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一幕 1話「黒い幻影との死闘」

短編『ファンタジア』の連載版です。

 黒い影が迫る。


 視界を覆うほどの闇が、渦を巻きながらこちらに向かい伸びてきた。言うことを聞かなくなった足を引きずり、タケルは懸命に影の魔の手から逃れようと小さな身体を持ち上げた。


「はぁはぁ、」


 漏れ出た息は白く濁った。迫りくる恐怖に、身体は思うように動かない。引っ張られるような痛みが右腕に走った。吸い付くような感覚が皮膚に絡みつく。


 視線を向ければ、細く華奢な腕を蝕むように、黒い影が侵食を始めていた。それを必死に払いのけようとタケルは思わず手を振り回す。怯えた影が腕から離れた衝撃で、身体が反転して背中が床に叩きつけられた。


 声にならない悲鳴を、タケルは必死に抑え込む。


 火傷のような痛みが、じりじりと右腕を焦がす。黒くただれた皮膚が、焦げた袖と混じり合う。


 ぞわぞわ、とまるで生き物のように蠢きながら、影はそそくさと()()のもとへと帰っていった。 


 ぼんやりとした月明かりが、分厚い雲の影に隠れて辺りの暗さを一層助長した。均等に並んだ不気味な模様の柱が、天井のない空へとそびえている。その中心で柔い光を浴びたやつの影が、悠々と空に浮かんでいた。


「欲しい‥‥ 欲しい‥‥ その誰かを守ろうとする‥‥ 力が‥‥ 力が欲しい」


 糸を擦り合わせたような声が、薄気味悪く木霊する。金切り声のようなやつの奇声に、床に書かれた奇怪な模様が、また強い光を放った。――来るぞ。心の中で唱えた危機感が、ボロボロになった自分の身体を無理やり動かした。


 水晶の床には、右足から垂れた血が溜まっている。思わず滑って取られそうになる足を引きずりながら、タケルは身の丈ほどの剣を振りかざす。欠けた刃が甲高い音をたて、剣は炎を纏う。柄を握った手に熱が伝わる。焦げそうになる痛みを堪えながら、タケルは宙に浮かぶやつに向かい剣を振り下ろした。


「‥‥お前の‥‥力は‥‥そんなものかぁぁ‥‥!」


 まるでカラスのように細く締まったやつの体躯が、いとも簡単に包み込んだ炎を払い除けた。漆黒のフードを被ったその影の奥から覗く黄色い双眸が、あまりにも恐ろしく、タケルの小さな体は小刻みに震える。


「もういいの‥‥」


 か細い声が、タケルの鼓膜を揺らした。まるで猛獣を収めておくような円形の檻が、やつの背後に浮かんでる。その檻の中で、涙を流した(まい)がこちらをじっと見つめていた。


「舞!」


 擦り切れそうなほど喉を震わせて、タケルはもう一度、剣をグッと握り込む。助けなくてはいけない。ただその思いだけが全身を鼓舞した。痛みさえ分からなくなった手に血が滲む。


 そんなタケルをあざ笑うように、床に描かれた奇妙な魔法陣が激しく色めき立った。床に広がる自分の血溜まりが、きらびやかな光を浴びて薄気味悪く輝く。下から突き上げるような風が巻き起こると、激しい音を立て、光が幾重の筋になり空に伸びた。


「諦めない、その意思‥‥その思い‥‥ その力だ‥‥ その力を求めていたのだ‥‥ !」


 突風を浴びて、長く伸びた舞の髪が悪戯になびいた。キャッ、と声を出し、舞は身を屈めながら真っ白なワンピースが翻るのを抑え込む。


「逃げて‥‥ 私はもう死んでいるから‥‥」


 舞の囁きは、確かにタケルに届いた。それでも聞こえていないフリがしたくて、タケルはやつから目を背けることをしなかった。


 魔法陣から浮かび上がった光の筋が、タケルの頭上の上で一つに重なり、一本の神々しい光の固まりへと姿を変えていった。その光の中心に黒く重たい円が描かれると、その一点に向かい光が吸収されていく。まるで時空を歪ませるような光の筋が弧を描く。耳を塞ぎたくなるほど、奇怪な音が辺りを包みこんだ。


 タケルは思わず耳を抑える。グッ、と眉を潜めながらやつをにらみつけた。そのタケルの表情をみて、フードの奥でやつがわずかに口端を緩める。


「さぁハジメヨウか」


 低い打楽器のようなやつの声が、その耳障りな音を終わらせた。細く黒い腕が、その光の中へと伸びていき、その中心にある小さな黒い点を握んだ。


 その瞬間、光が放たれる。


 弾け飛んだ光が、夜空へと消えていった。厚い雲を切り裂きその奥に潜んでいた星々が姿を表す。星灯りのか細い筋が、やつの握ったそれを鮮明に照らし出した。


 夜闇色の刃が、おぞましく色めく。


 血の気のない不気味なその色は、随分とやつの肌に似ていた。タケルは、震える腕を片手で押さえ込みながら剣を握り直す。


「美しい。実に美しい」


 淡々とした声で、やつは手にした夜闇色の剣をまじまじと見つめた。真っ赤な舌先で、その歯を舐めると、透明な唾液がその刃を伝う。その刃に映り込んだ舞の表情は、怯え、今にも泣き出してしまいそうだった。血の気を欲しそうに、黄色い双眸がタケルをうつしこむ。


 一瞬、細くなったやつの目を見て、とっさにタケルは剣を振った。次の瞬間、熱気のないやつの気配を背中で感じ、慌てて体を捻らせる。ひんやりとした感触が、剣を握るタケルの右の腕を浮かんだ。力強い生身の人間の手の感触がタケルの腕を赤く染める。グッと抑え込まれた皮膚が、やつの黒い指に侵食された。振り払おうともがくが、その手はもう一寸も動かない。


「永遠の‥‥ 命を‥‥」


 黄色い双眸が、目の前でこちらを睨む。その眼に、怯えた少年の姿が映し出された。小刻みに震えるその腕は、自身のものだ。立派な勇者のような青いマントの一部は血の色に染まっている。胸につけている鎧は、もろく錆びて崩れ落ちていた。


 やつの細く華奢な右腕が振り上げられる。月明かりに照らされた夜闇色の剣は、白く瞬くように光った。


 ダメだ。タケルは、目を瞑る。次の瞬間、激しい音をたてた剣が振り下ろされた――

現実パートを挟み、タケルが転移するまで、少し文字数がありますので、異世界へと物語が移るまでの序章(全3話)を本日中にすべて更新したいと思います。


19時頃、21時頃で更新予定です。


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