迷惑千万
カツカツと廊下をヒールが付いた靴で歩いてくる少女がいた。
口から出した棒付きの飴を右手で持ち、目付きの悪い大きな双眸で見開き。髪はブロンドに染めた、長いドリル常になったツインテール。服はいわゆるゴスロリファッションで毒々しい黒と赤を基調としたイメージだ。スカートは見えるのではないかと思うほどやけに短いミニスカート。足にはおそらく室内用にでも使っているのだと思う綺麗なエナメルのショートブーツを履いている。顔つきも、まだ未成熟な感じが強く虎我達の年下ぐらいの容姿だ。奇抜で、華やかで、可愛さがある。
周囲の目を引く。ザワザワと塾生たちが口々に噂をしている。
「あいつ誰だ?」
「知らないわよ」
「何かすげー格好した奴が来たな」
一人の塾生に近寄って質問する。
「最近来たばっかの不良っぽい少年とか知らないかしら?」
「え、あ、あの、い、一科生に二人ほど転校生が来るとか何とか……」
しどろもどろながら返答した男子生徒。
「ふーん。じゃあさ、そいつら何処にいるか知ってる?」
「そ、そこまでは……」
一つ溜め息をして、
「使えないわね……」
と、ムスッとした表情を浮かべ、ポイッと捨てるかのように会話が途切れた。その場から立ち去るとその男子生徒は重い安堵のため息を付いた。
いわゆる、サディスティックなドS女王様見たいな雰囲気だと周囲には思われたのだろう。彼女の周りから人が逃げていった。
「あ~あ、ま~たやっちゃった」
と、後悔している節はある模様。
「もうめんどくさいし式神放とうかしら?……あれ?そういえばここって校内で式神使うのダメだっだっけ?まいっか☆」
お構いなしに妖怪の類と見まごう程の黒い物体の式神を二体放った。
勉強も一通り終わり、休憩がてらに虎我と冬鬼は二人で寮内探索をしていた。すると、急に冬鬼が何時となく険しい表情になった。何も分からなかった虎我は聞いた。
「どうした?」
冬鬼は小声になり喋る。
(……築かないかお前は。今、確実に人間じゃないものに付けられてるぞ)
(何でだよ」)
(そんなの知るか。俺目当てか、お前目当ての奴だろうな。階段まで走るぞ。お前は下に行って管理人さんに会ってこの事を知らせろ。俺は上に行く。俺が合図するから。動けよ)
(お前は大丈夫なのか)
何も言わなかったが、一つ頷いた。
(分かった)
と、虎我も軽く頷き、冬鬼が小声で(せーの)と言った。
虎我と冬鬼は一目散に階段まで走りぬけた。虎我は下へ冬鬼は上の階段を使い移動した。後ろから付いてきた黒い物体は二人を追いかける。仲間を呼んだのか、もう一体増えた。黒い物体は虎我と冬鬼の二人を一体ずつが追いかけた。
「こ、ここまでくれば……」
息切れをしながら、寮長室の前まで来て、コンコンとドアをノックした。「はーいー」と管理人さんの幼い声が聞こえた。
「どうしたー」
「ちょ、ちょっと、面倒事に巻き込まれたみたいです。なんか、オレか冬鬼を付けてくる奴が現われて――」
と、今まで合った事を大まかに話した。
「そうかー大変だったな。……結界を無視して出入りできるという事は、陰なるものではないということだー」
「でも、なら冬鬼が危ない。こっちに来てないってんなんなら、向こうに行ったのかも」
「待て、こっちも来てるようだー」
「も?」
「二体居るってことだーお前には言ってなかったかー?僕はこの寮内の全てを把握できるのだー」
「そ、それはそれで凄いな」
「ありゃ、あんま驚かないのーしょぼーんだよー」
と、落ち込みやる気をなくす。
すると、黒いものが来た。だが、管理人さんは落ち込みモードで役に立たず、如何にかやる気を出してもらう為に虎我は説得する。
「あ、す、すみませんって」
管理人さんは一つ溜め息をもらしながらも
「……陰と陽の狭間に新たな空間を作りたまえ、急々如律冷」
と、呪力を込めた結界を作った。だが、その中に捕らえられた黒いものは形を成し、人の姿に変わった。
人の姿に変わった黒いものの腕が刃物の様に鋭く変化し切り裂くようにして、結界を打ち破り消滅させた。
「なっ!?」
管理人さんは愕然とした。
「気を緩め過ぎていたか」
と、何時もの軽い口調とは裏腹に冷静で冷徹な口調へ変わった。恐らくこちらが素なのだろう。
「か、管理人さん!?」
いつも以上に息切れが激しい。それもそのはず、結界術とは呪力を常に一定に保つことで作られており、込める呪力が少なければ少ないほど脆い結界となり、逆に込める呪力が多ければ多いほど頑丈な結界になる。それを保つための相当な集中も必要となる。そう言う事もあり難易度が高く近年では、結界を符のみで様いることで作れるため、結界術の使用者も年々減り続ける一方だ。
黒いものが近寄ってくる。息切れをしながらも寮生を守る事に必死の寮長だが黒いものに片手でなぎ払われ吹っ飛ぶ。
『オ前ガ、最近来タト言ウ奴ダナ。一緒ニ主ノ元ニ来テモラウ』
と、腕を掴まれ無理やり引っ張られる。
「は、離せ!」
抵抗するが、人間技ではありえない力で腕を握られ、放すにも動きを止める事も出来なかった。
「クソッ!」
やけくその怒りを何処かに届くわけも無くただ投げ付けた。
冬鬼が上に上がり、それに付いてきた黒いものを待ち構えていた。
「はっ。さっきの奴とは少し違うな」
冬鬼は式神や妖怪を見分ける目を持っている為、初めから築いていた。黒いものは「話が早い」と言わんばかりに、人の姿を成した。
『来テモラオウ。我ラガ主ガ御呼ビダ』
「何故、お前らに従わなきゃならん」
『来イ』
手を掴もうとするが、ギリギリでかわす。だが、これの繰り返しで壁近くまで追いやられてしまう。
「……ああもう。わかったわーったよ。行きゃいいんだろ?」
黒いものが冬鬼を掴もうとするが、
「別に逃げやしないって」
どこか黒いものに触れられる事を強張っている様子の冬鬼。
虎我と冬鬼は黒いものの主の元に連れてこられた。そこは塾舎の廊下だった。
棒付きの飴を口から出し右手で持ち、目付きの悪い大きな双眸で見渡す。
「ふーん。あんたが。でも、君はいいわ」
と、冬鬼を興味のゼロの目線でいらない物を捨てるかのような態度をとる。
「人を襲わせといて何をいまさら」
「あんたもしかして。最初から分かってたの?」
「まあ。さすがに、誰が操ってるかまではさすがにわからなかったがな」
すると「結構妖怪ぽく作ったはずなんだけどな……」とグチグチとぼやく。「まあいいわ」といい指をパチンと鳴らすと、同時に黒いものが消えた。
「へー。ちょっとは興味わいたかも☆」
「そりゃどうも。……そう言えば、あんたのその顔見覚えがあるな……」
冬鬼は思いだそうと記憶内を探す。
「……確か、最年少で“十二神将”に入った、“不動”の桜庭未宇だったか?」
「そ。大正解☆。あたしは十二神将の一人桜庭未宇よ。あんた、ますます気に入ったわ☆」
虎我は冬鬼の言葉に驚きを隠せなかった。
――こんなオレより年下そうな子供が十二神将の一人なのか!?
「そっちの身長が低い方のあんた」
「まあ、オレは冬鬼よりかは身長が低いけどさ!」
「へー。そっちは〈冬鬼〉って言うんだ。なら、さっさと名前教えなさいよ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。それに冬鬼はいち早く築くが、虎我は全く築かなかった。
「オレはお――」
と、言いかけた途端強引に虎我を遮って、冬鬼が横から虎我の口を無理やり塞いだ。
「言うな!」
舌打ちをする。だが、楽しそうにニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「でも、もう遅いわ。『冬鬼。その手を離しなさい』!」
「ぐっ」と抵抗しようとするが、命令されたとおりに勝手に体が動く。
「っ!やっぱりか……俺の知っている情報ではお前〈人名言霊使い〉だったな」
人名言霊とは相手の目をみて相手の名前を言うと命令宣言すると、呪式言霊とは違い言葉の呪力で相手を操る言霊。上の名前だけでは中途半端な事になり発揮せず、相手の下の名前だけなら効力を発揮するが、フルネームの場合はもっと的確に確実に命令が可能になる厄介な言霊だ。
「そこまで知ってんの?あんた何者なのよ!」
逆に酷く驚いた。
「なっ!オレのせいで!」
「お前は……悪くない!俺が言いそびれただけだ!」
「『冬鬼。黙りなさい』!」
無理やり口を閉じられ歯と歯がぶつかりガンッと痛そうな音で歯が鳴った。
「さあ、教えなさい。あんたの名を!」
「い、いやだ!」
虎我は酷く強張る。
「さすがにフルネームじゃなきゃ口を閉ざすことは出来ても、喋らせる事は出来ないのよね」
と小さくぼやく。
「なら、力ずくでも教えてもらうわ!」
と、前に踏みこむ。
「どうしてオレを狙うんだ!」
が、虎我はそれに合わせ後ずさる。
「え、何って。あんたをあたしに惚れさせるためよ!」
「なんだそりゃ」
「女の子なら当然でしょ!」
「オレは男だからわかんねーよ!」
子供の喧嘩かと言いたくなる程周りから見ればどうでも良い言葉の喧嘩が始まった。すると、冬鬼が口を閉ざされながら唸った。それに築き虎我は冬鬼に目線をやる。冬鬼は目線で腕に付いた枷を指す。直感か何かでこれは冬鬼が「このブレスレットを外せ」と言っているのがわかった気がした虎我は冬鬼が付けている枷を外すと、力を解放させ、一瞬で言霊を吹っ飛ばした。ついでに塾舎の窓ガラスにもひびを入れた。いつもなら完全に粉砕していたが、ある程度は押さえて使ったようだ。
だがしかし、自分の言霊を普通の陰陽師しかも入塾し立ての一科生に破られた事は初めてだったようで未宇は唖然とし焦りまくっていた。
「な、何よ!あんた!あたしの言霊を跳ね返すなんて!」
「はっ」と鼻で笑い飛ばし、
「ちっとばかし、無謀な手段を使わせてもらっただけだ」
と、それだけ言い、虎我が冬鬼から外した枷を乱暴に取り、右手首に填め直した。
「これで、気が済んだだろ。今すぐ立ち去れ」
「ぐぬぬぬぬ~~」
と赤面しながらすっごく悔しそうに、
「お、覚えておきなさいよ!」
「……ありゃあ、完全に負け犬の遠吠えだな」
と、冬鬼が呆れた。だが、その半面虎我は表情が曇っていた。それに、築いた冬鬼は明るくいつもの様に振る舞った。
「なーに。気にすんなって。別にあの言霊じゃなきゃ人の命までは奪えないさ」
「あの?」
「……死を操る言霊だ。そいつには絶対に近づくなよ」
虎我には全く誰の事を言っているのかもわからず、ただ注意しておこうと思った程度だった。