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0回目




「ホラ見ろ。まだやってるよ、アイツ」


そう言ったのは同じパーティーメンバーの男、ガストンだった。

彼は仕事の終わらない俺を指差し、嘲笑している。

無論、他のメンバーも同じだ。

同調するように笑い続けるだけで、手伝う気は毛頭ない。


「全く、何時までやってるんだかねぇ」

「ホント、何の取り柄もないってのは、正にこのことだな!」


冒険者ギルドから割り当てられたパーティー専用の個室に、気分の悪い声が響く。

どうしようもなく、酷い連中だ。

侮蔑の声を背にしながら、それでも俺は黙々と床の雑巾がけを続けている。

俺の立場は言わば下っ端。

彼らが好んでやろうとしないことを、全て押し付けられている。

当然、仕事の量も膨大だ。

パーティー内の在庫管理からゴミ拾いまで、顎で使われ続けている。

そんな状態で定時内に全てが終わる訳もない。

ガストン達もそれは理解している筈だった。


「おい、ヴェイン!」

「……?」


不意に呼ぶ声が聞こえるも、振り返る前に真横に何かが飛んでくる。

それは辺りの店で買った酒瓶。

バルトロが投げたそれが、俺の真横を通り過ぎて砕け散る。

中身の入っていた安酒が、綺麗になった床にぶちまけられた。

またこれか。

俺は表情を変えないまま彼らを見据えた。


「これは何だ?」

「おいおい、Fランクごときが俺達に指図するっていうのか? 随分と偉くなったもんだな?」


愉快そうにガストンが挑発する。

彼らは何もしないどころか、俺の仕事が捗らないよう邪魔ばかりしてくる。

歳は変わらないどころか、年下かもしれないと言うのに、一体どうすればこんな性格に成り果ててしまうのか。

全く以て度し難い。

俺は反抗するように独り言を口にした。


「Cランク如きが何を言ってるんだ?」

「な、何だとッ!?」


眉を吊り上げるガストン。

挑発ばかりしているのに、やり返されると直ぐにこれだから困る。

そろそろ鬱陶しくなってきた。

相手は多人数だが、腕っぷしだけならどうにかなるか。

そう思って雑巾から手を放すも、奥から他メンバー達の声が届く。


「よせよ、ガストン。そんな奴に構う意味なんてないさ」

「そうさ。俺達Cランクが、Fランクのしかもスキル無し風情に、手を出すだけの価値があるのか?」

「……そうだな。どうせコイツは、何処まで行っても負け組。俺達が寛大に接してやらないとな」


俺に掴みかかろうとした彼は、一度考え直して上からの目線で豪語する。

どうにも下位ランクの者には高圧的な態度でいないと気が済まないらしい。

その後、彼は他メンバー達に誘われて、ぞろぞろと部屋から立ち去っていく。

何処かの店で腹ごしらえでもするつもりなのだろう。

当然だが誘われることなど一切ないし、割れた酒瓶もそのままだ。


「じゃあな、ヴェイン! 後はしっかり片づけておけよ!」


陽気な態度でガストン達は姿を消し、バタンと勢いよく閉まる扉の音が聞こえる。

残されたのは俺と、散らかる部屋ばかり。

一瞬放置しようかと思ったが、怠慢と判断されて給料を減らされては困る。

結局手放した雑巾を再度手にして、割れた瓶の欠片を拾っていくのだった。


スキルを一切持たない俺、ヴェイン・ポードヴォールは、Fランクの中でも下位レベルの冒険者に位置する。

通称、スキル無し。

その筋の人々からは、侮蔑と嘲笑を込めてそう呼ばれている。

例を挙げるなら今のこの状況、ガストン達の態度が最も分かり易い。

スキルを持たない者は、他の人間よりも遥かに劣る。

スキル至上主義の者達は、基本的にその考えを元に行動している。


勿論、そんな所で働かなければ良いだけの話だ。

わざわざ臭い場所に足を踏み入れる必要はない。

しかし、俺には沢山のお金が必要だった。

こんな雑用ばかりだが、辺境ともいえるこの場所で自警団等の役割を兼ねている冒険者パーティーは、それなりに金になっていた。

この仕事は主な収入源。

幾つもの仕事を兼業しつつ、俺はどうにか満足の行く金銭を得ていた。

何故そこまでして、俺が金を稼いでいるのか。

それは自分のためではない、大切な家族のためだった。


「ふう……」


少し時間が経って、やるべきことをやり終えた俺は、そのまま帰路に就く。

辿り着いたのは、小さな一軒家。

日が暮れた中で、部屋の明かりが外へ零れている。

今日は随分と待たせてしまった。

きっと心配していることだろうし、そんな中で父親の俺が暗い顔をしてはいけない。

一呼吸入れて憔悴の色をかき消し、家の扉を開ける。

玄関で靴を脱ぐと、待ち兼ねたように小さな足音が近づいてきた。


「ただいま! コレット!」

「お父さん! お帰りなさい!」


そう言って迎えたのは、一人娘のコレットだった。

眩しい金髪を靡かせて、屈託のない笑顔を向ける。

その姿を見るだけで、今までの疲れが吹き飛ぶかのようだった。

自然と笑みがこぼれた俺は、彼女の頭を優しく撫でた。


「遅くなってごめんな。今日も先生に家まで送ってもらったんだろう? 何か、困ったことはなかった?」

「ううん、何もなかったよ! お父さんこそ、今日は何かあったの?」

「そうだなぁ。ちょっと仕事が長引いてな……」


一瞬だけ、目を逸らす。

当然、コレットは俺の仕事のことは詳しく知らないし、雑用以下の扱いをされていることも知らない。

この子にこれ以上重荷を背負わせる必要はない。

今のまま、純粋な笑顔を向けていてほしい。

誤魔化した俺は、どうにか話を切り替える。


「お腹空いただろう? すぐにご飯を作るから待ってなさい」

「えー、あたしも何か手伝うよ?」

「コレットは良い子だなぁ。じゃあ、食卓の準備でも任せようかな」

「はーい! 頑張りまーす!」


まだ9歳だと言うのに、気遣いながら元気よく返事をするコレット。

この子は俺にとって、たった一人の家族だった。

若くして亡くなった妻、エレナとの間に出来た最愛の娘。

彼女を幸せにすることだけが、今の俺にとっての望みだった。

沢山のお金が必要なのも、その将来を案じるが故のもの。

例え周りから煙たがられようが、諦めるわけにはいかなかった。


「ごちそうさま! 美味しかったよ、お父さん!」

「そうか! 全部食べてくれて、父さんも嬉しいぞ!」


手早く料理を作り、二人で一緒に晩御飯を食べる。

あまり豪華でない料理でも、彼女は文句ひとつ言わずに嬉しそうに平らげてくれる。

たったそれだけでも、俺にとっては幸福なことだった。

身体が軽くなる感覚のまま、食べ終えた食器を片付けていると、暫くしてコレットがゆっくり近づいて来る。

どうしたのだろうと振り返ると、少しだけ浮かない顔をしていた。


「私の病気、いつになったら良くなるのかな」


そこには様々な感情が渦巻いているようだった。

ただ、俺は励ますように笑う。


「大丈夫。そのための薬じゃないか。それさえあれば、直ぐに良くなる」

「でも、高いんだよね? お父さん、無理させてるよね?」


声が少しだけ悲しそうなものに変わる。

幼いコレットでも、自分の病がどれだけ大変なものなのか理解している。

そして父親に重荷を背負わせている罪悪感も自覚し始めている。

だが、そんな心配はいらない。

俺は柔らかな態度を崩さなかった。


「なーに言ってるんだ。コレットに比べたら、父さんの仕事なんて無理の内に入らないよ。心配なんてしなくて良いんだ」

「うん……」

「父さんはね。コレットが元気でいてくれれば、それで十分なんだよ」


その言葉は本心だ。

コレットが幸せに生きてくれるのなら、他には何もいらない。

たった一人の家族を守るのは、父親として当然のことなのだ。

すると彼女は少しだけ安堵しつつ、確かな決意を抱いた。


「ねぇ、お父さん」

「うん?」

「あたし、絶対に良くなるから。頑張るからっ」


病は気から、という言葉を聞いたことがある。

コレットがその気持ちを抱き続けるなら、必ず病気は治る。

俺はそんな彼女を最後まで支えようと、強く頷くのだった。


だが、数日後。

事態は転がり落ちていく。

俺はガストン達と共に、町から少し離れた森の中で魔物の討伐を行っていた。

情報によれば、数は少数のはぐれ団体。

苦戦する理由すらないような勢力が相手の筈だった。

しかし、その情報には間違いがあったのか、それとも本隊が合流していたのか。

魔物の数は数十に膨れ上がっており、挟み撃ちを受ける形となってしまう。

単体ならば俺でも倒し切れるが、群れを成した魔物達の力は今のパーティーを超える。

Cランクのガストン達にも焦りの様相が見え始める。


「クソッ! 報告よりも数が多いじゃないか! どうなってるんだ!?」

「抑えきれない! このままじゃ、押し切られるぞ!」


どう考えても逃げの一手だ。

このままでは全滅してしまう。

魔物の攻撃を寸前の所で受けきりながら、俺は逃亡の意志を見せる。


「ガストン! このままじゃ危険だ! 逃げて応援を呼ぼう!」

「……そうだな。お前の言う通りだ」


命の危険もあって素直に従うガストン。

今から全力で逃げれば、この森を抜け出せる。

俺は逃亡ルートを編み出し、踵を返す準備を整える。


だが次の瞬間、頭に重い衝撃が走り視界が眩んだ。

何が起きたのか理解できないまま、地面に倒れ込む。

するとそこには、俺に向けて棍棒を振り下ろしたガストンの姿があった。


「な……に……!?」

「おい、ガストン!? 何をする気だ!?」

「決まっている。コイツを囮にするんだよ」


仲間達が驚く中、冷静な声が聞こえる。

まさか、俺を捨て駒に逃げるつもりなのか。

まともな思考が出来ない中、奴の見下ろす顔がぼんやりと見えた。


「悪いな。でも最後に役立つんだ。願ったり叶ったりだろう?」

「や……め……」


ふざけるな、と俺は手を伸ばそうとする。

こんな所で死ぬわけにはいかない。

俺は家に、コレットの所に帰らないといけないんだ。

だと言うのに、身体が全く動かない。

殴られた衝撃で、立ち上がるだけの力が残されていない。


「お、おい……流石にこれは……」

「うるさい! 早くずらかるぞ! そうでなきゃ、置いて行くからな!」


彼らの姿がどんどん遠ざかっていく。

代わりに近づいてきたのは、魔物の群れ。

残された俺の命を狩ろうと、やって来たのだ。


「コレット……」


紡げた言葉はそれだけだった。

直後、魔物が俺に向かって飛び掛かり、そのまま意識は暗転した。







痛みはない。

あるのは後悔と拒絶だけ。

死ねる筈がない。

俺が死ねば、コレットは一人残されたままだ。

そんなこと、絶対にさせてなるものか。

暗闇の中、俺は必死にもがき続けた。


すると感覚のない身体から妙な力が湧き上がってきた。

今まで経験したことのない、俺自身を引っ張り上げるような強い力だ。

まさか、これはスキルなのか。

無いと思い込んでいたスキルが、今この瞬間に発動したというのか。

理解するよりも先に、頭上から強烈な光が差し込む。

抵抗する間もなく、俺はその光に包まれる。


「よーし出来たぞ! 会心の出来だ!」


名も知らない男の声で目覚めた。

辺りを震わせるこの音に、俺は覚えがあった。

どうやらここは鍛冶場のようだ。

様々な武器が置かれ、巨大な炉が今も熱を帯びながら動き続けている。

しかし状況が分からない。

俺は森の中で魔物達に襲われ、命を落としたはず。

とにかく事情を探ろうと身体を動かそうとしたが、直後に異変に気付く。


身体が全く動かない。

それどころか何も喋れない。

声は出そうとしているのだが、口が動く感覚もない。

一体どうなっているのか混乱していると、先程の男が俺を抱え上げた。


おい、待て。

どこに連れて行く気だ。

そう思う俺を余所に、男は近くにあった巨大な箱まで運んでいく。

箱にしては中々豪勢な造りのそれに、丁重に安置される。


「親方! やりましたね!」

「あぁ! コイツは今までの中でも最高傑作だ!」


何やら機嫌が良さそうだが、知ったことではない。

俺は都合よく近場にあった鏡の中に、俺の姿を探した。

だが、鏡には何もなかった。

人影一つなく、生き物らしきものはいない。

ただそこには、箱の中に収められた一本の槍があった。


ちょっと待てよ。

まさか、嘘だろう?


俺の予想は当たっていた。

あのやたら強そうなオーラを放つ槍こそ、今ある本来の姿。

俺ことヴェイン・ポードヴォールは、槍に転生していたのだ。




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