第九話 六ヶ月後の彼等
鬱蒼とした森の中、そこには少年と少女の姿があった。
しかし、少年と少女は動かない。なぜなら、少年達と対峙している一つの影があったからだ。その影とはここらの地域では一番凶暴と言われている、剣と盾を持ち、トカゲのような容姿をした『リザードマン』だ。
すると少年は後ろに下がり、少女が前に進み出た。少女は短剣のようなものを引き抜き、それを前に構える。
静寂が訪れる。聞こえるのは両者の息遣いだけだ。
草むらから鳥が一匹飛び出す。
それを合図にしたかのようにお互いに走り距離を詰め出す。最初に攻撃したのはリザードマンだった。持っている剣を少女に向かって振り下ろす。それを少女はギリギリで避け、距離を縮め短剣を突き刺そうとするが盾に弾かれてしまう。
すると少女は距離をとった。しかし今度は先ほどみたいに静寂が訪れるわけではなく、リザードマンが距離を詰めようと近づいてくる。
「炎よ。」
少女がそう呟いた。そうするとリザードマンの前に炎が迸った。一瞬リザードマンの足が止まり、怯んだ。
「風よ。」
立て続けに少女は呟く。すると風がヒュウと音を立て吹く。その風を受け炎はさらに燃え上がる。リザードマンは距離をとるため後ろに飛ぶ。しかし少女が距離を詰めるのには十分すぎる時間だった。
少女は短剣をリザードマンの首に当てる。そして言語が理解できるのかもわからない相手に語り始める。
「ここで逃げるんだったら見逃してあげるよ。」
静かにそう言った。リザードマンがそれを理解したのか、それともたまたまの偶然なのかはわからないが、攻撃をやめ、そのまま森の木々の中へと消えていった。
「おお、やったな!ハル!」
「うん!やっとあいつも撃退できるようになったよ!シオンも協力ありがとうね。」
シオンとハル。そう、少年と少女はほんの数ヶ月前にここに来たばかりの二人だった。
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「いや〜、にしてもこれでやっと一人前になれたよ。ありがとね、シオン。」
「礼ならサバナさんに言えよ。俺は何にもしてないしな。」
修業開始の日から約半年経っていた。サバナさんとの修業の最終段階はリザードマンを撃退することだった。つまり、たった今修業を終えたのだ。長いことかかったが準備は大切だからな。仕方ないことだ。
「じゃあ、祝いといってもなんだが、街に寄って帰るか。そこで飯でも食べよう。」
「あ、いいね!それ!僕も甘い物食べたい気分なんだ!フョール食べたいなぁ、ああ、久しぶりだし、楽しみだなぁ。」
フョールというのは向こうでいうスポンジケーキみたいなものだ。詳しい材料なんかは違うだろうが、味や感触はとても似たようなものだ。それがハルの好物なのだ。
サバナの家は街のはずれにあるのだ。なので最初のうちはあまり街にも近づかなかったが、そのうちお金なども稼いだりするようになると街に出入りするということも少なくはなかった。
街には役所があり、そこで仕事を見つけ、お金をもらうという場所がある。
しばらく歩くと見えてきたのが街、『アルスター』だ。大きな街で石造りの家や店が並んでいるおり、迷路みたいで入り組んでいる、西洋風の建物が多い街だ。
「じゃあ、『ハイランダー』でいいかな?」
「ああ、そうだな。あそこに行くのも久しぶりだからな。」
街を突っ切っている大きな道の最初の十字路を右に曲がり、左に向くと『ハイランダー』と彫られた木彫りの看板が目印の店に着く。
カランと入口の鈴がなり、俺たちは店の中に入る。
「おう、久しぶりじゃねーか。」
「ああ、ちょっとばかり忙しかったからな。」
出迎えてくれたのは無精髭で、目つきはお世辞にもよくない、この店のマスターのケインズだった。
「元気してたのか?」
「ああ、変わりないぞ。」
「ハルちゃんも元気そうでよかったよ。」
「うん、ケインさんも元気そうでよかったよ。」
「そうか…ところで」
ケインズことケインはハルの耳元で小さな声で話し始めた。
「シオンとはどうなった?好きって言ったのか?」
「えぇ!?いやいやいや、言ってないよ!!というか言えるわけないよ!」
ケインの声に対してハルの声は大音量だったが、内容はさっぱりわからなかった。
「はぁ、ったく、さっさと行っちまえばいいのに。」
「そんなに簡単じゃないのっ!もう!僕はフョールね!」
ハルはそう言うと奥のテーブルに座りに行ってしまった。
「じゃあ、俺もフョールと…そうだな、コーヒーを二つ頼む。」
「へいへい、りょーかい。」
そう言うとケインは奥に引っ込んでいってしまった。
こっちの世界についても少しずつわかってきていた。
会話ができるので基本的には言葉の意味も文法も日本語なのだが、時たま、少し意味が違うものがあったりすることがある。まぁ、その時はジェスチャーやらなんやらをすれば大概伝わる。
しかし、伝わらないものもある。
それはこの世界にないものだ。例えばライターやテレビ、料理や食材の名前などだ。
まぁ、そんなこんな約半年間の月日をここで過ごしてきたわけだ。
俺は席に座る。
「さて、まずはあれだ。おめでとう、ハル。」
「あ、ありがとう!」
「これでやっと魔女退治に行ける。」
「…そうだね。」
そう、魔女退治。これが俺たちがここに来た理由。まぁ、正確には魔女の塔を潰す、か。
とりあえず、そうなると魔女とは戦わなければいけないと言うのは目に見えている。
この半年間はそのための準備期間だったわけた。
「俺も色々と情報を集めていた。魔女の塔はここから東に2日ほど歩いたところにある街、『パトルド』を近くにあるらしい。」
「そうか…やっとだね。」
「…ああ、だから今から三日後の朝に出発しようと思う。それで構わないか?」
「うん、僕は全然OK!頑張ろうね!」
「ああ、そうだな!気を引き締めていくか。」
そう、魔女の塔を潰し、元の世界に戻るのだ。願い事もしっかりと覚えている。
その後に来たフョールを食べながら昔話をした。
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「じゃあ、また来いよ。」
「ああ、またな。」
「またね!」
ハイランダーを後にし、俺たちは帰路に着いていた。
綺麗な夕焼けだった。その夕焼けが少女と少年を包み込む。
「ねぇ、シオン!帰ったらどうしようか?」
「ん?んー、そうだなぁ、まずはクレープ食いに行きたい。あとはそうだなぁ…親父と母親に会いに行くかなぁ。」
「あっ、そういえば前に家に連れて行ってくれるって約束してたよね!」
「ああ、してたっけか?そんな約束。」
「したよ!」
「…忘れてないって、心配すんな。」
内心忘れてたなんていったらなにを言われるか、わかったもんじゃない。
「というか早く帰ろうぜ。サバナさんが夕食作って待ってるぞ。」
「あっ、うん、そうだね。」
俺たちはサバナが待つ家へと帰る速度を上げた。
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「おかえり。遅かったじゃないか。もう夕飯はできてるよ。」
「あれ?カトレアは?」
「なんでもやらなきゃいけないことが急にできたそうだよ。んで、部屋にこもってるよ。」
「そっか。」
「で、ハル。どうだったんだい?」
「んへへ〜、無事成功しました!」
「そうかい!よかったよ!」
サバナはハルの頭を撫でて喜んでいる、ついでに俺頭も撫でられた。
「そうだね…じゃあ、シオン!ハル!これであんた達は私の弟子として一人前になった。よく頑張ったね。私はいい弟子を持てて鼻が高いよ。あんた達の目標は知ってる。しっかり頑張りなよ!」
「「はい!」」
「いい返事だ。それとシオン。あとで部屋に来な。渡したいもんがあるんだ。」
「はい。」
「よし。じゃあ、ご飯にしようかね。出発はいつなんだい?」
「3日後にしようかと…」
そうして夕食の時間はすぎていった。この光景を見るのもあと数日しかないと思うと名残惜しさも感じた。
夕食のあとは俺は言われた通りにサバナの部屋に向かった。
扉の前に立ち、ノックを二回する。
「入りな。」
そう言われ俺は扉を開ける。そこには椅子に腰掛けているサバナの姿があった。
「来たね、早速だけどあんたにはこれを渡すよ。」
「これって…」
それはそう、杖だった。その杖はいつもサバナが持っている杖で、なんでも昔の名匠が作った杖でとても大切なものだと聞いたことがある。
「こんな大切なもの…」
「いいんだよ。あんたは私より強い。それに私はもう引退だからね。必要ないのさ。」
「…ありがたく、貰っときます。」
「…もう、魔女を倒すと帰っちまうのかい?」
「……はい。」
「…そうかい。家がスッキリしちまうね。」
「………」
「なにしけたツラしてんだい!また、会いに来たけりゃくればいいさ!いつでもかんげいしてやるよ。」
「ありがとうございます…」
「さぁ、用事は済んだし、早く休んだほうがいいよ。明日からは準備で忙しくなるよ!」
「…失礼します。」
そう言い俺は部屋を後にした。
人生とは出会いと別れだと聞いたことがある。しかし、それはあまりにも大きい悲しみを伴う。だが、前に進まなければならない。俺も叶えなければならない願いがある。そうして俺は窓から満天の星空を眺めた。
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そこに少女はいた。相変わらず少女はある物を気にしていた。ソワソワして落ち着かない。
あれはいつここに来るのか。
あれは今、どこでなにをしているのか。
気になって仕方ない。
あぁ、早く…早く苦の表情を見せに我の元へ来ておくれ…