1回目 -4-
それからまた数日が経って、俺はアイザックやコレットと共に、とある場所にいた。
見えるのは墓標。
俺の名前が刻まれた、俺自身の墓場だった。
コレットは松葉杖を使いながら、そこへ花束を置いた。
「私は、冒険者が嫌い。粗暴で乱暴で、お金のためなら何でもするから」
「……」
「でも、それより許せなかったのは……そんな場所に父を追いやってしまった私自身……」
コレット、そんなに自分のことを追い込んでいたのか。
ダストン達が捕まって真実が明らかになっても、彼女から笑顔が戻ることはなかった。
俺が死んだのも、嵌められたのも、病弱な自分のせいだったと思っていたからだ。
全ては俺が不甲斐なかったせいだ。
責任なんて感じないでくれ。
するとアイザックが墓標に片膝をついて祈り、口を開いた。
「例え冒険者でも、今回のような無体が許される筈がない。本部も今の事態を重く見ている。それは、俺自身も同じだ」
「どうして……」
「俺は冒険者の表しか見てこなかった。こんな裏の事情なんて、知らなかった。今まで何も知らずに魔物を倒し続けてきた俺を殴りたい気分だ」
祈り終えた彼はもう一度、コレットに向き直る。
「コレットさん。冒険者を好きになれとは言わない。ただ、お父さんのことだけは、どうか信じてあげてほしい」
「そんなこと……言われなくても分かってる……」
彼女は目を逸らしたが、否定はしなかった。
俺の代わりに、今の言葉が少しでも救いになれば良いと、そう思った。
赤い夕日の光が、全員を照らした。
「日が暮れる。そろそろ帰ろう」
「帰ろうって、貴方は王都に戻るんじゃ……」
「その怪我が治るまでは、此処にいるつもりだ。休みが伸びることも、仲間には伝えてある」
「……別に、いらないのに」
コレットはそう呟くだけだったが、初対面の時よりも棘がないように感じられた。
それからアイザックは毎日彼女の元に赴き、出来る限りことをしてあげた。
恐らく、彼にも責任感があったのだろう。
首を突っ込んだ以上、回復の目途が立つまで、彼女の面倒を見続けた。
その結果だろうか。
何となくだが、二人の仲が良くなっている。
別に表立った変化はないのだが、コレットの表情が徐々に柔らかくなっている気がした。
父親として非常に複雑な気分だが、仕方のないことだ。
コレットには、自分自身の幸せを考えてほしい。
ヴェイン・ポードヴォールは、もうこの世にはいないのだから。
槍の手入れをされつつそう思っていると、急にアイザックが語り掛ける。
「なぁ、お前は俺をここまで呼んでくれた。彼女の所まで、俺を連れて来た。まさかとは思うけど……いや、それは考え過ぎか……」
首を振って、考え直したようだ。
俺も、何も言わなかった。
「とにかく、これからもよろしくな。相棒」
そう、それでいい。
今の俺はアイザックの愛槍。
これからは一武器として、娘と恩人の将来を見届けよう。
転生のスキルで紆余曲折を果たした俺は、そこでようやく望みの一つを叶えるのだった。
●
しかし、そうは問屋が卸さないと言わんばかりに、再び事態は急転する。
魔物を束ねていた魔王が、人間達に攻勢を仕掛けたのだ。
力を温存しているという噂だったが、それが的中した形になった。
奴らの侵略を阻もうと、冒険者の面々も王国の軍隊と共に加勢する。
そこにアイザックも当然のように参加する。
彼はSランク冒険者だ。
魔物の群れ相手でも、問題なく戦い抜けるだけの力がある。
襲撃された数々の場を、そのスキルと身体能力で制圧した。
俺自身も、引っ切り無しに現れる魔物達を越え続けた。
だが、そこに現れたのは魔王の幹部。
ハーダーと呼ばれる屈強な魔物だった。
「アイザック・ハーレイ。仲間を庇いながら、よくここまで戦い抜いたと褒めてやろう」
「く……そッ……!」
「だが、貴様はここで終わりだ」
人型かつ牛頭の巨大な魔物が、俺達を見下ろす。
アイザックも倒れ伏す仲間達を背にしながら、荒い息を繰り返す。
ハーダーの能力は透過。
あらゆる攻撃をすり抜ける反則級の能力。
奴の前ではアイザックのスキルすらもほとんど効果がない。
「駄目だ、アイザック! 並みの相手じゃない! 俺達を置いて逃げてくれ!」
「馬鹿言うな! そんなこと、出来る訳ないだろッ!」
仲間達が彼の身の危険を案じるも、抵抗の意志を崩さない。
分かっている。
アイザックは、仲間を見捨てるような奴じゃない。
例え、絶望的な相手が目の前にいたとしても、決して諦めたりはしないだろう。
それを逆手に取って、ハーダーは邪悪な笑みを見せる。
「お前の力は、必ず魔王様の脅威となる。ここで死んでもらう」
「こんな所で……俺は……!」
だがな、一つ忘れているぞ。
お前が死んだら、コレットは一人残されてしまう。
彼女に戻りつつあった笑顔が、また失われてしまうんだ。
俺がそれを許すと思うのか。
そんなことは断じて。
断じて認めるわけにはいかない。
俺は今までにない程の力を振り絞った。
身体の感覚などとうになかったが、それでも絶望的な脅威に抗おうと必死にもがいた。
まるで武器となった己の殻を破るように。
するとその瞬間に何かが弾け、視界が空に舞い上がった。
誰かに放り投げられたのではない。
俺自身の意志で、槍が独りでに動き出したのだ。
「い、一体……何が……!?」
手を離れて宙に浮く俺を、アイザックが驚きの表情で見上げる。
俺も正直驚いた。
このタイミングで動けるようになるなんて思わなかった。
だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。
俺は槍の切っ先をハーダーに向け、高速で飛来する。
彼は、俺や娘のために身体を張ってくれた。
ならば今度は、俺が恩を返す時だ。
透過の魔物に向け、その矛先で貫く。
無論、手ごたえはない。
ハーダーは無駄だと言わんばかりに目を細めるも、直後にその目を見開いた。
「馬鹿な! この俺を、捕えただとッ!?」
捕えたのは奴の身体ではない。
そこに顕現する魂そのもの。
俺自身、分かっていて攻めたつもりはない。
ただ彼らを守る一心で動いたに過ぎない。
或いは、俺が魂として槍に憑依していることが、ハーダーを捕えた理由なのかもしれない。
「そうか、魂の具現……! 貴様、ただの槍ではなかったのか……!」
焦ったハーダーが俺自身を砕こうと、生み出した波動をぶつける。
死力を尽くした強力な一撃だ。
瞬間、今まで傷を負うことのなかった槍に罅が入る。
それは全身に渡り、意識が遠のくのが分かった。
だが諦めない。
俺はそこにある全ての力を以て、波動の塊を切り裂く。
そして硝子を割るような音が響き、ハーダーの魂を貫いた。
「グオオオオォッ!」
魂を失ったハーダーは、叫び声を上げながら消滅する。
そうか。
どうにか、倒せたんだな。
魔王幹部の消滅を確認した俺は、力を弛緩させる。
宙に舞っていた槍が、行き場を失いそのまま地面に落ちた。
「助かった、のか……?」
アイザックの仲間達が呆然と、危機が去ったことを悟る。
同時に、俺の元に駆け寄る人が映った。
「おい! しっかりしてくれ!」
アイザックが俺に手を伸ばす。
だが、もう一ミリも動けない。
既に槍の罅は修復不可能な程に達し、外側から徐々に崩れ落ちていた。
これが、無理に動こうとした代償なのだろう。
今まで見えていた彼の姿が、次第に霞がかっていく。
「俺達を守るために! ま、待ってくれ! 俺はまだ、お前のことを何も知らないのに……!」
いや、もう知っている筈だ。
俺の望みも、俺が何をしたかったのかも。
もう、伝えられることはないんだ。
後のことを、コレットのことを頼む。
最後にそう思うと、アイザックが息を呑んだ。
「まさか、貴方は……! いや……その約束、必ず守る……!」
俺が聞こえたのは、そこまでだった。
深い、深い闇の中に沈んでいく。
それは死の感覚。
一度経験したことがあるからこそ、俺は安堵して身を委ねた。
彼らの未来を見届けることは出来なかったが、望みの半分は果たされた。
このまま休んでしまってもいいのかもしれない。
だが、そう思う俺の頭上に、突然光が降り注ぐ。
あの光には、見覚えがある。
俺がヴェイン・ポードヴォールだった頃に見た、転生の力。
また、俺を引き上げてくれるのか。
ご苦労なことだ。
有無を言わせず、眩しい光が全身を包み込む。
そして、魂は再び輪廻する。