表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/15

3回目 -3-




「俺は……俺は一体……!」


孤児院を飛び出した俺は、奇妙そうに視線を向ける人々を背に街道を抜ける。

全速力で走っていることもあり、徐々に息が上がる。

だが、それで良かった。

体力を消耗することで、混乱する思考が奪われ冷静になっていく。

それでも俺の中にあるのは、一つの疑問だった。


俺は一体誰なんだろう。

両親から暴力を振るわれ、孤児院に拾われたころとは違う、別の記憶が蘇ってくる。

更に、それらの記憶に気味の悪さを感じない。

全ては俺自身の経験、生の軌跡。

それを示すように、身体や思考がそれら過去を拒絶しない。

まさか本当に、俺は複数の人生を渡り歩いてきたというのか。

肯定も否定も出来ず、ただ走ることしか出来なかった。


気付けば、森の中にいた。

誰の目にも止まらない場所で落ち着きたかったのだ。

俺は大きな木陰で立ち止まり、数分を掛けて息を整える。

そして先程の女性に申し訳ないことをしたと思い、帰って謝らなければ、と考え直すまでに至った。

だが、そこで俺は周囲の雰囲気が今までと違っていることに気付く。

元々森は静かな場所なのだが、何処かざわついている。

重苦しい、誰かに見られているような感覚が俺を貫く。


「な、何だこの異様な空気……」


不安な声を上げたが、その元凶を直ぐに知ることになる。

森の葉擦れの音が一気に沸き上がり、突風が巻き起こる。

思わず両目を瞑ると、その瞬間、俺の身体を鷲摑みにされた。

子供とはいえ、胴体を握る程の巨大な手。

目を開けると、そこには黒い影がいた。


「見つけた……ぞ……!」

「な、何だコイツは!?」


黒い影は、巨大な魔物に姿を変える。

やたら力を消耗しているようにも見えたが、その威圧感は途轍もない。

掴まれているだけで、気迫に押し負けてしまいそうだ。

だがそれ以上に重要なのは、その声が、以前俺を呼んでいた声に酷似していることだった。

胴を掴み力が強まり、肺の中の空気が吐き出される。


「ぐあっ!?」

「この時をどれだけ待っていたか! 転生の能力者よ……!」


転生の能力者。

奴はそう言ったが、何一つ理解できなかった。

何故、俺のことを知っているんだ。

そう思った瞬間、脳裏に先程の記憶が浮かび上がる。

そうだ。

俺はこの魔物を知っている。

過去の記憶が、あらゆる情報が流れ込んでくる。

そしてそこから、一つの解を導き出した。


「まさか、魔王……なのか……!?」

「仇成す同族、ニュートよ。その正体、分からないとでも思ったのか?」

「ニュ……ニュート……!?」

「あの時は露にも思わなかった。貴様が人間から転生してきた魔物だとはな」


存命していた魔王は苛立たしくそう言った。

そして無事だったもう片方の手を、俺に向けて翳す。


「だがこれで終わりだ。貴様の力、この魔王が頂く」


闇そのものにも見えるその手が、俺の中に眠る力を奪おうとする。

それが何を意味しているのか、まだ自覚できる程に理解は出来ていない。

しかしとある予感を抱き、俺は呻いた。


「まさか、生まれ変わる……のか!?」

「そうだ! 勇者達によって倒されたこの身体も限界! 貴様の力で別の肉体へと転生し、再び人間に思い知らせてやるのだ! 我が魔王の脅威を!」


転生の力を奪う。

ヤツはまだ、諦めていないというのか。

俺はどうにか抜け出そうともがいたが、無駄だった。

直後、魔王の指先によって、俺の体内から何かが抜き出される。

強烈な光が解き放たれ、意識を失いそうになる。

魔王の手には、周囲を照らす巨大な光球があった。


「か……はっ……!?」

「素晴らしい! 何という輝きだ! これが、生を輪廻する力の源か!」


魔王が歓喜の声を上げる。

あれが、俺の力なのか。

俺は沸き上がる衝動に動かされ、必死に手を伸ばす。

力を失うことに恐れはない。

だがアレが呑まれれば、魔王は新たな生まれ変わりを果たす。

過去と同じように災厄を呼ぶことになってしまう。

それだけは絶対に、絶対に阻止しなくてはならない。


「この力を得て、我は復讐を遂げる!」

「や……めろ……!」


だがどれだけ力を振り絞っても、魔王の手から抜け出せない。

子供一人程度の力では、どうすることも出来ない。

いつか抱いた無力感を俺は再び味わうことになり、思わず叫ぶ。

だがその瞬間、魔王の力が緩んだ。


「結界を中和するだと!?」


何かが崩れる音が聞こえる。

俺は魔王の手から離れ、音を立てて地に伏す。

一体何が起きたのだろう。

どうにか視線を上げると、そこにはイツハが他の団員を連れ、決意を漲らせた目で立っていた。

まさか、俺を追って来たというのか。


「その子から離れなさい! 魔王!」

「クッ! 忌まわしい、裏切り者共め……!」


憎々しげに魔王は標的を見定めた。

敵意は真っすぐにイツハを捉えている。

いかに弱体化しているとはいえ、危険すぎる。

俺は皆を止めようと声を張り上げた。

しかしそれと同時に、一人の青年が魔王の元へ躍り出る。

彼の姿は、文献で見たことのある風貌をしていた。


「あれは、まさか勇者……!?」


魔王を打ち倒したと言われる勇者の一人。

未だに生存の可能性がある魔王を追っていると聞いていたが、師団の中にも属している者がいたようだ。

青年は冷静に一本の試験管を取り出し、その中身を放つ。

液状だったそれは急速に動きを変え、蒼炎へと移り変わり魔王を呑み込んだ。


「竜の息吹」

「おのれッ! アイザックの手下風情が……ッ!」


俺を綺麗に回避しながら燃え上がったそれは、魔王の全身を焼き尽くしていく。

威力はまさしく竜のブレスと同等。

弱った敵を仕留めるには十分な威力だった。

それでもまだ、奴の手には転生の力が握られている。

その光を見下ろしつつ、勇者である青年が静かに呟く。


「微かな気配を追うため、師団にいたのは正解だったみたいだな。でもこれで、アイザックさんの悲願は叶う」

「まだ……だ……! この力さえ、手に入れば……!」

「あくまで俺達への殺意を抑えきれないのか。だったら」


人だけでなく、魔物にも危害を与える者を放ってはいけない。

青年はゆっくりと新たな試験管を二本取り出し、それを放出した。

一本は光り輝く転生の力を取り囲み始める。

あれは恐らく封印の術式。

文字のようなものが浮かび上がり、その光を抑え込んでいく。

魔王はどうにか封印されていく光を体内に取り入れようとするも、それよりも先に強い力が彼を妨げる。

もう一本の液体が漆黒の渦に変わり、魔王を吸い込んでいたのだ。


「ダークマター」

「グオオオォォッ!」


弱った魔王に抗うだけの力は残されていない。

恨みの断末魔を上げて、螺旋の中へと吸収される。

敵を呑み込んだ渦は、その後すぐに極小の黒い球体に変わり、地に落ちると共に消滅。

元の静かな森へと空気が変わった。

助かったのか。

地に倒れたままの俺は、その場で脱力する。

そこへあの女性がやって来て、俺を抱きかかえた。


「大丈夫!? しっかりして!」

「は……お、俺は……?」

「怪我もない……。あぁ、良かった……!」


彼女が、イツハが安堵したように顔を綻ばせる。

あの時とは違う、この手で助けることが出来たという喜びが、ひしひしと感じられる。

彼女の姿を見て、何処か懐かしく、俺自身もそれを望んでいたような気がした。

すると先程の青年が俺達の元にやって来る。


「すみません、イツハさん。自分が付いていながら、敵の感知が遅れてしまいました」

「いえ、レクトさんがいなければ、皆無事では済まなかったと思います。本当に、ありがとうございます」

「こちらこそ。それでその、彼は一体? 魔王が取り込もうとしていたあの力、思わず封印してしまいましたが……」

「もしかしたら……。いえ、きっとこの子は……」


イツハは、それに気付いたのかもしれない。

彼女の眼は真っすぐに俺を見ていた。

躊躇いがちに、しかしハッキリとした声で問い掛ける。


「ニュート。あなたは、もしかしてニュートなの?」

「ど、どうして……」

「私のことを母さんって呼んだわ。そう呼ぶのは、あの子だけなの」


俺は戸惑うが、何も言えなかった。


「あの子は言ったのよ。自分には生まれ変わる前の記憶があるって。その力があるから、行かないといけない所があるって」

「……」

「魔王も確かに言ったわ。転生の力、って。まさか、本当にあなたは……」


彼女が呑み込んだ言葉に、俺は想起する。

魔王は俺の中に眠っていた転生の力を狙った。

俺がかつて魔物であることも語っていた。

ここまで来て、疑う余地なんてないのだろう。

俺はいつの間にか土だらけになっていた、自分自身の手を見つめた。

そうだったのか。

こんなことを忘れてしまっていたのか。

忘却していた全てのものを受け入れ、記憶の中を手繰る。


「約束、した気がするんだ。絶対に、生きて帰るって。それに貴方とは、初対面じゃない気がする。何処かで会ったような、そんな記憶があるんです」

「……!」

「転生の力なんて、全く自覚がない……。でも、本当に生まれ変わっているなら……俺は……」


そこまで言うと、彼女は俺を強く抱き締めた。


「お願い。今は、このままでいさせて」


思わず声を掛けようとするが、震える声が聞こえてくる。


「魂が転生するなら、いつかきっと会える。絶対に帰ってくる。私はそう信じて、生きてきたの」


魔物として命を落としたあの時から、イツハは我が子を失った思いを、ずっと抱えて生きてきたのか。

俺のことを忘れずにいてくれたのか。

家族としての温もりに包まれた俺は、そのまま瞼を閉じた。

今ある感覚を二度と手放さないように。


「お帰りなさい、ニュート。ずっと、ずっと待っていたわ」

「……ただいま。母さん」


俺は確かにそう言った。

もう彼女を悲しませてはいけないと心に誓う。

だがたった一つ、やるべきことが残っている。

生を輪廻した中にある、唯一の心残り。

俺にはまだ、会わなければならない人がいるのだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ