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FANTASIA―ファンタジア―  作者: 伊勢祐里
第一章「ウイエル王国編」(上)
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一幕 1話「汽車と鳥」

 心地の良い揺れにタケルは目を覚ました。古びた木製の天井が見えて、ここは自身の部屋ではないと分かった。


 深い緑色のシートが、自身の体躯を支えている。向かい合わせの四人がけ程度の椅子、木目の床、ガラス窓、均等にぶら下がったつり革。どうやらここは()()らしく、乾いた木の匂いと古い革の匂いが混在していた。


 ポォー、と甲高い汽笛が聞こえた。汽車らしい。体を起こし窓の外をみると、綺麗な星々が夜空に散りばめられていた。天の川のような大きな恒星の集団も見える。ついこの間、理科の授業で習った知識に、タケルは一人鼻を高くする。



「ようやくお目覚めか」



 頭上から聞こえた声に、タケルは驚く。



「だれ?」



 振り反ると、シートの木製の縁に一羽の鳥がとまっていた。ガス灯のような小さなランプの灯りがその細い輪郭をわずかにボヤケさせる。鳥の種類なんて知らないが、随分と派手な色合いの鳥だ。赤いボディを小刻みに揺らし、黄色い鶏冠がプルプルと震えている。緑色のラインがその細い体躯に鮮やかさを演出していた。



「誰か。これは随分と哲学的な質問だな、」


 鳥に哲学が分かってたまるものか、とタケルは眉を寄せる。


「私は誰か? という問いについて答えよう。私は鳥だ」


 明白すぎる回答に、タケルは肩を落とした。これほど期待にそぐわない回答も珍しい。


 饒舌らしく鳥は、スラスラと言葉を続けた。


「それよりも、鳥が話しているということをあまり驚いていないようだが? 随分と肝が座ったガキだな」


 おまけに口が少々悪いらしい。だが、この鳥が言っていることも一理あって、自分が現状にあまり驚いていないことに驚く。


「本当に。どうして話せるの?」


「どうしてか。それは貴様にも同じことが言えるだろう。どうして話せるんだ?」


 この鳥の言いたいことは分かった。話せる理由なんてないらしい。強いていえば、話せるようになったんだから仕方ない、くらいだろう。


「それじゃ、ここはどこ?」


 タケルの問いに、そいつは()()()()に肩をすくめた。残念そうな表情は、わざとらしく嘘っぽい。


「奇遇だな。同じ質問をしようと思って貴様が目覚めるのを待っていた」


 タケルは、お返しと言わんばかりに残念そうな顔をしながら、深い溜め息を漏らしシートに深く腰をおろした。


「鳥に待ってたなんて言われてもね‥‥ 」


 電車の窓から、ぼんやりと外を眺める。灯りのない景色は、ただ夜空の星々だけが見えていた。この汽車はどこに向かっているのか、なぜここにいるのか。この話せる利口な鳥は知らないのだろう。


「困ったものだ。貴様がなにか知っているかと期待したが、当てがハズレたようだ。この落ち着き払った空間はどこだと言うのだ。早く王女のもとへ戻らねばならぬというのに」


「王女?」


 首だけを上を向けて、タケルは頭上の鳥をみる。小さな鳥の瞳がこちらを向くが、どうも見下されているようで腹が立った。


「そうだ。リラ王女のもとへ早く戻らねばならない」


 鳥の言うことを聞き流しながら、一体いつから夢なのだろう、と考える。昨日夢を見て目覚めたときか、地震の時か。ベッドで腕に掴まれた辺りか、そう思い肩に手を触れると、まだわずかにひんやりとした手の感触がたしかに残っていた。


 心臓が早くなる。確かに感じた恐怖が、全身を伝い震わせた。闇の中へ引きずり込まれたその感覚が、ついさっきのことのように覚えている。本当に夢だったのか? 今、この瞬間は夢なのか? 疑いたくなって、頬をつねってみた。しっかりとした痛みが、皮膚の奥でずっしりと感じた。



「何をしているんだ?」


「夢かと思って」


「今さら鳥が話していることを信じられなくなったか?」


「そうじゃない」



 自分でつねった頬をなでながら、タケルは立ち上がる。辺りを見渡しても人がいる気配はない。別の車両に移動してみようと歩き始めた時、鳥に呼び止められた。


「探しても無駄だ。貴様以外誰もいなかった」


「そう? 自分の目で確かめるよ」


「無駄だと言っておろうに。でなくば、こんなガキを頼って、目覚めるのを待つことなどするわけがない」


 鳥の言い草にタケルは足を止める。苛立ちを隠さぬまま、足音を立て、席へと戻った。


「それにしてもどこへ向かっているのか。窓の外は一面に闇。この乗り物は我々を何処へ連れて行こうというか。そもそもこれはなんなのだ?」


 タケルの苛立ちなどつゆ知らずといった具合に、鳥は平然と話す。一つ、咳払いを入れてタケルは独り言のように鳥の言葉に返す。



「汽車だよ」


「キシャ?」


「蒸気機関車だよ、機関車。機関車、知らないの?」


「うむ。聞いたことはないな。キシャとは、どういうものなのだ?」


「詳しくは説明できないけど。人を運ぶんだよ。レールの上を走って」


「ほぉ、遠いブリキの国では、不思議なカラクリがあるというが、そういう類のものか」


「まぁ、そんな感じのものかもね」



 面倒になってタケルは話を切る。変わらない景色をじっと眺めていると、木が擦れる音がした。音の方に目を向ければ、前方の車両へ繋がる扉が開いていた。



 ――誰かいる。



 直感的にそう思い。タケルは、思わず身を屈めた。椅子の下に身を隠す。鳥は、いつでも飛んで逃げられると思っているのか、何の気なしに開いた扉の方をじっと見つめていた。


 コツコツ、と革の靴が木製の床を弾く音が聞こえる。ゆっくりと一歩ずつこちらに向かい進んで来ている。

 ちょうど、タケルが身を潜めた席の近くで、足音は止まった。


次は、明後日の19時更新予定です!

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