第一章 12話 『ログ・ヒュージ・マギアラ』
「で? あんたらは俺に何か用件でもあるのか? それとも俺の神聖な儀式を邪魔しに来たのか、あぁ?」
男は正面にいるクロア達を睨みつけ、いかにも怒ってますと言いたげな荒い口調で攻め立てる。
赤、いや紅のローブを身に着け、フードを被っており、顔の全貌は見えないが、少しだけ覗かせる顔だちを見る限りクロアより少し年上といったところ。荒々しい口調を増長させるかのように目つきはとても鋭い。
しかしセフィラはそのおっかない男に引かず正面から受けて立った。
「あら、人が話しかけているのに無視する読書の事を神聖な儀式と呼べるのかしら? というか私は無視されるのは一番嫌いな行為なの」
「てめぇの好き嫌いなんざ知るか! それだったら俺は、自分が集中してるところを邪魔されることが、一番嫌いな行為だね!」
「私とクロアの声、あなた聞こえていたでしょう! 目線と体の反応見ればわかるんだから!」
「ちょ、ちょっと二人とも、落ち着いて! まずは自己紹介しよう!」
慌ててクロアは仲裁に入る。何か話題を逸らすために、自己紹介しようと提案するが、男はふんと鼻を鳴らし椅子にふんぞり返る。
「自己紹介? そんなもんいらねぇよ。……そこの女は元王国騎士団第一異能部隊所属、通称『時限』のセフィラ。お前はこの前『黒い獣』によって壊滅したディア村出身のクロア・クロフォード。王都に来る道中ワイバーンを倒している。どちらもギルドに入ったばかりの新参。まっ、最初はこんだけ知ってれば十分だろ」
どうやら男は自分たちの素性を知っているようだった。セフィラはまだしも自分の事まで知っているのは驚きだ。王都に来てまだ二日。耳が早いというか、早すぎるようにも思えた。
「なんで僕たちの事を……」
「ああ? 俺もギルドに入ってるからな。あそこの情報網をなめると痛い目見るぞ」
そういって男は懐からギルドカードを取り出し、クロア達に見せる。そこにはクロア達よりも上のランクであるCの文字が見えた。
「――で、お前らの用件て何なんだよ。つっても予想はつくけどな」
「あら? あなたの自己紹介はないのかしら?」
「俺はこれから関わり合いがあると思えるやつにしか名前は教えねえんだよ」
セフィラは嫌な奴と呟き、頬を膨らませる。その様子を見たクロアは可愛いと心の中で思い、少し惚けてしまう。すぐに正気に戻り、目の前の男に本題を出す。
「あの、その『黒い獣』について書かれている本を僕たちも見ていいですか?」
「無駄だ」
無駄?無駄とはどういう意味だろうか?返ってくる答えはいい、だめのどちらかだと思っていたのだがまさかのそれ以外の言葉で返事されるとは予想もしていなかった。
「どうせ、お前らが調べたいのは黒い獣の弱点だとか生息地だとか、やつを倒すのに役立つ情報だろ? だが、俺が見た限りここの本にはそういうことは書かれてない。まあ、そりゃここに書かれていたら今頃世界は黒い獣に怯えていないか」
「そんな、ほんとに何も?」
「ああ、別に見てもいいぞ。まったく無駄足だったぜ、こうなるとあそこしか……ないん……だが……」
背伸びをした男は言葉の途中でこちらをまじまじと見てくる。次の瞬間にはクロアの手を握り、目を輝かせて興奮した様子で迫ってくる。
「なあ! あんたら『黒い獣』について調べたいんだろ! だったら絶好の場所があるんだが! どうだ、俺と一緒に行かないか!」
あまりの雰囲気の変わりように少し驚くも、クロアは渡りに船だと思った。正直この図書館しか情報収集のあてが無かったのでそれ以外を知っているのであればそれに期待するしかない。
セフィラの方を向くと、彼女もこちらを向き、頷いていた。
「――じゃあ、お願いします」
「よし、契約成立だな。――俺の名前は、ログ・ヒュージ・マギアラ。ログって呼んでくれ」
そういい、被っていたフードを脱ぐと、茶髪の三白眼が似合う、いかにも強面といった凶悪な顔つきが姿を見せる。しかし、浮かべている笑顔が決して悪い人ではないと思わせてくれるような印象だった。
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図書館で知り合った男、ログに連れられクロア達は王都の外の森の中に来ていた。ちゃんと舗装された道はすでになく、獣道をひたすら奥に進んでいた。太陽の光は樹木の木の葉に遮られ、昼間にもかかわらず辺りは薄暗く不気味な様子を醸し出していた。
「実はこの奥にあるものがあるんだが……」
そういいながらログは道なき道を先導して歩いていく。迷いなく進むログを見てセフィラは徐々に不信感を隠しきれなくなった。
「……ねぇねぇクロア、ほんとにあの人について行っていいと思う?」
「どういうこと?」
セフィラは声を小さくしクロアに尋ねてみる。あたりをキョロキョロと見渡し、不安げな顔をする。
「だって、周りに目印もないのに、あの男迷いなく進んでいくものだから、実は人気のない森の中で私たちを襲うつもりじゃっ!」
「おい、聞こえてんだよ。たく、どんだけ被害妄想が爆発してんだ。……安心しろ、道は全部憶えてる」
「憶えてるって……」
クロアがどういうことか聞こうとするとログがそれを遮る。
「くそ、獣道は歩きづらい……ほら、着いたぞ。ここがグリュプス・ダンジョンだ」
ダンジョン。その多くは地下に作られ、中は迷路といえるほどに複雑になっている。しかしダンジョンが作られたのは古いものでは千年前のものもあり、中で発見される遺品の数々は歴史的価値があり、ものによっては一攫千金も狙えるので冒険者にとってはまさに夢とロマンが溢れているところだ。しかし未だになんの目的で作られたのかは判明していない。
クロア達の目の前にあるのはまさに典型的なダンジョンといえるもので、入口は小さな神殿の様な造りで、その中に地下へと続く階段が見える。そこに入口を守る守衛が二人、立っており、ログはそこに近づいていく。
「昔、グリュプスってやつが作ったと言われてるダンジョンなんだが実はこの奥に――」
その時、守衛が話を遮りログに話しかけてくる。全身鎧につつまれ、そこに三本の剣が交差しているマークが目に入る。どうやら王国騎士団のようだ。
「んん、おお! ログじゃねえか。また来たのか、もうここにはなにもねえと思うぞ」
どうやら守衛の二人はログと知り合いのようだった。顔つきを見ると確かに歳も離れていないように見える。しかしログは会いたくなかったのか舌打ちを一回、どう見ても機嫌が悪くなった。
「……うるせぇ、俺の勝手だろうが。今日は三人だ、入らせてもらうぜ」
しかし、もう一人の守衛がログに呆れているのか、やれやれと首を振る。
「まったく、ログもくだらない夢を追いかけないで王国の宮廷魔術師になれよ。実力は十分なんだから」
そのとき、ログの顔がくしゃっと歪み、守衛の二人を睨みつける。どうやらくだらない夢という部分に反応したようだ。唸り声が聞こえそうなほど激高し詰め寄る。
「うるっせぇ!! てめえらこそ、あくびしてる暇あるなら周りの魔獣でも倒してこい! そんでもってちゃんとした道でも作ってろ! そんなとこで突っ立てるよりもよっぽど有意義だぜ!」
ログはそのままダンジョンの入口の階段を下りていく。それを見た守衛の一人がログを馬鹿にしたもう一人の頭をはたく。
「あだっ!」
「ばかやろう。あれはお前が悪い。後で謝れよ。……しかしログが誰かと一緒に来るとは珍しいな」
そういい、クロア達を見てくる。クロアも苦笑しながら
「僕らもさっき会ったばかりなんですけどね。お二人は彼の知り合いですか?」
「ああ、学生時代の同期なんだ。つってもあいつは特進クラスで首席卒業の天才だけどな」
ここでの学園といえば国立グリザス魔術学園のことだろう。各国からも入学するほどの超名門校で特に特進クラスに入るには狭き門という表現すら大きく聞こえるぐらい難関だと言われている。
「あんな、野蛮な口調でも頭はいいのね……」
セフィラもぽつりと呟く。クロアはその言葉に苦笑しながらも先ほどの言葉が気になった。
「あの、ログの夢って何ですか」
「ああ、それは……」
答えようとしたところをもう一人に止められる。その眼は決してふざけているようなものではなく、何か覚悟めいたものを感じた。
「それはあいつ自身に聞いてくれ。こればっかりは俺らが簡単に答えていいものじゃないからな。……ほらさっさと行かないとあいつに置いて行かれるぞ」
「あ、はい。じゃ行ってきます」
そしてクロアは地下へと続く階段を下りていく。先が暗闇で見えないその光景に自身が行く未来を表しているようだった。