2回目 -2-
「何だ、お前」
「そのアイザックって人のことを教えて下さい」
「フン、中立風情のガキに教えられるモノはない。とっとと失せな」
一応下手に出てみたが、全く相手にされない。
何故かと言うと、彼らは強硬派の魔物達だからだ。
中立に位置する俺達は基本的に下の位に位置し、情報も開示されていない。
強硬派の連中には逆らえない、聞いても教えてもらえないのが現状だ。
しかし、共に戦ったことのある男の名を俺は確かに聞いた。
人間の記憶が薄れつつある中で、ようやく見つけた手掛かりだ。
そう簡単に諦められはしない。
背を向けて歩いていく彼らを追おうとすると、後ろから肩を掴まれる。
そこには近所に住む中年魔物がいた。
「アンタ、イツハさんとこの坊ちゃんじゃないか。それ以上は危ないぜ。強硬派の連中には、喧嘩を売らない方が身のためだ」
「しかし……」
「しかしも何もないぜ。お母さんを心配させたいのかい?」
「……すみません」
「でも、そうだな。そんなに知りたいなら、俺が知っている限りの情報を教えてあげよう」
「いいんですか?」
「なぁに、任せなって。言っても減るもんじゃないしな」
彼は気さくな言葉で笑いかけてくる。
まさか、アイザックのことを知っていた者が、こんな近くにいたとは思わなかった。
それなら、もっと早く聞いておくべきだった。
少しだけ後悔しつつも、俺は件の人間の話を知ることになる。
アイザックとは、人間の中でも強大な力を誇る戦士の名前。
今まで差し向けてきた魔物達の群れを尽く撃退し、強硬派の連中も何度も苦渋をなめさせられたようだ。
彼の持つスキルは、あらゆるものを刺し貫く絶対刺突の力。
元はS級冒険者として名を知らしめていたが、10年以上が経った今でも、その力は健在しているらしい。
魔王の悲願を叶えるには、彼の打倒が必要不可欠。
強硬派の魔物達の中でも、危険人物として押さえられている人物だった。
俺はそれを聞きつつ、過去の記憶と重ね合わせる。
かつての彼と、今聞く話は一致している。
間違いなくあの槍の名手、アイザック・ハーレイだ。
あれから10年近く経過していたことは驚きだが、それでも彼は生き延び、魔物の脅威から皆を守り続けていたようだ。
内心、胸を撫で下ろすしかない。
「それで、コレットという人は……?」
「ん? 誰のことだい?」
「い、いえ……ありがとうございました……」
だが、コレットの話は何一つ分からなかった。
今何処で暮らしているのか、その足取りは全く掴めない。
槍としての一生を終える時、娘のことが心残りだった俺にアイザックは強く頷いていた。
出来ることなら、魔物となったこの身体でも真実を確かめたい。
彼女は今、幸せなのかどうかを。
それでも余計な口出しをして怪しまれるわけにもいかず、俺は再び帰路に就くしかなかった。
「コレット……」
娘の名前を口にして自宅へ戻る。
帰った先では今の母親、イツハが出迎えた。
「ニュート! おかえり!」
「ただいま、母さん」
「あれ……どうかしたの? 顔色が悪いけど……」
「いや、何でもないよ」
自分の顔を触れながら、そう答える。
そんなに酷い顔をしていたのだろうか。
周囲に気付かれないよう努めていたが、ようやく状況が動き出したことで感情が表に出ていたのかもしれない。
どうにか誤魔化すと、彼女は納得しつつ俺を食卓に通した。
「今日はニュートの好物ばかりで作ってみたのよ! さ、おあがり!」
「い、頂きます」
言葉通り、俺の好物ばかりが揃えられていた。
そういえば、俺もコレットに出来る限りの料理を振る舞っていたな。
イツハも昔の俺のように、我が子のために腕に縒りを掛けて作ったのだ。
蔑ろになんてできない。
感謝の意も込めて、料理を全て平らげる。
すると彼女は、意味深な表情をしながら口を開いた。
「ねぇ、もう少しお母さんを頼ってくれてもいいのよ? 何か考え事があるなら、力になるわ」
一瞬、驚いたが俺の考えを見抜いたわけではない。
母親として何か感じるものがあったのだろう。
俺が隠し事をしているのではないかと。
恐らくそれは今この瞬間ではなく、長年抱き続けていた疑念だったに違いない。
しかし、転生のことなど言える筈がない。
いかに魔物の中で中立を謳う者だとしても、それを口にしてしまえば、何が起こるか分からない。
無用な戦いに、彼女を巻き込んでしまうかもしれない。
「大丈夫。ちょっと疲れてるだけで、本当に何でもないよ」
結局、俺はそう言う。
イツハも何も言わず、少し悲しそうにするだけだった。
その日の夜、俺は寝床に付きながらコレットのことを考えた。
死んだ俺への後悔を抱きつつ、少しだけ前に進もうとしていたあの姿は、今どうなっているのだろう。
これ以上魔物側で探っても、新たな情報は出てこない気がする。
有名なアイザックはともかく、彼女は今も一般人の筈だ。
一市民のことを、魔物達が事細かに把握しているとは思えない。
「コレットがいる場所……。やっぱり手当たり次第に探る以外にない、か……」
心当たりがあるのは、俺がヴェインとして暮らしていた辺境の町。
そして彼女が過ごしていた孤児院の辺りだ。
それ以外となれば、アイザックが住処を持つ王都くらいしか思いつかない。
「行くしか、ないか」
会って話をするつもりはない。
ただ、娘の安否を知りたいだけ。
父親としての思いを捨てきれない俺は、その瞬間、単独でコレットを探す決意を抱いた。