いかにして彼がそう呼ばれるようになったか2
男女差別とか、そういうのは一切示唆していません。
入学するとクラスという枠に男と女が混在するようになる。魔法を扱える男が世界でもかなり少ないため、もちろんクラス内を占める男の人数も少なくなる。
するとどうなるか。今までよりより一層男女関係の逆転を見せつけられるわけである。
「はじめましてみんな!これからみんなの担任となるマキナ=エルバンスだ。よろしく」
挨拶をした女教師は燃えるような赤髪をした美女だった。俺が所属する1組の担任である。それに対するクラスの反応は2極化。太い声でキャーキャー言う男子と静かに舌打ちする女子である。今世で16 年という月日を生きた俺でも状況を整理するのはきつい。要は前世で説明すれば、クラスに入ってきたイケメン教師に女子が歓声男子が怨念ということだろうか。
「それじゃあみんなに自己紹介してもらおうかな」
自己紹介など進んでしたがる物好きは珍しいというのが俺の感覚だ。しかし、どうやらこのクラス、いやこの学園は違う。どこから説明すべきか。
姉達に聞いた話によるとこの学園は女子8割、男子2割の比率らしい。それは男が魔法を使えないのもあるが、少し前まで女子校だったのも大きい。そこに舞い込んできた男子は彼女らからすれば春の到来と等しい。
そこからは必然、男子の人数が少ないのだから倍率は高くなり、アピール合戦が始まるのだそう。話は戻るが、自己紹介も彼女らのアピールの一環なのだ。
「では私から。皆さん初めまして、私はアルミラ=エリシュオと申します。以後お見知り置きを」
最初自己紹介をした彼女は前世でいうとどういうタイプになるのか。少し物腰が硬い優等生タイプのイケメンか?まあどうでもいーがな。
それからの女子の自己紹介は程よい程度に荒れていた。特技を言う奴、実は強いだけでなく家庭的な一面もあるとアピールする奴、運動をやってきたとさりげなく言う奴。ただ気になるのは、全員あれこれ言った後でこちらをチラ見してくるのだ。今んとこは興味ねーからやめてほしいと言うのが本音だ。
ちなみに男子は例に漏れず、
「あ、あの、これから1年間よろしくお願いします…」
と、情けないほど小さい声で挨拶していた。
初日にもかかわらず授業は普通に行われたが、内容が苦というわけでもなく問題なくついていけた。
しかし、2日目の初めての実技の時間、少々きになることが起きた。実技は2組と合同で行うのだが、問題はうちのクラスの男子と、隣クラスの女子とのペアだった。
あの男の名前は……確かミオンだったか。男にしては、というかまあこの世界では男だからこそなのだが、綺麗な髪留めをしていたので印象に残っている。対する相手の女は名前はわからんが、イアリングやネックレスをした一目でチャラついてるのがわかる見た目のやつだ。
聞こえてくる会話から奴らはどうやら顔見知りらしいことがわかる。
最初はまあ俺も本当にただの知り合い程度にしか思ってなかった。だが実技がペアでの実践練習になった瞬間に、ミオンの様子がどこかおかしい気がした。僅かだが顔を青くしているように感じる。そしてそのミオンをつれるようにして女の方が校舎の裏に移動しはじめたのだ。確かに実技練習はペア同士で離れるよう指示があったが、わざわざ校舎裏まで行こうとする意味はない。
何かが変だ。
そう思った俺はペアの男子にトイレに行くと告げ、トイレに行くふりをして校舎裏へ向かった。
「よおミオン。久しぶりじゃないか?うーん、何年ぶりだっけ?」
「え、えっと…覚えてないかな…」
近づくとそんな会話が聞こえたので、とりあえず対面するのは避け、角で待機することにした。
「ああ?3年ぶりだろ?なあ。お前逃げるように私の前から姿消したもんなあ。ああ!?」
「ひっ。い、いやそんなつもりじゃないよ。」
「どうだかなあ」
どうやら、この2人は顔なじみというには少しきつい関係のようだ。しかし、これが女が強気で男が弱気と言うんだから違和感が半端ない。
「まあ、また会えて嬉しいよ。家での召使いは足りてるんだが、学校でのパシリがいなくてなあ。」
「え、それって…」
「いやー無償で召使いが見つかってよかったわー。またよろしくね、ミオンくん?」
「こ、困るよ!僕お父さんに学園では頑張るって約束したんだ!」
「はあ?お前立場理解してんの?私のママは公爵なんだけど。お前の両親から仕事を奪うことだってわけないんだよ?」
「うっ……」
「わかったらほら、"喜んでパシリやらさせていただきます"って言えよ。」
「うう……」
それでも何も言わないミオンに対し、女が舌打ちをする。
「昔っからてめえのそのうじうじしたところが嫌いなんだよ。口で言ってわかんなきゃしょうがないな」
「な、何を…」
「何って、実技だよ実技。私ら女は第3階位魔法の練習だからな。」
「まさか…」
「水魔法はいいぞ。外傷が残りにくいからな。バレにくい」
どうやらまずい展開になったかもしれない。女の方はどうやら水系統らしい。水は本来制圧力の高い魔法として知られるが、攻撃力もバカにならない。今女が使おうとしてる魔法は水の渦をボール状にとどめたものだ。見た目によらず打撃によるダメージが高い。
「お前がはやく"うん"て言わないからだ。」
完璧にミオンに対してぶっ放す気だな。
…………止めるか。
流石にこれ以上はダメだと思い、俺が出ようとした時
「お前ら、いったいこんなとこで何してんだ」
第三者の介入、声からして先生か。なんつーグッドなタイミングだ。
「いやいや、実技の練習っすよ。」
先生に見つかった瞬間女の方の声が随分と軽くなった。とぼけることには慣れてるのか。
「わざわざこんなとこでやる意味は?」
「別に、2人きりでやりたかっただけでーす」
「お前は確か2組のキャシー=ウォルタだな。確かに場所の制限はしてなかったが、ここでやるのは以後禁止だ。さっさと戻れ」
「はーい」
キャシーが離れて行く。
場には先生とミオンの2人しかいない。俺を除いて。
「ミオン、深くは聞かないが、何かあったら相談しろよ。私なりに全力を尽くす」
「……はい…」
この先生、出会って2日ではあるがかなり大した人かもしれない。わざわざ俺が出しゃばる話でもないのかもな。
……と、そんなことを思っていた俺だが、3日目、4日目と段々元気をなくしていくミオンを見て、とうとうどうにかしなきゃと思い始めた。しかしどう声をかけようか、と、そんな事を思っていた矢先、
「あ、あのさ。エリオくんだよね?」
うちのクラスの男子、名前は覚えてないが、とにかくそいつが話しかけてきた。
「ああ。」
「あのさ、今日の夜、俺の部屋に来てくれない?ミオンのことについてなんだ」
まあ流石にもう周りも気づく頃かもな。男子と違って、いやミスった。女子と違ってこの世界の男子は同性の変化に敏感だ。最近ミオンの顔色が優れないことを察したのだろう。
「そういうことならわかった。」
「ありがとう!」
はたしてこいつらにどうにかできるかは謎だが、いく価値は十分にある。
ということで、早速夜になってからそいつの部屋に行く。
当たり前だが女子寮と男子寮は別れているので気兼ねなく部屋の移動ができる。
「またせた」
俺がそいつの部屋に入るともう既にミオンとまたうちのクラスの男子がいた。本人もいることに驚いたが、とりあえず4人で丸まって座る。
「単刀直入にいうぞ。ミオン、お前なんか隠してるよな?」
………部屋に呼び出して3人で囲んで質問とは…。前世の男どもだったらこんなことは絶対にしないだろう。まあ女もしないとは思うが。
「え、えっと、何が?別に隠してることなんてないよ」
「じゃあ質問を変える。最近困ったことや辛いことがあるだろ」
明らかにミオンの表情がこわばった。それを見て男子2人が目を合わせてこくりと頷く。
「ねえミオン。何かあるなら相談してよ」
「そうだぜ。話ぐらい聞いてやる」
ミオンは2人を見て暫く沈黙していた。が、覚悟を決めたように頷くとこの三日間のことを話始めた。
内容はやはりあの時の延長線上。ミオンめ、やっぱりパシられてたか。
キャシーとかいったあの女も身分にかまけてだいぶ好き勝手やっているらしい。俺の視界に映らなかったから全く知らなかった。
「ひどい!キャシーってやつ!女のくせにネチネチしたやり方して!」
「全くだ。聞いているだけで腹がたつ。」
どうでもいいことだがこの男2人の口調が正反対なのが気になる。今でも何か引っかかると前世と照らし合わせて解釈するので多少時間がかかる。この2人の場合、この世界で男らしいのはどちらの喋り方なのか。
「ミオンそれ先生に言ったほうがいいって」
「いや、先生がそれでどうにかできるとも限らないし、何よりそれがバレたら絶対に僕の家に被害が来る。もしくはそれを盾に決闘を申し込まれて、合法的かつ一方的に痛めつけられる。どうしようもないんだ」
静まる室内。家に被害が来るかもと言われたら確かに他所は口出しにくい。
しかしなあ……どうしようもない…か。
その言葉がどこか俺に突っかかる。
「だから、黙して耐えるっつーのか?」
「エリオくん…。だ、だってしょうがないじゃないか。どうしようもないものはどうしようもないんだ」
ああ、そんなことは理解してるさ。たしかに相手の身分が圧倒的に上なら大抵従うしかない。理屈は理解できる。ただ、
「俺にはお前が逃げてるように見えるがな」
「ぼ、僕が?じゃあ万が一先生に告げ口したのがバレてうちに被害が来たらどうするんだ!無責任なこと言わないでよ!」
「だからって何もしないまま3年間過ごす気なのかお前は。先生の話にしても決闘の話にしてもそうだ。お前は理屈を通して色々言っているが、はなっから戦おうとする意思なんて俺には微塵も感じられない」
たしかにミオンの言い分はわかるし、反論できる箇所も見当たらない。ただ、俺にはわかる。こいつは理屈をこねて逃げているだけだ。誰にも、自分にさえも反論できないような理屈を組み立てて、無理矢理納得している。
「だから、戦う意思とかの話じゃなくて、選択肢がないんだよ」
まあそうしてるわけだから選択肢なんてあるわけがない。
「エリオくんも落ち着いて。何も危険な橋を渡らせることないよ」
「だな。逃げるななんて酷なこと言うもんじゃない。人間誰しも、逃げていいんだ」
半泣きになったミオンを他の男子2人が慰める。こういうところが俺は本当に嫌いだ。
一刻も早く立ち去りたい俺は、1人立って部屋の出口へ向かう。が、これだけは言っておく。
「ミオン。逃げてもいいなんてのは甘えだ。逃げんじゃねえ。相手にガンつけて立ち向かえ。男だろうが」
「ちょ、エリオくん!言ってることが無茶苦茶だよ!」
騒ぐ男子を置いて部屋を出る。俺の思考はこの世界でいうと女子の方に限りなく近い。だからだろう。キャシーが言っていたミオンのウジウジしているところが嫌いというのは死ぬほど納得できる。
言ってることが無茶苦茶なのは理解しているが、それでも思う。男のくせに情けない。