指輪を贈る普通の意味
女性視点だと、ドの付く暴走男でしょうね。
「法の起源」の解読は、酷く難しい。一つ一つの言葉毎に、お互いに全く理解不能になり、口論が絶えない。
不機嫌な俺に不安を感じたのだろう。姫は、取材の合間にお礼をしてくれるようになった。
ただ、そんな所を見られるかもという羞恥心より、そのまま俺が暴走するのではという恐怖心が勝っているようだ。場所選択にそれが現れている。ギリギリの綱渡りを繰り返している心境なんだろうな。
ほんの少しでも安心出来る材料をあげたい。
姫を俺の助手にして、一月経った事を口実にデートに誘い、宝石店に来ている。
「ご婚約指輪ですか? おめでとうございます」
女性と一緒に来て、指輪を見せてくれと頼んだ俺に、女店長は当たり前の一言を掛けた。
「そうなってくれればと思っている。あと一歩なんだ。決め手になる逸品が欲しいんだ」
「ふふ、良いジュエリーは、女性の心を虜にします。彼女さんが羨ましい。素敵な彼氏さんですね」
「ヒメ、好きなのを選んで欲しい。プレゼントするよ。俺の気持ちを判ってくれ」
姫は、隠そうとしているか、恐怖に囚われている。『つけ』を増やさないように、出来るだけ安い品を探しているのが見え見えだ。
「そんな物では、ヒメの美しさにも、俺の気持ちにも釣り合わない。そこにあるエメラルドの指輪はどうだろう。店長、ヒメに釣り合う良い品を紹介して欲しい」
そう言って、350万円の値札が付いた指輪を指し示した。
「ヒメさん羨ましい。この際甘えちゃいましょうよ。誠意を示した彼氏さんに恥を掻かせる気は無いんでしょ」
当然の事ながら、店長は俺の側に付いて、包囲網に参加した。指輪を選んだ後で、そのまま女性がお持ち帰りされようが、店には関係ない。
不利を悟った姫は諦めて品定めに集中している。
「合計で、415万円です。こちらに書類を取り揃えています。ご確認ください。
お待たせして恐縮ですが、明日中には、調整を済ませるので、明後日以降ご都合の良い時間にお届けに伺いします。もちろん、調整が済んだら直ぐに此方からお電話致します」
二時間以上の厳しい商談の疲れも見せず、店長は営業スマイルで最後の確認を済ませた。大きく値引きしたように見せているが、俺も姫も鴨ネギにしか見えていないだろう。勧められるままに、ネックレスも選んでしまったのだから。
こんな大金は、分割払いでもキツイ。これまでの貯金がパーになった。何か大きなミスをすれば、俺の首が締まる。
店員総出のお見送り後、走る自動車の中で姫が俺に話しかけた。
「こんな時に、不躾とは思うけど、私はどうなるの? このままラブホに連れ込まれるの、それとも家に帰ってから……しゃぶり尽くされるの。出来れば、いきなり力付くは止めて。最初なのだから優しくして」
「ツケじゃない。最初にプレゼントだって言っただろ」
でも、言葉だけでは信じれないだろうな。
「近くにカラオケボックスがある。二人きりだが、外から丸見え、音楽を流せば、会話は漏れない。説明するのに最適だ」
そうして、二人でカラオケボックスに入った。
「本当にプレゼントなの? 私に酷い事する気は、本当にないの?」
「ヒメに酷い事する気は無い。永遠にだ。
だが、愛している。ヒメが自立した後で、いつか二人の至福の時間を味わいたいとは、思っている。真の意味で幸せになりたい。婚約指輪になって欲しいと、本気で恋い焦がれている」
ヒメは、しばらく躊躇した後で意外な事を言った。
「裸足になって。そして、もう一度、同じ事を言って」
リクエストされるまま、手を変え品を変え何度も同じ事を言った。何も隠すつもりは無い。
納得したのか、ヒメは貯めていた恐怖を吐き出した。
「店長の心の動きが怖かった。
最初、一瞥して、まだ肉体関係は無い。そう看破されたのが判った。
私が、指輪を選ぶのをみて、お兄ちゃんを憐れんでいたのが判った。
脈が無いねって。お客だから失礼な事は言えないけどダメだねって。
でも、お兄ちゃんがあの指輪を指した瞬間、世界の風景が変わった。
世界は、一瞬にして私の敵になってしまった。包囲されてしまった。
店長が、お兄ちゃんと目を合わせ、知らぬ間に私は売り飛ばされた。
全裸で抱かれる私を幻視している。それが、嫌でも観えてしまった。
店の売り上げのために、覚悟を決めて、アンタの貞操捨てちゃいな。
そう、凍るような冷たさで言い放たれた。そんな悪寒がした。
此処は、お花畑の国と思っていたけど、そうじゃない。
此処には、此処で恐ろしい落とし穴が存在する。
私には見えない深い落とし穴が存在する。
見えない物と、どう戦えば良いの」
酷い事をしてしまった。先に、意図を十分説明しておくべきだった。
鳥籠から出してあげるつもりで、ジャングルに叩き落してしまった。
高価といっても、単なるプレゼント、されど指輪。でも……傲慢に踏み倒しても罪じゃない。だから、貰っておいても悪くは無い。
この国に生まれ育った女性なら、そんな感じだろう。第一、此処まで深く心の動きが見えない。
高価な指輪は、男を品定めする材料の一つ。射止めた男からの単なる儀式。これが普通の意味合いだ。
「この国では、女性を金品で売買する事は禁止だ。どんな高価なプレゼントでも、女性の歓心を引くだけでしかない。
店長の気配が変わったのは、単に指したのが高価な品だったからだ。俺ら程度の身なりの者が、婚約指輪として選ぶものの数倍の値段だった。そりゃー、受け取ったら求婚を受諾したと見做されても不思議じゃない。だが、受け取った上で求愛を拒絶しても、法律的には問題ない。せいぜい、世間知らずな強欲女と、周りから眉を顰められるだけだ」
「プレゼントでは、女性の歓心を得られるだけ……確かに季ノ国でもそうだったわ……
悲しい。気付かされてしまった。間違えているのは、世界ではなく、私の自己認識の方だった。
季ノ国でも、周りの街が従属の証として、私を妃に迎えたいと申し出たら、ボスも次代も両親も、季ノ家全てが、喜んで私を差し出す。私の気持ちなんって、全く考慮されない。街の妃になる事を嫌がるなんて想像すらしない。
今の私は、季ノ家の女──支配層の一員──じゃない。無一文の貧乏女。
私の価値は、あのエメラルドの指輪に、遠く及ばない。そういう事なのね」
可哀そうに、姫は暫く涙を流し続けた。
次は「指輪を贈る特殊な意味」です。
真意を説明します。




