1回目 -3-
「ヴェイン・ポードヴォール?」
「そう。4年前に起きた魔物の襲撃事件、何か知っていることはありませんか?」
俺はアイザックと共に、辺りの聞き込みに動いていた。
この事件を必ず糾明する。
彼も俺の意志を理解し、最終的にとある酒場に赴く。
そこはガストン達がよく集っていた場所。
今は昼間なので客らしい客は殆どいなかったが、見覚えのある店長は未だにそこで商売を営んでいた。
「そう言われてもなぁ。もう昔過ぎて覚えてないんだが」
「彼のパーティーメンバーは、よくここに入り浸っているようですね。しかも、彼らの愚痴や暴言に付き合わされていたとか。常連の人達がそう言っていました」
「……」
「店長である貴方なら、何か知っている筈です」
「……知らないね。他を当たってくれ」
あからさまに何かを隠しているが、この店長はダストン達に逆らったことがなかった。
口止めに近いことをされているんだろう。
一体どうやって、口を割らすべきか。
俺が悩んでいると、アイザックが小さな革袋を取り出し、おもむろにカウンターに置いた。
よく見ると、そこには金貨が入っていた。
「こ、この金は……!?」
「はした金ですよ。この程度、Sランク冒険者なら幾らでも出せる」
「俺を、金で買う気か……?」
「取引しましょう。多分、貴方はあの一件に直接は関与していない。でも、白を切る気でいるなら、それなりの対応をしないといけない」
「それなりって……」
「共犯、ということですよ。別に貴方の証言がなくても、やり方は幾らでもある。ですが、箱に詰める人数は少ない方が良い」
この酒場はダストン達のツケもあって、経営は難航していたはず。
これだけあれば、それらの返済だけでなく他の土地で暮らすことも出来る。
成程、俺には到底できないやり方だ。
半ば脅しのようなアイザックの言葉に、店長は迷った末に項垂れた。
それは彼の意志に従うという意味でもあった。
「こういう汚い手は使いたくないんですけどね。同じ冒険者として、見過ごす訳にはいかない。それにこれは、あの子の父親の名誉を取り戻すことにも繋がる筈」
そうしてアイザックは事の真相を調べ上げる。
ヴェインこと俺が、魔物達の襲撃の際に見捨てられたことや、常に虐げられた側だったことも洗い出した。
スキル無しという異端の男。
かなり恥ずかしい話ばかりだったが、彼は一度も笑わなかった。
そうして数日が経ち、俺達は件の連中の住処を割り出し、そこで相対する。
「アンタがダストンだな?」
「ど、どういうことだ!? 何故、Sランク冒険者がこんな場所まで……!?」
「それに答える理由はないな」
ダストン以外のメンバー達も揃っている中、アイザックは冷静に距離を詰める。
感慨深くもない、4年ぶりの再会。
既に彼らは夜逃げする準備をしていたが、一足遅かったらしい。
皆の表情は、より悪人面に近いものに変貌していた。
「4年前の事件。ヴェイン・ポードヴォール氏を見殺しにした罪で、お前達を連行させてもらう」
「ふざけるなッ! 証拠なんてない筈だッ!」
「裏付けは取れている。それに本部の調査隊が、直ぐにでも此処にやって来るさ。ここが辺境だからこそ、今まで分からなかったんだろうが、お前達が今までやって来た腐ったやり口を、全て白日の下に晒してくれる」
俺を見殺しにした時点で、タカが外れてしまったのだろう。
転落するが如く、彼らは様々な犯罪に手を染めていた。
暴言を吐きつつも、冒険者としての役目を果たしていたあの頃にも、遥かに劣っている。
アイザックの言葉通り、報告を受けたギルドの面々が、明日にもこの地にやって来る筈だ。
「詐欺や横領、そして窃盗。四年前の件以外にもここまで手を染めて、危うくなったら下っ端を切り捨てて尻尾切りか。これじゃあ冒険者じゃなくて、ただのヤクザだな」
「ぐ……ッ!」
「言っておくが、これだけのことをしておいて無事で済むと思うなよ。恐らくこの先の行き場は、アザゼル監獄だ」
「なっ……!?」
アザゼル監獄は、俺ですら聞いたことがある。
数ある刑務所の中で、最も苛烈な待遇を強いられる場所だ。
大罪人ばかりが収容させられる所で、無事で帰った者はいない。
あそこに入れられた時点で、良くて数十年の懲役、悪くて死刑という認識。
ダストン達も当然それを知っている。
顔色が青くなり、この世の終わりみたいな目をした。
「もう、終わりだ……。お前のせいだぞ、ダストン……!」
「うるさい黙れッ……! こんな所で……こんな所で捕まる訳にはいかないんだよ……!」
だが、そんな罪状をダストンが簡単に認める筈もなかった。
勢いよく腰の剣を抜き、アイザックに襲い掛かる。
彼を殺せばまだ逃げられる、そう思ったのだろう。
「死ねえッ!」
瞬間、目にも止まらぬ速さでダストンの肩に槍が突き立てられる。
アイザックが迎撃したのだ。
肩に刺さった槍、というか俺を、ヤツが呆然と見下ろした。
「ぐわあああぁぁッ!?」
「Sランクを舐めてもらっちゃ困る」
痛みでその場に倒れ込み、もがき苦しむダストン。
そんな姿に向けて、アイザックは槍の切っ先を向けた。
彼の表情は、いつになく怒りに満ちていた。
「ヴェイン氏の痛みは、こんなものじゃなかった筈だ。あの監獄の中で、それをじっくり味わうんだな」
「ひ、ひいいぃぃ……!」
まさか、こんな形でダストンに報復することになるとはな。
俺はヤツの血を浴びつつ、胸のすく思いを抱いた。
他の連中も逃亡する気力は失われていた。
それからアイザックの手によって、ダストン達の身柄は拘束された。
罪状は彼が言った通り、数えても数えきれない。
俺以外の件を合わせても、監獄への収容は避けられないだろう。
後にやって来た調査隊に引き渡され、罪人として連行された。