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獣と英雄のイクノス  作者: 樫谷 和樹
第一章 暖かさの欠片
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第一章 17話 「記憶の手記」




 ゆっくり、ゆっくりと男が歩み続ける度にクロア達は恐怖を覚え、近づかれるごとに二歩、三歩と後退してしまう。何故ここまで恐れるか、それは本能的な忌避感の他に、先の戦闘で彼我の実力差はハッキリしていたからでもある。


 セフィラの異能は通じず、ログの多種多彩な魔術もストリーゴの黄の魔術には意味を成さず、クロアに至っては剣技だけでは到底敵わず、魔力を使えないことが最大の壁となっていた。


 ストリーゴは周りを本で囲まれた製作者の部屋に入ると同時に周りを見渡し、その壮観に感嘆の声を上げるとともに何か理解したのか「なるほど」と手を打った。


 「このダンジョンに来た理由はこの部屋に来るためですね。いやここに在るはずの()を手に入れるためですか。まあ、黒い獣を調べるのなら適切ですが……」


 ストリーゴは一人納得したようにうんうんと頷いている。それを見たログはバレたかと言わんばかりの表情だ。


 クロアとセフィラはこのダンジョンに連れてこられた理由をまだログから教えてもらっていなかった。今この場で問いただすのは適切ではないのだが、ログの申し訳なさそうな表情が何故か気になってしまい、どういうことかとログに視線を向ける


 「――”記憶の手記”。それがこのダンジョンに来た理由で、俺が探し求めてるものだ」


 「なっ!?」


 セフィラが驚きの声を上げるがクロアは何のことだかわからない。しかしそれはログが説明してくれた。


 「ダンジョンを作った製作者は基本ダンジョン内で一生を終える場合が多い。そういう奴らは後世に情報を残すために、自らの記憶を封じた手記をどこかに隠す。それが記憶の手記と言われているものだ」


 「でも、あれって……」


 「そう! その手記を読んだだけで製作者の記憶が手に入る代わりに自分の記憶が失われ、自分という存在が認識できなくなり、自我を保てず発狂してしまう。まさに曰く付きの呪いの遺物!」


 その遺物を探しに自分たちを連れてきたということは――、一瞬クロアの思考によからぬ考えが嫌でもよぎってしまう。

 

 「――それを三人で来るということは、誰か犠牲にしようということですね!」


 「違うっ!! ……もし記憶の手記が見つかれば俺が読むつもりで、二人にはもし俺が狂ってしまった時……殺してもらおうと思ってたんだ。どうしても、それが俺にとって必要なものだが、狂って自分を保てないのなら、夢を諦めるくらいなら死んだほうが、まだ自分を許せる」


 ログの悲痛な顔を見て、クロアとセフィラはログが決して他人を犠牲にしてまで情報を入手するような男じゃないと確信する。


 ログの夢がどんなものか、クロアにはわからない。しかしその告白に命を懸けてまでやり遂げようとする覚悟が感じられた。誇るべき崇高なる信念、誰も馬鹿になんてできない、そう思っていた。だが、しかし――

 

 「夢? 夢、……ク、ククク、アーハハハっ!!そんな物に、損なものに、命を張る理由なんてあるのですか!滑稽だ、愚かしいにも程がある!」


 この男は一蹴する。他人の夢なぞ知ったことかと、高らかに、どこまでも響き渡る嘲笑を止めない。


 「夢を語る力も無ければ、周りの仲間も恵まれない。今まさに私に出会い、追い詰められている事から運も無い。諦めろ諦めろ、お前に、お前らに夢を叶えることなんて出来はしない!!」

 

 その言葉に、ログは唇を噛みしめることしか出来ない。事実、学院では首席を誇る天才だが、ストリーゴに得意の魔術での差を嫌でも痛感させられていた。だから悔しがることしか出来ない、自分を恥じることしか出来ない。


 だがそれを見過ごせるほどの二人ではなかった。


 「ログ、君の夢がどういうものか僕はまだ知らないけど、こんな奴に君の夢が笑われる資格なんてない。――ストリーゴ、僕たちの夢はまだ叶えてる途中なんだ。だから邪魔を……するな」


 「人はね、夢を持てる輝きを知ってるの。だからそれを知らないあなたが、すごくかわいそうな人だってことは分かったわ。夢を笑う奴に容赦はしない」


 クロアとセフィラは啖呵を切る。力が無い?仲間に恵まれない?私たちに夢を叶えることは出来ない?ふざけるな、実力は届かなくても、気持ちは、心は負けていない。


「……あああ、むかつくなぁ、いらついちゃうな、何だよこいつら、臭いことばっかり言いやがってぇっ」


 ストリーゴは苛立ちを隠せなかった。自分の頭を掻きむしり、血が流れても構わずに。この三人を見ていると無性に腹が立って仕方なかった。ならばもう我慢はしない、全て解き放ち全部終わらせよう。この苛立ちと共に。


 「なら、私を殺して見せろォ! だが、到底、出来もしないことに、自分の貧弱さに後悔しながら、ワタシの異能(・・)で全て何もかも無かったことにされるがいい!!」


 ストリーゴが両手を万歳するかのように上げ、魔力が体を巡るのを視認できるほど高められてゆく。高魔力の余波でストリーゴの周りは風が渦巻き、クロア達は腕で顔を隠す。


 そしてそれは始まった。


 「ああ、夜が来る、夜が来る、夜が来る! 彼女に抱かれその命と共に漆黒に染まりながら眠れ――【不安定な夜の聖母(キス・キル・リラ)】!!」


 異能が発動する。異能が作り上げた漆黒の夜が足元から湧きあがり、クロア達がいる部屋全体を包んでいく。周囲の景色も黒一色となり、平衡感覚も少しずつおかしくなっていき立っていられないほどだ。そして、ストリーゴの姿が、文字どうり、影も残さず消えてしまった(・・・・・・・)


 「……まさか、異能を隠し持っていたとはね。この空間があいつの能力……かしら、あれ? クロア? ログ?」


 セフィラの目に、さっきまで隣にいた二人の姿が居なくなっていた。そしてそれはクロアとログにも同様の現象が起きていた。


 「セフィラ! ログ! どこにいるの!?」


 クロアにも自分以外の姿は認識できず、声を上げても誰も返してくれない。


 「おい! 聞こえねえのか! ……くそ、これが奴の異能の力か、だが大体の部屋の配置は覚えている、外に出れば……」


 ログは先ほどの自分の位置を思い出し、入口に向けて走り出す。しかし――


 「……ない?」


 そこにあったであろう扉の感触が無い。いくら腕を伸ばしても虚空を貫くのみ。でたらめに走ってみるものの本来は壁に当たらなければならない距離でさえログを隔てるものはなかった。


 「空間異能か!」


 『その通り!! 私の異能は自分の空間に相手を閉じ込めることができる。しかし、それだけではないですよぉ』


 ストリーゴの声が周りに共鳴するようにこの空間全体から聞こえてきた、その声の出どころを探そうにも一定の方向からではなく上から、下から、左右からランダムに、弄ぶように、いや実際に弄んでいるのだろう、ログが警戒するも、次の瞬間には硬い何かに体が吹き飛ばされていた。


 「ガァ――ッ」


 何かに当たった感触、紛れもなく攻撃された。その硬い感触がログには何なのか、その身で受けたことによって理解する。


 「ごふッ、……くそっ、魔術も見えないのか!」


 この空間内では何も見えない、それだけでも厄介なのに相手はお得意の魔術を使えることができる。


 いわば、ストリーゴの独壇場、この男が支配する空間では三人はなす術が無かった。


 「では、地獄を見てもらいましょう」










 クロアは異能に閉じ込められながらも必死に出口が無いか歩き続けていた。頭ではそんな都合のいいものなんか無いと思っていても何もしないわけには行かなかった。奴の干渉が無いことが不安だったが、ただ歩き続ける。


 「セフィラ、ログ」


 「やあやあ、お待たせしましたクロア君。私はあなたと二人っきりで話がしたかったですよ。まったく、他二人はどうでもいいのに邪魔ばかりしてくる」


 突如目の前にストリーゴが地面から――黒い色が広がっているだけだから、どこが地面なのかは分からないが――生えてくる。その登場の仕方に趣味が悪いと正直に思ってしまう。


 「僕はお前に話すことは――ない!」


 目の前にいる敵にクロアは剣で切りかかるが――


 「あーやめておいたほうがいいですよ、意味ないですから」


 「なッ」

 

 クロアの一閃はストリーゴの体をなんの感触もなく通過するのみであった。


 「本体ではないですからね、じゃあ、私の話聞く気にはなりましたか?」


 「うるッ、さい!」


 だがクロアは諦めない、何度も、何度も、何度も切り付ける。これではただの素振り。意味が無いことが分かっていてもクロアはやめない。


 だが、ストリーゴも我慢の限界だった。


 「……オレの話を聞けって言ってんのがわかんねぇのかっっ!!! 殺すぞ若造が!!」


 「がっっ!?」


 腹部に衝撃が走り、勢いのまま後方へ体が吹き飛ぶ。しかしすぐにクロアの右手が何かに掴まれる。いや、右手だけではない左腕、右足、左足、四肢全てを何かに巻き付かれ、宙に吊り上げられる。必死に動かそうとするもびくともしない。周りが見えないが磔にされていると感覚でわかった。


 「くそッ、離せ!」


 「それは出来ませんねぇ、私の質問に答えてくれるまではそのままです」


 落ち着きを取り戻したストリーゴはニヤニヤした顔でクロアに近づいてくる。今攻撃されればなす術なく殺されてしまうのは明白だった。

 

 「では質問です。といっても最初聞いたことと変わりませんけど、――あなた、黒い獣に何をしたのですか?」


 やはり来たかと、クロアは予想出来ていた。だが教えるわけにはいかない、教えたところで黒い獣を崇拝するといっていたこの男に結局のところ殺されてしまう。


 「……」


 「だんまりですか。これはあまり得意ではないのですが……」


 「アアアッッ!?」


 左手が何かに貫かれる。決して太くはないが細くもない、そんな針のようなものの感触だ。掌からは血が流れ、その血も滴り落ちれば黒い空間に溶け見えなくなってしまう。


 「私、拷問って苦手なんですよねぇ。うっかり殺してしまうかもしれません。その前に言ってくれませんかねぇ、あの時黒い獣を追い払うだけの何かをあなたは持っているのですか?」


 「だれが、お前なんかに――がああっ!? ああっ!」


 次は左手。しかも腹部や頭を掠めるように刺してくる。もしこれが少しでもズレていれば――そんな考えにクロアは身が竦む。


 「体に穴が開くって思うと怖くありませんか? そこに在るはずのものがない、それだけの事なのに失うことが怖くて怖くてたまらない。今はまだ掌。ここから腕、胴体、足、そして頭。……アハッ! ゾクゾクしちゃうなぁ!!」


 その先に待っているのは全身穴だらけ、蜂の巣にされた体が残るだけ。クロアはかつてない恐怖に楽になろうかなんてことも考え始めていた。しかし――


 「だったら、刺してみろよ」


 「……ほう?」


 自分にある数少ない虚勢と見栄と意地で、泣き言は言わない。ここでこの男に屈するということは、黒い獣に負けた気がするから。黒い獣を殺すまで死ねない、だがこの男に負けたくない。そんな気持ちがクロアの心を占めていた。


 「黒い獣を崇拝してるんだっけ? そんなくだらないものに時間を費やしてる暇があるんだったら、違う宗教でも入ったほうがよっぽど世のため、人のためだと思うけど?」


 クロアは無理やり笑い、挑発をかける。しかしこの言葉は本心でもあった。

 

 「くだらない? くだらないだとっ!? 黒い獣がっ! 黒い獣だけが! この世界を浄化してくれる唯一の存在だ!」


 ストリーゴは興奮を隠しきれない。そうとう黒い獣を貶されたのがよっぽど気に食わないらしい。クロアは挑発のつもりだったが相手の発言に自分の激情に火が付いた。


 「浄化? ふざけるな! ただ壊して回ってるだけの殺戮機械だろ!! そんなものに救いを求めるのか!」


 「黒い獣だけが、私を救ってくれた! 黒い獣だけが地獄を壊せる唯一の存在! なら私の役目は黒い獣を邪魔するものがあれば抹殺するだけの事! さあ、言え! 黒い獣に何をしたぁぁっ!!」


 「絶対っ、言うもんか!!」


 ストリーゴは息を落ち着かせ、しかし胸の内の昂りはそのままで


 「なら、いいでしょう」


 異能で作られた空間の上部に穴が開く。その穴はどんどん広がっていき、元居た部屋の景色が見え始める。どうやらストリーゴは異能を一旦解除したようだ。

 

 しかし、見えてきたのはそれだけではなかった。


 「――セフィラ!! ログ!!」


 二人は地面に倒れており、体のいたるところに傷があり、止めどなく血が流れている。


 まさかまさかまさか――


 「死んでは無いですが、放っておけば危ないでしょうねぇ」


 死んではない。その事実にクロアは安堵する。


 「そこの二人なんざどーでもいいんです。さてクロア君、あなたは私を怒らせた。だから少し実験に付き合ってもらいましょう。――これ、一体何だと思います?」


 そういってストリーゴは地面から土の手を生やし、その手に一冊の本が乗せられている。白い表紙で所々傷がついており古めかしいことからも年代物と思われる。


 もしかして、とクロアは思い当たる節があった。


 「そう、これが”記憶の手記”さっきこの部屋を探したときに見つけたものなんですよ。いや、まさか本当にあるとは思いませんでしたが」


 恐らく異能空間に閉じ込められていた時に探していたのだろう、その余裕さにまた腹が立ってくる。


 「……それで? それがどうした?」


 「言ったでしょう、私の実験に付き合ってもらうと。――あなた、これ読んでみてくれません?」


 ”記憶の手記”は読んだものに当時の記憶を見ることができる代わりに、記憶の喪失、自我の崩壊を招く呪いの遺物だと言われている。それを読めと目の前の男は言っているのだ。


 「……やめろ」


 「もうお前からは何も聞かない。だが私を怒らせたんだ、楽に死ねるとおもうなっ!! アーヒャヒャヒャ!!!」


 クロアは未だに自分の体を縛り付ける拘束を外そうともがく。しかし強固な岩の拘束はただの人の筋力では抜け出せない。


 徐々に、徐々に、”記憶の手記”が近づいてくる。その恐怖にクロアは暴れるが拘束はびくともしない。


 「やめろぉぉぉぉぉぉっっっ!!」


 そして、顔面に押し付けられた”記憶の手記”から、記憶の濁流がクロアを飲み込んでいった。


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