第一章 10話 『目標』
「はい、これで冒険者登録は終わりです。お疲れさまでした」
リリアに案内され受付で登録をしたクロアは居心地の悪さを感じながら説明を受けた。最初から最後までこちらを睨みつけ、淡々とした口調で説明する様にクロアは何か悪いことでもしたのかなと考えたが、思い当たる節もない。
ならばと、思い切って聞いてみることにした。
「あの~リリアさん? 何か怒ってます?」
聞いた瞬間にリリアは眉間に皺をよせ、まるで「わかりませんか?」と言ってるように苛立ちをひしひしと感じられた。
「いえ、呆れているだけです。ギルドに入ることについては何も言いません、個人の自由です。しかし貴方は『黒い獣』を見たのでしょう?騎士団の報告は聞いているんです、大体何があったのかも把握しているつもりです」
「そう、なんですか……」
「だから、復讐ですか? 確かにギルドに入る人のなかには『黒い獣』討伐のために活動している人も少なくはありません。しかし見たのでしょう? あれを、厄災とも呼べる獣を、どうにかしようとするなんて、……無理に、決まってます」
リリアは悲しみをこらえながらクロアから視線を外す。クロアも自分に力が無ければ諦めていたかもしれない。しかし希望はまだ潰えていない。それはクロアが一番実感していることだ。
「リリアさん、僕は決めたんです。ただの復讐心だけど、何年経ったとしても『黒い獣』は僕が殺します。だから、お願いします! これから僕のことを手伝ってください!」
勢いよく頭を下げ誠意を見せる。たった一人でできるとは思っていないからこそ、少しでも協力者を増やしたいという気持ちもあった。
「どうしても諦めないんですね。……わかりました、私も出来るだけサポートしましょう」
呆れながらも、最後には笑顔だったリリアに、クロアはほっとする。
「『黒い獣』に挑むのであれば、Sランクを目指してくださいね。それぐらいの実力が無ければ話になりませんから」
「Sランク……ですか?」
「もしかしてあなた説明を聞いていなかったんですか? まったく……まずランク制度についてもう一度説明しますね」
リリアはやれやれと首を振る。物覚えはあまり良いほうではないのもあるのだが、その前に聞かされたギルド規則の量が多すぎて、クロアの脳内で処理できなかったのである。教本よりも分厚い規則書を一ページずつ全て教えられても覚えるのは無理があった。だからある程度聞き流していたのが仇となったようだ。
「ランク制度とは、主に魔獣などと戦闘する機会がある依頼に関しては、ギルドが設定したランクに達しているものでしか、依頼を受けられないというものです。ランクはDからSまであり、クロアさんの場合は今日登録したばかりなのでDランクからのスタートです。あ、これも渡しておきますね」
そういわれリリアは一枚のカードを渡す。何かの金属でできており折り曲げることはできなさそうだ。赤い色が際どく輝き、表と裏に何か書かれている。片面には個人情報、ランクと書かれている欄にはDと大きめに表示されている。
「それがギルドカードです。身分証にもなるので大事に取っておいてください。それと裏面を見てください。そこの空欄には倒した魔獣の魔力を調べ、ギルドに登録されている魔獣であれば空欄に名前を表示します。それをギルド職員が確認し、一定の成果を上げるとランクが上がります」
討伐の依頼内容はそこで確認するようだ。この方法ならば不正もできない。しかしギルドカードにそんな機能があるとは驚きだ。クロアはまじまじとカードを見つめる。
「Sランクというのは強さの証です。ギルドの最高戦力、この国には五人のSランク冒険者がいますが、たった五人しかいないことからSランクになるには生半可な努力では到底届きません」
「五人しか、いないんですか……」
ギルドに所属している冒険者は何万といるがその中で五人。狭き関門どころの話ではない。その人たちはどれだけ強いのか気になるところだった。
「前はもう少しいたんですけどね……ちなみにうちのギルドマスターもSランクですよ」
「ええっ! そうなんですか!?」
さすがギルドマスターなだけはある。女性でありながらこの国有数の強さを秘めているのかと思うと憧れずにはいられなかった。あとは王国騎士団長のカイヴェルもそれに近い強さがあるのではないかと思う。エイビンズからディア村までの魔獣をものともせず屠る様は、まさに鬼の如く強烈だった。
「……Sランクは強さの証。ならそれを目指して『黒い獣』に挑む。そうじゃないと無駄死にする、そういうことですね」
ただ強い魔獣を倒せばいい話なのだがクロア自身の実力、魔獣の強さを把握しないことには強い魔獣に挑むことすらできない。ならまずやるべきことは……
「リリアさん。早速なんですけど、依頼を受けたいんですが……」
「はい。討伐系、採取系、探索系、特殊系の四つがあります。どれにしますか?」
「まずは自分の実力を図るために討伐系でお願いします。なにかおすすめのものとかってありますか?」
「ではこのグレムルの討伐はどうでしょうか。ギルド初心者がまず受けるのがこの依頼なんです。グレムルはとても弱く討伐しやすいんですが、この依頼で生き物を殺すことに抵抗があることに気づく人もいて、諦めて採取系の依頼をメインに受けるなんて言う人もいるんです」
確かに魔獣といえど生き物、抵抗があるのは当然だ。ワイバーンを倒したときはそれを感じる暇もなかったが、改めて討伐目的で剣を向けることができるのかは不安でもある。
「じゃあ、それでお願いします。初めての依頼かぁ、頑張るぞ!」
その時ギルドの入口がバンっ!と勢いよく開かれクロア含めギルドの中にいた人たちが一斉に顔を向ける。そこに立っていたのは一人の少女で……
「話はきかせてもらったわ!」
というかセフィラだった。
「セフィラ!? なんでここに!?」
思いがけない人物の登場にクロアは驚く。ここになんの用だろうか。てっきり騎士団にいるものだと思っていたのだが。その時ギルドの全体がピリピリした雰囲気に包まれる。
「あいつセフィラだ……」
「セフィラって……『時限』のセフィラかっ! なんでギルドに……」
すると奥のほうから先ほどクロアにも話しかけたグルマ、ブロンド、コルネルの三人組がセフィラの前に立ち、睨みつけ、腕を組んで威圧する。
「おいおい騎士様がギルドになんの用でぇ。ここはあんたのような誇りたか~い騎士様がくるところじゃないぜ」
「兄貴の言う通りだ。帰った帰った!」
コルネルも腕を組んだまま頷く。しかしセフィラはそれらの言葉も意に介さず、威嚇してくるグルマたちにも怖がらず堂々としていた。
「私は、クロアに用があるの。そこをどいてくれる?」
グルマは少しだけクロアのほうを向き、納得したかのようにセフィラに詰め寄る。
「なるほど、うちの新人を騎士団に引き抜くつもりだな。だがそうはいかねぇ、あいつはもうギルドの人間だ。いまから勧誘なんざルール違反じゃねえのか」
それは無い。マレイシャの指示でギルドに入るのはセフィラも知っている。まさかマレイシャの指示をセフィラが従わないとは思えない。
「そんなルール無いでしょ? というか引き抜くつもりもないわ。いいからそこをどいてちょうだい」
「信じられねぇな、通りたかったら俺たちを倒していきな!」
「じゃあ、通らせてもらうわね」
そういってセフィラはこちらに向かって歩き出す。だがおかしい。あれだけ挑発していたグルマたちが少しも動かずセフィラを通してしまっている。いや、よく見ると体がプルプルと震えており動かしたくても動かせないという風に見えた。
「クロア、さっきぶりね」
「え、あ、うん。そうだねセフィラさっきぶり……なんでここに?」
クロアは素直な疑問をセフィラに問いかける。するとセフィラは当然と言わんばかりに腰に手を当てこう言った。
「もちろん、私も冒険者登録に来たのよ!!」
自信満々にそういったセフィラにクロアは驚いた。何を言っているのだろうかとクロアは頭の中で混乱していた。
「い、いや、ちょっと待って、セフィラ、騎士団は? 騎士団にいながらギルドに入るのは気まずいって言ってたじゃん!」
そう、朝に言っていたことだった。騎士団とギルドは険悪な中という理由から両方に所属するのは難しいと。ならそれを気にせずにここに来たというのかとクロアは思っていたのだがセフィラはとんでもないことを言ってのけた。
「ええ、だから私、騎士団やめてきた!」
ギルドの人たちが、リリアが、クロアが、そこにいた全ての人が自分の耳を疑った。そして数秒後、驚愕と困惑の悲鳴がギルドに響きわたるのであった。