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夢戻リダイアル  作者: やまは
夢と現実の一日
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一章 2夢 魔女である証明

 ヒイラギ・ユミは、それを素手では触れなかった。


「きたないな~。うぇー」


 漏れだす声には嫌悪しかなく、表情もそれに倣う。

 カエルの舌がまとわりついたかと思うと――ハンカチという布の存在が『異世界』に同行してくれたことに感謝するしかない。


 水色のシンプルなハンカチを上から乗せてからの――奪取。

 ついでにそのハンカチで先程の手の液体も拭い去っていた。


 それは自然に行われた拒絶反応であり、ノイとゼーブ。そしてウマゴンからの警戒心は残したまま。確実に距離を取ってから、改めてスマホを磨く。


「……何だか、気落ちしちゃうなぁ~」


「ノイ様。相手は魔女であり、異教徒。何も落胆せずとも……」


「これでも――なのに? ……いつもきれいにしてるんだけど。そんなに舌は駄目か? ゼーブ」


「……普通の神経ならそうかと。それに、相手が魔女でないと仮定するならば、あれは人間のおなごです。拒絶されるのも無理ないかと……」


「……なるほど。確かに」


「――それより、何ともありませんか? あの魔女……魔道具と言っていましたが、その影響などは?」


「うーん。特に……ないかな。だけど、油断はしてない――その時は任せたよ、ゼーブ」


「……勿論。その時は、必ずや……」


「まぁまぁ、そんな顔するなって」


「――おーい! いつまでも喋ってるのー?」


 そんなカエル型亜人ノイと、中年男性騎士、ゼーブ。

 二人の会話をユミは知るよしもない。


 ――まずは何を魔女と言うのを何で示せばいいのやら……。

 そんな心境に待ったをかけて、


「私が魔女ってどうすれば分かってもらえるの?」


 と、今は二人に問いかけるしかない。

 知らないのなら聞く。当たり前のことだが案外難しい。

 が、今はそうも言ってられない。死ぬか生きるか――奴隷か、はたまた――。そんなことを思うと自然と言葉は発せれるものだ。


「うーん。そうだねー。魔女なら、不思議な力が使えるはず。私たちはそう認識しているから、その力を見せてほしいなぁ。あぁ、もちろん攻撃してきたらそれなりの対応を取らせてもらうよ?」


 ノイは首をかしげて、ユミとの共通認識を持たせるための条件を提示した。それにユミは納得し頷く。


 だが、そのあとに続いた言葉は、かしげた首が正され、真剣な面持ちで発せられたものである。

 当然と言えば当然のことだが、ことを穏便に済ましたいのはノイも同じだと考える。


 ただ、もう一人はそうとはいかないようで――。

 ノイの言葉を携えて、ゼーブは表情も変えずに腰の剣を引き抜き始めた。その動作は軽やかで、騎士としての実力が垣間見えた。


 ――――間違いなく強いでしょ、ゼーブさん……。

 そんなユミのゼーブに対する評価は高い。

 星四つ。五つ中の、死への期待度星四つだ。


「……認識? それじゃああなた達も本物の魔女を見たことはないってこと?」


 そんな異世界ランキングなどは一人で終わり。

 ノイの単語がユミの中で引っ掛かった。だから投げる。こっちの方が重要。


「まぁ、そういうこと。魔女なんてそんなにいないからね」


「じゃあ、その仲介役の魔女も?」


「そうだね、君の言うとおりだよ。見たことない。――さ、もういいかな? そろそろ君の力を見せてほしいんだけど?」


 ノイからも断絶され、いよいよその時が来てしまった。


 まとめると、魔女は不思議な力が使える。

 その人数は少ないようだが、一人ではないらしい。

 そして、仲介役の魔女がこの辺りかは知らないが、来るということ。


 ――――まだ考えもまとまってないって……。


 切羽詰まった脳内を締め付ける思考とは裏腹に、颯爽とその手はスマホの上を駆け回る。

 特に異常無し。異常なのは、ネットワークが死んでいることだけで、スマホ事態の能力は生きている。

 カメラ。音楽。電卓などなど……もとからあるものは使える。

 さすがにスマホで無双! なんてことはなかった。


「……それじゃあ――えいっ!!」


 一先ず()()()を示してみることにした。

 スマホをノイ達に向けての――――発射。


「……何してるの? あの子は」

「さぁ? 何やら魔道具が光だしたようです。お気をつけください」


 思いの外、二人の反応は冷静であった。


 ()()()は、『ライト』のこと。

 こちらの世界で言うならば、恐らく光魔法『ライト』的な力のはずだが、光明をこの力では見いだせなかったようで、白けた雰囲気が場を包む。


 今は日輪が照りつける時間帯。そんな中、ライトは意味を持たない。

 その事に気づいたユミも、慌ててその力を封じ込める。


「な、なんか恥ずかしい……」


 込み上げてくる羞恥心を何とか抑えつつ、次なる一手に思考を巡らせる。


「これがダメなら、カメラがいいけど……そうよね……」


 次なる候補に上げられたのは、『カメラ』である。

 最先端の技術から生み出されたスマホのカメラなら、それ相応の力というのを示せるに違いない。


 だが、光を発した魔道具ことスマホに、警戒心は高まっているこの状況で、写真を撮る。撮ること事態、わけない。フラッシュを焚く訳でもないし、ズーム機能もあるためだ。


 が、魔女であると証明するため、それを見せたならどうなる。

 ――――そう、確実にあの剣の餌食になる。


 そもそも写真という概念を持っているのかすら分からない状況で、魔道具に写った自分の姿を見せられたのなら、気味悪がるのは当然のことだ。


 そして、このカメラの一番の問題点はその力を示すのに、近寄らなければならないということだろう。

 近寄らずに力を示す。そのぐらい慎重を期さなければ……。


「――と、なると、音楽くらいかな?」


 ならと、思い浮かべる手段は音楽。音楽は万国共通のはずだ。

 それに、音楽なら近づかなくてもそれと示せる。


 ユミは音楽が好きで、邦楽ないし洋楽。ジャンルは問わずに幅広く聞く。

 心打たれるものが異世界をも繋ぐ――そう信じたい。


 再生ボタンを押し、突如としてユミのスマホから流れ出す大音量のドラムから始まるジャズオーケストラ。

 落ち着かせるような――それでいて激しく奏でられる音楽が、鞭打つように静かな草原に鳴り響く。


「へ~これはすごい力だね。あの魔道具から音が出てる。それに聞いたことない音だけど、どこか心に刺さるよ」


「……確かに――ですが、まじないの儀式やも知れません」


 その音楽はノイは捉えた。

 実際問題、ノイを捉えられればそれでいい。ゼーブの忠誠心からみても、ノイが落ちればゼーブもそれに従わざるを得ないはずだからだ。


 気分を変えて、今度は声のあるもの。アニメソングでも聞かせてみる。


「おぉ! 今度は人のような声があるね。凄いじゃないか! 私たち以外誰もいないのに、全く違う声が聞こえるなんて」


「ノイ様は幻聴を聞かされているのです。やはり呪い。そう捉えざるを得ません」


 興奮気味のノイに対して、冷静なゼーブ。

 このまま続けてはゼーブの怒りを買いかねないため、そして充電のためにも音楽を一時停止。


「こ、これでどう? まだ私が魔女じゃないって言える?」


 指を突きつけ、自信満々にノイ達へと魔女らしき力を奮ったことを誇る。

 こういう時は自信たっぷりに振る舞う方がいい。そう考えての行動。


 そのユミの行動に、ノイとゼーブは何やら話を始め出した。


 その一方で、ウマゴンの目付きがまるで鋭利な刃物のように鋭く尖らせて、ユミを睨み付けている。

 ユミもそれに気づき、ウマゴンから目線を逸らした、

 ――――その時だった。


「わわわ!? な、なにっ!?」


 突如として訪れた地響きに、ユミは立っていられずその場に倒れた。

 ノイとゼーブは倒れはしないものの、ふいの強襲に踏ん張るのがやっといった状況。

 この場で一番の屈強なウマゴンは微動だにしていない。それどころか地響きを諸ともせずに何故かユミへと突っ込んでいく。


「うわぁ!? ちょっとー!!」


 逃げ出そうにも、地響きのせいで動くことがままならなず、声だけが助けを求めての一人歩き。

 砂埃を撒き散らせながら、確実にユミへと向かうウマゴン。

 ――――踏み潰される。そうユミが思った瞬間だった。


 パチン――と、ユミの耳に訪れた甲高い破裂音。

 奏でられたそれは刹那に消えて、草原を支配していた地響きさえも消し去った。

 そして訪れたのは静寂。


「な、なんなのよ……どういうことなの」


 ユミは倒れながら、その目まぐるしい状況の変化についていけなかった。

 だから今もなおうつむけで地面に這いつくばっている。


 ウマゴンの目付きも、なまくらへと刃こぼれしたように元に戻って、ゆっくりと主人のもとへと舞い戻っていった。


「……はぁ、助かった」


 遠退いて行くウマゴンの足音に、ホッと一息ついてユミは立ち上がった。


 周囲を確認すると、遠方には全方角、それぞれから砂埃が舞い上がっているの状況が目に飛び込む。


「……なるほど。さっきの音色は『魔獣』を操作するためのものかぁ」


 不意を突かれた人語に体が否が応でも反応した。

 ユミの視線は自ずとそれを並べたノイへと一目散に誘導され、心拍が上昇。


 状況の変化があったとしても、一番に注意するべきはずの二人がユミの脳裏から完全に消えていた。

 呼吸が少しばかり荒れを見せた。


「それが君の力かぁ。ふむふむ……よし、君が魔女だと信じよう。疑って悪かったね」


 ノイはユミことなどお構いなしに一人、魔女だと認める発言をする。


 ノイが認めてくれたからこそ助かったものの、下手をすればその力を驚異に捉えられて、ゼーブの一閃に抵抗も見せられずジ・エンド。なんてことも考えられた。

 だが、


「……ですがノイ様。先程の対応を見るや、手に余る力のように感じましたが……」


 冷静なゼーブの見解がノイへと向けられている。

 常に最悪へと流れている。ユミのとっ散らかっている頭もその対処に追われ、パンク寸前。だが脳はそれでも最善の策のために回す。


「――やはり、今すぐに……」


「ちょ、ちょっと待ってよゼーブさん。私は力を示せって言われたから、そうしただけ」


 すぐさま二人の間に割って入り、魔女であるというメーターへ振りきらせるために、

 ――その言葉に二人は振り向き、心情へと訴えるように、


「……私はあなた達に危害を加えるつもりなんて無いの。だから、あなた達じゃなくて私に魔獣の攻撃を向けさせたの――私は争いたくない。それだけは分かって欲しい……」


 か細くなった声色で本音を並べる。

 胸ぐらを自分自身で掴んでそれには力が入る。

 うつむき、目線を外している愚行がそれを物語る。


 ――何も知らないただ一人の少女の懇願。


「……なぁ、ゼーブ。あれを見せられてまだ疑うのか?」


「……し、しかし、魔女が――」


「――お三方。ぶしつけながら、失礼いたします」


 突如として乱入してきた新たな声。

 ユミとノイ達と、そして新たな声の主とでちょうど三角形を作る格好。


 ユミは――ノイは――ゼーブは――そして、ウマゴンまでもが――。

 その呼び掛けに、否が応でもその視線は誘導された。


 ここにいた全員がやって来る気配すら――目に留まることさえなく、それは突如として現れたと表現できるほど。

 ノイとゼーブの警戒心は瞬く間に上昇し、構えをとらされている。


「落ち着いていただきたく存じます」


 その人物が目線を向けただけで、ノイとゼーブは身構えるのを止めた。

 どんな表情であったのかは、分からない。だが、それに込められたものが、殺気と呼ぶにはあまりにもかけ離れているのは確かで――警戒心だけを抜き取った気がしてならない。


「――あなたはどちら様でしょうか?」


 ただあったと思しき疑問を、ユミへと首の捻りと共に送ってきた。


 一切の淀みなどありはしない。透き通った水のように、透明感のある声色であった。


 佳麗な顔立ちと、抜群の容姿を併せ持つその人物に、ユミは思わず見とれてしまう。

 そしてユミは悟った。


 ――――これが『魔女』なんだ。

 と。日常のようにただ自然体の表情であったはずなのに、瞬く間に吸い込まれた。

 吸い込まれて、その魔女の世界の一部になったような――。

 それさえも吸い込まれて――何故か珍妙な出で立ちである魔女を、今のユミは気にも止めなかった。

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