二幕 1話「夜明け」
痛い。
額に、コツコツとなにか尖ったものが刺さる。うっとうしげに払いのけようとすると、声がかかった。
「いつまで寝ておるのだ」
タケルが目を開けると、アルの顔が目の前にあった。胸のあたりが少し重たく、ゴホゴホと咳き込む。
「すまぬ、重かったか」
軽く弾みをつけて、アルはベッドの上に飛び降りた。カラフルなカーテン越しに、薄っすらと光が見える。紫色した空が、わずかな隙間から覗いていた。
「今何時‥‥ ?」
「まだ夜明け前だ。さぁ、タケルいくぞ。陽が登る前に、城に侵入しなければいけない」
タケルは、ベッドから起き上がりカーテンの向こうを覗く。黄色と赤色の月が少し離れた場所に浮かんでいた。綺羅びやかな星空が、夜を深く残した空に瞬く。美しい空に見入っていると、部屋の扉が開いた。
「おはようございます、トパーズさん」
「おはよう、」
トパーズは、黒い布を抱えていた。細かく織られた綺麗は、夜闇のような深い黒色で、リビングから漏れたランプの灯りに照らされて、わずかに光沢を帯びていた。
「綺麗な布ですね‥‥」
「私が織ったものだよ。目立たないように、これを着ていくといい」
「ありがとうございます」
「くれぐれも気をつけてね。危なくなったらすぐに戻って来なさい」
トパーズから、布を受け取る。柔らかく、とても触り心地が良い。タケルが小さな手のひらで撫でてみると、ふわふわとした感触が指の腹を伝った。
「私は、飛べば簡単に逃げることができるがな」
タケルは、ぐぅっとアルを睨む。自分だけ逃げるなんてひどいぞ。
「冗談だ。リラ様を置いて逃げるなどするわけがないだろう」
「僕をじゃないんだ」
「妬くな」
「妬いてなんかないよ」
クスクスと笑いあった二人を見て、トパーズは微笑ましく口端を緩めた。
「早く行かないといけないよ、警備がおろそかになるのは、明朝すぐの交替の時間だからね」
黒い布を広げれば、それはポンチョのような形をしていた。大きく開いた穴からタケルは首を通す。黒く染まった自分の姿は、見事に闇にまみれそうだった。
「似合っているぞ」
「褒められている気がしないんだけど?」
「そうか?」
家から出ると、微かに覗いた朝陽が空の果てを薄い青に染める。町の縁に色濃く影を落とし、遠くに夜空を押しのけようとしていた。
「急いだほうがいいな」
「うん」
侵入するためには、陽が登り切る前でないとリスクが高まる。タケルとアルは、玄関先まで急いだ。
「タケルくん。そう言えば、君は靴も履いて無かったよね?」
スパーズにそう呼び止められて、昨日一日、自分が裸足で歩き回っていたことを思い出す。
「はい。足の傷の手当、昨日の夜にして頂きありがとうございました」
ボロボロの靴下を履いていたタケルを見かねて、スパーズさんが綺麗に包帯を巻いてくれた。元軍人とあってか、最低限の治療は手慣れていた。
「妻が使っていたものだけどね、これを履くといい」
コンコン、と靴のつま先を石畳に当てて履き心地を確かめた。いける、走れるぞ。柔い革の感触が、しっかりと足を包み込む。
まだひんやりとした冷たさが残る町を、タケルは駆け出した。大きくそびえる城に向かい必死に足を走らせる。
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