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遭遇

「移動までズルですか。全く、旅も試験のうちでしょうに」

 

 ルーガの周りには草木のない荒地が広がっていた。

 目の前には洞窟の様な坑道があり、その上には標高二千メートルのカーリシ山がそびえ立つ。

  

 ルーガは転送魔法でカーリシ鉱山に移動していた。

『カーリシ鉱山』の看板に愚痴を言う。


「別にボイ君との旅が楽しみだった訳じゃないですよ。自分以外が楽をするのが、思った以上に面白くなかったのです」


 看板は何も言わなかった。


「ルーガ! 何してるッスか?」


 少し遅れて、ボイも転送されてきた。


「いいえ。大したことじゃありません。チャオ様に文句言ってたんです。直接言えないから、ここで」 


「いっつも言ってるじゃないッスか?」


「あれは意見です。文句とは違うんですよ~。その区別もつかないなんて、ボイ君はまだまだ学生気分が抜けてないですね~」


「そ、そうなんッスか?」


 ルーガの八つ当たりに、ボイは真剣に悩んだ。


「目が回るのだ~」


 更に遅れて、モクタクが転送されてきた。「うぅぅ」とうめき声をあげうずくまっている。


「大丈夫ですか~?」、「大丈夫ッスか?」


 ルーガとボイはモクタクに駆け寄る。

 ルーガがモクタクの背中をさすろうとした時、モクタクは突然立ち上がった。


「凄いのだ! 世界が回ったら、もう目的地なのだ!」


「モクタクは転送されるの初めてだったッスか?」


「うむ。初めてだったのだ! 感動したのだ!」


「へへ。俺は四回目ッスよ!」


「おぉ~! 凄いのだ!」


 ちょっと張り合ってみたボイだったが、素直に感心され少し照れた。

 モクタクはそんな様子に気にも留めずに、「ここは、どこなのだ~!」と山頂に向かって叫んだ。


「カーリシ鉱山ですよ」


 ルーガは面倒臭そうに、坑道入り口の看板を指差す。


「どこなのだ~!」


 だけど、モクタクは聞いていなかった。


「変わった人ッスね」


「そうですね~。私とボイ君にそう思われるのなら、相当な変人ですよ」


「あ!!」


 とモクタクが急に振り向くので、二人は話を聞かれたのかと焦ったが、


「大変なのだ。尻尾を出さなくちゃいけないのだ!」


 全く人の話を聞かない男だった。


 ルーガとボイは苦笑いを浮かべ、リングを額にあて念じる。

 二人が念じる動作に入るのを見届けてから、モクタクも念じる。

 

 ルーガは茶色の尻尾を出した。

 茶色の尻尾は、土の属性を示している。

 

 ボイは緑色の尻尾を出した。

 緑色の尻尾は、風の属性を示している。

 

 モクタクは白い尻尾を出した。

 白井尻尾は異常だった。


「な、なんッスか! それ!」


 ボイは驚きの悲鳴をあげた。


「白、……ですか。なるほど」


 ルーガはメガネの位置を直しながら頷いた。


「どういう事ッスか? 何一人で納得してるッスか?」


「ボイ君は知らないんですか? ホワイトテール」


「知ってるッス。尻尾用塗料、商品名ホワイトテール……」


 ホワイトテールはスプレータイプの白い塗料で、チャオの功績の一つだった。

 見る事は出来ても触ることは出来ない尻尾に、初めて変化をもたらした意味は大きい。

 更に自身の系統を隠せるので、愛用する冒険者は多く、王国軍でも有事に備えて定量のストックが義務付けられた。

 しかし、尻尾を出し入れするたびに元の色に戻ってしまうので、コストパフォーマンスはとても悪い。


「でも、最初から白かったッス! あり得ないッス!」


「私が言ってるのは、そっちのホワイトテールじゃないです。

 ちゃんと、研究資料を読んでますか~?」


「読んだッス。特にチャオさんの功績は一つ残さず読んだはずッス!」


「駄目ですよ。『成果なし』の資料も読まないと。

 読み漁れば、色々分かります。納得です」


「つまり、どういう事ッスか?」


「さぁ。戻ってから読めば良いですよ。

 私に言えるのは、思っていた以上にチャオ様はモクタクを大事に思っているという事ですね。

 ボイ君の付け入る隙はないです」


「なんか、怒ってるッスか?」


「怒ってないです。面白くないだけです」


 言葉とは裏腹にルーガはワクワクしていた。

 チャオとモクタクに関係にボイが割り込めるはずもないと確信したのも理由としては大きかったが、それよりも胸の奥の小さな小さな研究職員としてのやる気を刺激されるのを感じていた。




 ホワイトテール。

 七年前、とある村でリング儀式の時に、白い尻尾を出した少年がいた。

 国は急ぎ少年を保護し、村人に強く口止めした。

 当初は、新属性の可能性が疑われたからだ。

 新しい魔道書がどこかに存在しているのではないかとも、疑われた。

 極秘裏に、国中に探索隊を派遣し、各国に諜報員を派遣し、保護という名の幽閉をした少年には数々の人体実験をされた。

 

 そのどれもが何一つ成果もなかった。

 

 約一年後、少年はある有力者の親族だと判明する。

 

 少年への人体実験は中止されたが、幽閉は続いていた。

 新属性、新魔道書の可能性を他国に知られる脅威をねじ伏せ得る有力者など、王を含め存在するはずがなかった。

 白い尻尾が珍しい以上、解放する訳にはいかなかった。

 しかしその二年後、尻尾用塗料のホワイトテールが、チャオの手によって生み出された。

 白い尻尾が世界中に普及した事。

 また少年が魔法を使えなかったことから白い尻尾は、何らかの新発見ではなく、まだ機能してない状態で出現しただけではないかと言う説が有力視され始めた事から、やっと少年は解放された。

 



 少年がモクタクなのは間違いない。

 少年の有力者の親族はチャオだろう。

 有力者の親族だと判明するまでの一年のタイムラグは、チャオが魔道書使いだと判明したのが、一年後だったからだ。

 そして、尻尾用塗料のホワイトテールを開発すると共に、モクタクが特別な存在ではなく、ただのよくいる晩成タイプなのだという説を二年間かけて地道に広めたのだろう。

 研究所の受付嬢がモクタクを知っていたのは尻尾を出さない街中は比較的自由に動けたからだろうし、ベアクーマが不審者を見逃したのはチャオの親族だと知っていたからだ。


 そうルーガは推測した。

 それは当たっていた。


 そして、恋人の昇級ミッションを手伝わせ、同じ目的で家出しただろうキリングの保護だと思っていた今回の任務には、もう一つ大きな意味があった。

 魔法を使えるようになったモクタクの現状観察を人目を忍んで行う。

 もしかしたら、それは研究所に課せられた無理な課題、新魔法発見の糸口にもなるかもしれない。

 

 もちろん『こういう大事な事は言って欲しいものです』と不満はあったが、『まぁ、モクタクの自由をまた奪うかもしれないと言う気持ちも分かりますし、予想以上にチャオ様は苦労を背負い込みたがる人でした』なんて同情が打ち消してくれた。


「ここはどこなのだ~! 山なのだ~!」


 飽きもせず山頂と会話するモクタクに、ルーガはビシッと指差す。


「モクタク! あなたの目的は叫ぶことですか!」


 ビシッとしてる珍しいルーガに、ボイは驚き高速まばたきで様子を見ていた。

 モクタクは悪びれた様子なく答えた。


「私は目的を、知らないのだ!」


「あ、俺も知らないッス」


 ルーガは懐かしの恩師の鬼教官を演じようと思っていたが、この二人相手にそんな事をすれば自分が潰れる事を、早々に知った。


「そうですね。そうでした。う~んっと……」


 ルーガは出来るだけ簡単に説明しようとするのだが、それでも浴びせられる年齢以下の無垢すぎる少年たちの「なんで? なんで?」攻撃はうっとおしかった。


「ふむ。大体は分かったのだ。ここで待っていれば、行方不明の子が見つかるのだな!」


「えぇ。そういう事です」

 

 ルーガは『その可能性もあるだけです』とは言わなかった。

 もう説明するのに疲れていた。


「そして、一緒にライフ金属を掘ってしまえば、みんなハッピーッスね!」


「えぇ。そういう事ですね」

 

 ルーガは『それで昇級出来るのはモクタクだけですけどね』とは言わなかった。

 もう説明したくなかった。


「とは言え、ただ待っているのも時間の無駄です。

 更に、モクタクがこんなズルみたいな方法で昇級しても、実力が伴ってなければ意味がありません」


「うぉぉぉ! つまり、特訓ッスね!

 燃えるッスね。特訓って言葉好きッス!」


「あっ、そうですか。

 言っときますけどボイ君の特訓じゃないですよ。

 モクタクも分かりましたね?」


「ふむ。それで、子供はいつ来るのだ?」


「興味ないことは堂々とスルーする人ですね。

 あなたの問題ですよ。

 別に、良いですけど……」

 

 ルーガは目を閉じ頭の中に地図を思い浮かべながら、


「姿をくらました初日にはすでに出発していたとして、子供の足だとあと三日から六日後って所でしょうか。

 あ、でも、馬とか使ったかもしれないし、そもそもどういう経路をたどってるかも分からないし、計算しようがないです」


「ふむ? ならば、なんでこちらから迎えに行かないのだ?」


「だから、どこから来るか分からないんですよ」


「それなのに、なんでここに来るって分かるッスか?」


「だから~、それは何度も説明しました!

 リングの儀式で羽も尻尾も出せなかったって情報が入ってます。

 そういう子は落伍者の烙印を押された気分になってしまって、何とか大人達に認められようと無茶をする事例は、珍しくありません」


「それで、なんでカーリシ鉱山なのだ?」


「それも説明しました! もうしません!

 とにかく、ここで待ちながら特訓すれば良いのです!」

 

 しきるのって大変なんだ、とルーガは思った。

 チャオ様も苦労してるんだ、とルーガは思った。

 今度から従順で素直な部下になろう、とは思わなかった。

 早く帰ってチャオ様にワガママ言いたい、と思っていた。



 

 ルーガと向き合うようにボイとモクタクが、枕サイズの岩に腰掛けていた。


「良いですか。世界中には何らかの力が漂っています。

 これを魔源まげんと言います」


「はいなのだ! そんなの見た事ないのだ!」


「そうでしょうね。

 えっと、見えなくても私たちの周りには酸素とかの空気がありますよね?」


「うむ」


「それと同じように、何かが漂っているのです。

 証明する手立てはないのですが、上位魔法使いは、その力の存在を感じると言います。

 だから、あるのだろうと言われています」


「俺は何となく分かるッス」


「そう。あるのはなんとなく分かるけど、現在の人間には観測する術はないのです。

 ほら、さっきの酸素だってそうでしょ?

 呼吸を止めれば苦しいのは分かっても、酸素の存在を確認出来たのは人類誕生から随分後です。

 私達ですら、学校や親や本や友達から習うまでは、酸素の存在なんて意識もしなかったはずです」


「全然、分からないのだ!」


「えぇ。そうでしょうね。

 知ってました。 

 でも続けます。魔源を体内に取り入れるのが、尻尾です。

 そして、見えない触れない感じられない魔源を具現化するのが魔法です。

 この際、効率よく変化する能力、あるいは大量に魔源を吸収する能力、あるいは一度に大量に変換する能力、まぁ良く分からないんですけど、つまり上手に出力する能力を内在魔力と言います」


「もっと、分からなくなったのだ!」


「えぇ、えぇ。そうでしょうね。

 でも続けます。

 尻尾を出す感覚や魔法を使う感覚を呼吸の様に例える人は多いですが、私もそうです。

 だから、内在魔力は先ほどの三つの要素全てが絡んでいると、私は考えます。

 呼吸もそうですよね? 一度に空気を大量に吸い込む能力と空気から必要な成分を身体に吸収する能力と一度に空気を吐き出す能力。

 他にも色々ありますが、とにかくこれら全てが必要です」


「分からないのだ! ルーガの話は謎なのだ!」


「そうですね。ちょっと脱線しました。

 今のだけは私も悪いです。

 それでは続けましょう。

 私が言いたいのは、呼吸能力にも生まれ付き決められた個人差があると同時に、訓練可能な能力です。

 だから、と言うのは変な話なんですけど、呼吸と内在魔力は感覚的に似ているってだけですからね。

 って、また脱線した。

 とにかく、内在魔力は鍛えられると私は考えます。

 更に四級合格程度ならば、生まれ持った才能に関係なく到達可能な範囲だとも考えています。

 でも、内在魔力の事を良く分からないので、鍛え方は確立してません」


「俺はひたすら練習したッス」


「そうですね。それが一般的です」


「ファイアーボールを沢山撃てば良いのだな!」


「つまりはそうなんですけど、私は反復によって何らかの器官が鍛えられるとは思ってないんですよ。

 こう、何度も反復する事でコツをつかむみたいな感覚です。

 だから、先に知識があった方が良いと思ったんですけど、全然分かってくれませんでしたね!」


「怒ってるのだ?」


「ちょっとイラついてます。

 でも、良いや……。まずは、お手並み拝見としましょうか」

 

ルーガは立ち上がり何かを探し始めた。

 モクタクもボイも何を探しているのか知らないけど、一緒にキョロキョロしてみた。


「あれが良さそうですね。あの岩に向かってファイアーボールを撃ってみてください」


 ルーガが指差した先には、成人男性二人が並んで立っているような高さと幅の岩があった。


「うむ!」


 モクタクは呪文の詠唱を始める。

 ルーガとボイには緊張が走る。

 

 詠唱の終わりに差し掛かると、モクタクは無意識に決め顔を作り、手の平を岩に向けて叫んだ。


「ファイアーボール!」


 モクタクの手の平から出現した拳大の火の玉が岩目掛けて一直線に飛ぶ。

 

 大きさと速度、そしてぶれない軌道に何の問題はない。

 と一瞬のうちに分析したルーガは意識的にまばたきを抑え、火の玉の行方を見守った。


 ボイは特に何も考えずに、火の玉の行方を見守った。


 火の玉は岩に衝突した瞬間、乾いた爆発音と視界を奪う閃光を生み出す。


「おぉぉ!」と四級試験にも合格出来ないレベルのファイアーボールだと事前に知っていたボイとルーガは予想以上に派手な見た目に驚いた。


 しかし次第に視界が回復した二人が見た物は、傷一つない岩だった。


「おぉぉ?」


 ルーガは岩に近づき、触ってみる。熱くない。


「不思議ですね。一般的に見た目と威力は比例するものですが……」


 やはり白い尻尾のモクタクの魔法は普通じゃなかった。

 その事にルーガはこっそり喜んだ。


「思ってたより全然威力ないッスね。

 これは、鉄案山子を破壊出来るレベルまで上がるのに一年ぐらいかかりそうッス……」

 

 ボイは残念がるチャオの顔を想像して一瞬落ち込むも、


「いや! 特訓で駄目なら、猛特訓ッス!

  俺も気合入れるから、モクタクも一生で今回が一番頑張った思い出になるぐらい、必死になるッス!」


「う……、うむ……」


「なに弱気になってるッスか!」


「違うのだ。これはまだ私の本気ではないのだ」


「なにテスト後の学生みたいな事言ってるッスか!」


「本当なのだ!」


「ボイ君熱くなりすぎです。序盤から飛ばすと息切れしますよ~。

 モクタクも出し惜しみしないで下さい。

 私だって、暇はない……訳じゃないけど暇はのんびりしたいんですから」


「分かったのだ!」


 モクタクは再び呪文の詠唱を始める。

 見守る二人を包む空気も再び張り詰めた。

 

 しかし、モクタクは呪文を途中でやめてしまった。

 最後の『魔法名』を唱えなかった。

 

 ルーガとボイは顔を見つめる。

 モクタクに何も言わなかったのは、彼が呪文の詠唱を再度始めたからだ。

 

 それが四回続いた。

 

 四回目の中断でモクタクは呪文の詠唱をやり直す事すらしなかった。

 自分の手の平を見つめ首をかしげていた。


「ちょっとちょっと、真面目にやってくださいよ。

 今日は調子が悪いってやつですか?」


「いや、違うのだ。

 実は成功したのは一回だけで、その時の感覚を思い出そうとしていたのだ。

 でも、良く考えたらあの時何も考えてなかったのだ」


「えっと、実は魔法を発動出来たり出来なかったりってレベル何ッスか?」


「なるほど……。やっぱり特殊な色ではなく、まだ着色されてないだけなんですかね……」


 ボイはモクタクの不甲斐なさに、ルーガは白い尻尾はやっぱりただの『晩成タイプ』なのかと、落ち込んだ。


 モクタクはそんな二人に笑いかける。


「悩んでも仕方がないのだ。

 これこそ、反復で感覚を身につけるべきなのだ!」

 

 モクタクは二本の指を岩に向け、叫んだ。


「ファイアーボール!」

 

 指先からは、先ほどと同じような火の玉が出現した。

 大きさもスピードも軌道も同じ。

 だけど、二つある。二本の指から二つの火の玉が出現していた。

 

 ルーガとボイは声も出せない。

 

 直ぐに火の玉は岩とぶつかり、爆発音と閃光。

 ボイは目をふさぐ。

 ルーガも目をふさぐ。

 岩の近くに居たルーガは、確かに熱を感じた。

 飛び散る小石が服にぶつかるのも感じた。

 

 目を開け、視界が回復するまでボイは黙っていた。

 ルーガが何も言わないので、白い尻尾のように、驚くような事ではないのかもしれないと思ったのだ。

 ちらりとルーガの表情を確認しようとするも、ルーガは岩を見ていたのでどんな表情か分からなかった。


 ルーガは火の玉と同じ大きさで二センチ程削れた岩を撫でた。

 岩は熱かった。

 そして、突然両手を高く上げ、


「なんじゃ、そりゃ~!」


 と叫んだその顔は、笑っていた。


「何なんですか? 今の? 無詠唱? っていうか、何で二つあったんですか?」


「し、知らないのだ」


 モクタクは何を驚いているのか分からなかった。

 自分の『魔法チャージ』と『同時発動』が普通じゃない事を知らなかった。

 

 何もしていないが、今日の特訓は中止となった。




 坑道入り口を見渡せる管理小屋に移動し、モクタクの分かりにくい話を、ルーガは根気良く聞き取った。


 モクタクは殆ど無知と言って良い程、魔法について知らない。

 最近まで、特に強く魔法使いなろうとも思っていなかった。

 子供の時のトラウマや白い尻尾を気にしているのかと思えば、普段は友達と冒険者ギルドの仕事をしていると言う。

 表面的には、昔を引きずっている様子はない。

 つまりこの男は全ての知識がなく何も頑張っていない。

 

 モクタクは魔法をチャージ出来るのは普通だと思っていた。

 それは、魔法研究所の部屋に閉じ込められている自分を助けに来た十歳のチャオ様が、チャージしていたからだ。

 即時発動が基本原則の魔法だが、一つだけチャージ出来る魔法がある。

 四本の火の矢を右手にチャージし、詠唱後も発動まで五分の猶予が与えられる、ファイアーアローと言う火の魔法がある。

 魔法研究所の職員達を傷付けるつもりなく、それでもモクタクを逃がすため脅す目的だったとしたならば、チャオ様が十ある火の魔法の中でファイアーアローを選んだのは、ごく普通の判断だろう。

 これは別に腹黒くない。

 ただ、私の記憶ではそんな記録は残されてない。

 私の記憶では『少年が有力者の親族だと判明する』の一文で片付けられていた。

 この時からチャオ様は腹黒だった。

 全く、チャオ様も悪だなぁ。

 同時発動については、つい先日偶然出来たらしい。

 それが異常だとは、考えもしなかったとの事だ。 


「と、こんな所ですかね~」


 ルーガは走らせていたペンを休め、対面に座っているモクタクを見た。


「そうなのだ。チャオもオヤジ殿も意外と黒い所があるのだ!」


「あ、それはどうでも良い所です。

 あと、このレポートは国家機密レベルのレポートなので、勝手に覗き見しないで下さい」


「そうッスよ! モクタクは間違ってるッス! チャオさんは純真可憐ッス!」


「だから、それはどうでも良いです。

 ボイ君は女性に幻想を持たないで下さい。

 と言うか、よそ見しないで、ちゃんと入り口を見張ってて下さい」


 ルーガはレポートを読み返しながら呟く。


「う~ん。不思議ですね。興味深いです」


「私は……、異常なのだな!」


 モクタクは嬉しそうな笑顔で言った。

 だけど、目には少しだけ涙が溜まっていた。


「えぇ。そうなりますね。

 でも、異常、は止めましょうか。特別、なんですよ」


 ルーガはレポートの『異常』を修正する。

 そして、書き加えた。トラウマはまだある、と。


「今の研究所の所長はチャオなのだな?」


「えぇ、そうですよ」


「それならば、私は喜んで協力するのだ! どんな研究も耐えてみせるのだ!」


「まぁ、私としても助かります。色々試して欲しい事もありますし……」


「ルーガ! 何言ってるッスか! 俺、事情は良く分からないけど、友達は守るッス!」


「良く分からないのなら黙っててください。

 まぁ、私もモクタクがどんな辛い経験をしたのかは分からないですけど……。

 その辺の詳しい資料が不自然に残されてない事から、あんまり良くない経験だったのは想像付きます」


 ルーガはメガネを外し、レンズが邪魔しない世界でモクタクを見つめた。


「でも、チャオ様を信用してください。

 酷いことはしません。させません。

 そもそも協力を強制もしないでしょう。

 隠蔽が得意なチャオ様なら、今回の事も隠してしまうかもしれません」


「そうッスよ! 俺もさせないッス!」


「ボイ君には何も出来ませんよ。

 私にもね。

 ただ、気持ちは同じです。

 だから……、安心して」


「うむ! 分かったのだ!」


 ルーガはまだ質問したかったが、今日はここまでにしようと思った。

 モクタクを気遣ったのもあるが、実践してもらう方が早いと判断した。

 モクタクに説明するのも疲れるが、説明させるのも疲れる作業だった。

 

 この時すでに時刻は二十三時だった。

 

 時間も時間なので、今日は寝ることになった。

 夜間にキリングが来ることも考えられたので、三人は交代で入り口を見張る事にした。

 



 翌朝、卵焼きに塩で下味をつけたルーガに、ボイが卵焼き甘くあるべきだと主張した事から、小さな口論戦争が勃発するも、モクタクの仲裁により料理対決が始まり、審査員が「どっちも美味しいのだ!」と言った事でボイもルーガも呆れてしまって問題は解決した。

 

 それでも特訓開始が午後になってしまった。


「モクタクといると、時間がずれこんで駄目ですね」


「人にせいにしては駄目なのだ! 

 でも友達には似たようなことを言われるのだ」


「まぁ、良いです。早速なんですけど……」


 ルーガはモクタクが何発の魔法をチャージ出来るか試してもらった。

 モクタクは四発までと言っていたが、それはファイアーアロ―のチャージ数であり、五溌目は試したこともない。


「具合が悪くなったり辛くなったら即座に中止してくださいね」


「分かったのだ!」


 結果は、五発だった。

 また、モクタクが説明しなかった新事実、チャージするたびに指先が淡く光る事を発見した。


 次に、同時発動についても試してもらった。

 五本の指を対象に向け叫んでも、同時に発動するのは二発だった。


「それにしても、不思議ッスね。

 見た感じ明らかに二発分で二倍以上の威力になってるッス」


「そうですね。う~ん、モクタクの特徴なのかな。

 魔法の性質なのかな。

 早く戻って試したいのに……、どうしてボイ君は土属性じゃないんですか?」


「そんなの、知らないッスよ!」


 ともあれ、最終的にはひたすらファイアーボール(単発)を反復練習してもらう事になった。

 ここの環境で試せることは、もうないとルーガは考えたからだ。

 

 その後夜まで練習しても、モクタクのファイアーボール(単発)は上達しなかった。

 



 少年二人の寝息を聞きながら、窓辺に座ったルーガは外を見つめていた。 単調な見張りの仕事も、今回は暇ではなかった。

 白い尻尾について、モクタクについて考えていた。

 チャージ五溌、同時発動が二発までなのは、モクタクの現時点での能力的限界なのか、白い尻尾に課せられた制約なのか。

 白い尻尾で何故ファイアーボールが使えるのか。

 あれは後に赤くなってしまうのか。

 そもそも、チャージや同時発動はモクタクしか出来ないのか。

 誰も見つけられなかっただけで、実は誰でも出来るのかもしれない。また、二発ではなく二人の魔法が完璧にシンクロしても、やはり威力は何倍にも膨れ上がるのだろうか。

 何より今までの常識を覆すこれらの現象は、何を試せば良いのか、どう手をつけて良いのか分からなかった、新魔法開発に役立てそうだ。

 色々な憶測を考え、その実験方法を考え、どうレポートにまとめようかを考えていると、ただ一箇所を見つめ続ける見張りをしていても、時間は瞬く間に過ぎていった。

 

 モクタクと見張りを交代する五分前、三時五十五分。

 日の出まではまだ時間はあっても、太陽はその存在をかすかに知らせ、光が少しだけ闇を照らしていた。

 

 ルーガは入り口へ向かって山道を歩く、二つの影を見つけた。

 

 慌てて小屋の明かりを消す。

 

 影は大きなリュックと形状からして寝袋と推測される袋を背負った大人と、小さなリュックと寝袋らしき袋を背負った子供だった。

 

 ルーガは息を潜め、影の動向を見つめる。


「ん~……。おはようなのだ」


 モクタクとルーガはここ数日の付き合いだが、それでもその程度の仲で遅刻を繰り返す事を知っていた。そのくせに、タイミングが悪い時に限ってモクタクは時間通りに目を覚ました。


 騒がれると面倒なので、ルーガは「おはようございます」とだけ答え、異変は知らせなかった。


 大人の方の影が坑道入り口で立ち止り、周りを警戒した。

 小屋も見つけたらしく、こちらを見つめてくる。

 ルーガは慌てて隠れた。ルーガが振り返ると、起きたはずのモクタクはベッドの上で上半身を起こしたまま、眠っていた。

 が、それは好都合だった。騒いで欲しくない。

 

 ルーガはポケットから手鏡を取り出し、外の様子を伺う。

 小さな鏡で見たい場所を探すのは、思ったより手間取った。

 でも、鏡が坑道入り口を捉えた時、影は無事坑道に入っていった。


「ふ~……」とルーガは緊張を吐き出すように息を吐いた。

 ここまでは順調に事が運んだ事で少し気が抜けた。


 しかし直ぐに気を引き締め、モクタクとボイを起こした。


「ん~、なんなのだ? ウルサイのだ」、「そうッスよ~……。まだ、外は暗いような明るいような時間じゃないッスか?」


「分かりませんか?

 私がこんな時間に起こす理由なんて、一つしかないですよ。

 キリングさんらしき人影が、坑道に入っていきました」

 

 ボイとモクタクは眠たそうな顔を見合わせ、興奮した顔に変えながらルーガを見たかと思えば、叫びながら小屋を出て行った。


 一人残されたルーガは窓を見つめながら、独り言。


「何も考えてないですね。

 多分、作戦の事も忘れてますよね。

 あんなに説明したのに……。

 知ってたから、別に良いですけど……」


 しかし『別に良い』訳じゃない事に気がつき、慌てて窓を開けて叫んだ。


「怪しい人も一緒でしたから、気をつけてくださ~い!」




「あれがカーリシ鉱山か~。なんだかんだで、楽勝だったじゃん」


  キリングは坑道の入り口を見つけ、そこを指差しながらポンランを見る。


「何言ってるにゃ。

 ここからが本番にゃ。坑道とか洞窟には、無機質系動物が住んでる事が多いにゃ」

 

 ポンランが難しい顔をしていたので、キリングも難しい顔を作った。


「そうだな」

 そして気がついた。

 その無機質系動物も全てポンランが撃退するだろう。

 思えば、ここにだってポンラン無しでは辿り着けなかった。

 キリング自身は、無力なままだ。

 ポンランが緊張していた本当の理由を知ったのは、坑道の入り口の前でだった。

 

 ポンランは急に立ち止り、坑道に入ろうとはしなかった。

 辺りを見回し始める。


「どうしたんだよ? 入らないのか?」


 キリングがポンランを見れば、ポンランは山道の先を見ていた。

 そこには小屋があった。


「見られてるにゃ」


「あの小屋に人がいるのか?」


「んにゃ。

 鉱山に用がある人があの小屋に泊まっていて、偶然早起きして、偶然外を見ていて、意味はなく私達を見ているかもしれなかったにゃ。

 だから、ちょっと確かめてみたにゃ」


「それで?」


「私が小屋を見ると隠れたにゃ」


「何でだよ?」


「さぁ。ベアクーマさんが差し向けた追っ手かもしれないし、冒険者を狙う山賊かもしれないにゃ」


「どっちも嫌だな」


「山賊だったら、楽にゃけど……」


 その言葉で、山賊に怯えていたキリングは、ポンランの方が恐ろしい存在なのだと思った。


「殺すなよ……。難しい話は分からないけど、法律に任せろよな。

 俺、そういうの見たくないし……。

 それに、多分、殺しちゃったらポンランも何かの罪になるんじゃないのか?」


「そんなの分かってるにゃ。キリングは私をどう思ってるにゃ?」


「犯罪者メイド」


「にゃにゃにゃ、にゃんですと!

 今回はキリングのために、罪を犯したにゃ!」


「それは悪いと思ってるよ。

 でもさ、無許可で動物狩ったり、明らかに調理師資格がなくちゃ調理してはいけない食材を料理したり、うっかり昨日まで気付けないぐらい自然にやってたじゃん。

 スッゲー犯罪慣れしてるよね」


「悩んでいても仕方ないにゃ。さぁ、行くにゃ!」


「無視するなよ……」


 坑道を少し進み、最初の分かれ道に差し掛かった時、ポンランは振り返る。


「やっぱり、山賊かにゃ。

 小屋から叫び声を上げながら、二人近づいてくるにゃ」

 

 キリングも入り口を見てみるが、ここからだと小屋は見えなかった。

 キリングには、入り口は光の丸にしか見えなかった。

 外の景色なんか見えなかった。もちろん、叫び声も聞こえない。


「え? なんで、そんな事分かるの?」


「気配にゃ」


 こんのデタラメメイドめ、とキリングは思ったがそれ所じゃなかった。


「どうすれば良い? 道も二つに分かれてるし、とりあえず逃げるか?」


「いんや、迎え撃つにゃ。

 キリングは、そこの角で隠れてれば良いにゃ」


「ゴメン……。任せる」


 キリングは何も出来ない悔しさを今は胸にしまい、隠れた。


「無茶するなよ~」


 顔だけを突き出し、ポンランに言った。

 ポンランはナイフを握っている右手を高く突き上げた。

 楽勝、と言う意味だろう。

 でもキリングはポンランより山賊が心配だった。

 

 五分後、キリングの耳にも男の叫び声が聞こえてきた。

 入り口から二人の男が走って向かってくるのが見えた。

 男達はポンランの三メートル手前ぐらいで立ち止まる。

 二人とも尻尾が生えていた。

 寝巻き姿は、山賊っぽいラフさも演出しているようでもあるけれど、どっちかといえば、なんだか間抜けでもあった。


「お前達は何者にゃ!」


「お前こそ何者なのだ! 子供はどこなのだ!? 子供はどうしたのだ!?」


「……、あの子に何の用があるにゃ?」


「え? あれ? ポンランさんッスか?

 あ、そうか。優秀な部下って、ポンランさんだったッスね」


「私がポンランだったら、どうするにゃ?」


「どうでも良いのだ! 子供をこちらに渡すのだ!」


「いや、違うッスよ。

 あ、そうか。モクタクは知らないッスね。

 これも一応機密だから……。

 えっと、でも今は良いッスよね?

 この人は、キリングさん家のメイドさんッス」


 男達は、こちらの事情にやたらと詳しかった。

 それもそのはずだった。


「だから、言ったじゃないですか。

 ちゃんと制服に着替えないと、不審者に思われるって説明しましたよね?」

 

 メガネの女が、入り口からこちらに歩いてくる。

 彼女は、王立魔法研究所の制服を着ていた。

 つまり、彼らは山賊ではないらしいのだ。

 ベアクーマの差し向けた追っ手らしい。

 キリングは観念して、姿を見せるべきか迷っていた。


「なんで、研究所の奴らが来るにゃ?

 おかしい話にゃ。

 下手な芝居や変装するなにゃ!

 牢屋行き土産に教えてやるにゃ。

 騎士団と研究所は、実は仲が悪いにゃ!!」


「そ、そうだったのだ? 知らなかったのだ……」


「いや、モクタクは黙っててください。

 結構、本気で。

 話がややこしくなります。

 えっと、不器用なベアクーマさんを見かねて、チャオ様が捜索隊を派遣したんです。

 ここに来る可能性はあるとは思ってましたけど、正直な所自信もなかったので騎士団の方には連絡してません。

 あ、いや、流石にしているのかな。

 私が知る限りでは、してませんと訂正します」


「だから、下手な芝居はやめるにゃ!

 こう見ても、私も昔は有名だったにゃよ。

 王国軍には精通してるつもりにゃ。

 ドラゴンハンターのポンランとは、私のことにゃ!」


「それ、さっき俺が言ったッス……。

 本当に怪しい者じゃないッスよ!」

 

 キリングには何がどうなっているのか、良く分からなくなっていた。

 多分、ここで会話している全員がそうなのだろう、とキリングは思った。

 少なくとも、先制攻撃を仕掛けずに問答を続けているポンランは、彼らが山賊か研究所の人間か、迷っているのだろうと思った。


 そう思ったのは、キリングの勘違いだったのかもしれない。


「もう……、面倒にゃ」


 ポンランは敵を目の前に、全身の力を抜いていた。

 背中は猫背で、視線は天井で、手はだらしなくぶら下がっていた。

 だけど、空気が変わった。

 初めて実戦を見るキリングにも、ポンランの殺気は伝わってきた。

 ポンランはヤル気だ。


「ちょっと、待った~!!」


 研究所の制服を着ている女が叫んだ。

 キリングは降伏するのかと思った。ポンランもそうだったのだろう。


「なんにゃ?」


 殺気は残したままだけど、攻撃せずに質問した。


「プランBにします」


 女は答えた。


「え? にゃ」


 とポンランは聞き返した。


「え?」


 男二人も聞き返していた。


「良いから!! ボイ君はポンランさんに。モクタクはボイ君に!」


 男達は一度顔を見合わせ、首をかしげた。

 だけど、緑色の尻尾の男が、呪文の詠唱を始める。


「舐めるにゃ!」


 ポンランが叫んだかと思えば、すでに緑尻尾の男との距離をほぼゼロにしていた。

 後ろから手刀で首筋を狙ったらしく、緑尻尾の男の背後にいた。

 だけど空振っていた。

 ポンランが叫んだせいだろうか、緑尻尾の男は反応出来たらしく、しゃがみこんでいた。

 

 一撃を避けても意味がないと、キリングは思った。

 

 緑尻尾はすぐに気絶させられると、思っていた。


「ファイアーボール!」


 白尻尾の男が叫ぶ。

 キリングは驚いて、視線をポンランたちから白尻尾男へ移動する。

 有り得ないことだった。

 キリングはおろか、ポンランにも聞こえないように、呪文の詠唱をしていた。

 なんて事すらない程に、戦闘開始から時間は経ってない。

 まだ、二秒も経ってないはずだった。

 しかし、白尻尾の男からは、確かに魔法が発動してた。


「ファイアーボール! ファイアーボール! ファイアーボール!!」


 更に、白尻尾の男は魔法を発動する。

 間違いなかった。詠唱なく、魔法を発動していた。


「にゃ……に~!」


 ポンランは驚きのあまりほんの少し身動き出来なかった。

 だけど、白尻尾の男の魔法、火の玉四つは避ける事が出来た。


 キリングが見ることが出来たのは、そこまでだった。


 避けた火の玉は、壁にぶつかると、視界を容易に奪う閃光を発した。

 それが、四つ。

 薄暗いはずの坑道は、白しかない世界に包まれた。

 

 にゃ~、とポンランの叫び声が聞こえる。

 キリングは近くに落ちていた石を掴んだ。

 ポンランの援護をするつもりだったが、まだ視界は回復していない。

 

 視界が回復するより先に、激しい地響きが聞こえてきた。

 

 数秒で地響きが収まると、ポンランの叫び声は消えていた。

 

 三秒後、やっと見えるようになった世界でも、ポンランはいなかった。

 

 あったはずの道を、突然現れた岩の壁が塞いでいた。

 

 壁の前では、二人の男が座り込んでいた。

 いや、塞がれていると思った道も、少しだけ左端に隙間があるみたいで、自らの細さを主張するように女が小さい隙間から現れた。


「この魔法は、自信あるんですよね~。これ、幅五メートルです。知ってます? ポーロの壁と同じ厚さなんですよ。硬さもお城と同等なんじゃないかなと自負してます」

 

「す、凄いのだ!」


「いえいえ。今回はモクタク無しには、成功しませんでした」


「ルーガ! プランBってどういう事ッスか! ポンランさんは悪者じゃないッス」


「良いんですよ。お話しする時間が欲しかっただけですから……」


 女とキリングの目があった。

 キリングは慌てて隠れるが、


「そこにいますよね? 出てきてくれませんか? キリングさん」


 場所も名前もばれていた。

 キリングは岩壁に潰されたポンランの仇を討ちたかった。

 だけど、絶対の信頼を置いていたポンランを倒した一味だと思うと、怖くて動けなかった。

 涙だけが動いていた。


「駄目か~。ではそのまま、お話だけでも聞いて下さい。

 あなた達親子がどういった関係を築いているのか分かりません。

 ぶっちゃけ、興味ないです。

 私、ベアクーマさん苦手だし。

 でもね、ベアクーマさんは仕事を放棄して、汗だくになって、あなたを探してますよ。

 人が入れる訳ない机の引き出しも一つ一つ入念にチェックするぐらいに動揺してます。

 ここだけの話、あの人は素でそういう人なんじゃないかって気もしますけどね」

 

 キリングは「黙れ!」と言う事も出来なかった。

 仮にこの連中が本物の研究所の人間だろうと、ベアクーマの指示で来たのだろうと、ベアクーマが自分を心配している話が本当だったしても、ポンランを殺した奴らを許せるはずもなかった。

 それでも、何も言えないぐらいに怖かった。


「あ、そうそう。ライフ金属を堀りに来たんですよね? 私達もなんですよ

 だから、旅を中断させるなんて真似もしませんよ。

 流石に、まだ放浪されると言われると困るんですけどね。

 ね? 一緒に掘って、一緒に帰りましょう?」


「黙れよ!」


 キリングはやっと怒りを声に出せた。

 鼻水をすする音にも負けそうな小さな声で、かすれてるし震えてるし、どうしようもなくカッコ悪い声だったけれど、それでも声に出せた。


「あれ? 嫌われちゃったみたいですね。

 警戒しているのかな。

 でも、大丈夫ですよ。

 私達はあなたに危害を与えられません。

 ベアクーマさんの子供だからとかじゃなくてですね、多分もう少しで証明出来ると思うんですけど……」

 

 その時だった。

 女の話を遮るように、ズドンという重い音と共に小さな地震が起きた。


 違う。地震じゃない。

 

 そう思ったキリングは、そっと岩壁を見てみる。

 

 予想通りに岩壁には小さなヒビが一筋できていた。

 

 自然と身体が動く。


「ポンラン……」


 キリングは立ち上がり歩き始めた。

 全身を敵に晒しながら、岩壁に近づいていく。


 ズドン、ズドン、ズドン。三回の重い音と小さい地震。

 広がる壁のヒビ。

 

 敵たちはキリングに気がついてない様子だった。

 岩壁を見つめ、つまりはキリングに背中を見せながら、後ずさりしていた。


「中にいるのは、本当に人なのだ?」

「ルーガ。怒ってる気がするッスけど、これも予定通りッスか?」

「いえ、私が解除する予定でした。怒ったポンランさんは問答無用で、無詠唱魔法を使ったように見えるモクタクと、一番近くくのボイ君を気絶させるだろうから、その隙に降参する予定だったんです」

「良く分からないのだ。つまり人なのだな?」

「えぇ、つまりそういう事で良いと思います」


 四回、五回、六回目とズドンでパラパラと岩が崩れ始め、七回目のズドンで岩壁は破壊された。

 細かくなった岩が埃のように舞い散る中、キリングは丁度人一人が通れる大きさの穴を見つけた。

 そこには薄っすらと人影も見えた。


「ポンラン!」


 キリングは走り出す。ハッキリと見えない人影に飛びつき、腰の辺りにしがみついた。


「あ、君! そっちは危ないのだ!」

「大丈夫ッスよ。危ないのは、多分俺らッス……」

「降参します。降参です!」


 キリングの後ろで敵たちは何かを言っていた。

 キリングはそれに反応する事はなかった。


「なんだよ。お前! 無事なら無事って言えよ!

 俺……、俺……、もう会えないかと思ったじゃんかよ!」


 無事で良かった。

 と本当に伝えたい事は素直に言えずに、それどころか次第に高まる感情は言葉すら奪い、キリングは泣き叫んだ。

 そんなキリングの頭に手を乗せ、


「馬鹿な子だね~。私がやられる訳ないじゃないか」


 そう言った人物の声は、口調は違えど確かにポンランの声だった。


「さて……。あんたら、命拾いしたね。

 この子が邪魔しなければ、乱暴に痛むように気絶させるつもりだったんだよ」


 ポンランが敵を脅すと、


「猫! 猫なのだ!」


 敵の一人は怯えた様子なく、騒いだ。

 他の二人は怯えた様子で「降参ッス!」、「降参しますって!」と騒いだ。

分かってるよ。思い出したさ。

 時々、新聞の写真でチャオ様と一緒に写ってる。

 隅っこに顔半分だけ写ってたりするねぇ……。

 あんたら、チャオ様の秘書だろ?」


「そう言ったじゃないですか!」

「いや、ルーガ。それは言ってないッス」

「二人とも、 猫なのだ!」


 キリングは敵が敵じゃなかったことに安心しつつ、ポンランには言わなくちゃいけないことがあった。

 涙と鼻水をポンランの服にこすりつけ、顔を上げながら、


「思い出したのに、気絶させるつもりだったのかよ!」


「分からないかい? ムカついたのさ。

 子供には、まだ早い話かもしれないね」

 

 分からね~よ、と思ってもキリングは言えなかった。

「本当に猫……、だな。初めて見たよ」


 ポンランは岩壁を壊すためだろうか、羽を出していた。

 しかし、ポンランの変身はそれだけじゃなかった。

 顔を多い尽くす毛が生えていて、色は茶色で綺麗な縦縞模様だった。

 大きな目は宝石のように神秘的に輝く緑色、その中にある縦長の瞳孔は野生的だった。


「そうだろうねぇ。意図して隠してたんさ。あんまり見せたくないんだよ」


「そっか。でも俺は嫌いじゃないよ。綺麗だ」


「ありがとう。でも私は嫌いなんだよ。

 偏見がどうのとかよりも、抑えがきかないんだ。

 さっきも怒りに任せて、あいつらを気絶させようと思ってたしね。

 理性が本能に負けるんだろうねぇ」

 

 ポンランは自嘲気味に笑った。

 そして、まるでその姿が恥じであるかのように、直ぐに額にリングを当て、念じ、元に戻った。


「俺はポンランが好きだぞ……」


 ポンランが寂しそうにしていたように、キリングには思えた。

 先ほど腰にしがみついて泣いたのが自分の喪失感の余韻がもたらす寂しさを紛らわせるためだったとしたならば、今度は自分がポンランを安心させたかった。

 ギュッと力強く、腰にしがみついた。


「ありがとうにゃ!」


 ポンランも先ほどと同じように、キリングの頭を撫でた。


「へ、変身したのだ!」


「えっと、さっきキリングさんには説明したんですけど、ポンランさんにも説明しないと駄目ですよね。

 私達と一緒にライフ金属を掘って、寄り道せずに帰りましょう!」


「説明を省きすぎッスよ!」


「二人とも大変なのだ! 猫が変身したのだ!!」


「モクタクウルサイ! ボイ君。説明してやりなさい」


「え? なんで俺ッスか?」


「モクタクに説明する苦労は、知っておいた方が良いです。なんか、私ばかり苦労してると悔しいですし」

 

 こちらを無視するように騒ぐ元敵たちの声を聞きながら、ポンランとキリングも身内話。


「賑やかな連中にゃね。

 お兄さん、お姉さんなんだから、キリングの前では手本になるように心がけて欲しいにゃ」


「お前だけは、それ言うな」


 もう完全に、二人は警戒を解いてた。


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