第四話 互いの秘密〜シオンの過去〜
仄暗い部屋。漂う重苦しい空気。
ここはどこだ、なんて言わない。
俺はここを知っている、と言うより長い事ここから出ていない。
もう髪も指を通すと引っかかるし、身体の匂いも少しする。
いつから風呂に入れてもらってないのだろう。
時間を確認するものがないし、カレンダーもなければ、窓もない。今日は何年の何月何日なんだろうか。今は昼だろうか、夜だろうか、それもわからない。
部屋にあるのは小さな蝋燭だけ。
その蝋燭を見つめているとガチャと音がした。部屋のドアについている小窓から食事が差し出された時にする音だ。
俺は食事を取りに行く。
パサパサのパンに何かのスープ。更にやけに柔らかい肉のようなもの。
毎回同じ物だった。少しは違うものはないのか。
そんなことを考えながらパンとスープだけ平らげた。肉のようなものは残して小窓から外に出しておいた。
俺は横になった。食事が来たという事はしばらくしたら、くるということだから、少しでも寝ておくか。
俺は蝋燭のぼんやりとした光を浴びながら意識が遠のいていったのを感じた。
『ねぇ、あの子らしいわよ』
『え、何が?』
『ほら、あの人の子供よ。』
『あぁ、アイツの子供か。なんでも凄いらしいじゃないか。あの歳で大人数人に引けを取らなかったんだろ?怖いねぇ。』
『えぇ、なんでも鬼のような顔してたんですって。化け物よ、化け物。』
『まぁ、触らぬなんちゃらに祟りなしってね。他の奴らもそうしてるみたいだし。俺たちも触れないようにしないと。』
『そうね。それがいいわ。』
目が覚めた。
ガチャっとドアが開く音がしたからだ。
『…………こい。』
『……』
低い老人の声。短いその言葉には絶対の意味があった。
そして俺は無言でそれに従う。
連れられてきたのは幾度となく見たことのある場所。
薄暗い部屋の真ん中に太い十字の拘束具がついた鉄の棒がある。
俺は大人しくそこに縛られる。
『…今日は電気と炎だ。前回より強めでいく。』
もう何も思わなかった。
『…………ガッ』
すると、バチっと音が聞こえた、と同時に俺の意識はなくなった。
目が覚めたのはいつもの部屋だった。身体には包帯がグルグルと巻かれていた。
身体がそこらじゅう痛む。包帯の隙間から体の状態を見てみる。
火傷の跡が見られた。恐らく意識を失った後、続けて火で炙られたんだろう。
まぁ、すぐに治るだろう。
俺は髪を触ってみた。どうやら風呂には入れてくれたようだ。
何故俺がこんな所にいるのか。
この地獄のような場所は祖父の家の地下だ。
祖父とは先程俺を呼びに来た老人のことだ。
祖父が何故こんな所に俺を入れて、電気を浴びせたり、火で炙っているのか。
「馬鹿げた話だろ?」
俺は嘲笑しながらハルにいった。
ハルは下を向いていて、表情は伺えない。
「……冗談じゃなんだよね?」
「…ああ、残念なことにな。」
そう。冗談でもなんでもないし、何かのお話の中でもなんでもない。
俺の過去にあった本当の話だ。
「でも、どうしてそんなに酷いことを…」
「それはな、俺がバケモンだったからさ。」
「…………そんなわけ」
「いや、これは本当だ。」
俺はハルの言葉を遮って言い切った。
そう。化け物。あそこにいた頃から言われていた言葉。まさか、自分の口から言うことになるとはな。
ハルの上げた顔は少しだけ寂しそうな表情を浮かべていた。
「まぁ、これは説明するのに少しだけ時間がかかる。んでもって聞いても面白くない話だ。それでも」
「聞くよ、最後まで。」
今度は逆に遮られてしまった。
真っ直ぐと見つめてくるハルの瞳。それに応えるように俺も昔話をし始めた。
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「俺の家系は代々特殊でな。普通の人間よりも怪我とかの回復が早いんだ。
それぐらいならなんの支障もなく生活できるだろうが、もう一つあったんだ。それは人間離れした運動能力。そんな能力が伝わる家系だったんだ。
そして、俺たちの一族は…
『殺し屋』っていうのが家業だ。」
ふぅ、と溜息をつく。
我ながら説明がへたくそだなと笑いが出てしまう。
「殺し屋って…」
「ああ、今思っているもので間違っていないと思うぞ。」
そう。殺し屋。金をもらい、依頼を受け、人を殺す。
人とは違う優れた能力を持っているから俺たち一族は社会の偉い奴等などから目をつけられた。
「じゃあ、その、シオンも人を…」
「ん?ああ、俺は…」
ふと、ある事が頭によぎることがあった。
「…ない。そういう仕事を任されたこともあったが、失敗しちまって。」
頭を掻きながらそう答えた。実際に人を殺したことなんてないし、殺したくない。
「そっか…それなら良かったよ。」
ハルは嬉しそうに微笑んでそういった。
「でも本当にそういう仕事をする人達がいるんだね。僕は仮想の世界の中だけだと思っていたよ。」
確かにそんなもんかもしれない。
そんなものと関わる必要なんてないのだから。
「俺は4歳から7歳までの間、じじぃの家にいたんだ。いたというよりは普段は痛めつけられ、仕事がくればやれそうな奴があればやらされるって感じか。」
「…なんでお祖父さんはそんなことを?」
「俺の家系で俺ような能力を持っている人間は最近生まれてこなかったんだ。ほら、血っていうのは他と混ざると薄くなっていくだろ?それで
200年も前から受け継がれてるもんだからな。中々生まれてこなかったわけ。で、じじぃが能力を持ってたんだけど誰も生まれてこないからこの家業も終わりかってなってる所に生まれてきたのが俺なんだ。」
「そんな、でも、そんな、痛めつける理由には、ならないよ。」
「電気やら火は拷問対策だ。どんなことされても口を割らないように。で、閉じ込めたのは心を無くすように。」
「でも……そんなのって…」
ハルを見るといつの間にか泣いていた。俺のために涙してくれていた。
俺はそっとハルの頭を撫でてやった。
「まぁ、悪いことばっかじゃなかった。普段の生活を掛け替えのないものに見えるしな。」
そう。あれを知ってるから大切に出来る物だってあるはずなんだ。なにか守れるものもあるはずなんだ。
「ふふ、その割に友達は少ないんだね。」
「まぁ、それは、アレだよ。アレがこうなったんだよ。」
人付き合い苦手なのは元からなんだ。しょうがないね。
「そのお祖父さんの家は3年間しかいなくてよかったんだね。」
「いや、本当はもっと閉じ込められてた予定だったんだがな。じじぃが死んじまって親父が一族の長になったから、もうそんなのはしなくていいってな。そん時の親父はかっこよかったぞ。」
俺が話してるとハルがニコニコしていたので、なんだ?というと
「いや、シオンの嬉しそうな顔はやっぱりいいなって。」
そう言われてしまうと恥ずかしい。
やだ!こっちを見ないで!チクチクしちゃう!
「シオンのお父さんかぁ〜そういえば見たことないなぁ〜」
「今度、実家に帰るとき一緒に来るか?親父たち友達っていえば喜ぶぞ。」
「え!?いいの!?」
「お、おう。」
なに?そんなに俺の家行きたいの?いいもの何もないよ?多分両親に質問攻めされるだけだと思うよ?
ていうか!顔近い!女の子だってさっき聞いたから意識してしちゃう!
咳払いをしたハルが恥ずかしそうに頬を赤く染め改めてこちらを向いた。
「じゃ、じゃあ!絶対だからね!約束だよ!」
「了解りょーかい。誘っといてなんだが、俺の実家なんて来ていいのか?ハルも女の子なんだし、気にしないか?」
「気にしないっていうか、気になるものしかないというか…」
モジモジとしながらなにやら聞こえる。気になるものしかないってなにか弱みでも握られるんですか!やめてくださいよぉ!
「まぁ、話が逸れたが俺の秘密はこんなとこだな。普通に暮らしてれば知る必要のないことだから黙ってたんだ。悪かったな。」
「うん。気にしてないよ。」
「それでその、なんだ。怖かったりしないか?」
「?」
「その、俺が殺し屋とか、さ。」
それが不安だった。普通なら距離を置きたいだろう。
俺は下を向いた。すると俺の頬にあったかい感触が当たった。
「うん。全然怖くないよ。」
俺はハルの顔を見る。
「むしろ、シオンの事知れてラッキーかな。嬉しいよ。」
ニコッと笑ったその笑顔に不覚にもドキッとしてしまった。
まぁ、怖がられていたりしないようで安心した。
安心すると、笑いがこみ上げてきた。
「つくづく変な奴だよ。」
「それは褒め言葉として受け取っておくよ。」
そう言い俺たちは上を見る。
光が上にある。後どれぐらいで着くのだろうか。
「そろそろつくかな?」
「かもな。まぁ、最初はなんか弟子入りしろとか言ってたし、大人しく訓練でもするかね。もしかしたら魔法でも使えるかもよ。」
「魔法かぁ、ちょっとだけ興味あるね。箒で飛んだりするのかな。」
「箒がなくても飛べるかもな。」
「…でも、ちょっとだけ怖いかな。」
そうだ。見知らぬ土地に、しかも誰も言ったことのない異世界にいくのだ。俺も緊張している。
「まぁ、あの自称神様も言ってたけど急いで先走るのだけはやめよう。そういう奴は大概早めに死ぬからな。最近読んだ本に書いてあった。」
「ははは、そうだね。時間に制限はないしね。無理せず行こう。」
「そういえば--」
俺たちの体が光り始めた。
「どうやらとうとうみたいだね。」
「…そうだな。ま、向こうで無事に会える事を祈ってる。」
そういうと意識が遠の………かずに、俺たちの座るってる板がなくなり、下に落下した。
「うおぉぉぉぉぉぉぁぁぁ!!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
こうして俺たちの異世界の旅がはじまった。
海宝 紫音 (カイホウ シオン)
好きな物:動物、愛らしいもの
嫌いな物:騒がしいもの
趣味:読書、昼寝、人間観察
性格:根暗
生まれ変わるなら?:ラマって幸せそう