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火国会までのそれぞれ

 キリングを見つけた、と国立魔法研究所から連絡があってから今日で七日目だった。

 ベアクーマにとって、その七日間はとても長い七日間だった。


 どうして転送魔法や通信魔法を使える者を徒党に組み入れなかったのか。とチャオを責めた一日目。


 昨日は動揺していた申し訳ない。見つけてくれた事に最大限の感謝を送る。とチャオに謝罪した二日目。


 キリングが行方をくらましてから放り出しがちだった仕事に復帰するが結局何も出来なかった三日目、四日目。


 それならばと完全に仕事を放棄して一睡もせずに街の門で立ち尽くす五日目、六日目。


 今は、そんな厳しい六日間を経て、迎える七日目の朝だった。


「あれ? もうベアクーマさんいるんだ」

「いや、ずっといるんだ」

「そんなに重要な荷物なんだ……」


 副騎士団長に「ベアクーマが何を受け取っても、そのことは絶対に誰にも言うな」とキツク口止めされている門番は、交代要員の門番と軽く噂話をしてから、家路についた。


 その少し後だった。


 ベアクーマは、曲がり角から姿を現した五人組みを見つけた。

 五人すべてを知っていたが、ベアクーマの意識にはキリングしか入らなかった。

 こちらから走り寄ろうとも思うが、何と声をかけて良いのか分からず、その場から動けなかった。


 あちらもベアクーマに気がついたらしく、国立研究所所属の二人が敬礼と会釈をし、メイドが大きく手を振り、無所属の男が露骨に目線をそらしたが、そのどれもにベアクーマは反応出来なかった。


 メイドの後ろに隠れる、我が子しか見ていなかった。


 やがて目の前に来た四人は、それぞれ挨拶するが、それもベアクーマは無視した。

 親子で見詰め合う。

 「怪我はないか?」、「無茶をするな」、「何があってもお前は俺の子だ」

 そういった想いを乗せたつもりの視線で、キリングを見つめていた。

 その割りに、キリングの視線からは何を言いたいのか全く読み取れなかった。


「これ、掘ってきたんだ」


 キリングはポケットから小さなライフ金属を取り出し、ベアクーマに見せた。


「リングを使えなくても、四級には合格出来るって証明したくて……」


 キリングは後頭部をかきながら、照れくさそうに言った。


 何故、そんな行動をとったのか、ベアクーマにも分からない。

 瞬時に心の中で何かが大きくなり、抑え切れなかった。

 それでもかなり手加減したつもりだったが、キリングのほっぺは瞬く間に赤くなった。

 

 ベアクーマが、初めて娘をビンタした瞬間だった。


「下らん事をするな!」


 キリングは何が起きたのか理解出来ないのか、数秒固まる。

 金属音と共に、ライフ金属が地面に落ちる。

 やがて痛み出したのかほっぺを抑え、ありったけの憎悪の視線をベアクーマにぶつけ、街の中へと走り出した。


「あ……」


 と情けない声を出し、ベアクーマはキリングの背中に手を伸ばすが、届かなかった。


「あ~あ。めんどくせー親子にゃ……」


 メイドがキリングを見ながら聞こえるようにぼやき、ベアクーマに視線を移してから、


「言っておきますけど、キリングのフォローはしても、ベアクーマさんのフォローなんてしないにゃよ」


「分かってる。……、頼んだぞ」


「はいはい、にゃ」


 メイドはキリングの後を追っていった。


 ベアクーマは地面のライフ金属を拾い、ポケットにしまった。

 それから、動揺を隠しながら、失われただろう威厳を回復させながら、呆然と立ち尽くす三人に声をかける。


「お前達もご苦労だった。

 事情が事情で大々的に褒美はやれんが、今日のことは忘れないぞ」


「いえいえ。仕事ですから」

「いえ、ベアクーマさんのためッスから!」

「はい……、なのだ……」


 三人はお辞儀をして、逃げるようにその場を立ち去っていった。

 最後に残されたベアクーマは、もう一日だけ仕事をサボる事にして、今日は久しぶりにゆっくり寝ようと思った。


 もちろん、キリングの事が気がかりで寝つきは悪かった。

 



 ベアクーマと別れたモクタク、ルーガ、ボイの三人は昇級ミッションをクリアした報告をするため、冒険者ギルドに向かっていた。

 三人が三人とも、親子喧嘩の話題は口に出せなかった。

 それでもルーガは聞きたかった。


「やっぱり、モクタクはベアクーマ様と知り合いなんですね」


「うむ。

 チャオが私のことで偉い人と喧嘩した時に、チャオの味方をしてくれたのだ」


「そうなんッスか! 流石、ベアクーマさんッスね!」


「でも、そのせいで、私を説教するのはあの人の役目になったのだ」


「反抗したあてつけなんでしょうね。

 モクタクの説教役なんてする立場じゃないでしょうに」


「モクタクが羨ましいッス……。

 チャオさんだけじゃなく、ベアクーマさんともそんな関係だったなんて……」


「ボイ君、嫉妬する所じゃないですよ」


「そうなのだ! とっても怖いのだ!」


「へ~、怖いんだ。

 ちょっと興味ありますね。

 どう説教すればモクタクの心を動かせるのか、気になります」


「何も言わないのだ……。

 三時間ぐらい、何も言わずに睨むのだ……。

 そして、時々だけ言うのだ。

 下らん……って」


「きっと、説教の最短時間も決められてたんでしょうね。

 お互い気の毒に……」


「超、超、超羨ましいッス!」


「く、暗い話は嫌いなのだ!

 それより、また教えて欲しいのだ。

 どうしてメイドさんは猫になったのだ?」


「ボイ君。出番ですよ!」


「えぇ~……。また俺ッスか?

 もう十七回目ッス。俺には無理ッス!」


「仕方ないですね~。

 そろそろ私も満足したし、変わってあげましょう。

 モクタク、良いですか?

 羽を出す時に姿まで変わってしまう人がいます。

 その姿は人間以外の動物を模している事が多いです。

 故に人間ならざる者と言う意味で、ジンガイと呼ばれています。

 これは、そのジンガイたちの第一世代は親もいない身元不明者ばかりだった事にも由来します。

 外から来ただろう者だから外人、それを少しだけ間接的表現にしてジンガイとされたって話もありますね。

 どっちにしろ、尊敬よりも差別に近いです。

 ジンガイは羽を出す前から普通の人の何倍もの身体能力を持っています。

 恐怖の対象になるんです。

 更に、数も少ない。

 歴史とかは、良いですよね。

 どうせ、ここまでも理解出来てないのでしょう?」


「うむ。全然、分からないのだ!!」


「えぇ、そうでしょうね。

 分からなくて良いです。

 ただ、これだけは理解してください。

 あなたと同じですよ。リングを使った時に、ちょっと特別な反応が起きてしまう人なんです」


「ふむ……」


 とモクタクは腕を組み何かを考えた。

 そして、


 「後で謝りに行くのだ。

 騒いでしまってゴメンなさいと、言いに行くのだ」


「えぇ。それも良いですね」


 ルーガはモクタクとポンランが会話する様子を思い浮かべ、きっと会話にならないだろうなと思いつつも、止めなかった。


「あ、魔法全般について言っちゃ駄目ですよ。

 チャージとか同時発動とかね。

 その噂が広がると、色々面倒になります。

 チャオ様に迷惑が掛かりますよ」


 ただ、口止めだけはした。 

 



 キリングは、ポーロに戻ってから十日間の外出禁止の罰を受けていた。

 全ての罪をポンランが被ったので、素直に従った。

「良いにゃ。良いにゃ。

 私はベアクーマさんに直接雇われているし、ずっとここにいるから。

 前科がついても良いにゃ!

 それに、実はここだけの話、もう三つぐらい前科があるにゃ。

 騎士団も自主退職したけれど、罪を犯したことが原因で解雇寸前だったにゃ!」


 とポンランは言っていたが、キリングの罪の意識は軽くならなかった。


「当然だよ。一生後悔して辛うじて生きれば良いのに」


 マルガネはまるで怒りを表現するように、乱暴にコップの冷え茶を一気に全部飲み干し、言った。


 キリングは外出出来るようになると、直ぐにマルガネの家に訪問した。

 そして、ポンランに表面上は以前と同じように接するも、自責の念が消えないことを相談した。

 しかし返ってきた答えは、厳しいものだった。

 キリングも何も言えずに、冷え茶を一気飲みした。


「何その態度? え? あれ? もしかして慰めて欲しかったの? じゃあ、そう言ってよ」


 マルガネは少し考え、話を続けた。


「下手に態度に出すと、かえってポンランさんに気を使わせるよ。

 だから、今まで通り接しなよ。

 そして、内面では死ぬ程後悔して、辛うじて生きてれば良いのに」


「なんだよ。やけに突っかかってくるな。怒ってるのか?」


「怒ってないと思ってるの?」


 マルガネに会うのは、随分と久しぶりだったため、キリングは謝るタイミングを失っていた。

 また、マルガネが快く家に招き入れてくれた事もあって、こっそりやり過ごそうと思っていた。

 

 でも、かなり怒っているみたいだった。


「あ~。その、ゴメンな。マルガネを巻き込んじまって……。

 しかも、巻き込む必要もなかったんだよ。

 俺がもう少し考えてれば……。

 これはポンランに聞いたんだけど、あの時さ……」


 キリングは歯切れ悪くダラダラと謝る。

 それをマルガネは一喝で遮った。


「そうじゃないでしょう!」


「な、なんだよ……。じゃあ、何怒ってるんだよ……」


 驚いたキリングは少し泣きそうになっていた。


「僕を追いてくなよ!

 いや、その前に、思いつめる前に僕に相談しろよ!

 今だって、家出の原因を話そうとしなかったじゃないか!

 言ったよね? 僕は聞かないって。

 だから、ちゃんとキリング君から言ってよ!!」


 確かに自分が全面的に悪かったけれど、なんて横暴な意見なんだとキリングは思った。

 思っても、反論しなかった。

 悪いと言う気持ちもあったし、何より同年代で相談出来る友達はマルガネだけなのに、プライドが邪魔して相談出来ないでいた。


 そのキッカケが、今出来た。


 キリングは両手の拳をキリングに突き出す。

 指にリングがないことを見せつけるためだ。


「駄目だった。俺さ、羽も尻尾も出なかった。

 ……、落ちこぼれちゃった」


「分かってたよ!

 キリング君が儀式の帰り道に自慢しない時点で気づいてたよ!

 さっさと言えよな!

 あ、あと、下らない事気にすんなよ!

 ちゃんと偉そうな人が言ってたでしょ。

 芽が出る時期が遅れたからって、綺麗な花が咲かない訳じゃないよ!

 あと、聞かれなきゃ言わないとも言ったよね?

 こういう事はさっさと言わせろよな!!」


 やっぱり横暴な奴だ、とキリングは思った。

 だけどそれよりも気になった事があった。


「俺の時はそんな芽とか花とかみたいな比喩的な表現じゃなかった」


「人の口から出た言葉は、人の耳から入る時に、少し形を変えてしまうの! 文句ある?」


「いや、意味は分かったから、別に文句はねぇよ」


 キリングの目から涙は引いていた。

 だけど、強気なマルガネにどう接して良いか、良く分からなかった。


「あ。あと、僕はキリング君の事を友達だと思ってるよ。

 儀式の事を秘密にされて、置いてかれて、滅茶苦茶ムカついたけれど、友達だよ」


 マルガネの声は急に小さくなり、左手の指を右手で隠しながら、モジモジし始めた。


「マルガネが、今俺に言ったばっかじゃん。

 言いたいことあるなら、ちゃんと言えよ」


「だから、僕は、聞かれないと言えないの。

 シャイボーイなの」


「ワガママな奴だな!」


「キリング君よりはマシだよ。

 それより、早く聞いてよ」


「ったく……。マルガネは儀式どうだった?」


 マルガネはゆっくりと右手を上げた。

 左手の中指には、リングがあった。


「僕は尻尾だった」


「そ、そうか。良かったじゃん!」


 マルガネも儀式に失敗したのだと思い込んでいたので驚いたのが一割、友に置いてかれた嫉妬が一割、残り八割は心からの賞賛だった。


「良くないよ。

 尻尾だったんだよ?

  騎士団長の娘が、尻尾の人と友達でいられないよ」


 キリングはショックだった。

 今まで、気にする素振りも見せずに、時々言いかけても決して言わなかった家庭の事をマルガネが初めて口に出した。


 怒鳴られっぱなしだったキリングが、怒鳴る番だった。


「下らねぇこと言うな!!

 マルガネは俺の家柄とか、ポンランと近しい存在だからとか、そんな理由で友達だったのか!?」


「違うよ!!」


「じゃあ、俺もそうに決まってるだろ!」


「キリング君の問題じゃないよ。

 ウチは緩いけど……。

 母が尻尾で父が羽だから……。

 でも心当たりあるでしょ?

 やたらと擦り寄ってくる純潔羽家系の人と、やたらと当たりの強い純潔尻尾家系の人がいるでしょ?

 家族ぐるみでそう教育されているんだ。

 あの子は羽系だから仲良くしなさい。

 あの子は羽系だから遊んじゃいけません。

 親から受け継いだ偏見や差別は、簡単には拭い去れないんだよ……」


「何が言いたいんだよ?」


「キリング君の家は、羽系の人をまとめる騎士団長の家なんだよ。

 今まで僕は羽の可能性もあったから何も言われなかっただけかもしれないよ。

 もし、言われたらどうするの?

『マルガネ君は尻尾みたいだな。あいつとは遊ぶな』って言われたら、逆らえないでしょ!」


「知らねぇよ。

 第一、オヤジは俺の友達だって把握してねぇし。

 絶対言わないって。

 って言うか、もし言われても無視する。

 あぁ、本当下らねぇよ!」


 マルガネは壊れてしまったおもちゃみたいに、大声で笑い狂った。


「そ、そうだね。下らなかったよ。

 大分キリング君に慣れたつもりだったけど、どうして自分の価値観で、君を測ってしまう癖は直らないなぁ」


 キリングはマルガネが言いたいことが分かった。

 分かったから腹が立つ。


「はいはい。マルガネは言いつけを守る優等生で、俺は街の外までうろつくような不良少女だよ」


「うん。キリング君が親の言う事を聞くはずもないのに……、ねぇ?」

 

 笑い転げるマルガネがどうしようもなくムカついたので、キリングは肩に数発のビンタをした。

 マルガネの笑いは止まらなかった。


 その後、機嫌を直し悩みも解決したマルガネは、キリングに色々と興味深い事を教えてくれた。

 ポンランの前科は無許可狩猟と無許可調理と騎士団厨房の無許可つまみ食いらしい事。

 マルガネはキリングがポーロに戻った噂を聞き、何度か訪問してくれていた事。

 その際、今は会えないと断ったポンランが、キリングの様子がよそよそしいと落ち込んでいた事。

 そして、キリングの家出中に、ベアクーマは何度もマルガネの家に訪問してきた事。


 キリングの中で、ベアクーマの過去の言葉たちが持つ意味をほんのちょっとだけ変えた。

 



 モウはモクタクのいない生活にも慣れ始めていた。


 動物に襲われると大変手間取るので、ヒバナーナの収穫は止め、配達運搬をメインに仕事をしている。

 遅刻魔のせいで予定が崩れる事もなく、報酬を二人で分ける必要もないので、収入は増えた。

 一人の方が稼げる事は、ずっと前から分かっていた。

 それでも、モクタクがいないと寂しいな、とふと思った。


「やぁ、モウ君。元気かい?」


 と村長に声をかけられたのは、ハナの店で晩ご飯を食べている時だった。


「はい。元気なんだな!」


 もちろんモウは、少し寂しい、とは答えない。


「そうか。私も元気だよ」


 でも村長は、とても寂しそうだった。

 モウがニヤニヤを必死にこらえていると、


「ところで、モウ君。モクタクから何か連絡は来ていないかい?」


「全然、来てないんだな」


「そうか。全く、チャオと言い、モクタクと言い、連絡せん家系じゃな。

 私が若い頃は、もっと残された人のことを考えて、一年に二回は手紙を出したものだ」


 モウは「そうですか~なんだな」と軽く流すしかなかった。

 モクタクが村を出てからまだ二十日ぐらいしか経ってないなんて、言えなかった。


 村長の寂しいよという愚痴を聞かされること、二十五分。 


「おぉ。そうだ。

 あんな馬鹿息子などどうでも良いんじゃ。

 モウ君。おめでとう!」


「えっと、何がおめでたいんだな?」


「君が受験した戦士学科の高度専門学校に、合格したんだよ」


「はぁ、なんだな」


 モウはキョトンとした。


「反応が鈍いね。突然だから、信じられないかな」


「はい。だって、合格発表は十五日も先のはずなんだな」


「ははは。なるほど。確かにそうだね。

 しかし、信じて良いよ。

 こう見えて、私は村長だ。

 しかも村長暦も長い。

 そこそこの人脈はあるんだよ」


「もしかして、う、裏口なんだな?

 僕の実力は合格ラインに届かなかったんだな」


「ち、違う。落ち込むな!

 そこまでの権力は私にはない。

 その学校の先生に知り合いがいるんだ。

 その人から、絶対に口外しないことを条件に無理やり教えてもらっただけじゃよ!」


 モウはその先生に心当たりがあった。

 多分、イチローだ。


 それでもなんだか実感がなかった。

 準備なく聞かされる吉報は、上手く心の中に残せなかった。


「まだ、ここはスタートライン……」


 モウは信じられない自分に言い聞かせるように、呟いた。


 村長は嬉しそうに笑っていた。



 

「疲れたのだ~!」


 モクタクは座り込んだ。

 ここは国立魔法研究所の第三修練所。

 限られた人しか入れない、言うならば所長専用の修練所。


「もう撃てないのだ~!」


 モクタクは下が土だろうとお構いなしに、仰向けに倒れた。

 モクタクは、毎日撃てなくなるまで魔法を打ち続ける生活をしていた。

 特訓しながら、白い尻尾について調べる目的だった。


「お疲れ様。

 って、もう寝てる……。

 ボイ君。疲れてる所を悪いんだけど、端の方まで移動しちゃって」


「はいッス!」


 ボイもモクタクと同じような生活をしていた。

 座ってやるような仕事はチャオとルーガに任せ、相方と一日中ウインドボールを打ち続ける生活をしていた。

 モクタクの同時発動の時に生じる威力の相乗効果を、再現する目的だったが、一度も成功した事はない。

 おそらく、タイミングだけではなく、威力も大きさも同じウインドボールではなくては相乗効果を得られず、意識して狙おうが狙わなかろうが簡単には再現出来ないのだろう、とチャオとルーガはほぼ結論付けていたいたが、ボイは何も知らなかった。


「しかし、不思議ですよね。毎日見てても、未だに信じられませんよ」

 

 ルーガはボイを手伝わずに、チャオに話しかけた。

「そうね。私も信じられないわ」

 

 モクタクのチャージや同時発動については、カーリシ鉱山の実験で得られた情報と変わらなかった。

 また、ボイを中心に他の人でも再現出来るかも試したが、出来なかった。


 ただ、白い尻尾にはもう一つ特性があった。


 チャオの『白い尻尾は、無色を意味しているのかも』という思い付きで、その特性は見つけられた。


 モクタクは四属性全部の魔法を使うことが出来る。


 火の魔法のファイアーボールは見た目が派手で威力は弱い。

 土の魔法のグランドボールと水の魔法のアイスボールは、発動こそすれど一メートルも飛ばずに消滅する程か弱い。

 風の魔法のウインドボールは見た目も普通で威力も普通だった。

 驚く事に、ウインドボールならば四級試験に合格出来るレベル、つまりは鉄案山子を破壊出来るレベルの威力があった。


「明日ですよね……。火国会。

 モクタクのおかげで、私たちの中の魔法の常識が一新して、あれよあれよとトントン拍子で見つかるかと思ったんだけどなぁ。

 新魔法」


「良いのよ。充分得られるものがあったわ」


「それはそうですけど……。

 偉い人って、結果を出さないと認めてくれませんよ。

 チャオ様も偉い人だから分かりません?

 今日は寝坊したから朝食も食べずに頑張ってますって言っても、華麗にスルーするじゃありませんか~?」


「それに、火国会を怒られずに乗り切る方法も、ちゃんと考えてるわ」


「ほら~。今もスルーしました」


 ルーガはふくれっ面を作りながらも、大変満足だった。

 やっぱり自分は人を仕切る側の人間じゃないと、強く感じていた。

 この時のルーガは、数日後にモクタクの教育係に正式に任命され、勉強の面倒も見ることになるとは、思ってもいなかった。



 

 火国会では、みながみな大した成果を挙げられないでいた。

 それでも抽象的な表現で『防衛力を強化せよ』と命令されている連中は、それなりに繕うことが出来た。

 そんな連中が深く追求される前に矛先を変えようとした。

『新魔法を発明せよ』と具体的な表現で命令されているチャオに、非難が集中した。


「新魔法は発明出来ませんでした。

 しかし、三日後それに匹敵する発見があった事を発表します」


 とチャオは対して焦りもせずに流していた。


 もちろん「ただの時間稼ぎなんじゃないのか?」と非難は加熱した。

 チャオが諦めて、ここで発表しちゃおうかなと思った時、ベアクーマが助け舟を出した。


「下らん。

 三日間期限が伸びたぐらいで何が出来る?

 少しは仲間を信じてみたらどうだ?

 それに、チャオ殿が直前まで隠す理由も心当たりはある。

 詳しくは知らんが、ポンランが国立魔法研究所のルーキー二人と、無資格の尻尾系一般人との演習で、取り押さえられたと聞いている」


「ポンラン? ポンランとはあのドラゴンハンターのポンランですか?」


「そうだ。

 二人が距離三メートル、一人は距離五メートルしか離れてない位置から、ルーキーたちの呪文詠唱開始を試合開始とし、その後、呪文を一つ唱えることが出来る程度の時間で取り押さえられた」


 場はざわめいた。

 あり得ない事だった。

 もし頭が良く、もし食い意地のために犯罪を繰り返さなければ、今頃ベアクーマと騎士団長の座を争っていてもおかしくなかったと思われているポンランが、呪文詠唱開始をその目で見れる距離、たかだか五メートルの距離内の尻尾系三人との演習に負けるなど信じられなかった。


「こうも言っていた。

 二戦目は同じようには行かないだろう。

 初見での驚きは、初めてドラゴンに遭遇した時よりも大きかった、とな」


「ベアクーマも言っているのだ。

 三日後の楽しみで良いではないか」


 と王が締めくくり、


「出来るだけ宣伝してください」


とチャオが付けたし、火国会は終わった。




 帰り道で「どうして今日披露しなかった?」


 とベアクーマの質問され、


「新魔法発表の後、我が国と同じように各国が各国に諜報員を潜伏させていると思います。

 彼らに見せ付けるためですよ」


 とチャオは答えた。


「下らん」と切り捨てるベアクーマに少しムッとしたチャオは「私も魔法チャージ出来るかもしれませんよ?」と柔らかく脅した。

 それでもベアクーマは顔色を変えずにもう一度「下らん」と返した。




「闘技場の長い歴史の中こんなことはありませんでした」


 司会者のアナウンスにあわせ、大きくブーイングが鳴り響く。


「限られた狭い空間で一礼ののち戦いが始まるこの場で、尻尾系の人間がメインイベントを飾る日が来るとは誰も思わなかったでしょう」


 司会者のアナウンスにあわせ、より大きくなったブーイングが鳴り響く。


「ゴールドタイガー二匹分の金に相当するような潤沢な資金を使い強引にしきたりを変えた、国立魔法研究所は、一体どれだけ凄い事をやる自信があるのでしょうか?

 一体五つの鉄案山子でどんなパフォーマンスを見せるつもりなんでしょうか?」

 

 煽り続ける司会者。大きくなっていくブーイング。


 競技場に続く通路まで、アナウンスもブーイングも聞こえてきた。


「緊張するのだ~」


 モクタクは軽い口調で言った。


「ちょっと、失礼なアナウンスッスね!」


「確かに煽られてますね。羽の聖地を荒らすなってことでしょうね」


 ボイとルーガは、モクタクを励ますのに飽きていた。


「良いのよ。不満が強い程、満足させた時の驚きは大きくなるわ」


 チャオもモクタクを無視して話を進める。


「緊張するのだ~」とモクタクは誰にも聞いてもらえなくても、繰り返した。


 チャージ済みのウインドボール五発で、連続して、五つの鉄案山子を破壊する事。

 付け加えるならば、顔がばれないようにマントのフードを深く被り、声がばれないように小声で魔法を発動する。

 それがモクタクの使命だった。

 内容は簡単でも、モクタクは緊張した。

 

 火の国の権威を固め、

 チャオの名声を高め、

 数年後には歴史的一日として教科書に載る事など、

 モクタクには予測出来ない。


 それでも緊張した。

 

 数万人に自分の技を披露する経験は初めてだった。

 

 そして、この数分後、数万人から賞賛の拍手を送られるのも、初めての経験だった。

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