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MEMORYS

揺れる鼓動

 正直な話、私はあいつのことが苦手だった。

 いつもクラスの中心にいて、騒がしくて……おまけに部活ではホープなんて呼ばれていて。

 とにかく私とは正反対に属する人種なんだと思っていたから、同じクラスになって二年経過(たっ)ても会話なんてしたこともなかった。

 まぁ半分は、外見も良くて明るくて努力しなくても実力があるなんて羨ましいと感じていた自分のやっかみのせいなんだろうけど。

 でも別にそれで構わないと思っていた。あいつの周りで一緒に騒いでいる女子とか、あいつの行動や言動、仕草にいちいち反応している女子とかと同類になりたくなかった。


 そう、なりたくなかったはずなんだけど。



「? 何の音?」

 私はいつもやっている通り犬の散歩をしていた。私の家は学校の近くだから、必然的に校舎とグラウンドの前を通る。

 いつもはまだ学生が部活中の時間帯にやるんだけど、今日は用事があって最終下校もとっくに過ぎた時間になってしまった。

 グラウンドの前を通った時、テニスコートの方からボールを打つ音と空き缶が当たる音がする。

「誰か、いるの?」

 こんな時間に?

 そう思いながらゆっくりとテニスコートの方へ向かう。もし変質者だとしても、ラブラドールのこのコがいるから大丈夫だろう。もっとも、変質者なわけないだろうけど。

「えッ」

 そこにいる人物を確認して驚き、息を呑むと同時に木陰に隠れる。

 何であいつがここに!? それにあれって……。

 木陰からこっそり覗いている私に気付かず黙々とコーナーやライン上に置かれている空き缶をサーブで当て、また置き……を繰り返しているあいつ。傍から見たら、私の方が変質者……不審者だ。

 それにしても……

「こうやって自主練してたんだ」

 もしかして毎日?

 こんな時間まで?


 私、誤解していたかもしれない。

 あいつは決して努力せずにいるわけじゃなくて……陰でああいうことをしていて、それを人に見せずにいただけだった。


「あ、そうだ」

 散歩中だからお財布はないけど、ケータイがある。確か一番近くの自動販売機がお財布ケータイ対応だったはず。

 私は気付かれないようにその場を離れ、自動販売機へと急ぐ。

 自分でもどうしてなのか解らない。あいつは苦手で話したこともないクラスメイトで……でもあんな姿を見たらそのままではいられない。

 ベンチに座り休憩をしているあいつに近付く。

「……お疲れ」

「お前、なんで」

 スポーツドリンクを差し出すとすごく驚いた顔をされる。

 それもそうだ。全く話したことのないクラスメイトが、いきなり飲み物を自分に差し出しているんだから。


「犬の散歩で通ったらいたから」

 お願いだからそれ以上は何も訊かないで欲しい。理由なんて私が知りたいくらいなんだから。

「……そっか。サンキュ」

「ん」

「…………」

「…………」

 無言が続く。でも不思議と苦痛じゃない。

「……いつもこんな時間まで自主練やってるの?」

「まあな。やっぱレギュラーで居続けたいし、倒したい人達がいるしさ」

 誰か訊くまでもない。いつも「先輩達は強い」って言っているから。

「ふぅん。頑張ってね、応援してる」

 口先だけじゃなく、心からそう思った。



 まだやっていくといったあいつと別れ、家までの道を歩く。

 きっと誰も知らない、あいつの姿。

 そんな姿を私だけが知っているんだと思うと、なんだか今まで感じたことのない感情……優越感のようなものが生まれてくる。同時にあいつの姿が頭から離れない。




 あいつへの印象が変わり、一つの感情が小さく芽生え始めた日。



 けれどまだ私も、そしてあいつも……気付いていない。






多分この頃、私の中でテニスがブームだったのだと思います。

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