病院と警察
リアリティーを重視すると、主人公がヒロインを引き取るまで、凄く長い話になるので、ご都合主義の「修正力」を導入しました。
ご容赦下さい。
ストレッチャーに乗せられて、彼女は処置室へと運ばれていった。俺は、近くのベンチに座って色々な事を考えていた。
「異世界って事は金も違う。俺は無職の無一文って事かよ。
住む場所もない。健康保険がある訳もない。異世界か……警察自体が、領主とかの領民搾取機関って可能性もあるぞ。
いやいや、悲観的になる必要はない。異世界と言っても、凄く似ている世界かも知れない。上手く、あっちの世界の金が使えれば──厳密には、偽造硬貨に偽札だけど──少しは楽になるな」
「おい。亘、何を訳の分からん事を呟いている? こんな時に、小説の事を考えるなんて、お前は本当に呆れた奴だな」
声に気付いて、見上げると、見知った──確か、佐藤刑事──の顔が見えた。イヤイヤ、此処は異世界、明らかに別人だろう。
「すいません。私は、亘幸介と言います。この異世界に来たばかりなので、人違いだと思いますが、これも何かの縁です。お名前を教えて貰って良いでしょうか?」
「異世界? 妄想と現実を混同している? 亘、お前、ついにヤクに手を出したのか……事情聴取もある。一緒に署まで来てもらおう」
ガチャン
何を言われたか、惚けている間に手錠をされてしまった。この世界の佐藤刑事も乱暴だなぁ。
パトカーに乗せられて、警察署に護送され、呼気と尿の検査をされて、別室で取り調べを受ける頃には、何を誤解していたか解った。
俺は、世界を渡っていない。此処は、俺の世界、地球だ!
「とすると、お前は、『血塗れの女性を見て、興奮して、妄想の世界にトリップしていた』と言いたい訳か?
ド変態野郎! ふざけるな!」
「変態ですいません。我ながら無茶苦茶です。不合理な事を言っていると思います。だけど、それだけ変な目に遭ったんです。
血塗れの死体が起き上がって来たら、おやっさんも動揺するでしょ?」
「そっちもあったな。おい、亘。今、正直に白状すれば、始末書一つで勘弁してやる。お前らのイタズラだろ?
女は何処も悪くない。トラックに跳ねられた訳は無い。そう、報告が上がっているぞ」
「まさか? 偽計業務妨害の疑いが掛かっているんですか?
違いますよ〜 彼女も俺も何が起きたか、混乱しているんですよ〜 少なくとも俺らのイタズラじゃ無いですよー」
そう言いながら俺はネタの予感にワクワクしていた。彼女が異世界転移者だとすれば、全て説明がつく。転移時に、復活させる為、体だけ直されたんだ!
2時間程、厳しい取調べが続いたが、解放してくれる事になった。
「おやっさん。すいませんが、彼女にこのお金を渡してくれませんか? 彼女、見た感じ荷物何も持っていないし、無一文かも知れない。帰宅するのにも困るんじゃないかなって」
「やはり、お前のイタズラだったのか……まあ、良い。それで、渡すだけで良いのか?」
「出来れば、俺の連絡先を教えてあげて下さい。不思議な体験をした者同士、何か話のネタになるんじゃないかなって」
「……ド変態野郎」
外へ出たら、既に明け方だった。俺はタクシーを捕まえて家に戻った。今日の予定はキャンセルして、色々準備しなくちゃ。
昼前に、再度呼び出しを受けて警察署に出頭した。
「お前、女の名前は知っていたか? もう一度、話を聞く必要が出た」
「確か、亘幸姫とか言っていましたね。何か、新しい事が判ったんですか?」
「ふざけるな! お前の妹じゃないか! とぼけるのもいい加減にしろ!」
???何時の間に、妹が湧いたの? 全く知らんかった。不思議な事があるもんだ?
「彼女が……そんな事を……」
「お前らの苗字が同じだし、女が訳の判らない事しか言わないから、お前の事を調べた。そしたら、戸籍に亘幸姫って妹が居るじゃないか! 警察をおちょくるのもいい加減にしろ!」
あ! ああ! 若しかしたら、転移に伴う修正力って奴か! 凄い\(^o^)/ 本物の小説みたいだ。
「あ? そういえば、死んだ両親が、養女を取ったって言っていたな。結局、一度も会った事無いけど、その人なのかも知れない」
本当に、修正力って奴なら、こんな出鱈目でも通るかも知れない。
「一寸待て、義理の兄弟なのに会った事無いって? 可笑しくないか? 両親の葬式は?」
「うちの両親、変な所あってね。面白がって、旅を続ける女性を養女にしたと言っていた。俺は、人の事言える立場じゃないから、あんまり気にしなかったな」
「頭が痛くなる。でも、まあいいか。身元引受人が居なくて困っていたんだ。本当に、義理の兄弟なら責任を持って身元引受人になれ。付いてこい」
マジかよ。出鱈目がまかり通った。本気で修正力が働いているんだ。
佐藤刑事についていくと、彼女が居た。可哀そうに、囚人服みたいなのを着せられている。
「似合うか判らないけど、着替えを持ってきたよ。良ければ、後で着てみて。代金とかは要らないから」
「お前……女装用か……まあ、助かる。有難く貰っておきなさい。遠慮する必要はない。此奴は、ネタの為には金を惜しんだりしない」
呆れて佐藤刑事が零した。
「少しよいかな? 戸籍上は、俺の妹って事らしいけど、確認したいんで、亡くなった父の玄と母の涼子の事を覚えている限り教えてくれない」
「貴方が、私の兄?……お父さんと、お母さんには、優しくして貰いました……」
お、上手く合わせてくれた。何か適当な事を言ってくれるやw
「確かに、俺の妹みたいだ。幸姫さん、知らぬ土地で不安だろう。面識がないから、躊躇するだろうが、俺が身元引受人になる。不安なら、安いホテルとか探しても良い」
「判りました。お兄さん。こんな場所で何日も厄介になる訳には行きません。暫く、お世話になりますが、宜しくお願いします」
「それなら、最後に調書にサインだけしてくれるかな。
それとな、もう追及はしないが、また同じようなイタズラをしたら、本気で牢屋に放り込むからな。判ったか。
あと、幸姫さん。此奴がスケベな事をしょうとしたら、すぐ110番しな。止むを得ず、身元引受人にするが、実は面識の無い男女、心配だ。
弱みに付け込みような事をしたら、此奴を躊躇無く牢屋に放り込む。それが、警察の仕事だ」
「いやだなぁ。おやっさん。見かけと違って、俺が真面目な性格だって知っているでしょ。ケダモノじゃ無いし、悪い事はしませんよ。
それと、凄い不思議な出来事だけど、俺らのイタズラじゃないっす。当然、二度と同じ事が起きる訳もありませんぜ」
そして、俺は彼女を車の助手席に乗せて、家に向かった。家に向かう途中、色々話しかけたが、何故か彼女は無言だった。
次は「彼女の拘り」です。
一話目で、彼女が「胸を見せびらかす様な事をする」謎の理由付けでもあります。