではないらしい。
魔女に対する魔女ならざる者の比率が分からないが、仮にこの世界の人数が約七十億人だとすると、その分の二十。出会えること事態が奇跡といえる。
この異世界にそんなに人はいないと、内心ユミは思うが、
「では私の番ですね――あなた様はどこでその力を身に付けたのでしょうか?」
次の番はフィアだ。
「私の力って……魔獣のことでいいの?」
それとなくスマホ以外の力があるのか確かめるための引っ掛けを交えたが、
「ええ、その力です」
それは叶わず、答えるしかなくなった。
「こ、これが私の力。魔道具よ」
ポケットからスマホを取り出してフィアへと見せつけた。
「ほぉ。それは見たこともありませんね。なるほど……魔道具ですか……これは中々に興味がそそられますね」
興味津々の様子だが、決して触れようとも、ましてや取り上げようともせずに、ただ双眸だけがそれを見やって、顎に手を当てての考える素振りでフィアはいる。
その姿勢の良さは見習うべきものである。
「つ、次は私の番だよ?」
慌ててスマホを隠すユミ。
「もう少しだけ見せてくれませんか? もちろんただでとは言いません――これを差し上げます」
懇願の後に、フィアが指を鳴らすと、彼女の左薬指にはめられているものと同じ、『指輪』が突如として現れた。
「この指輪は魔女である私から、ユミ様への贈り物です。もしもよろしければ、お受け取りください。呪いというものではありませんのでご安心を」
最後の念押しは、魔女にそういう偏見があるからなのだろうか。それは定かではないが、銀色に輝く指輪をフィアは見せてくれた。
指輪を生み出した。もしくは出現させた不思議な力が魔法であるの瞬時に悟る。
「その指輪に何の意味があるの?」
自然とユミはその言葉を投げかけてしまった。
――――投げてしまった。
そう思った時にはもう遅く、「それは一つに入りますよ?」と、フィアの王手にもう待ったはもらえない。しかたなくユミは、「分かった」と、投了した。
疑問でしかない。力を突如として発揮し、現れた指輪。その指輪の力には当然に疑問が浮かび上がる。だからこそ、うまく引っかけられたと――そうとも取れる。
「一応、ご忠告させいただきますが、魔女なる者が、自らを魔女だと軽々しく名乗るのはあまり得策ではありません。あそこに居られるゼーブ様のように、忌み、嫌う方のほうが圧倒的に多いですので」
フィアの注意喚起はとても重い言葉であるのをユミは知っている。
格好というものもあるが、勝手に魔女だと判断され、そのせいで剣を向けられた。
一時はどうなることかとユミは思ったが、それでも魔女という存在に助けられたのは事実としてある。
「――この指輪は私、『魔女生』『第二十一』の魔女であるフィア・エクソスがあなたを魔女と仮ですが認めた証です。ユミ様が大事にすれば、この先この指輪はきっとお役に立つことでしょう」
注意換気の後、フィアは跪いてその指輪をユミへと差し出す。
ここまでされては無下に断れない。ユミはそれを手に取り、「どこにつけるの?」と聞くと、「お好きなところで構いません」と、とりあえずはめるのは見送り、ポケットにしまった。
そんな仮魔女と魔女の一連の流れを終わるのを待っていたかのように、一つのウマゴンが砂埃を立てて、この場に現れた。
それにこの場の全員の視線が注がれる。
「……おかしいですね」
ふと声を上げたフィアに釣られるように、ユミは彼女へと一人視線を変えた。
「え? なにが?」
「お二人で来ると聞いておりましたので……お一人とは」
フィアを見ていた目が、またその新たな人物へと出戻ったユミ。
その人物の表情は、どこか険しさを物語る顔つきであった。