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獣と英雄のイクノス  作者: 樫谷 和樹
第一章 暖かさの欠片
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第一章 11話 『本の虫』


 セフィラの告白を聞いたギルドの冒険者たちは騒ぎはじめ、朝だというのに夜の酒が入った時のような喧騒が広がっていった。基本無表情のリリアでさえ驚愕からか開いた口が塞がらないようだった。そこへグルマたちが駆け付けてくる。どうやら動けるようになったようだ。


 「なんだよ、嬢ちゃん! 騎士団やめてきたってほんとかよ! 騎士団やめて冒険者になるとか前代未聞だぜ。しかしそういうことなら歓迎しないとな!」


 機嫌がいいグルマは高笑いするが、ブロンドは怪訝な表情で納得していないようだった。


 「なんで、やめたんだ? あんた騎士団でも有数の実力者だろ? あんたを手放すようなことを許可するのか?」


 「えっと、今回の黒い獣の襲撃で私も思うところがあったの。団長に話したらすんなり許可はもらえたから、引き継ぎも終わってすぐこっちに来たのよ。ということで冒険者登録するわ」


 少しセフィラの目が泳いでいたのを見るからに今理由を考えたのだろう。しかしブロンドたちはそれで納得したようだ。


 セフィラはリリアのほうを向き、リリアも少し困惑しながらも手続きを始めようと奥の席まで案内する。セフィラはリリアに付いていくがそこでセフィラはあっと声をあげ、



 「それとクロアとパーティを組むからそれもよろしくね」



 その一言でギルドの喧騒がピタリとやんでしまった。クロアはあまりの雰囲気の変わりように少し引いてしまう。なぜ静かになったのかわからない、しかも色んな人から睨みつけられているような気がした。


 「な、なんで僕睨まれてるんですかっ?」


 「そりゃあ、騎士団で活躍してきた実力者で、しかも可愛いと来たもんだ。登録が終わったら自分のパーティに誘おうとか思ってたんだろ。それがぽっと出の新人に先を越されたんだ。悔しさが伝わってくるぜ、まったくいい大人たちが嘆かわしい」


 グルマは腰に手をやれやれと呆れたと言わんばかりにため息をついた。それを見たブロンドはジト目でグルマに問いかける。


 「で、アニキ、本音は?」


 「皆考えることは同じだよな」


 白い歯を輝かせるほどの笑顔にクロアは苦笑いするしかできなかった。








――――――――――――――――――――






 

 「は~これで、私も冒険者なのね」


 ギルドを出たクロアとセフィラは大通りを歩いていた。歩きながらギルドカードをセフィラは感慨深く見ていた。


 「ところでギルドで言ってたことなんだけど……、ほんとに騎士団やめてきたの?」


 「ええ、団長に事情は全部話したわ。あっ、安心して団長はこっち側の協力者だから」


 こっち側ということはマレイシャと通じているということだろう。確かにカイヴェルほどの地位と実力があれば味方であれば心強い。


 「それでどこ向かっているの?」


 ギルドを出た時、付いてきてといわれここまで来たが、行先を教えてくれずただついて行くだけだった。


 セフィラは少しだけ振り向き後ろを確認する。


 「実はね、さっきから私たちを尾行してる人がいたんだけど……うん、もう来ていないわね」


 「尾行っ!? え、な、なんで!?」


 「わからない、だけど尾行は素人みたいよ、バレバレだったから」


 「……そうなんだ。バレバレなんだ」


 バレバレの尾行に気づけなかったクロアは何気に傷つく。やっぱり騎士団にいただけのことはあるなぁとクロアは感心する。しかし一体誰が尾行しているのか。思い当たるのは……


 「もしかして、マレイシャ様が言ってた『クリフォト』って人達かな?」


 クロア達と同じく『黒い獣』を狙う組織。だが討伐のためでなく、使役するという目的で行動していると言われている。そのメンバーに付けられているのかと心配になってくる。


 「いいえ、それは違うと思う。バレバレの尾行をするぐらいのレベルならもう騎士団にでも捕まってるわよ。騎士団の捜査力でも、なにも掴めないぐらいなんだから」


 「じゃあ、僕たちを尾行していたのは誰なんだろう?」


 「考えてもわからないわ。用があるならそのうち話しかけてくるでしょ」


 そしてセフィラはスタスタと歩き出す。そのあとをクロアは追いかけ、この日二度目の質問を投げかける。


 「今度こそどこに行くの?」


 「私たちはマレイシャ様に、黒い獣についての情報収集を命じられた。ならそれを果たせる最適なところに行くのよ」


 情報収集に最適な場所、情報が収められているいるものといえば、それが大量に存在する所といえば……


 「やっぱり図書館とか?」


 「ええ、正解よ。そしてここがこの王国内でも最大の蔵書数を誇る図書館、『グリザス中央図書館』よ!」


 そういってセフィラは手をばっと横に広げそれを自慢するかのような仕草をする。その後ろには城に匹敵するほどの大きな建物があった。どうやら歩いているうちに目的の場所に着いてしまってたらしい。


 城といい、ギルドといい、この図書館といい、こうも大きなものをここ数日連続で目撃すると感動が薄れてしまうのだが、大きいものといえば、村に一つだけある風車しか見たことが無いクロアにとっては、何度見ても新鮮で、ただただ圧倒されるばかりだった。


 「本、かぁ……」


 クロアが村にいたころ、家には母の医学本や薬草図鑑など、医療に関係するものしか無かったので、クロアは興味が持てるものはあまり無く、暇つぶしに読むぐらいであったことを思い出す。いや、母からもらったものもあったが……


 「さぁ、入りましょう」


 セフィラは木製の扉に手をかけ一気に開く。


 クロアがまず目にしたのは視界いっぱいに広がる本、本、本。棚に綺麗に並べられているそれは、上を見上げても終わりが見えないほどで、左右を見渡してもどこまでも広がっていた。巨大な本棚の下には浮遊する足場があり、高いところにある本はそれに乗って取りに行くようだ。


 しかしその光景にクロアは違和感を感じる。その違和感の正体はすぐにわかった。


 「――あれ? 広すぎない?」


 そう、先ほど外で見た図書館の建物自体の大きさと中の広さが合わないのだ。確かに大きいとは感じたがどう見ても中の広さと釣り合ってない。


 「気づいた? これは一種の空間魔術。私たちが入ってきたこの入口は異空間につながっていて、私たちはその中にいるの」


 ということはここは王都の中ではなく魔術で作られた空間の中ということなんだろう。あまりの規模の大きさでクロアは魔術がそんなこともできる可能性に惹かれた。


 「なんでも最初は普通にあの外観どうりの広さで充分だったらしいんだけど、司書様が毎日、どこからともなく膨大な本を持ち込んできて、ついに置くところが無くなったらしいわ。そこで魔術師でもある司書様がこの内部の空間だけを異空間へ転移させたの。異空間は広さとかは関係ないからね」


 さすが魔術師、やることのスケールが違う。


 「それじゃ、黒い獣に関する本があるところまで行きましょう」


 奥に進んでいくと何百という机が並べられており、そこで色んな人たちが本を読んでいた。


 クロアはその中で奇妙なものを見つける。大量の本を山のように積み重ね長机いっぱいに並べて貸切ってる人がいた。男のようでブツブツ言いながら本のページをめくっている。


 ――変な人もいるんだな。


 「クロア、こっちよ」


 「あ、うん」


 少し先でセフィラが呼びかけてくる。どうやら目を離した瞬間に先に行ってたようだ。クロアは慌ててセフィラに追いつく。セフィラは浮遊台に乗って何か手すりの部分に字を書いている。クロアも一緒に乗って様子を見ていた。


 「く・ろ・い・け・も・のっと、よし動くわよ」


 どうやら文字を書くと自動的に本がある場所まで連れて行ってくれるようだ。しばらく上昇し左に動くと、ある棚の前で止まる。


 しかしそこには本が殆どなかった。


 「あれ? おかしいわ。ここにあるはずなんだけど……」


 セフィラは隣の棚や上下の棚の本を取り、ページをめくるがすぐに棚に戻してしまう。どうやら関係ないものだったらしい。セフィラは首を傾げ悩んでいるとクロアはあることを思い出す。


 「ねぇ、セフィラ。誰かが下に持って行った可能性は無いかな?」


 「下に? でもこんな大量の本を持っていく人なんているのかしら?」


 「一人、怪しい人はいたよ」






 クロア達は浮遊台を降りてあるところへ向かう。そこは先ほど、クロアが見た大量の本を長机を占領してまで置いている男がいるところだ。どうやらまだ本を読んでいたらしい。一心不乱に読む様に若干抵抗を感じるが意を決してクロアは声をかけてみる。


 「あのーすいません。今なんの本を読んでいるんですか?」


 「……」


 「あのーもしもし?」


 「……」


 「クロア、まったく聞いていないわ」


 ガン無視である。というかほんとに聞こえているのかすら微妙なところだった。落ち込むクロアに、セフィラは任せてと勇み出る。


 「そこのあなた。ちょっとでいいから私たちの話を聞いてくれる?」


 「……」


 「……無視はいけないと思うの。礼儀をもって話しかけているのだから、あなたはそれにこたえるべきだと思うの」


 「……」


 「……」


 プルプルと震えるセフィラ。次の瞬間、男が読んでいる本を取り上げてしまう。一瞬。一瞬で本を抜き取り、男も手はまだ本を持っている形をとっているぐらいだった。というか速すぎて見えなかった。


 男は怒りからか体をわなわなと震わせ、勢いよく立ち上がり、セフィラと対峙する。


 「てめぇ!! なにしや……が……る……」


 「なにか文句でも?」


 男が顔を青ざめ、啖呵を切る言葉が徐々に小さくなり、やがては何も言わなくなる。クロアはそーっとセフィラの顔を覗き込み、ヒィッと悲鳴を上げた。


 後に男二人はこう語る。


 「そこに鬼がいた」と……。


 


 

 

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