1回目 -2-
今いる場所から俺のいた町までは、馬車を駆使すれば一週間も掛からない。
行って帰るだけの時間はあるが、そこは所謂辺境の地だ。
進むたびに人通りは少なくなり、森ばかりが見える場所へ差し掛かっていく。
「本当にこっちで良いのかなぁ」
少しだけ不安になるアイザックだったが、この道で合っている。
上手い具合に乗り物を乗り継ぎ、二日間を掛けて地元の町へと辿り着く。
背伸びした彼の背中越しに、俺はその光景を見回した。
あの頃と町並みに大きな変化はない。
かつての懐かしさと僅かな後悔が、心の中を締め付ける。
元の場所に舞い戻った感動に打ちひしがれていると、アイザックはここが目的の町だと気付いて歩き出す。
見かけない装備をした旅人に、町の人々は奇異な視線を向けていた。
だが彼は、その程度のことは慣れ切っているようだった。
物怖じすることもなく、この槍に見覚えはないかと手当たり次第に聞いていく。
残念ながら槍自身に関係はない。
だが、とある場所を彼が通り過ぎようとした時、俺は思わず呼び止めた。
正直目を疑ったが間違いない。
アイザックも不意に足を止め、その場所を見上げた。
「もしかして、この家か?」
そこにあったのは、俺とコレットが住んでいた、かつての家だった。
見た目も記憶と合致する。
しかし、俺が生きていた頃と違い、完全に廃れてしまっている。
今は誰も住んでいないのだろうか。
雑草が生え、外観も手入れは一切されていない。
一体、何が起きたんだ。
それ以前に、コレットは何処にいったのだろう。
「最近使われた様子はないけど、この家に何かがあるのかもしれないな」
不思議に思ったアイザックは、そのまま家の中に入っていく。
内部も外と同じように荒れ果てている。
あれから数年近くが経ったのか、床も歩く度に軋みを上げ、底が抜けそうな状態だ。
とても人が住める状況ではない。
コレットの安否が心配で気が気じゃなくなった頃、不意に何かが倒れる音が響く。
バタン、と大きな物体が落ちる衝撃が、俺達の所まで聞こえてくる。
アイザックは注意深く、その場所まで足を進める。
向かった先は、元が寝室だった部屋。
ベッドを始めとする殆どのものが無くなっていたが、唯一横倒しになったタンスだけが残されていた。
恐らく、先程の音はアレが倒れたものだったのだろう。
そしてその直後、俺だけでなくアイザックもそこにある気配に気付く。
倒れたタンスに片足を挟まれた、金髪の少女がいた。
「君! 大丈夫か!?」
「誰……?」
「通りすがりの冒険者だ! 待ってろ、直ぐに助ける!」
驚く少女を余所に、易々とタンスをどかし終えるアイザック。
瞬間、背負われていた俺と彼女の視線が合う。
向こうは一切気付いていないが、見間違えようがない。
成長しているが、あの頃の面影が確かに残っている。
この少女こそ俺の娘、コレット・ポードヴォールだった。
やっと会えた。
ちゃんと大きくなって、生きていてくれたんだな。
感極まった俺は手を伸ばしたくなるも、彼女の様子に気付いて思わず閉口する。
コレットは影のある表情をしていた。
以前のような明るい瞳は消え、足を挟まれたというのに、苦痛を意に介していない。
まるで感情が無くなったかのようだ。
捻った足をアイザックが診ている間も、彼女は底知れぬ瞳で見下ろすだけだった。
「これは、一度何処かで見てもらうべきだ。俺がおぶっていこう」
「いらない」
「えっ?」
「冒険者は、嫌い」
彼女から出る筈のない拒絶の言葉が、俺の心を貫いた。
昔の頃とは似ても似つかない。
まさか俺がいなくなったせいで、ここまで心を閉ざしてしまったのか。
アイザックの助けを拒否した彼女は、一人で無理にその場から立ち上がろうとする。
駄目だ、コレット。
そんなことをしたら余計に悪化してしまう。
俺が声を出すと同時に、案の定彼女は体勢を崩しそうになる。
その身体をアイザックがどうにか受け止めた。
「嫌いだろうが何だろうが、そんな有様じゃ動けないだろう?」
「ちょっと! 止めてったら……!」
「文句は後で聞く。とにかく今は、医者を探すぞ!」
拒否されようと、彼は見過ごさなかった。
そのままコレットを抱えて家を飛び出し、近場の病院へと運び込む。
怪我としては重度ではないが、暫くは安静にするべきだと通告される。
幸い彼には今まで稼いだ報酬金が山のようにあったので、治療代を出すことへの抵抗は一切ない。
彼女は冒険者に金を恵んでもらうことを嫌がったが、無理矢理払った。
俺の代わりに金まで出してくれるとは、申し訳が立たないな。
本当に、君が所有者で助かったよ。
感謝の念を抱いていると、アイザックは俺を見上げ満足そうな顔をした。
そして俺達は彼女が今、どういう状況にあるのかを、医者を通じて知ることになる。
今のコレットは、あの家に住んでいる訳ではない。
俺を亡くした後、身寄りのなくなった彼女は遠くにある孤児院に引き取られ、休みの合間にあの家に赴いているらしい。
元々家にあった家具などは俺の死後に、薬代のために殆ど売り払われてしまったらしい。
コレットは13歳になっており、あれから4年もの年月が経っていることも知らされた。
「それで、Sランク冒険者様があの家に何用ですか?」
「嫌味な言い方だなぁ。俺はこの喋る槍に誘われて、ここまで来ただけさ」
「喋る? 面白い冗談ですね?」
「冗談じゃないんだよ。ほら、何か感じないか?」
寝かされたベッドの上で、不信そうな態度を崩さないコレットに、アイザックは俺を近づけた。
当然、俺が槍に転生したことなど気付かない。
だが、どうにかして意志を伝えられないだろうか。
俺があんな目に遭ったために、彼女に辛い思いをさせてしまった。
目先の利益に囚われず、もっと慎重に行動していれば、彼女一人を残す結果にはならなかった筈なのだ。
今まで行ったように強く念じるも、彼女は直ぐに目を逸らして一言呟いた。
「……何も」
「そうかぁ。残念だぁ」
無理だったか、と言わんばかりのアイザックに、コレットは目を合わせないまま続ける。
「助けてくれたことは感謝します。でもこれ以上、私に関わらないで」
あくまで彼女は、冒険者に関わりたくないようだ。
そう言われてしまえば、アイザックが深入りする理由もない。
俺も反応できず、その場を離れることになった。
一体、どうすればいいんだ。
今の俺には、本当に何も出来ないのだろうか。
病院を出た俺達だったが、事情が気になった近所の女性が、アイザックに話しかける。
冒険者である彼が、コレットと共にいたことが珍しかったらしい。
聞いていないことを、矢継ぎ早に話してくれた。
「あの子、お父さんが亡くなってから、大の冒険者嫌いになっちゃったのよ」
「そう、ですか」
「噂によると、お父さんも冒険者だったんだけど、魔物に斃れたらしくて……。何でも、一人で無理に魔物の群れと戦おうとして、仲間達が来た時には手遅れだったって……」
「……」
「ヴェインさん、って言う人なんだけど、あの子の薬代を払うためにかなり無理をしていたみたい」
俺はその話を聞いて愕然とした。
魔物襲撃の一件、俺は単身で突撃して死んだことになっていたのだ。
本当はダストン達に捨て駒にされた挙句の死だというのに。
真実は捻じ曲げられた、ということか。
コレットが冒険者嫌いになったのも、ここに原因があるに違いない。
こんな姿になってでも来た意味はあった。
何としてでも、このふざけた間違いを正さなければならない。
そう決意する俺の傍で、アイザックも町の店で昼食を取りながら考え事をしていた。
「Fランク冒険者で、スキル無し。そんな人が、魔物の群れに一人で行こうとするのか? 例え無理をしていたって、普通ならあり得ない。逆に自分の命を大切にするはず」
彼も女性から聞いた経緯に違和感を抱いたらしい。
自慢するのもアレだが、魔物の群れに突入する程に俺は馬鹿ではない。
あの頃の実力は、他の誰でもない自分自身が理解している。
するとアイザックは俺の考えを読み取ったのか、不意にこちらを見上げた。
「お前もそう思うかい。相棒」
そう思う、というか当事者だからな。
事の真相を探れば、コレットも少しは元気を出してくれるかもしれない。
俺達二人の意志は一致していた。
「これは、少し探った方が良いみたいだな」
飯を平らげたアイザックは勢いよく立ち上がり、俺と共に探索を開始した。