一触即発
高校二年の夏。ミンミンとセミの鳴き声が耳障りな夏。逢坂虎我は夏休み中だが補修で居残り中だった。
「あ~~~~、あじぃし頭痛ぇし……最悪だぁ……」
机にもたれかかり、弱音を吐く。その隣にいる、悪友の帯刀冬鬼が頬杖をしながらこちらを向き、額に巻いたバンダナの下から、目付きの悪い双眸でニタニタ笑いながら、虎我を眺めている。
「ま。しゃあねーよな。お前の頭に問題があるんだから。別に俺は来なくても良かったんだがな」
「冬鬼、お前は頭がいいから羨ましいぜ。元ヤンのくせしてよ……」
「ハハハ。俺は出来る元ヤンなんだよ」
「はぁ~あ」
黒板の前で授業を教える男性教師が、怒りに堪えかねたのか振り返る。
「おい!話を聞け!虎我!お前の為にやってるんだぞ」
「はいはい」
全てを諦めたかのようにゲッソリとした表情を浮かべる。俺の隣に座る冬鬼がまだニタニタと笑いながらこちらを見ている。だが、そんな事に構ってる暇もなく授業を受けた虎我。
ようやく、補修の束縛から解放され魂の抜けたかのようにふらふらとギラギラした陽光と強烈なアスファルト照り返し。止むとのないセミの鳴き声が鳴り響く。その、猛烈な暑さに負け汗が首元に滴る。
「……あっぢぃな」
「夏だからな」
「……早く家に帰って扇風機にあたりてぇ~」
「ハハハ。じゃあ、歩かないとな」
涼しそうな顔で小馬鹿にするように冬鬼が笑う。
「お前は良いよな。全然平気そうじゃん」
「まあな。夏は慣れてるからな」
「ああ。そっか、冬鬼お前東京育ちだっけ?」
「都会って言うけど、あんなアスファルトまみれるの街だからな。毎年40度近くは越えてるだろ?それに比べてここはまだ涼しい方だぜ」
「そ、そうなのか!東京ってそんなやばいのかよ。……あれ?そう言えば、なんで冬鬼はこっちに来たんだっけ?」
ニタニタと笑っていた冬鬼の表情が一瞬にして曇る。
「お前も覚えてるだろ?3年前の大災害」
「!」
馬鹿だが虎我は一瞬で自覚した。冬鬼の地雷を踏んだのだと。
「……わりぃ」
「もう済んだことだ。今悔やんでもおせーよ」
冬鬼は虎我の背中をたたく。トンッと言うよりドンッと言う方が近い威力だ。虎我は前にこけかけるが、ギリギリで体勢を立て直す。
「痛えーよ!元ヤンのお前の一撃は馬鹿にならんぞ」
「手は抜いてるさ」
「お前の手の抜き方がわかんねーよ」
なんだが無性に笑いがこみあげてきた冬鬼が「クスッ」と笑った後に虎我もつられて笑い始めた。
だが、そんな楽しい時間をブチ壊すかのように冬鬼の持つ携帯が鳴った。それに築いた冬鬼は携帯を取り出し中を見る。
「……メールか。誰からだよ……」
やれやれと小さく溜め息を付くが、その後表情が一転し、珍しく青ざめた表情になった。相当、何かに動揺したのだろうか、目が遠い方を見ていた。
「どうしたんだ?」
「……いや、何でもない」
明らかにいつもの冬鬼ではないと虎我は一瞬で察知したが、また、地雷を踏むのはまずいと思い口を閉ざした。
「俺は先行くから……」
それだけを言い残し冬鬼は走り去っていった。訳も分からず残された虎我は一瞬の出来事に戸惑いながらも平常心を保とうと必死の冬鬼を見届けるしか出来なかった事に後悔を覚えた。
虎我は自室のベットに飛び乗り横たわった。
「……一体如何しちまったんだよ。冬鬼は」
唸りながら必死に考えるが全く答えに辿り着けるわけも諦めた。不意にあの事が過る。
「……まさか、〈大災害〉じゃないよな」
苦笑いするしかなかった。まさか、こんな田舎で起り得るはずが無いと、確信全くない自己暗示の様なもので気を紛らわす。
ふと、思い出したかのように時計を見る。
「……もう、遅いな。早く寝よう。……明日も補修か……」
夏休みが終わるまで後二日だ。普通ならこんな時期に補習はないが、虎我の学力に見合った勉強方が一ヶ月間丸々補習を受けることだった。溜め息をもらしながら目を閉じた。