第一章 13話 『力を語れない』
クロア達はダンジョンの地下へと降りていく。下っている階段は所々がひび割れ、緑の苔が生えており相当古いものことが感じられる。噂ではここより南の氷の大陸にある最古のダンジョンは千年前から存在していると言われていることからクロア達がいるここ、グリュプス・ダンジョンも恐らくは最近できたというわけではないのだろう。
階段を降り続けると、日の光はとうに届かずログが持参していたランタンの明かりを頼りに足元に注意しながら下へ、下へと進んでいく。
しかしその光も階段を降り切った先には必要が無いものになった。
「うわ、中は明るいんだね……」
目の前には真っすぐ続く道が見えるのだが、地下にも関わらず床、天井、壁はしっかりと整備されておりしかもこの通路全体が光を発していた。
「この地層には魔光石が含まれていてな、地中の魔力と反応して光っているんだ。これが自然の照明になっている。……こっちだついてきてくれ」
ログの案内の元、奥のほうへ進んでいく。
「ダンジョンって、ただ穴を掘っただけの物かと思ったんだけど、意外とちゃんとしているのね。……そもそもなんだけど、ダンジョンってなんのために作られたの?」
セフィラの疑問はクロアも気になっていた。ログの後をついて行って分かったのだが中は迷路になっているのである。なぜそんな面倒な構造にしなければならないのか?その答えは目の前を歩くログから教えてくれた。
「――それを説明するにはまずこの世界の成り立ちを、お前らは知っているか?」
「この世界の……成り立ち?」
クロアは何のことかわからず首を傾げる。そんなこと一切考えたこともなく、実家の本にもそんなことは書かれていなかったと、クロアは記憶を巡らせる。
「もしかして……統合神話の事?」
セフィラはどうやら思い当たることがあったらしい。しかし聞いたことがない単語だ。
「そうだ、俺ら人間側からみた観点で説明するぞ」
――約千年前、この世界には人間しかいなかった。
――しかし、ある時、太陽が黒く染まり、その瞬間世界は白い光に包まれ、立っていられないほどの大きな地震が発生した。
――未曽有の大災害だったんだがそれからが本番だった。
――今まで無かった大陸が出現し、人間しかいなかった世界に他の種族が現れた。
――人、エルフ、ドワーフ、精霊、獣人、そして魔獣。
――当然他種族を歓迎する余裕もなく種族間戦争が何度もあったんだが、ある魔獣が現れたことにより一旦それは落ち着く。いや、闘争という面ではさらに激化した。
「――もしかして、それが……」
「ああ、『黒い獣』だ。種族関係なくすべてを破壊し、食いつくすその魔獣は、その世界にいる全ての生物の共通の敵となり、各種族は今までの争いを水に流し、同盟を組んだ。しかし知っての通り黒い獣に攻撃は通じず、なす術はなかった」
黒い獣のおかげで戦争が止められるというのは何という皮肉なのだろう。黒い獣の脅威は各国共通だったというわけだ。しかし『黒い獣』が千年前から存在しているのは知らなかった。寿命で死ぬことは期待できないだろう。
「しかしある時からぱったりと黒い獣が現れなくなり、不定期で黒い獣が出現するようになるんだが……」
「その話がダンジョンとどういう関係があるの?」
セフィラは速く結論を聞きたかったのだろう。目が早くしてと訴えかけている。
「焦るな焦るな。――実はダンジョンが作られた時期と黒い獣が現れた時期ってのが一致するんだ。だから、俺の推測はダンジョンていうのは黒い獣からの避難場所だったんじゃないかってな。このダンジョンも約五百年前から作られていて『黒い獣』が当時の王都を襲撃した時期と全く同じなんだ」
なるほどとクロアは納得した。地上に逃げ場所が無ければ地下に逃げればいいというわけだ。しかし疑問が一つ残る。
「なんで中は迷路になっているの? 作った人も出入りが大変なのに」
「昔は黒い獣は大きさや姿形も自在に変えられると信じられていたらしいからな。万が一、あの入口に入られたときに、少しでも時間稼ぎをしたかったんだろう」
ディア村で『黒い獣』と相対した時、憶えているのは見上げるほどの巨躯。大きさを自由自在に変えれるというのは脅威にもなる。サイズというのは大きくなればなるほど比例して、力はつよくなるものだ。覚えていて損はないだろう。
「それと作ったやつの出入りは専用の通路があると思うんだが、恐らくこのダンジョンを作ったやつの魔力に反応して作動する構造なんだ。だけど、このダンジョンが作られてから時間が経ちすぎている。もう壊れているだろうよ」
ログは周りを見渡し、ため息を吐く。確かにいくらなんでも五百年前の構造が生きているとは思えない。
「それで? 結局このダンジョンになんの用で来たのよ?」
「あれ? まだ言ってなかったか?」
すごく文句を言いそうな目でセフィラはログを見つめ、呆れたと言わんばかりのため息を吐く。
「目的も知らされずについて行く私たちの身にもなりなさいよ。ねえクロア?」
「……ダンジョンの成り立ちが面白くて気にしてなかった……」
「おお! そうか! こりゃ説明しがいがあるな!」
てへへと恥ずかしながら頭を搔くクロアと、嬉しそうに笑うログにセフィラはワナワナと体を震わせ、詰め寄ってくる。
「もおっ、私だけ緊張してるなんてバカみたいじゃない。遊びじゃないのよっ、ここはダンジョンなんだからいつ魔獣が襲ってくるか――」
そうセフィラが言い出した途端、奥のほうから唸り声が聞こえてくる。すると見えてきたのはつい先日、エイビンズの街で見たグレムルという魔獣が三体、こちらを警戒しながら近づいてくる。
「はは、セフィラが大声を出すから魔獣どもがこっちに来ちまったじゃねぇか」
「わ、私のせいなの? ……ごめんなさい……」
しょんぼりとうなだれ、落ち込むセフィラにクロアは慌てて慰めようとする。
「ま、真に受けなくていいよ。僕とログもうるさかったかもだし……」
「……そうよ! 私だけの責任じゃないわっ」
クロアはここで悟る。
――彼女、すごい真面目だ。なんていうかすぐ騙されそう。
「さてお二人さん、俺は二人の力量を噂でしか聞いたことがない。この先、強敵が出るかもしれないこのダンジョンでお互い、何ができるかは把握したほうがいいじゃないかと俺は思うんだが」
「あなたに言われるのは癪だけどそのとおりね。じゃあ、私から行くわよ」
そういってセフィラは両足につけているホルダーからそれぞれ短剣――ダガ―を取り出し逆手に持つ。そのまま体を深く沈みこませ、前方のグレムルへ突っ込んでいく。
しかしその速さは尋常ではない。後ろに回り込まれたグレムルは反応できずにいるぐらいだ。
「私はこの速さを生かした短剣術と――」
一閃。グレムルの首元を右手のダガ―の一振りで裂き、そのままグレムルは倒れ、体が魔力の残滓となって消滅していく。しかし隣にいたもう一体のグレムルがとっさにセフィラに飛びつき、鋭い牙で噛みつこうとする。
――危ない!
クロアはとっさに飛び出しそうになったが様子がおかしいことに気づき、踏みとどまる。
グレムルの動きが遅くなっている。徐々にセフィラへと近づいてはいるが遅すぎて危険は最早ないほどだ。当のセフィラは手をグレムルに向けており、その表情を見る限りまったく意に介していない。この現象は初めて『黒い獣』と出会った時と、ギルドでグルマたちがセフィラに絡んだ時と全く同じだ。
「相手の行動を遅くすることができる異能【時限を謳うもの】が私の力よ」
「ほお、それが噂の……、じゃあ次は俺かな」
ログは片手を突き出し、未だセフィラの異能で満足に動けずにいるグレムルに向ける。
「――《ベリル》」
緑色の魔術陣が浮かび上がりそこから風の刃が前方のグレムルに向かって飛んでいく。風切り音を響かせ、あっという間にグレムルを切り裂いた。以前見たカイヴェルの炎の魔術とは違い、どうやらログは風を操る魔術師のようだ。
「風だけだと思うなよ」
そう彼が口にしたとたん、もう一体のグレムルが燃え上がり、その体が灰へと散っていった。
「――マルチカラー」
「そう、しかも俺は二色だけじゃない、基礎四色全部使える」
セフィラは驚いたようで珍しいものを見たような顔をしている。しかしクロアは何のことかさっぱりわからず首を傾げることしかできなかった。
「……あの~基礎四色って、なに?」
「かあ~クロアはそんなことも知らないのかよ。こんなの常識だぞ……、ま、いいか教えてやるよ。――魔術には大まかに九種類あるんだ。それぞれ色で分けられていて、赤、青、緑、黄は基礎四色っていわれている。赤は炎を司り、青は水、緑は風、黄は土って感じでな。基礎ってもただ単にこの四つが魔術師で使えるのが多いんだ」
だが、とログは続ける。
「普通、人は一色しか使えないんだ。適性の問題なんだが、まれに俺みたいなマルチカラー……多色使いが現れる」
「それでも私は四色使えるなんて聞いたことが無いわよ。二色でも相当珍しいのに……」
「ははは、それが俺の才能ってやつかな。っとそういえばクロアの分まで倒しちまったな、悪い、悪い」
腰に手を当て高笑いをするログにクロアは王都に来る前の事を思い出した。
「いいよいいよ。……そういえば、僕もここに来る前に、馬の怪我を治してあげたんだけど、あれは何だろ? その、基礎四色? ってやつじゃないと思うんだけど」
すると高笑いを上げていたログがピタッと動きを止めクロアの肩を掴み、興奮した様子で詰め寄ってくる。
「――お前! それは白の魔術だ! まじか、こんなところで会えるとはな~」
「白か……」
どうやら自分の適性は白らしい。自分の能力の一端が分かっただけでも、クロアは喜びを隠しきれなかった。失った記憶を取り戻すには少しでも自分という存在を把握しなけれればならないから。
「それで白ってどんな魔術を使えるの?」
「それこそ自分や他者の怪我の治療だったり……あとは知らん!」
「……えええ!? 他に何かないの!?」
まさかの返答にクロアは愕然とする。
「いや、すまん。ほんとに知らないんだ」
「学院首席も大したことないね」
セフィラが小馬鹿にしたようににやけながらログを見つめる。ログはそんなセフィラを見て、ワナワナと体を震わせる。というかそんなことを言うと――
「仕方ねえだろ……、白を使える魔術師は数が少ないんだから、教本や、文献にも満足な情報が載ってねえんだよ……」
ログがまた怒る――かと思ったが予想とは裏腹に目を伏せ少し落ち込んでいるようにも見える。そんなログの様子にセフィラも思っていた反応と違っていたため、ワタワタと慌てる。
「いや、あの、ごめんなさい。ひどいこといっちゃったわよね? 首席でも知らないことの一つや二つはあるわよ! ねっ?」
セフィラのフォローに元気づくかと思いきや、さらに落ち込んでいくログ。これはまずいとクロアは話題を変えようと頭をフル回転で考える。そして思いついたのが――
「そ、そういえば僕って白以外の魔術の適性ってないのかな? できればログみたいにかっこよく攻撃する魔術が使えればいいなって思うんだけど……」
「任せろ! 俺は相手の魔力に触れれば、そいつの適性を調べることができるんだ!」
急に元気になったログにクロアはたじろぎながらも元気になってよかったと胸をなでおろした。
「じゃあ、お願いしようかな?」
「ああ! 夢にまでみた白の魔力に触れることができるとは……じゃあ手を出してくれ」
両手をログに向ける。その手をログは握手するときのように握ってくる。
もしこれで自分もマルチカラーだったら遠距離の攻撃等も出来、戦力の幅が広がる。そうなれば『黒い獣』にだって次、戦う時は勝てるかもしれない。しかし普通は一人一色しか適性は無いようなのでクロアは過度な期待はしないようにしようと思いながらも、内心ドキドキしていた。
だが、ログの様子がおかしい。笑みを浮かべていたその顔はどんどん険しくなっていく。そして確認が済んだのか握っていた手を離す。
「……ログ?」
「……なあ、クロア。馬を治したって話、本当なんだよな? 嘘はついてねえだろうな」
ログから醸し出される雰囲気が嘘をつくなよと圧力をかけてきているように感じた。
「う、うん。嘘はついてないよ。僕はこの手で怪我を治したよ」
ログは少し考えた後、意を決したのか、クロアに事実を突きつける。
「クロア、お前には魔力が無い」
自分の存在の不確かさを改めて思い知らされた。