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2回目 -1-




何度か瞼を開け閉めして、見えてきたのは一面の緑だった。

様々な種類の草木が生い茂った森の中だということを、時間を掛けて理解する。

さて、自分は何故こんな所にいるのだろう。

コレットは、アイザック達はどうなったのだろうか。

娘たちの安否を思い出すと、次いで奇妙な感覚を覚える。

今までにない、温かい感触が全身を覆っている。


「よーしよし、いい子ね。大丈夫よぉ」


何だ、今のあやすような声は。

俺は声の主を探すべく、辺りを見回す。

すると頭上に、人によく似た魔物がいた。

やたら嬉しそうに俺を覗き込んでいる。

おい待て、俺を食べる気か。

思わず仰け反るも、その魔物はしっかりと俺の身体を抱きかかえた。


「あらあら。きっと、元気な子に育つわね」


女の魔物が優しく微笑む。

当然、嫌な予感がした。

まるで我が子を慈しむような魔物の言動。

その矛先は俺に向けられていた。

加えて今の俺は槍の時と違って手足の感覚があるが、殆ど思うように動かせない。

生まれたての小鹿のように力が入らない。

思わず視線を下げたが、そこにあったのは鱗の生えた腕だった。

おいおい、これは予想外過ぎるだろう。

どうにか否定したいが、女魔物の瞳に映った俺の姿は、まさしく魔物のそれだった。


「ニュート。そう、貴方の名前はニュートよ」


あのスキルめ、何てことをしてくれたんだ。

頭を抱えたくなるが、抱える力もない。

俺の2回目の転生先は、魔物の赤ん坊だった。


それから俺は否応なく、イツハと名乗る母魔物と共に魔物達の中で育っていった。

最初は戦々恐々だったが、誰も俺が元人間兼槍だということには気付かない。

可愛げのある魔物の子として、周りから丁重に扱われた。

という訳で、俺も魔物として生きるしかなかった。

食文化も異なるが、体そのものが魔物だったこともあり、抵抗があったのは最初だけだった。

木の実などが主食だったことが幸いして、そのまま腹の中へと収めていく。

すると割と早い段階で、身体は成長していった。


槍の頃と違って手足は動く。

俺は先ず、一人で行動できる身体になることを目標に挙げる。

森の中にカレンダーなどない。

槍としての使命を終えた時から、どれだけの時間が経っているのか分からない。

怪しまれない程度に世界の事情を探る必要があった。


「こんなに早く一人で動けるようになるなんて……。もしかしたら、凄い才能があるのかもしれないわ……」


イツハは俺の成長を喜び、度々褒めた。

例え魔物でも、彼女は俺の母親である。

敵意など抱ける筈もなかった。

考えてみれば、俺が人間だった頃もこうやって両親と共に育っていた。

そうして妻と出会い、娘のコレットを授かった。

今になっては、とても懐かしい記憶である。

過去を思い浮かべつつ、俺は一人で行動できるだけの身体と自立を手に入れていく。

そうして、どれだけの時間が経っただろう。

イツハの助けが一切必要となくなった頃、とある情報が俺の耳に入る。


「聞いたか? 魔王様が、人間達の町を襲うんだってよ」

「強硬派の連中も、また本格的に動き出したみたいだ」

「そうか……。俺達は、ただ平穏に暮らしたいだけなんだけどな……」


俺が人間の時代にも、その名を轟かせていた魔王。

ソイツが再び人間達へ攻勢を試みようとしていた。

多くの魔物達はその意志に従って手となり足となる。

やがてその四肢は、巨大な軍勢に変貌するだろう。

ということは、俺達も人間との戦いに赴くのだろうか。

僅かな不安を感じ取ったのか、イツハが優しく語り掛ける。


「大丈夫よ。お母さん達は魔王様と同じ種族だけれど、あの人達と一緒に戦ったりはしないわ」

「どうして?」

「だって、戦ったらとーっても痛いでしょう?」


ある意味尤もなことを彼女は言った。


「お母さん達は中立なの。それに人間の人達も傷つけたくない。本当は分かり合えたら良いな、とも思ってる」

「分かり合う……」

「と言っても、そんなことは難しいけどね。魔王様が私達の中で一番偉いんだから」


全ての魔物が、人間に対して敵意を抱いているのではない。

戦いを好まず、平和を願う者もいたらしい。

だが魔王一派が大多数の者達を束ねている以上、反論の余地はない。

邪魔にならないよう、黙ってみていることしか出来ないという事か。

今まで魔物に対して深く知ることのなかった俺は、ようやく彼らの事情を知る。


「そう、だったのか」

「うん? どうしたの?」

「い、いや、何でも……」


取りあえずイツハに対して取り繕う。

そして、彼女が戦いに巻き込まれないことに安堵する自分に気付き、複雑な感情を抱いた。


また時間が経ち、俺は成長に成長を重ねる。

人間的には学生くらいだろうか。

ようやく魔物の暮らす領地から足を踏み出すことも可能な歳になった。

当然、学問にも抜かりはない。

劣等生として扱われると、束縛が苦しくなって思うように動けなくなるからだ。

魔物にも狩りや生き抜くための知識と知恵が、先祖代々伝えられ、実戦として何度も駆り出される。

幸い、俺の身体は非常に屈強だった。

加えて槍の頃にアイザックと共に培った戦闘経験がある。

戦いに関しては、同世代の中でも頭一つ分位には抜けていた。

人間の頃にも、これ位動けていれば死なずに済んだかもしれない。


「くっそー、お前どうしてそんなに強いんだ!? スキルも持ってないって言うのに!」

「スキルだけが全てじゃない、ってことじゃないか?」

「澄ましやがってぇ! お前ばっかりモテるなんてズルいぞ!」


同い年の魔物が、俺との組手に負けてバタバタと叫ぶ。

聞くところによると、俺は魔物の少女達から好かれている。

歳分相応な達観した態度に惹かれるものがあったらしい。

二回目の転生なので、精神年齢は50歳を超えている。

そんな言動になるのは仕方のないことだ。

しかし正直、惚れられても対応に困る。

まだ人間の頃の感覚があるため、どうしても一線を引いてしまう。

それは母親のイツハに対しても同じだった。

子供らしい我儘など言ったこともなく、困らせたこともない。

それが逆に彼女を不安にさせているということも、少なからず理解していた。

それでも優等生ぶりを避けられない俺は、ある日の帰宅途中に、ある話を聞くことになる。


「やはり一番危険度が高いのは、ヤツだな」

「アイザック・ハーレイか。過去にも、無敵と言われたハーダー様を倒している。魔王様に仇成す一番の敵だろう」


瞬間、俺は思い切り振り返り、大人の魔物達の元へと近づいた。




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