住民登録と家事分担
食材や料理は此方の世界とあまり違いはない。少し俺の知らない調味料とかもあったので、メモっておいた。何時かネタに使えるかも知れない。
政治のやり方は原始的だったが、科学技術についてはそれなりのレベルのようだ。何と! ネットサーフィンという言葉は、そのまま通じた。一方、大型タンカーやジャンボジェットについては、思い当たる物が無いようだった。
話をしていて、文字にも自動翻訳が掛かっている事が判った。読むだけでなく書く事も出来ている。自動翻訳のチートがすご過ぎる。
ただ、二つの世界の文字が重なって見えるそうで、非常に辛そうだった。
「生きる為の、技能習得と考えれば、どんな苦痛も我慢して見せるわ」
文字が書けるのなら、早めにやる事がある。まだ、役場は空いている時間だよな。
「悪いが、文字が書けるのなら、一緒に行って欲しい所がある。幸姫の安全と生活を確保する意味でも早めに行って処理した方が良い問題だ。」
「安全の為ならどんな苦行でも我慢する。何処に行けば良いの」
「市役所という場所だ。そこで、俺の扶養家族という形で住人登録をしてしまう。そうすれば、色々な行政サービスを受ける事が出来る。身分が不確定だと、病院に行ったり職業を得たり、何か学問をしたり、色々な事が出来なくなる」
「何か、邪な気配を感じるの、身分が不確定だと出来ない事のなかに、ケダモノの獣欲に関係する事もあるんじゃない?」
「まあ、身分が不確定だと、結婚もやり辛いし、子供の身分も確定出来なくなる」
「……スケベ。まあ、季ノ国でも、移民が最初にすることは、住民としての身分を認めて貰う事だわ。だけど、もの凄い費用が掛かるのではない?……まさか、その費用の弁済として結婚して子供を産めと言うつもり?」
俺は、つくづく信用されていないな。
「そんな気は無い。何なら、裸になって宣誓しても構わん」
「……そんな汚い物を見たくはないわ」
修正力の影響か、役場での手続きはすんなり進んだ。幸姫の戸籍と住民票が存在していた事が大きい。書類上は、死んだ両親の養女で、既に引き払った実家のアパートに住んでいる事になっていた。
「本当は、転居届の未提出として、5万円以下の科料があり得るんだけど、目を瞑ってあげるわ」幼馴染の市役所員がそう冗談を言いながら手続きをしてくれた。
「ここは、本当にお花畑の国みたい。緊張感が無い人が多すぎる。幾らでも騙し放題な気がするの」
家に帰った時、幸姫は、そう零した。少しは、俺を信用してリラックスしてきたって事かな。
「そうだろうな。実は、話を聞いていて、幸姫さんの世界は、酷く殺伐としている。そう、感じていたんだ。だから、まだ他の人とはあまり合わせたくない。此方の常識を知らないと、何かトラブルを起こしそうな、そんな気がしているんだ」
「悪いけど、その常識を教えてくれません?……可能ならつけ払いで」
幸姫は、何故か悔しそうにそう言った。
「元々その気だが……『つけ払い』って正しく訳されているのか?」
「私に判る訳は無いでしょ。此方では、今払える物が無い場合に『つけ払い』する事はないの?」
「もちろんあるよ、飲み代を『つけ払い』する事なんて幾らでもある。でも、同じ意味なら何故悔しい顔をするのか見当がつかない。だから、正しく訳せているのか疑問を持ったんだ」
「ケダモノが怖いからに決まっているでしょ! さっきの住民登録費用の『つけ』にさらに『つけ』を増やす。何時の間にか『つけ』が溜まって、ケダモノの心の堤防が決壊するかも知れない。本気で躰を要求されたら、抗う手段が無いのよ! 今の私には」
「だから、そんなケダモノじゃないって。暫く一緒に住むしかないんだ。そこは、信じてくれよ。
あ、そうだ。『つけ』を増やすのが怖いなら、少しずつでも返してくれれば良いんじゃないかな?」
「け・だ・も・の。少しずつで良いからスケベな事をさせろって言いたいの」
「いやいや、そういう意味じゃない。料理・洗濯・掃除は、出来るって言っていただろ? それが本当なら、家事をやってくれる事で『つけ』を減らす事が可能じゃないかって思っただけだ。
気付いていると思うけど、男やもめで家事は全然滞っているんだ」
「労働で返せるのなら、少し気持が楽になるわ。掃除道具や洗濯道具を教えてくれない。それと、料理も含まれていたような気がするけど、聞き間違い?」
「いや、料理は自信があるって言っていただろ? 異世界の料理が食えれば、ネタになるような気がするし、お願いしたいんだが?」
「頭が痛くなる。本当に、ここはお花畑の国なのね。食事を他人に作らせるなんて、毒殺されるかもとか考えないの?」
何だと! そんな事を考えなきゃいけないのか⁉
「全く、考えもしなかった。国の最高首脳でもあるまいし、毒殺の心配なんてする訳はない。幸姫さんには、ケダモノ、ケダモノ言われているけど、そんなに恨まれるような事……俺……まだ、していないよね?」
「まだ? これから殺したくなるような酷い事する予定って事?」
「違う違う。常識の違いで、気付かない内に酷い事していないか、気になっただけだ」
「……この国の人は、嘘を見破るのが苦手みたいだから、正直に言ってもあまり意味は無い。だけど、正直に言った方が良いわね。
大丈夫だわ。不快な事は沢山あったけど、自分の命が掛かっていると思えば、恨むような事じゃない。そう感じているから」
結構、寒気がするな。嘘か否かを見破れないって、案外怖い事なのかも知れない。
次は、「同棲というのかこれ?」です。