幸姫との攻防
男女の恋愛を巡る攻防です。ヒロインの方は恋の攻防に命を懸けています。
幸姫は可愛いだけでなく、努力家だ。
急いで、飯と風呂を済ませて、リビングに行くと、びっしりと付箋が付いた本が用意されていた。
「資料室にあった本の中から、タイトルに惹かれて勝手に読んでしまいました。良いでしょ」
うわー、上目遣いの懇願は、これほどハートにズキューンと来るんだ。
「勿論、構わないよ。俺の持っている本なら、何でも好きに読んで良いよ。ただ、凶悪犯罪や人身売買の調査報告とかの仕事もしたことがある。だから、内容がショッキングな本もあるよ。そこは注意してね」
改めて、本のタイトルに注目すると、「初めて行く海外旅行、状況別会話500選」となっていた。ハテ? 英語の学習本のような気がするけど……
「読んでみたら、初対面での会話の切り替えしがコンパクトにまとまっていて、凄く勉強になったの。違和感がある部分がポイントだと思って、付箋を付けていったの。良く判らない部分をマンツーマンで教えて欲しいの。
頼れるのは兄さんだけ。お願い。お願い」
セリフと仕草がキューピットの矢となり、ハートにグサグサ刺さる。心臓がバクバクする。辛抱たまらん。
「け・だ・も・の」
頭から水をぶっかけられた気分だ。
「心をくすぐる乙女の話術、それをほんの少し使った程度で、何を考えたの? 実は、猛烈にモテなくて、欲求が不満しているとかのオチなの?」
いかんいかん。確かに、一寸煽てられた程度で、暴走するような男は、女にとっては危険極まりない地雷みたいなもんだ。
「クスw でも、疑問の3分の1程度は、これで解消したわ。この世界の会話のテクニックは、もの凄く散文的なのね。もっと、心を抉ったり、くすぐったりのセリフにした方が?って疑問な部分が多くて困惑してたの。
実験台にしてゴメンね。あ・な・た」
思いっきり遊ばれているよ、俺
まあ、でも良い気分を味合わせて貰ったんだ。頑張ってみよう。
「兄さん有難う。かなり理解が進んだわ。この世界は、本当にお花畑の国なのね。初対面なのに警戒心ゼロの会話が多くて困惑していたけど、本当なのね」
「あ、そうそう、この世界の殆どの人間は、仕草を読めない。仕草から感じる事は出来ても、系統的に分析できるような教育は基本なされていない。
幸姫は、その点、猛烈に厳しい修行をしたんだろ?」
「薄々、そうじゃないかと思っていたけど、はっきり言われると吃驚するわ。でも、季ノ国でも皆が皆、読める訳じゃない。私は、平均よりは相当に高い技能を持っているわ。何と言っても、ボスの一族、季ノ家の者だから。もっとも、一族の中では、成績は中の下だわ。特に表情の動きを制御する技能は、合格点を貰えない。
呆れたボスには『お前には、嘘が要らない、直球の役目を与える』と言われる位だったの」
「そうか、幸姫の世界でも有力者は有力者で大変なんだな」
幸姫を外に連れて行くことに、それほど心配する必要はないかな。そう思い始めていた。対人技能は、この世界の政治家並にありそうだ。
「明日、午前中買い物にでも行くか。女性だから、衣類とか化粧品とか、自分の好みで揃えたい物があるだろう。それと、食料品の買い方も早めに習得してもらいたい」
「…………嬉しい‼ プレゼントしてくれるのね? お兄さん優しい」
幸姫は、一瞬だけ考えるように眉を寄せた。なるほど。そういう、俺でも気づくような所が、合格点を貰えない理由なんだろうな。
「ああ、勿論だ。ただ、予算があるからな。よく考えてくれ。ファッション誌にあるような服を揃えようとしたら、直ぐに予算オーバーになるからな。注意してくれ」
「因みに、予算額は先に教えてくれるの? それとも、買わせておいてから、予算オーバー分は『つけ』だぞって言われるの? ……?うーん? 投げキスしたら、予算額増やしてくれる?」
「止めてクレよ。俺の理性をテストしないでくれ!」
「で、予算額は幾らなの?」
「うーん、決めていない。と言うか決められない。俺の常識の範囲なら、プレゼントにするから、一緒に品を見て選ぶとかかな? 無論、『つけ』にしたりしない」
「わあーありがとう。お兄ちゃん大好き」
ここで、俺も流石に気づいた。幸姫の作戦だ。だが……主観的には命が掛かっているんだ。幸姫が必死なのは、当然か……
考えたのは、一瞬だ。だけど、目の前には、青い顔で細かく震える幸姫がいた。
可哀想に、ギリギリの心理状態なんだろうな。
「そんなに怯えるな。女性にプレゼントをねだられた程度で怒ったりしない。
だいいち、幸姫が怯えようるな酷い扱いは、法律できつく禁止されている。俺は、極悪人じゃないから、そんな事はしない。
ケダモノじゃないって何度も言っているだろ」
「本当? 甘言を見破られて、酷いペナルティを受けた娘は、知り合いにもいる。今、私には季ノ家のバックも無い。それでも許してくれるの」
「許すも何も、この世界では、男心や女心をくすぐるのは、罪ではない。そりゃ、その結果、拗らせて、刃傷沙汰になる事はある。だけど、その場合は刃物を持ちだした方が、厳しく罰せられる」
「そう、許してくれるのね。ごめんなさい。二度としない。私では、怒らせてしまうだけ、愚かだった。私は、舐めていたのね」
幸姫が肩を落として呟いた。本気で気落ちしているのか、俺を見ていない。チャンスだ。
「どんな甘言で誑かそうと、実際に結婚して添い遂げれば、結婚詐欺には成らない。このまま俺を籠絡してしまえよ」
そしたら、がばっと顔を上げてお馴染みのセリフを吐いた「同じことを、私が見ている前で言ってみて」
「恥ずかしいだろ! 言えるか! バカ‼」
次は「助手にしてみたらどうか?」です。