表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/15

1回目 -1-




槍に転生した、と気付いても中々受け止めきれないのが現状だった。

人の身体から武器に魂が移った、なんて簡単に信じる方が難しい。

しかもこの状況を説明してくれる者がいないときた。


まだ俺は悪い夢でも見ているんじゃないか。

そう思うも、過ぎるのは時間ばかり。

結局俺は鍛冶屋から出荷され、王都の武器屋で売りに出されることになった。

動けない俺に抵抗できる訳もない。

極めて心外だが、値札まで掲げられる始末。

価格は大よそ給料3か月分と言った所だろう。

おいそれと買えるものではなく、かなりの逸品であることが伺える。


だが正直、そんなことはどうでも良かった。

今が一体何年で、あれからどれだけの時が経ったのかを知りたい。

一刻も早く、コレットに会わなければ。

身寄りのない家庭だったので、今この瞬間、無事に過ごしているのかも分からない。

病状が悪化して苦しんでいるかもしれない。

誰か、この声を聞いてくれ。

コレットの所まで、俺を運んでほしい。

諦めることなく、俺は客や店員に声を掛け続けた。


「おかしいなぁ」

「どうしました? 店長?」

「いやな、何だかこの槍が、俺を呼んでいる気がするんだよ」


悪戦苦闘を繰り返した結果、暫くしてそんな変化が現れた。

成程、俺の声が聞こえる人もいれば、聞こえない人もいるのか。


「も、もしかして幽霊……」

「や、止めないか。もしそんな曰く付きの槍なんて知れたら、買い手が無くなってしまう。折角、商売になると思って取引した逸品なんだ。悪い噂は立てられない」


店長らしき男が人差し指を口元で立てる。

数をこなす内に、徐々に俺の意志が伝わるようになっている。

これはいけるかもしれない。

光明の見えた俺は、引っ切り無しに語り続けた。

言葉が確実に伝わる者が現れるまで、絶対に諦めない。

この程度の修羅場なんて、俺にとっては苦痛のくの字にもならないのだ。


だが、俺は一つ間違いを犯していた。

所詮、今の俺は武器の一つ。

人の言葉や得体の知れない声で呼びかける槍など、常識では考えられない。

そんな噂が積もりに積もっていった結果、あの槍は意志を持った魔槍という認識が町中に広まってしまう。

当然買い手など付かないし、入荷されて以降、店から一歩も出た例がない。


やってしまった。

これでは誰も俺に近づかないじゃないか。

客どころか店員までも気味悪がって距離を離す始末だ。

一体、どうすればいい。

対策案が見つからずに悩んでいると、更に時が経って、とある客が俺の前に現れた。


「これか。噂の槍って言うのは」


茶髪の青年が立て掛けられた俺を見上げる。

出で立ちは見るからに冒険者。

しかも高級そうな装備を身に付けているため、上位ランクの者であることが分かる。

口を噤んで観察していると、彼は勢いよく店長を呼んだ。


「よし、店長! これを買い取るぞ!」

「よ、よろしいので……?」

「勿論! 語り掛けてくる槍なんて、今まで見聞きしたことがなかったんだ! とても興味深いよ!」


やたら俺のことを気に入ったようだ。

考えてみれば、語り掛ける槍を気味悪がる者もいれば、逆に関心を持つ者も出てくる。

俺の行動も間違いばかりではなかったらしい。

店長も値札通りの買い手が見つかって大喜びだった。


「お前、今まで誰にも使われたことがなかったんだろう? 今から俺が、みっちり使い込んでやるから、覚悟しとけよ!」


正直、やめてほしいんだが。

しかし彼が持ち手になったことは不幸中の幸いだ。

これで見飽きた武器屋から脱出することが出来た。

久しぶりの日の光を浴びて、俺は少しだけ気分が高揚した。


担がれながら色々な人と出会ったことで、この青年の情報が分かってくる。

彼の名は、アイザック・ハーレイ。

成人間近という年齢でありながら、Sランク冒険者という地位にいる人物だった。

Sランクなんて存在していたのか、とも思ったが、これは規格外の力を持つ者のみに与えられる特級のランクらしい。

事実、アイザックのスキルはあらゆるものを刺し貫く力を持つ。

槍から放たれた閃光の射程距離は数百ⅿに広がり、どんな堅牢な鎧や鱗でも彼の前では豆腐同然だった。


「アイザック! 頼む!」

「あぁ! 任せろッ!」


とある戦闘での一場面。

仲間達の掛け声で、彼は襲い掛かる巨大な魔物に向けて俺自身を突き刺す。

鋭い刺突が易々と敵の命を貫く。

何となくは分かっていたが、Sランクとはこうも戦い方が化け物じみているのか。

まるで人間兵器。

彼一人だけで、一軍隊に匹敵するのではないだろうか。


そして、そんなアイザックに振り回されている俺自身も中々なものだった。

製作者の親父が、最高傑作と言うだけのことはある。

どんな攻撃を受けても、傷一つ付かない。

そもそも今の俺に痛覚はないので、多少傷が入った所でどうということもない。

危険度の高い任務を次々と終わらせていくアイザックは、槍となった俺を掲げ、その感覚を確かめる。


「噂なんて当てにならないな。こんなに馴染む槍は始めてだ」


アイザックにとっても、非常に使いやすい槍のようだ。

あまり嬉しくはないが、彼の手に渡ってからの期間、色々な経験はさせてもらっている。

様々な魔物の行動パターン、そして戦術の妙。

Fランクの俺では、見ることすら出来なかったものばかりだ。

ただ、それは望んだものではない。

武器として扱うのは結構だが、俺には他にやらなければならないことがある。

そんな意志を知ってか知らずか、手入れをするアイザックが微かに笑う。


「全く、まだ俺を認めてくれないのか?」

「アイザック……。お前、槍の言葉が分かるのか……?」

「いや、全く。でも、何となくそう言っている気がするんだ」


相変わらず、俺は何とか言葉を伝えられないか悪戦苦闘をし続けていた。

するとアイザックは、次第にその考えを読み取るようになる。

直接槍に触れ続けていたからこそ、繋がる何かがあったのかもしれない。

良い傾向だ。

このままいけば、きっとこの願いに気付いてくれる。

時間が経っても焦らず、そして挫けずに続けていると、遂にその時が訪れる。


「もしかして、何処か行きたい場所があるのか?」


俺にとって、彼の言葉は天啓にも聞こえた。

そう、俺にはどうしても行きたい所があるんだ。

一人娘のコレットの元へ。

頼むアイザック、どうか彼女に会わせてくれ。

ひたすらに祈っていると、彼は少しだけ眉を動かし微笑する。

その笑みは、いつも俺の考えを読み通す時の顔と同じだった。


「悪い皆、少しだけ休みを貰うよ」

「全然さ。ゆっくりと、羽を伸ばしてきなって」


数日が経って、アイザックは一週間程度の休暇を取ることになった。

表向きの理由はただの旅行だが、本当は己の槍が何を望んでいるのかを探し出すためのものだった。

彼はSランク、引く手数多なので簡単に休みなど取れるものではなかったが、無理を言って通してもらったらしい。

仲間に断りを入れつつ、いつも通り俺を背負いながら、慣れ親しんだ王都を出発する。

物言わない槍に、何の確証もないのにここまで動いてくれるのは、今まででアイザックだけだった。


「さて、何処に行けばいいんだ? 教えてくれよ」


任せてくれ。

何も成果が得られなかった、なんてことにはさせない。

彼の問いに答えるように、俺は意志を伝えた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ