1回目 -1-
槍に転生した、と気付いても中々受け止めきれないのが現状だった。
人の身体から武器に魂が移った、なんて簡単に信じる方が難しい。
しかもこの状況を説明してくれる者がいないときた。
まだ俺は悪い夢でも見ているんじゃないか。
そう思うも、過ぎるのは時間ばかり。
結局俺は鍛冶屋から出荷され、王都の武器屋で売りに出されることになった。
動けない俺に抵抗できる訳もない。
極めて心外だが、値札まで掲げられる始末。
価格は大よそ給料3か月分と言った所だろう。
おいそれと買えるものではなく、かなりの逸品であることが伺える。
だが正直、そんなことはどうでも良かった。
今が一体何年で、あれからどれだけの時が経ったのかを知りたい。
一刻も早く、コレットに会わなければ。
身寄りのない家庭だったので、今この瞬間、無事に過ごしているのかも分からない。
病状が悪化して苦しんでいるかもしれない。
誰か、この声を聞いてくれ。
コレットの所まで、俺を運んでほしい。
諦めることなく、俺は客や店員に声を掛け続けた。
「おかしいなぁ」
「どうしました? 店長?」
「いやな、何だかこの槍が、俺を呼んでいる気がするんだよ」
悪戦苦闘を繰り返した結果、暫くしてそんな変化が現れた。
成程、俺の声が聞こえる人もいれば、聞こえない人もいるのか。
「も、もしかして幽霊……」
「や、止めないか。もしそんな曰く付きの槍なんて知れたら、買い手が無くなってしまう。折角、商売になると思って取引した逸品なんだ。悪い噂は立てられない」
店長らしき男が人差し指を口元で立てる。
数をこなす内に、徐々に俺の意志が伝わるようになっている。
これはいけるかもしれない。
光明の見えた俺は、引っ切り無しに語り続けた。
言葉が確実に伝わる者が現れるまで、絶対に諦めない。
この程度の修羅場なんて、俺にとっては苦痛のくの字にもならないのだ。
だが、俺は一つ間違いを犯していた。
所詮、今の俺は武器の一つ。
人の言葉や得体の知れない声で呼びかける槍など、常識では考えられない。
そんな噂が積もりに積もっていった結果、あの槍は意志を持った魔槍という認識が町中に広まってしまう。
当然買い手など付かないし、入荷されて以降、店から一歩も出た例がない。
やってしまった。
これでは誰も俺に近づかないじゃないか。
客どころか店員までも気味悪がって距離を離す始末だ。
一体、どうすればいい。
対策案が見つからずに悩んでいると、更に時が経って、とある客が俺の前に現れた。
「これか。噂の槍って言うのは」
茶髪の青年が立て掛けられた俺を見上げる。
出で立ちは見るからに冒険者。
しかも高級そうな装備を身に付けているため、上位ランクの者であることが分かる。
口を噤んで観察していると、彼は勢いよく店長を呼んだ。
「よし、店長! これを買い取るぞ!」
「よ、よろしいので……?」
「勿論! 語り掛けてくる槍なんて、今まで見聞きしたことがなかったんだ! とても興味深いよ!」
やたら俺のことを気に入ったようだ。
考えてみれば、語り掛ける槍を気味悪がる者もいれば、逆に関心を持つ者も出てくる。
俺の行動も間違いばかりではなかったらしい。
店長も値札通りの買い手が見つかって大喜びだった。
「お前、今まで誰にも使われたことがなかったんだろう? 今から俺が、みっちり使い込んでやるから、覚悟しとけよ!」
正直、やめてほしいんだが。
しかし彼が持ち手になったことは不幸中の幸いだ。
これで見飽きた武器屋から脱出することが出来た。
久しぶりの日の光を浴びて、俺は少しだけ気分が高揚した。
担がれながら色々な人と出会ったことで、この青年の情報が分かってくる。
彼の名は、アイザック・ハーレイ。
成人間近という年齢でありながら、Sランク冒険者という地位にいる人物だった。
Sランクなんて存在していたのか、とも思ったが、これは規格外の力を持つ者のみに与えられる特級のランクらしい。
事実、アイザックのスキルはあらゆるものを刺し貫く力を持つ。
槍から放たれた閃光の射程距離は数百ⅿに広がり、どんな堅牢な鎧や鱗でも彼の前では豆腐同然だった。
「アイザック! 頼む!」
「あぁ! 任せろッ!」
とある戦闘での一場面。
仲間達の掛け声で、彼は襲い掛かる巨大な魔物に向けて俺自身を突き刺す。
鋭い刺突が易々と敵の命を貫く。
何となくは分かっていたが、Sランクとはこうも戦い方が化け物じみているのか。
まるで人間兵器。
彼一人だけで、一軍隊に匹敵するのではないだろうか。
そして、そんなアイザックに振り回されている俺自身も中々なものだった。
製作者の親父が、最高傑作と言うだけのことはある。
どんな攻撃を受けても、傷一つ付かない。
そもそも今の俺に痛覚はないので、多少傷が入った所でどうということもない。
危険度の高い任務を次々と終わらせていくアイザックは、槍となった俺を掲げ、その感覚を確かめる。
「噂なんて当てにならないな。こんなに馴染む槍は始めてだ」
アイザックにとっても、非常に使いやすい槍のようだ。
あまり嬉しくはないが、彼の手に渡ってからの期間、色々な経験はさせてもらっている。
様々な魔物の行動パターン、そして戦術の妙。
Fランクの俺では、見ることすら出来なかったものばかりだ。
ただ、それは望んだものではない。
武器として扱うのは結構だが、俺には他にやらなければならないことがある。
そんな意志を知ってか知らずか、手入れをするアイザックが微かに笑う。
「全く、まだ俺を認めてくれないのか?」
「アイザック……。お前、槍の言葉が分かるのか……?」
「いや、全く。でも、何となくそう言っている気がするんだ」
相変わらず、俺は何とか言葉を伝えられないか悪戦苦闘をし続けていた。
するとアイザックは、次第にその考えを読み取るようになる。
直接槍に触れ続けていたからこそ、繋がる何かがあったのかもしれない。
良い傾向だ。
このままいけば、きっとこの願いに気付いてくれる。
時間が経っても焦らず、そして挫けずに続けていると、遂にその時が訪れる。
「もしかして、何処か行きたい場所があるのか?」
俺にとって、彼の言葉は天啓にも聞こえた。
そう、俺にはどうしても行きたい所があるんだ。
一人娘のコレットの元へ。
頼むアイザック、どうか彼女に会わせてくれ。
ひたすらに祈っていると、彼は少しだけ眉を動かし微笑する。
その笑みは、いつも俺の考えを読み通す時の顔と同じだった。
「悪い皆、少しだけ休みを貰うよ」
「全然さ。ゆっくりと、羽を伸ばしてきなって」
数日が経って、アイザックは一週間程度の休暇を取ることになった。
表向きの理由はただの旅行だが、本当は己の槍が何を望んでいるのかを探し出すためのものだった。
彼はSランク、引く手数多なので簡単に休みなど取れるものではなかったが、無理を言って通してもらったらしい。
仲間に断りを入れつつ、いつも通り俺を背負いながら、慣れ親しんだ王都を出発する。
物言わない槍に、何の確証もないのにここまで動いてくれるのは、今まででアイザックだけだった。
「さて、何処に行けばいいんだ? 教えてくれよ」
任せてくれ。
何も成果が得られなかった、なんてことにはさせない。
彼の問いに答えるように、俺は意志を伝えた。