一期一会
虎我を待ち構えるかのようにエントランスで帯刀冬鬼は待っていた。虎我が入ってきた事を確認し、よっ、といつもと一緒で軽快な挨拶をする。
「冬鬼、お前に聞けって言われたんだが」
「不満そうだな。まあ、お前の同居人は俺だからな。これからもよろしくな」
「心にもない事を……」
「あれ?俺。いつの間にか嫌われてたのか」
「いやいや、別にそうじゃねーけど。寝てる時何かされそうで怖いんだよ」
「あー。確かにそれは言えてるな」
「納得してんじゃねーよ!」
「相変わらず注文が多いな。……で、部屋まで案内するから、ついて来い」
と言われ、冬鬼の後ろへくっ付いて動く事になった。
階段を一回二回三回と登る。一つのフロアに通路から見て両サイドに五つ毎に扉があり結構長い。だが、反対側からも階段に繋がっている。
一階は一面エントランスやロビーやラウンジや食堂や寮長室、通称管理人室が基本で、学生寮は二階からになっている。
「ここの向かって右側の321号室だ。322号室の目の前で、311号室の左隣りで、331号室の右だ。覚えたか?」
「そりゃ的確でご丁寧にどうも」
「お前の荷物も届いてるだろうよ」
「オレの荷物?」
321号室まで走り、ドアノブを開けようとするが開かなかった。鍵がかかっているようだ。
「当たり前だろ?不用心などこぞのお坊ちゃんとは違うからな」
「うぐっ!絶妙に言い返せない」
それもそのはず、逢坂家は夜以外はいわゆる門番がいるため常時ドアが鍵も掛けずにそのまま放置されているのだ。
「で、開けてくれよ」
へいへい、とやる気のない軽い返事をする。
ピッキング防止の為だろう、扉の右隣についている部屋の住人の名札が掛かっているコルクボードの下にセンサーが付いた黒い機械がある。冬鬼はそこに321号室と書かれたカードを照らす。ピピッと音の後カチャリとロックが開く音がした。
「ほい、開いたぜ。後、これ。お前の分な。無くすなよ」
と、ポケットから先ほど冬鬼が使ったカードと同じカードを渡された。
入ろうとしたその時、何処からか軽快なリズムで鼻歌を歌っている人が来た。その人は何故か清掃ロボットになっている。
「よー」
「管理人さん」
「管理人さん?!」
「この人がこの男子寮の寮長の寅神黒刀さん」
「マジでこの人が!?」と思う程口をあんぐりと開けて驚く。
「失礼だなー。こう見えても僕は26歳だー」
パッと見の背丈でも小学生ぐらいでどう考えても成人男性には見えない。いわゆる、ショタと言う奴かと虎我は妙に納得した。
「で、管理人さんは何をやってるんですか?」
「掃除とパトロールだー。ロボ太に乗ってれば一石二鳥だー」
ロボ太?、恐らく、清掃ロボットの事だろうと自己解決し、何故そんな所になってる理由がわかって「そうだったのか」とよくわからなかった行動に一先ず胸をなでおろす虎我だった。
「あ。そうそー。はいこれー」
とどっから出したのか、おおよそ15㎝ぐらいの正方形の包み紙に包まれた箱を渡された。
「えっとこれは?」
「トラトラとトッキーの入学祝いだー。中身はチョコ菓子だー。じゃなー」
入学祝いだというチョコ菓子を渡され、挙げ句の果てにはよくわからないあだ名を付けられ去っていった。
「か、変わった人だな」
「ここの管理人さんだからちゃんと覚えておけよ。ここの事なら何でも知ってるらしいからな」
「すげーな」
「で、そろそろ中に入らないのか」
「……あ。忘れてた」
部屋の中には大量のダンボールが山住になっていた。
「俺は殆ど片付いたが、お前の方は全然だし手伝ってやろうか?」
「ま、まずは一人で頑張ってみるさ……」
虎我は眉をひそめる。
ダンボールを開けると本当に虎我の私物が入っており、誰がこんなものを持ってきたのかと不思議に思ったが最優先事項はこのダンボールを如何にかすることである為、後回しにした。
――が、30分後。一向にダンボールの山が減っている気配が全く見えない。
「……へ、減らねー。誰がこんなもん持ってきたんだよ」
「俺だ。俺が手配したんだよ。持ってきたのはここの奴らだろうがな」
数秒のロスも無く冬鬼は即答した。
「お前か!」
「お前の必需品とかまず知らねーし。適当に纏めてもらっただけだし」
「なら、何でこんなもんがあるんだよ」
虎我が差し出したのは赤い車の子供用の玩具だった。それを見て冬鬼は「プッ」と噴き出し腹を押さえて笑いだした。
「お前なーワザとだろ!」
「あー。なら、いらない物はダンボールに閉まっとけばいいだろ?」
「この山をか」
と、横に三個ずつ上に五段以上に並んだダンボールを一指し指でを指す。
「なら、こういう時こそ管理人さんの出番だろ?そこの電話からかけられるからよ」
扉の左隣に設置されている電話機で、その上に張ってある電話番号が書かれている張り紙に沿って管理人さんに繋がる電話番号を押す。プルルルルとコールを繰り返す。と、ようやくコールが切れ声がする。少年の様なこの声は管理人さんだった。
『……もしもしー。どうしたのかな。えーと、トラトラの方ー?』
「ど、どうしてわかったんですか?」
『偶々だよー。で、用件はー?』
「えっと、届いた荷物が予想以上に多くてこの部屋に入りきらないんですけど」
『ありゃー。送り返すかー処分するかーあるけど、どうするー?』
「送り返します」
『送料がいるけどいいー』
「どれくらいですか?」
『1000円と……129円ぐらいじゃなかったかなー』
「……何ですその無駄に細かい端数は……」
『で、どうするー?お金足りないんなら、こっちが負担するけどー』
「いえ。自分で払います」
『いいのかー?なら、今から連絡するから、送り返すもの準備しといてねー』
「え、今からですか?」
『え?違ったー』
「いえ、それで構いません。何処に準備しておけばいいですか?」
『やっぱエントランスかなー』
「わかりました」
『それとそれとーついでに、業務用のエレベーターに荷物入れていいからね。人は入れないけどね。ついでに近場に置いとくからカートも使っていいからー』
「あ、ありがとうございます」
管理人さんのお言葉に甘え、業務用のエレベーターを使わせてもらう。虎我はそのまま一階まで階段で下りて行った。
下まで降りて行き、着いたであろう荷物を回収しに行く。その場所まで行くと、やはりもう既に届いていた。管理人さんから、借りたカートに乗せ運ぶ。
「しゃーすっ」と一人の男性がエントランスに入ってくる。後ろの方から相変わらず清掃ロボットに乗っかり来た管理人さん。
「毎度ありがとうございまーす。どちらをどちらへ運ぶんですか」
「こちらになりますー」
「畏まりました。こちらにサインを」
と、ペンと紙を差し出す。
「トラトラ」
「あ、はい」
言われたとおりに書き、サインする。
「ありがとうございますした。それでは」
と帽子を脱ぎ一度お辞儀をし、立ち去る。
「いつもありがとー。……で、これでよかったんだよねー」
「はい、おかげさまで。ありがとうございます」
管理人さんと別れ、自室に戻った。
「で、どうだったんだ?」
「無事に終わったぜ。ふーこれで集中できるな」
「ま、頑張れよ。青少年」
「お前も同い年だろ」
「俺最近老けてみられるんだよなー……お前が青く見えるぜ」
と、冬鬼はいつもの様にニタニタと笑いながら小馬鹿にするように言った。
「何ジジ臭いこと言ってんだよ」
他愛も無い話をしながら黙々と片付けを続ける虎我。その片付けが終わったのはそれから1時間後だった。そろそろ辺りも暗くなり始めるころ合いだ。
「よーやく終わったぜ。はー次は勉強か。なあ、冬鬼分かんないことあったら教えてくれ――って、何処行った?」
と、知らぬ間に冬鬼が何処かに行っていた。虎我の後ろにある冬鬼の机の上に今時古風な置手紙が置いてあった。
「……今時、置手紙って……」
手紙には「そろそろ晩飯の時間だ降りてこい。PS.ついでに鍵閉めろよ」と書かれていた。そんな時間だとは虎我は全く築かなかった。急いで、部屋を出て、カードキーで扉にロックを掛けた。階段を下りて食堂まで走った。
食堂は思いのほか広いが、100人近い寮生がごった返しになりながら食の争いをしていた。中にはおぼんや食器類が何故か飛びまわっている。アワアワと焦っている寮生の中に、楽しそうにワクワクした目で高みの見物をしている男子生徒がいた。
そいつは何時ものことながらバンダナをした鋭い目つきをしている帯刀冬鬼だった。だが、冬鬼があの中に混ざれば恐らく少なくとも怪我人が数十人は確実に出る。現在はヤンキー時代より丸くなってはいるが、喧嘩は相変わらず強く素手の肉弾戦ならこの塾でトップクラスだろう。だが、この塾はプロの陰陽師になる為の学校の為、肉弾戦が強かろうと弱かろうと関係はない。
冬鬼がいる所まで行くだけのはずだが戦場を走る気分の虎我だった。
「お、おい。止めなくて良いのかよ?」
「何で俺が止めなきゃならん?面白いじゃねーか」
「面白くはねーだろ」
誰かが投げたのであろうプロスチックのおぼんが見事に冬鬼の顔にクリーンヒットする。もう一度言う。どれだけ丸くなろうがキレるのは早い。頭に血が上り、投げられたおぼんを時速何10kの猛スピードで投げ返す。
いつの間にかもう収拾が付かなくなっていた。
「何でこうなってんだよ」
焦りながら虎我がぼやいた。
数十人の怪我人が出て何人かは医務室に運ばれ、食堂の備品もめちゃくちゃになっていた。寮長に見つかり冬鬼もろとも呼び出され、寮長室で2時間みっちり説教をくらっていたのだろう。虎我は冬鬼が出てくるのを、2時間寮長室の前で待っていた。
ヘロヘロになって何人かの寮生が出てきたが、一番最後に何時もと変わらない表情で冬鬼が出てきた。そのままいつもの様に冬鬼に喋りかけた。
「冬鬼お前、限度ってもんがあるだろ?」
「悪い」
珍しく冬鬼が素直だった。そのまま、虎我に背を向け歩いて行った。冬鬼の腕に見慣れない全体的にシルバーのブレスレッドが目に入った。
「その腕のものどうしたんだ?」
「ああ、これか。寮長にさっきもらった。ストッパーらしい。俺に憑いてるからこんな力が出せるんだと。だからそれを押さえる為のものらしいぜ」
「大丈夫なのか……」
「なーに、柄にもなく心配してんじゃねーよ。俺はピンピンしてるだろ?」
と、空元気をするように振る舞う。
「それならいいんだ……」
内心虎我は心配だった。どんどん前よりまして、冬鬼が染まっていく事を。
寮長室で、こっ酷く怒られヘロヘロになって、何人かが寮長室から出ていく。冬鬼も帰ろうとするが管理人さんに声をかけられた。
「ちょっと待てー」
「なんですか」
と、冬鬼は後ろに振り返った。
「はいこれー」
その手に持っていたのは全体がシルバーの様なもので作られたブレスレットもしくは片側だけの枷の様なものだった。
「これは?」
冬鬼は疑問しかなかった。
「これで少しは憑いてるものの力が押さえられるはずだー。この枷を外せば力を開放できるよー。でも、あんまり外さない方が無難だなー」
「ありがとうございます」
と、その枷を自らの右手首に付けた。すると、スッと力が抜け膝をつく。冬鬼はは唖然とした。
「最初のうちは慣れないかもしれないけどー何事も慣れが大事だよー」
「わ、わかりました……」
少し辛そうな表情を浮かべながらも立ち上がる。
「話は終わりだー」
「それでは」
と、寮長室を出た。