奇奇怪怪
またドンッと強い揺れが起きる。
それと同時に冬鬼の様子が変化した。冷や汗をかき、妙に焦っている。
「……ははは……これは、まずいぞ……」
急に冬鬼が膝を付き蹲った。顔色は蒼白で全力で何かに必死に堪えている様子だが、その両肩は激しく震え、右手をこめかみに、左手を地面につき、歯を食い縛った口からは、獣のようなうなり声をもらしていた。
「冬鬼ッ!しっかりしろ!」
虎我が目を見開いて冬鬼に駆け寄ってくる。
「……『触るな』」
顔色を変えて虎我に向かって、冬鬼は何時もより低い声で言った。
「……な……にか、……来るぞ……」
冬鬼の声はくぐもり、苦しげだった。だが、動転してはいなかった。この期に及んでもなお冷静さを保っている。ただ、だからといって安心などできない。虎我はわけも分からず冬鬼を支えることもできず、もどかしげに唇を噛んだ。虎我は何もできない自分が情けなく叫んだ。
「ちくしょう!」
――その時だった
強烈な瘴気が吹き抜けた。
――何か大物が来る
そんな予感がした。
冬鬼が唸る。
瘴気の渦が形をなし、実体化する。
普通なら飛べるはずの無い体格の妖怪が上空からバッサバッサとやってきた。頭は獅子の様で体が山羊の様で、尻尾が毒蛇の様で、鳥の様な黒い翼を持つ生物。と言えるのかもわからない『バケモノ』だった。
「き、キメラ!?」と、桂馬が叫んだ。
「≪タイプ・キメラ≫!?ど、どうしてこんな大型の妖怪が!?」
「そんなこと言ってる暇は無いぞ」
うろたえる桂馬を遠回しながら、励ます。だが、その隣では冬鬼が危険な状態だった。
「『我、風祭辰津見が願い奉る、この槍は覇者の装甲、鋼の鎧を纏い我に陰なる邪気を討たせ給え!』」
辰津見が持つ槍の周囲がプロテクトされたかの様な感じがした。そのまま妖怪に突っ込んだ。
「な、何をしたんだ?」
「辰津見君はね。〈呪式言霊使い〉なんだよ」
呪式言霊とは、言わずもがな呪式を組み立てその言葉に呪力を込めて操る力のことだ。呪式にする意味としては符を使わずに力を発揮させることが出来るのとより明確で的確に範囲と物と内用を設定できるため。
「ボクも!これだけはやらなくちゃ!」
「『影なる姿を成し陰を祓う者よここに参らん!急々如律令!天々!来て!主命だよ!邪気を祓い討て!』」
命令しそのまま、後ろを振り返り、重症の冬鬼に駆け寄る。
「ちょっと見せてくれる?」
「ああ」としか言い様がなかった。
「……ぁ……えっと……その……ど、どうしよう~」
だが、予想以上な状況でうろたえを隠せない桂馬。
「んなこと、オレに聞かれても!?」
「……ん……あ。そうか!あの妖怪と共鳴してるのか……」
一人だけ、納得して話を進めたが表情は不安さが混じる。
「……でもどうして?」
「意味分かんねーけど。なんとかなんねーのかよ」
「ボクの専門は簡易式の制作なんだけどな……でも、これだけは分かるよ。あいつを早く倒すことが先決だ!」
キメラ型の妖怪を指す。
一度目を閉じ深呼吸をし覚悟を決め、再び目を見開く。腰を上げ立ち上がり、妖怪の方を再び向き、呪符ケースから符を出す。
「制御するのは難しいけどこの際もう仕方ない!」
「『人の形を成し動く人形よここに来たれ!急々如律令!』」
と簡易式の符を放り投げる形でばらまき命令させる。簡易式の為威力はあまり見込みは無いが具現可させる。
「『我が名は鍛冶屋敷桂馬!我が主命を命じる!悪しき魂を祓い滅せよ!』」
何度も意識を失いそうになりながらも、式神を操り制御する。
「オレには冬鬼を見守る事しかできないのか?」
黒い影が後ろから近付いてきた。「コンニチハー」と言わんばかりに虎我を覗き込む。振り返ると虎我は大声を挙げて叫んだ。
「ぅああぁぁぁぁぁあああああ!!」
「ちょッ!君?」
「……み、耳が~……きゅ、急に叫ばないでよ……」
黒い影に食われると思った瞬間、虎我の身体を何かが覆う。
――く、苦しい……何だこれ?
「虎我くん?!」
一瞬にして、虎我の全身を黒い靄が覆い、桂馬はそれに愕然する。だが、虎我にはそんな声は何も聞こえなかった。ただ、耳に入る音が無く、視界が真っ暗で世界が終わったかのように暗闇だった。
――オレは一体どうしたんだ?
――あの黒い奴に食われたのか?
――死んだのか?
その頃、辰津見と桂馬が妖怪と応戦してる時だ。突如猛烈な突風が吹き荒れる。それは、虎我を中心としていた。
「な、なんなんだこの風!嫌な雰囲気だけど……」
「ボクもだよ。何かとてつもなくヤバいのが来るよ……!」
また、猛烈な風が吹き抜けた。
「……りゅ、〈霊脈〉が乱れてる!」
「僕には見えないけど……」
「それはキミに龍脈などを認識する〈霊見〉が無いからだよ。霊的存在を認識する〈見認〉」とは違うから。でも、キミみたいな呪式言霊が使えるならそんなのは入らないと思うよ」
見認とは霊的物体を認識でき、陰陽師になる為に必要になる力。霊見とは霊的物体ではなく霊圧や霊気や霊脈を認識できる。桂馬の様に見認と二つ持っている者もいる。
「それはそれで、なんか負けた気がして悔しいな……」
「この、龍脈の乱れの原因は虎我くんから見たい」
虎我を取り囲むように竜巻が起き、地面の土もろとも削れていき、公園の木も次々に投げ出される。
「に、逃げよう!これは間違いなく危険だよ!巻き込まれる!」
「どこまで逃げればいい」
「わ、わかんないけど。出来るだけ遠くに」
「なら、これだ。『我風祭辰津見が願い奉る、我の足は隼の如き、俊足なり、身体は耐えうる剛鉄の鎧となれ!』」
呪文を唱え、足が強化され、身体がプロテクトされた。
「絶対に手を離すなよ」
「へ?」
そのまま、桂馬の手を握り、桂馬の足は地面から離れ空中で浮遊する。
「って、わあわあわぁ?!|(痛い痛いよ)!?|ひっふぁらふぁいでぇ(引っ張らないでぇ)!?」
と、桂馬が涙目ながら強引に無理やり引っ張られ、時速385キロメートルぐらいで一瞬で数キロメートルは離れただろうか。
その直後、虎我が口を開いた瞬間彼を取り巻く様に乱れていた竜脈が暴発したかのように弾け飛んだ。霊的高出力エネルギーが放出され、半径20キロメートルぐらいは確実に吹き飛び、公園がほぼ丸々全部が吹っ飛んだ。妖怪達も塵一つ残さず跡形もなく、消滅した。
「……う、嘘でしょ……」
「…………!!」
と、辰津見が驚きのあまり唖然し、桂馬は言葉もでなかった。
「スゥ」と靄が抜け、虎我は意識を失い倒れた。桂馬と辰津見は今一体何が起こったのかいまだに信じられず愕然としていた。
辰津見が思い出したかのように、ホルダーから符を取り出し。虎我に封印を施した。
「……で、どうしようか……このクレーター」
当たり一面は先ほどの霊的高出力エネルギー砲によって壊滅的な被害を受けているのはご想像の通りだ。
「む、無理だよ」
「そうだよね。僕だって無理だよこんなの……陰陽塾に取り言ってみるか。まあ、無理だろうけど」
「で、虎我くんと冬鬼くんどうするの?」
「……そう言えば、君達いつの間に仲良くなってるんだ?」
「ここに来るまでに色々あったんだよ」
「……でも。彼らも陰陽塾に連れて行った方がいいだろうな……よしっ帰るぞ」
「え?!ちょっと待ってよ!また、ボクを置いてかないでよ!」
「君が遅いんだろ?」
そそくさと歩く辰津見の後ろには、必死に走って追いかける桂馬がいた。
ハデハデで露出度の高い服を着た少女が高台にのぼり、楽しそうに眺めていた。口に入れていた飴の棒を手でつかみ、口から出した。
「ふふーん♪なんか知んないけどおもしろい子が入るじゃん」
声も顔つきも、まだ未成熟差が強い。そのくせ、態度や口調には、他人を見下す傲慢さがある。
「気に入っちゃった☆アタシのダーリンにしてあ・げ・る☆」
と、誰かに伝えるわけでもなくそれだけ言い残し、後ろを振り返りその場を離れた。
――陰陽師との出会いが虎我達の運命を変えていく――波乱の幕開けだ。