表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

敬語でだらだら、でもリズミカルな文体でコメディ

突然ですが、地震が起きてトイレに閉じ込められました

 突然ですが、地震が起きてトイレに閉じ込められました。

 ちょうど“大”の方をし終って水を流したタイミングだったのが幸いといえば幸いだったかもしれません。お蔭で、自分の出した物体と長時間向き合わなければならないような破目に陥らずに済みました。手も洗いたいところですが、流石にそれを言ったら贅沢というものでしょう。命が助かっただけでも超ラッキーなんですから。

 なにしろ、天井が落ちて来ていて、外れかけた配管がぶら下がっているのが見えていて、それらが辛うじてトイレの個室の壁にひかかって直撃を免れているという危機一髪な状況なのですよ。

 因みに、辺りに水がしたたり落ちているので、勇気さえあれば水分だって補給できそうです。ここはトイレですから、出す方も問題ないですし。ただ、僕にはその勇気がないので今のところは実行に移してはいませんが。

 僕はそのトイレのビルに仕事関係で偶然に寄ったのですが、恐らくビルは半壊しているのじゃないだろうかと思われます。トイレは意外に丈夫だとも聞きますし、やっぱりラッキーだったのかもしれません。外にいたら、下手すれば死んでいたかも。

 ところがです。

 僕の隣の個室で用を足していた人は、大いに不満を持っているようなのでした。

 「まったく、やってられない! こんな目に遭うなんて! なんで私はこんなに運が悪いんだ!?」

 それを聞いて僕は思いました。

 そんな風にネガティブに捉えていたら、何が起こっても“アンラッキー”になってしまうのじゃ?

 だからこう言ってみたのです。

 「でも、天災なんだから、どうしようもないじゃないですか。命があっただけでも良かったと思いましょうよ」

 しかしです。その人はそれからこんな事を言うのでした。

 「天災だって? 冗談じゃない! これは明らかに人災ですよ!」

 僕は首を傾げます。

 「いやいや、地震はどう足掻いたって人間の手に負えないでしょう。天災なんじゃないかと思いますが」

 それにその人はこう返しました。

 「では、訊きますがね、このビルの耐震設計はどうなっていると思いますか? こんなに呆気なく脆くも崩れちゃって。これが人災だと言わずして何と言うのでしょう?」

 なんだか酷く不機嫌です。もしかしたら、彼の方は自分の出した物体と長時間向き合わなければいけないような事態に陥っているのかもしれません。

 僕は彼の訴えを聞いて、タブレットを利用して調べてみました。どうして、このビルの耐震設計が甘いのか。幸い、通信は生きているし電波も届いているよう。ちょっと検索してみると直ぐに見つかりました。

 「ああ、分かりましたよ。この地域一帯は大地震が起こらないとされていて、それで耐震設計が甘いようです。ビルの設計責任者の所為ではありませんね」

 が、そう言っても彼は納得しないのでした。

 「そんな事は分かっていますよ!」

 と、そう返すのです。

 「どうして、この地域一帯で大地震が起こらないとされているのか、あなたはそれを知っているのですか?」

 僕は知らなかったので素直に「さぁ?」とそう返しました。彼はまくしたてるようにこう言います。

 「政府お墨付きの地震学者達が“ここは大丈夫だ”とそう言ったからですよ。全国地震予測地図ってものがあるのですがね。それに基づいて、全国各地の地震対策はされているんです。ところが、その地図によると、太平洋沿岸地域にばかり地震が起こる事になっていて、だから地震対策の公共事業もそこにばかり集中しているんですよ」

 「はぁ」

 「じゃ、どうして、そんな事が行われているのかと言えば、ぶっちゃけ利権があるからなんです。地震対策の予算が欲しいばっかりに、そんなものがあるんです!

 ふざけるな!

 もう四度目ですよ? 阪神大震災、東日本大震災、熊本地震、そして今回! 全てその地震予測は外れているんです! そしてその度に酷い目に遭っている! その所為でなされた甘い耐震設計で、どれだけの尊い命が失われたと思っているんだ! はっきり言って、地震予測なんてまったくのデタラメなんです!」

 僕はその人の訴えを聞いて、少々感心しました。

 この人は他の地域の地震被害までまるで自分の事のように怒ります。きっと、良い人なのでしょう。まぁ、気持ちは分からなくもありませんが。こういった公権力の乱用は許せません。税金を無駄遣いして、人の命まで奪っているとくれば腹も立ちます。

 「そう考えると、原発の立地も怖くなってきますね」

 それで僕はそう言いました。

 確か、原発も地震が起こらない場所を選んで建設されていたはずです。だけど、地震予測がまったくのデタラメなら、少しも安心できないって事になるでしょう…… まぁ、実際に東日本大震災で、原発は大事故を起こしちゃっているのですがね。

 「しかし不思議ですね。そんなに何度も外しているのなら、地震予測は非科学的だって声が上がっても良さそうなものなのに」

 僕がそう言うと、「そこですよ」とその彼はそう言いました。

 「一般の人は、科学ってものを知らないんですよ。反証主義って考え方を知っていますか? これは平たく言えば反駁できる構造を持った理論を科学と呼ぼうといったような主義の事なんですが、どうしてこんな主義があるのかと言うと、疑われ、検証されなければそれが正しいかどうか証明なんてできないからなんです。

 “絶対に正しいから疑うな!”

 では、本当に正しいかどうか分からない。逆説的ですが、科学はどれだけ疑っても正しいと認めるしかないからこそ信用できるんです。

 だから、国がどれだけ正しいと主張しても、間違っているものは間違っていると反対しなくてはならないのです! 国の権力と科学は結びついてはいけないんだ! それなのに、国民の多くはそれを放置している!」

 そう言われて、僕はまたタブレットを利用して検索をかけてみました。彼の話は面白かったですが、あまり知らない部類の内容だったもので。

 すると、科学と政治権力が結びついた事で疑似科学が疑われなくなり、国に採用された結果、悲惨な事態を引き起こした事例として、ルイセンコ説というものが出てきました。

 この説は獲得形質の遺伝を主張したもので、旧ソ連や中国、北朝鮮でこの説に基づく食糧政策が実施されたらしいのですが、その所為で数多くの餓死者を出したとされていました。

 なるほど。どうも、彼の言う事は正しいみたいです。共産主義国家と民主主義国家のこの日本が、同じ事をしているってのは、皮肉というか何というかって感じですね。まぁ、“権力”があるところでは似たような状態に陥るものなのかもしれませんが。主義がどうこうじゃなくて。

 僕は言います。

 「さっきも言いましたけど、そういう意味じゃ原発も同じですよね? 科学的に安全性が証明されたとかなんとか…… 実証実験ができるはずもないのに、科学的に証明されたとか言われても信じられるか!って感じです。これも疑似科学の一例でしょう」

 僕は彼が大いに同意してくれると思ってそう言ったのですが、ところがどうにも彼の反応が鈍いのでした。

 「え? ああ、そうですね」

 なんて気のない返事。さっきまでの熱さは何処へ消えてしまったのか。

 「地震ならまだ議論の対象になっているからマシですが、テロ対策になると原発ではほぼスルーですよ。どう考えたっておかしいと思います」

 そう言っても、やっぱり同じ。

 「ですよね」

 気のない返事。

 何なのでしょう? この落差は……

 それから彼はこんな事をぶつくさと言い始めました。

 「次こそはもっとちゃんと考えないと。絶対に安全な場所に引っ越してやる。もう二度と、こんな目に遭って堪るか……」

 あれ? おかしいな。

 僕は疑問を覚えました。それで僕はこんな事を彼に尋ねてみたのです。

 「あの…、もしかして、以前にも大地震に遭われた事があるのですか?」

 すると彼は勢いよく言いました。

 「その通りですよ! 阪神、東日本、熊本、そして今回で四度目! なんで私ばっかりこんな目に遭うんですか!?」

 なるほど…… どうやら、彼は義憤で怒っていたのではないようです。全部、自分の事で怒っていたのですね。それで、あんなに地震予測に詳しかったみたいです。

 僕はそれからこう尋ねました。

 「あの……、こんな目に遭ったよしみです。何処に引っ越すのか決まったら、僕にも連絡をくれませんか?」

 すると、彼は「へ? 別に構いませんが」と不思議そうに応えました。

 よし! と僕はそう思います。

 どうやら、彼の引っ越す先は避けた方が良さそうだと思ったので。いえ、それこそ非科学的ですが。

 

 ……ま、でも、それでも政府の発表する地震予測地図よりは幾分マシかもしれません。

参考文献:ニュースで伝えられない日本の真相 辛坊治郎 KADOKAWA

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ