2回目 -4-
目が覚めると、魔物ニュートとしての自宅に寝かされていた。
どうやら巡回の魔物達が俺を見つけ、元の場所へと運んでくれたらしい。
何本もの矢が刺さった身体は、そう簡単には治らない。
暫く安静にしろと言われ、今も傷跡は深く残っている。
再会したイツハは、悲しみとも怒りとも言えない顔で俺を見た。
「ニュート! どうしてなの!?」
「こ、これは……転んで……」
「そんな訳ないでしょう! 転んだだけで、こんな怪我をするはずないわ!」
流石に誤魔化せる範疇を越えていた。
それだけでなく、俺が夜な夜な何処かに出ていたことにも気付いていたのかもしれない。
「教えてニュート! 今まで、一体何をしていたの!?」
「そ、それは……」
もう隠し立ては出来ない。
本当のことを話すべきだ。
迷いながら口を開きかけた所で、新たな来客が自宅に現れる。
それは俺にとっても、予想していなかった者だった。
「ニュート、という者がいるだろう?」
「魔王様直属の幹部、ヘリオ様……!?」
多くの兵隊魔物と共に、殆ど無遠慮に入ってきたが、その姿を見てイツハも驚きを隠せない。
魔王幹部、因果応報の異名を持つヘリオ。
人型かつ羊の頭部が特徴的な大魔物だ。
敵意を抱いて彼へ攻撃した者に、回避不可の反撃を与える能力を持つ。
それにより、自分の手で殆ど攻撃を繰り出したことがない。
人間達の領土侵略に加担している重鎮の一体だ。
そんな彼の視線は、俺に注がれていた。
「何か……?」
「魔王様直々の命令だ。一緒に来てもらう」
一体何をするつもりなんだ。
有無を言わせず、俺は他の兵隊達によって運ばれる。
「ニュート! 待って下さい!」
イツハが止めに掛かるも無駄だった。
彼女の手は、兵隊達によって呆気なく振りほどかれる。
遠慮のない暴力的な力だ。
俺は傷ついた身体を起こし、彼らを睨みつける。
「母さんに手を出すな……!」
「手は出さないさ。お前が大人しくしていれば」
ヘリオの言葉に、大人しく従うしかなかった。
イツハの乞うような目が俺の心に突き刺さるも、そのまま彼らに身を任せる。
運ばれたのは、強硬派の魔物達が集う洞窟。
敵意に満ちた魔物達の視線を浴びながら、俺は牢屋のような場所に送られた。
「部下から、貴様が人間の領土に踏み込んでいる話を聞いた」
「……!」
「まさか、その歳でそこまでのことをするとは。我々ですら、王都侵入には細心の注意を払っていると言うのに」
王都への侵入は、強硬派の魔物達にとって看過できないことだったようだ。
慈悲を与えるように、ヘリオは上からな物言いを続ける。
「私はお前を信用していない。だが、力になると言うなら話は別だ」
「力……?」
「我々に協力しろ。お前は単独で人間の領土に乗り込んだ実績がある。今まで誰も成し遂げなかったことだ。その技術があれば、人間どもを攻め滅ぼす事が出来る」
そういうことか、と納得する。
魔王を始めとする者達は、今回の件を重く見ていると同時に、良い機会だと踏んでいる。
かねてから、魔物達は人間への奇襲をあの手この手で考えていたらしい。
奇襲は見抜かれてしまえばそこで終わりであるし、下手をすれば返り討ちに遭う可能性もある。
そこに現れたのが、単独で侵入に成功した魔物の青年ニュート。
貴重な戦力として生かす他ない。
俺自身、自分がやったことがそこまで驚かれることだとは思っていなかった。
だが仮に協力するなら、今の戦局はどう変わるか分からない。
だからこそ、既に答えは決まっていた。
「出来ません」
「何だと?」
「俺は中立。人間を倒そうとは思っていません。協力は出来ません」
「そうか。少しは利口な奴だと思っていたが、とんだ見当外れだった」
失望の目をしたヘリオは、部下たちに声を掛ける。
もう俺の方を見ようとはしなかった。
「コイツを縛り上げろ。二度と勝手な真似ができないようにな」
「畏まりました! ヘリオ様!」
ヘリオに逆らったことで、兵士達は忌まわしいと言わんばかりの目で、俺を拘束する。
怪我人であることはある程度考慮されているが、身動きは取れない。
人間から殺されかけ、魔物からも追放され、罪人のように捕らえられるだけとなった。
兵士達も消えて一人残された俺は、空も見えない洞窟の中で暗闇を仰いだ。
「これで、良いんだ……。もう、後悔はない……」
か細い息を吐く。
コレットは、俺の娘はもう大丈夫だ。
望みだった彼女の幸せも、少しの間だがこの目で見ることが出来た。
生前の後悔は何処にもない。
これからは人間だった頃を忘れ、魔物のニュートとして生きていこう。
厳しい状況ではあるが、必ずチャンスはある。
それに母親であるイツハにも結局謝っていないのだ。
ほとぼりが冷めてここを解放された後、全てを話して彼女からの罰を受けよう。
それが今出来る最善の選択だ。
俺はようやく魔物としての生を受け入れ、泥のように眠る。
目を覆っていた暗闇が思考を呑み込み、全てを沈み込ませるのだった。
しかし暫く経って、俺は衝撃的な情報を耳にする。
強硬派の連中が一軍隊を築き王都に攻め込む、と。