第三話 互いの秘密〜ハルの過去〜
気まずい空間というのを経験したことはあるだろうか。
例えば友達と戯れていたら間違って目に当たって予想以上に痛がられたり、友達同士がケンカした後とか様々なパターンがあると思う。でも全てに共通して言えることは、その場には沈黙が走るということだ。
そして今、俺もその状況にある。
神様が準備した板の上に乗ってからずっと無言なのだ。
なぜかというと、お互いのことを知らなさすぎる、神様にそう言われてしまった。
俺は互いにほぼ知らないことはない自信があった。俺も自分のことは一番大事なこと以外は話していたし、ハルもそれなりに話していてくれたはず。それに長いこと一緒にいた為、ハルの普通の人が知らない癖なんかも知っている。
つまり、互いに言っていないとことがあるということ。
俺には秘密がある。誰にもバラしたくないような大っきくて暗い秘密が。でもそれは向こうに行ってしまえば隠しきれるものでない。だからここで言わねばならない。
わかってはいる、わかってはいるんだが…
それから気になるのはハルの方である。あいつになにか隠し事があったのだろうか。大企業の社長の子供っていうのも知ってるし、実はカエルとか犬とかのことを『かえるさん』、とか『わんわん』とか言っちゃうちょっと変わった奴ということも知っている。
じゃあ、なんだろうか。
もしかすると俺だけが知ってたようないい気になっていただけなのかもしれない。
あれ?俺もしかしてものすごいウザい奴だったの?もしかしてそれが俺が知らないこととか。まぁ、ありえないけど。
「…ねぇ」
「ひゃい!」
「うわぁ!?びっくりした〜。」
少しブラックな考えごとをしていたせいで変な声が出てしまった。ハルの方を見ると、さっきまで少し空いていた距離が詰められてこっちをみてクスクス笑っている。
「どうしたの?変な声出して。」
「俺もびっくりしただけさ。で、どうしたんだ?」
「あぁ、うん。あのね、シオンには僕にいってないこととか、…隠していたこととか……ある?」
歯切れが悪い。恐らく俺と同じようなことを考えていたんだろう。その顔は暗いものだった。
「…ああ、ある。」
「…そっか。」
そしてまた無言。しかし今度の無言はそんなに長くは続かなかった。
「…僕にもあるんだよね。隠してたこと。」
「…そうか。」
そしてまた無言になる。だが俺はあることを思った。すると、フッ、と笑ってしまった。
ハルがなんで笑ってるの?って顔で見てきたから俺は喋り始めた。
「いや、悪い。ただ、おかしくなってな。なんで俺たちこんなに暗くなってるんだろうなって思って。」
「なんでって、そりゃ…」
そりゃ、隠していた秘密を言わなきゃならない、暗くなって当然だろう、それに相手に隠してたっていう後ろめたい気持ちもあるだろう。
「俺たちってそんなに信頼できない奴同士だっけか。今更、秘密の一つや二つ変わらんだろ。」
ハルは何か気づいたような顔をした。
そう。全くの初対面の人や、たいして親しくもない人にってことであれば暗くもなるだろうが、今回は違う。
ケンカもしたこともある、お互いに他の人が知らないようなことも知っている、そして何より4年間一緒に過ごしてきた友達なのだから。
「俺もなにも心配してないわけじゃない、でもお前を信用してるさ。」
「…そうだね。」
ハルはまたクスッと笑った。
その笑顔は今まで見た中で一番いい笑顔だったかもしれない。
「じゃあ、どっちから話そうか?」
もう、お互いの秘密を言い合う事に決定したらしい。決断はやっ!憧れるっす!アニキ!自分一生ついていくっす!
「あっ!やっぱり、僕から言っていいかな?」
「あぁ、いいぞ。」
ハルは、えへへ、ありがと、といいながら上を向いた。
さぁ、じゃあどんなことでも受け入れるように準備でもしますかね。
「えっとね、僕の秘密はその…高校卒業の時にはどのみちシオンには言おうと思っていたんだけど…」
ほう。ならばそこまで深刻なことでもなさそうだなと少しだけ安心した。
「もう気がついてるかもしれないけど………僕は実は…女の子だった…なんて……」
「へっ?」
随分間抜けな声が出た。間抜けな声ってマムシの声にちょっと似てて紛らわしい!全然似てない?俺もそう思う。
いや!まてまてまて!女の子?ハルが?そんなのって本のなかだけじゃない?あれこれデジャヴ。
いや、俺の耳が腐ってたのかもしれん。もう一度確認する必要がある。
「…すまん。もう一回、いいか?」
なるべく、平静を装って絞り出した言葉だった。するとハルは顔を赤くしつつも答えてくれた。
「だから僕は実は女の子なのッ!」
科学班、確認とれました!
ハルが実は女の子だった、らしい。へー、いや、なんというか、信じられないといった感じだ。俺がうーん、うーん、唸っているとハルがため息をついた。ため息はいかんぞ。幸せが逃げる。この理論でいくと幸せは口から出るのか…入るのも口なら大きく息を吸い込めば幸せになれるかもしれないな。今度やってみよう。
「いや、すまん。全く気がついてなかった。」
「別に隠してたんだから気づいてなくていいんだけどさ!少しくらいそう思っててくれてもいいじゃないか。女の子っぽいところも多少なりとも見え隠れしてたはずだし。」
最後の方は小声だったが聞き取ることはできた。
まぁ、確かにそう言われてみればそうかもしれない。
体育の授業も欠席してたし、ここまでかわいい顔立ちと女声、健康診断は欠席していたし。
「でも、あれは体が弱いし、健康診断はその日に家の用事がたまたま毎回入ってるって…」
「………」
「…すいませんでした。」
悪くなくてもすぐに謝る。これが夫婦(以下略
「…まぁ、シオンだからね。気づいてなくて当たり前かもしれないね。鈍感だし。」
所々棘があるハルさんの様子を見ていると、つまり隠してはいたけど、気づいていて欲しかったということだろう。そんな無茶な!そんなの本のなかだけだと思ってたわ。
恐らく暗い顔していたのは話すことの恐怖より、隠していた後ろめたさがあったからだろう。
でも、俺に隠してるのがバレても何の得もないだろうに。
とりあえず一つ気になることがある。
「それは、やっぱり家の方針か?」
「…うん。まぁ、そんなところかな?」
ハハハと笑うハル。
恐らくこれは強制的にハルの家がやらしていることなんだろう。大企業だから色々あるのかもしれないが、それでも許される行為ではないだろう。そう思うと自然と怒りがこみ上げてくる。
太ももの上に置いてある手に力が入る。
するとハルが俺の怒りを察したのか慌ててこんなことを言い出した。
「えっと、えっと!確かに家の事情だけど、これをやるって言い出したのは僕の方なんだよ!」
それを聞いた俺は、とりあえず怒りを収め、これからこうなった成り行きを聞くことにした。
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少女がまだ5歳の時、事件は起きた。
それはとても難しい問題だった。なんでも、自分の家庭にはどうしても男の子が1人は必要らしい。社長さんになるために。
だが少女の家は三姉妹で少女は末っ子だった。父や母はどうしようかと悩んでいる。
もしかしたら、私がいけなかったのかもしれない。私が男の子だったらよかったのかな。そんなことを思っていた。
そんな中さらに事件は深刻化し、お母さんが男の子を産めないんだって祖父が父や母を離婚させようとしたのだ。
無茶苦茶だ。だが誰も祖父には逆らえない。
母や父、姉達は泣いていた。
少女や姉達や父が悲しむのをみて我慢してはいられなかった。大好きな人達なのだ。
少女は知っている。父も母も姉達も自分も家族を愛してる。
それなのにどうしてこうなってしまったのか。
少女はまだ幼い頭で必死に考えた。
男の子がいないから。
男の子がいれば問題はなかったはずだ。じゃあなぜ…
自分が男の子じゃなかったからじゃないのか。
なら、自分がやるべき事は一つ。
「お父さん、私が今日から男の子になるから…お母さんといっしょにいて?」
5歳にして決断した。
父や母は最初は猛烈に反対した。
しかし、少女は祖父に直接話をした。すると父と母はもうどうすることもできず、ただ見守ってやることしかできなくなった。
それでも今は家族は笑っている。
大好きな人達が笑っているならそれでいい。
その少女が男の子のフリをしていること少しだけ後悔したのはもう少しだけ後の話だ
ハルはそう語った。そして最後に嬉しそうに『それに今はお父さんが会社の社長になったんだ!それでね、こんな決まりはいらないって、高校卒業したらもう男の子のフリしなくていいって言われてたんだ!』と言った。
俺は黙って聞くことしかできなかった。
ハルの父や母も決して自分の可愛い娘を男の子になんかしたくなかったんだろう。自分の娘が幼いながらに必死に思いついた手にしか頼るしかない。まるで生贄にしているように。どれほど辛かっただろうか、どれほど自分達を恨んだだろうか。
きっと計り知れないほど自分達を憎んだに違いない。
だが娘は自分達のためにやってくれた。だから笑っていきていこうときめたんだろう。
父は恐らくハルを女の子に戻してやりたい一心で頑張って社長になり、自分達を苦しめた決まりを止めさしたに違いない。
全員が全員、思い合っている。
決して強制的なんかではなかった。
「すまんな…なにも知らないのに怒っちゃって…」
「ううん、いいんだ。わかってもらえたならさ。」
そう言ってくれた。どこまで優しいんだこいつは。惚れそうだぜ!
「すまん、いきなりだが付き合ってくれ」
「…へ!?えっと…その…」
おっと、思わず告白してしまった。ハルは顔を真っ赤してあわててる。もうこいつは男じゃないんだから、こういうネタはデリカシーないとかいって嫌われそうだから、やめておくか。
「えっと…そのね…い」
「あっ、別に答えなくていいぞ。冗談だし。」
「…………」
も、ものすごく怒ってはる!思わず関西弁になってもうた!
目が笑ってない!怖すぎ!
「はぁ、またそういう冗談ね。まぁ、わかってたけどさ。」
なにやらブツブツ言っている。
とりあえず謝るか。決して目がこわかったとかそんな理由じゃないからね!
「悪いな。今度から気をつけるわ。」
「今度埋め合わせよろしくね。」
拒否権は………ないみたいですね。はい僕が悪かったです。
「了解。じゃあ次は俺の話か。」
「そうだね。僕が知らないシオンってどんなのかな。」
ちょっと嬉しそうだ。言葉が軽いリズムに乗っている。
この顔を話終えてでも見れるだろうか。不安はないといえば嘘になる。でも、使用してると言った以上俺だけ話さないというわけにもいかないだろう。
俺は昔の話をし始めた。