艱難辛苦
大災害。これは数年前にも一度起こった事件とも言えるが、警察では処理できない範囲の事件だ。死者行方不明者を合わせて百人以上もでた。
数年前――正確には3年前の春。東京は突如として黒い靄にのまれていった。その中では異界と呼ばれる別の世界と一時的にこの現世と繋がり大量のバケモノと言われる、妖怪たちが現世へと来たのだ。本の数体であれば、こんな大災害には起こらなかったであろう。が、現世に来た妖怪の数が千体も超え退治する陰陽師の数が足りなく殲滅するのに一週間がかかった。そのせいは異界と現世が繋がった狭間を修復するために人員をさいた為でもあった。
その大災害で被災した中に冬鬼も居たのだ。その後はある専門の専門医から治療を受けていた。3年も立ち、もう大分治まったが、未だにトラウマとして深く刻まれている。
「クソッ!」っと勢いよく壁を叩いたせいか壁に小さくひびが入る。
「……あんな悲劇また起こしてたまるか!あんなもん、もう二度と味わいたくねえよ!」
冬鬼の非痛の叫びがもれる。
「何が、『再び大災害が起こる』だ!」
苦い顔をしながら唇をかみしめる。
「……あ。そう言えばあいつの家って確か陰陽道と関わりがあったよな。明日にでも掛け合ってみるか……」
――翌朝。
「ちゅんちゅん」と朝から元気そうな雀の声が外から聞こえる。耳障りな目覚まし時計で安眠を邪魔されるが、煩さに耐えかね渋々目を覚ます。大きな欠伸をしながらぐいーっと背伸びをする。
「……もう。朝か……?」
眠たそうだが、一応起きて朝食を食べる為に二階から一階へと降りた。
今日もいつもとなんら変わらず食パンだ。焼いた食パンに目玉焼きを乗せてソースをかけるのが虎我の好みだ。
不意に今何時かなと時計を見た。その時計が指す時間は8時40分だった。それに築いた虎我はまだ寝ぼけていたが一瞬で目が覚めた。
「……!?やべぇ!遅れる!」
パンを口の中に無理矢理突っこみ飲み込んだ。
駆け足で玄関まで走り、家の外に出る。すると扉を開けた先に目の前に居たのは何故か彼だった。
「……うわっ!ビックリした!どうしたんだよ。家の前まで来て、いつもなら来ないのにさ」
虎我の目の前に居たのは紛れもない帯刀冬鬼だった。だが、何時もと雰囲気が違い、何故か恐怖を感じさせる殺気を放っていた。
「頼みがあ――」
と言いかけた途端ドンッと強い揺れが起きた。
虎我は急な揺れに足がもつれかけ戸惑いを見せ焦るが、反面冬鬼は険しい顔のままだった。
「……ついに始まっちまったか」
「えっ?」
「行くぞ!来い!」
「は?えっ?ちょっ!?」
言われるがまま、なされるがまま冬鬼が慌ただしく虎我の腕を掴み走り出す。
「一体どこに行くんだよ!」
「〈元凶〉を止める」
「〈元凶〉って何だよ!」
「また起こるかもしれないんだ〈大災害〉が!」
「は?まさか。何言ってんだよ」
「本当だ。今の揺れの感じ覚えがある」
「でも、〈元凶〉って言ってもどこにあるんだよ!」
「それを今から探すんだ」
「どうやって」
「高台だ」
「そんなもんどこにあるんだよ」
「一つあるだろ。学校の屋上だ」
「ああ」と納得するがそんなことお構いなしに引っ張られる。
何分ぐらいかかったのだろう。いつもなら10分はかかる学校だが、冬鬼の全力疾走で軽く4分ぐらいで着いた。だが、何も息切れもしない冬鬼と反面、体力にはあまり自信のない虎我は「ゼーハーゼーハー」と荒く息切れをしていた。
「ぼさっとするな」
「……も、もう無理だ!」
「お前の力が必要なんだ。意地でも来てもらう」
何故、自分を必要とするのか疑問を持つ虎我。やはりそんなことはお構いなしに移動する。先ほどまでは気にならなかったが冬鬼は切羽詰まったかのような焦った表情を浮かべていた。
バンッと屋上の扉を勢いよく開けたその先には見知らぬ少年がいた。
「何だ、お前たちは?」と言わんばかりの目線でこちらを向いてくる。その少年は見たことも無い形状の黒い制服か何かと思われる服に身を包み、風になびかれる長髪の髪で整った顔立ちをして体格もスレンダー。だが、どことなく女ぽい外見だった。その少年の手には機械めいた槍と思しい武器を持っている。
「お前は誰だ。ここで何をしている」
「君に言われたくないな。君もこんな所で何してるんだい?」
「俺はただ災害を止めに来ただけだ」
「ここには災害は無いよ」
「違う。境目を探しに来ただけだ
……もしかしてお前陰陽師か」
と、冬鬼が話を変え真剣なまなざしで問いかけた。
「だったら何かあるのか」
「だが、その身構えまだプロとは言えなさそうだな」
「ぐっ」と図星だったようで、拳が震え怒りをあらわにする。
「お、お前に何がわかる!ただの民間人だろ!」
「ちっと違うな。俺は3年前の大災害の被災者だ……」
「じゃあ。そっちの彼はなんなのさ?」
「あ?。こいつか?こいつは目がいいんだよ。探索にはもってこいの奴だ」
「はっ?!オレはた~~~~」
言い訳しようとするが冬鬼に強引に口を塞がれる。
「……嘘っぽいな」
「嘘じゃないさ。こいつの目は本物さ」
本当はでたらめの嘘だ。虎我の視力は悪くは無いが特別良いといわけでもない。だが、それを無理やりにでも信用させてしまうのが帯刀冬鬼と言う男だ。常にポーカーフェイスで寄り付くものを遠ざける鋭い目つきがそうさせてしまうのだ。
「ふーん。でも、君たちは妖怪と戦うすべは無いんじゃないかな」
「そりゃそうだな」
何かに築いたのか冬鬼が舌打ちをした。
「あーあ。そんな話してるから本物が来たぞ」
遠くの方から3体鳥の姿の妖怪が現われた。
「あっちが〈元凶〉か」
「ちょっと待て!お前らだけじゃ危険だ!ここに居ろ!」
「『我――が願い奉る、大地を止め、終り無き汝の運命の輪、立ち尽くすのみ…』」
呪文で虎我達が身動きが取れなくなる。
「何だこれ!?」
どんなに力を入れようが、ビクともせずただ体力だけ持ってかれる。だが、そんな状況にもかかわらず、冬鬼は何時もと同様に冷静だった。
「〈呪縛〉か」
「次、妙な真似したら心臓止めるから」
無表情で脅迫の如く脅され、虎我はその言葉に背筋が凍り青ざめた。少年はその言葉だけを残し、そのまま、妖怪たちの方へ走り向かった。ここは三階建ての屋上だ。そんなことわかっての行動だとしても、転落防止のフレンスを跨ぎ下に落下した。無事では済まない――ハズだったが、その少年は近くにある民家の屋根に飛び乗り、そのまま屋根を足場にジャンプしながら走り去っていった。
「クソッ!これじゃあ、身動きが取れない」
「……ぅわああぁああっ!?ま、ままま、また来たぞ!?」
挙動不審に我を忘れて虎我が叫ぶ。
「……うっせー!ちっと黙ってろ。この呪縛を解く方法考えてんだから」
と、怒鳴られ目がマジだったという事も一理あり、渋々大人しくした。
そうこうしている猶予も無く、さっき現れた鳥型の妖怪に感付かれこちらに向かってくる。隣から何かが飛んでくるのを感じた。
「もう駄目だ」とそう確信した虎我だが、何故かそのかわりにガツンッといい音がし、鳥型の妖怪は壁にぶつかるかの様にに落下していった。
「……!?」
「あ、あぶなかった~」
後ろから気の弱そうな少年の声が聞こえてきた。呪縛されている為、振りむこうにも振り向けなかったが上半身は辛うじて動くため強引に首だけ後ろを向いた。
そこには、息切れをしたどう考えても頼りなさそうな少年だった。さっきの少年と一緒の黒い制服に身を包み、背はやや低め。体格から察するに痩せ気味。髪形も大人しいもので今時と言うより古臭い感じで、黒縁のナイロールをかけ、その下の顔は中学生の様な童顔だ。パッと見だけでも、見るからに気の弱そうな少年だった。
「……は、速いよ……辰津見くん……えーっと、キミたち大丈夫?」
「なわけあるか!」
虎我が怒鳴ったせいでビクッと驚き跳びあがり、泣きだしそうになる。
「わ、悪かった。それよりさ、このじゅ……なんとかって奴解けないか?」
「へっ?」
明らかに拍子抜けな返答が返ってくる。
「だからさ、このなんとかって奴…なんだっけ?」
冬鬼に助けを求める目線を送った。一つ溜め息をして物凄くめんどくさそうに返答する。
「……呪縛な」
「そうそうそれそれ、それって解けないか?」
「あ、うん。出来るけど。どうしてそんな事になってるの?あっ……!聞いちゃまずかった?」
いまいち状況の掴めていない眼鏡の少年だったが、相変わらず等しく挙動不審だそれもそのはずだ。冬鬼は見るからに目付きの悪い不良で怒鳴ったせいでドンドン彼が見る虎我の印象が悪くなっていく為である。一言で表せば柄がとてつもなく悪いこの取り合わせのせいだ。
「あのじゃじゃ馬少年だよ。お前と一緒の制服着た」
眼鏡の少年は「じゃじゃ馬って……」と小声で心の声をもらした。
「あ、ああ。それって辰津見くんのことだね。ボクも今彼を追ってるんだ。……えっと、その前に呪縛を解かなきゃいけないんだよね?でも、これからどうするの?いまこの一体〈閉鎖区域〉だよ」
「俺は元凶を打っ潰すだけだ」
狂気に溢れた目付きをとオーラで、少年は「えっ」と青ざめる。
「や、やめといた方がいいよ……今ならまだ帰れるしさ……ね?」
「いいや、俺は災害を見過ごすことは出来ない。もう、同じ過ちを繰り返したくねえからな」
「キミってもしかして、3年前の大災害の被災者か何かなの?……あっ。ボクまた、余計なこと言った?!」
「こうもストレートに物事をはっきり言ってくれるのは有難いが、ストレートすぎて心に大ダメージを受けそうな発言をしそうだ」と虎我は内心そう思った。
「……別にいいさ。済んだことだ。今悔やんでも遅い。それよりも今を如何にかしないと」
「キミは強いんだね……っと、はい。解除出来たよ」
「あんがとよ。じゃ!」
と、言い残し虎我の手を引っ張って扉のドアをこじ開け、階段を下りる。
「……え。あ……ボクまた置いてけぼりなの?!」
そう、叫びながらぼやく少年。