第一章:盗賊と王女
「ロディ。金目の物はあったか?」
そういったのは盗賊団『ホワイト=クロス』の頭、シュラ=アンデスト。短い銀髪に赤い瞳が印象的な二十歳ほどの青年だ。
「兄貴ー。ありましたよ、金目の物!」というのは『ホワイト=クロス』の前の頭に拾われた孤児ロディである。後ろに束ねた緑色の髪とそばかすが印象的な十歳ほどの少年。
二人はアスディア国の城で盗みを働いていた。今日は祭りの日で誰も居ない……と予想しての強行だったのだが……
「貴方たちは誰っ!」という女の声。
二人が声のする方をみるとそこにいたのは美しい金髪を翻す女。その頭には小さめな王冠がのっている。
「まさか……王女様かい?」とシュラは恐る恐る聞いてみた。
「えぇ! 私がこのアスディア国王女のクリスチーヌ=メフィスよ!」と叫ぶ。
シュラはため息をついた。
クリスチーヌ王女の噂といえば『悪』と感じればところかまわず魔法を仕掛け相手を捕らえようとする、何とも凶暴……ではなく正義感溢れた王女だというのだ。
「さぁ、 盗みを犯す不届きな輩よ! 私の怒りの炎によって灰になるがいい!」
シュラの翳す手にはすでに魔法攻撃の紋章が現れている。
「しかたないな」
シュラはそう一言呟くと風のようにその体を動かし、クリスチーヌ王女の腹に拳を一発叩き込んだ。
「うっ」とクリスチーヌ王女は呻くとシュラの腕の中に倒れこんだ。
「さて、ロディ。毛布探して来い。さすがに王女をそこら辺でゴロンと寝かせておくのはまずいしな」
「わかりました!」とロディはすぐさま走り出す。
シュラはとりあえずひざの上にクリスチーヌ王女を寝かせる。
「まったく……黙ってりゃかなりの美人なのによ」とシュラは独り言のように呟く。
その時、鉄格子の隙間から風が吹き込み、クリスチーヌ王女の髪の毛をフワリと揺らす。
刹那、シュラの目が見開く。
「兄貴ー、毛布ありました!」とロディの声。
「……ロディ。城の本館の方に行って歴代アスディア王族の者達の書物……取って来い」
心なしかシュラの声が暗くなっている。
「わ、わかりました」
ロディは毛布をクリスチーヌ王女にかけるとすぐさま部屋をあとにする。
「馬鹿な……アスディア歴代の王族の血筋の者の首には……赤の紋章があるはずなのに……」
シュラの指がクリスチーヌ王女の首筋をなぞる。
今まで静かだった空間にどこか遠くから雷鳴が聞こえる。
シュラは頭を巡らせ、過去の……幼いころの記憶にさかのぼる。
駆け回った山の中。俺の鼓動と森の木と土の匂い。そして……妹のさわり心地のよい金髪。
振り向いた妹の目はまるで森の草木のように澄んだ緑色で……。
パッチリと開いた目。その澄んだ緑色の瞳が緑の森を鮮やかに映す。
その刹那、それと同化したような緑色の髪の毛が頬にかかる。
「兄貴! 王女様、目ぇ覚ましましたよ!」とそれはロディの声。
「そうか」
私はその声のする方を見た。
銀髪の美しい青年。さっき攻撃を仕掛けようとしたときは気付かなかった繊細な顔立ちに男とは思えない白い肌。
「ここは……」
「すまない。俺たちの隠れ家へ連れてきた」と本当にその声はとても美しく……。
「……かまいません。それも運命です。それで……貴方たちは盗賊?」
「あぁ。俺が盗賊団『ホワイト=クロス』の頭。シュラ=アンデストだ」
シュラは微笑を見せる。
「おいらはロディ! よろしく!」とロディは人懐っこそうな笑顔。
「あー、私はリサ=ナディアって言うんだ。よろしく」と手を差し出し二人は握手をした。
リサは短くウェーブのかかった鮮やかな青色の髪の毛・瞳の二十歳ほどの女。
他の団員もにこやかに挨拶をする。
「さぁて……しばらくはこの森に居てもらう事になるぞ。じゃあロディ、食料を獲りに行くぞ」とシュラは言うと、すぐさま森の奥に姿を消した。
「ちょっ……何で……?」とクリスチーヌ王女は刹那に動くシュラを目で追おうとするが無理だった。
「ごめんよ。うちの頭、アスディア城から帰ってきてからいつもと様子が違うんだ。少しの間だけでもいてくれないかい? もし危険になったら私がちゃんと城まで送り届けてやる。悪いようにはしないからさっ」
リサはすまなそうに言った。
『悪いようにはしないから』というリサの言葉は何となくスッと信用する事が出来た。
「……しばらくなら、かまわないわ」
「よかったぁっ! 実はねっ、この盗賊団で女ってクリスチーヌ姫様を除いて三人しか居なくて寂しかったんだよねぇ。乙女の心をわからない汗臭い男共にかこまれてさぁ」とその言葉に周りの男達は「うるせー」と笑顔で返してくる。
「あとさ、クリスって呼んでいい?」
「えっ?」とクリスチーヌ王女は驚く。
「あっ、やっぱりダメかなぁ?」とリサは首をかしげる。
「ち、違うの!」
クリスチーヌ王女はブンブンと音が鳴りそうなほど首を振った。そして嬉しそうに
「私……王族って立場だから家族以外からは愛称で呼ばれたことってなくて……とてもうれしいのっ……」とその目には薄っすらと涙がうかんでいる。
「あーよしよし、泣くんじゃないよ……クリス! その代わり私のことも呼び捨てで呼ぶんだよ!」とリサの手がクリスの肩に手をまわし、笑顔で軽く頭を叩く。それは傍から見たらとても仲良しな親友同士の行動に見えた。
「うん! リサッ……」とクリスチーヌ王女、いやクリスの口からは嬉しそうな声が飛び出す。
「兄貴。そーいえば城から取ってきた『歴代アスディア王族の血筋』っていう本には何が書いていたんですか?」とロディは獲物を狩りながらシュラに聞いてみる。
「ん……? 何でもない、何でもないんだよ」
シュラは口を重そうにする。
「そうですか、兄貴がそういうんならホントに何も書いてなかったんでしょうね」
ロディはシュラの顔に一瞬表れた苦痛を感じ取り、それ以上は何も言わず、ただただ獲物狩りに集中しているのであった。
「リサー、獲物獲ってきたから調理してくれ」
シュラの手から人数分ほどの肉を袋ごと投げた。それを軽く受け取るとすぐさま調理に取り掛かろうとする。
「リサ、手伝おうか?」とクリスは首をかしげる。
「……料理やったことあるかい?」と一応聞いてみるリサ。
「えぇ! 昔作ったとき皆『おいしい』って言っていたわよ」とクリスは微笑む。
「じゃあ手伝っておくれ!」とリサは手を差し伸べた。
調理場から異様な匂いがした。
「うっ……。何だ? この残飯のような悪夢のような地の果てから漂ってくる腐敗のような匂いはっ……?」
シュラは鼻をつまみながら、他の団員に聞いた。
皆はとりあえず首を振る。
「皆さん! 完成しましたぁっ!」とクリスの威勢の良い声。もう王女という職業は忘れ皆に溶け込んでいる。
その手に握られる鍋の中にはおどろおどろしい、人では作れなさそうな物体……液体が蠢いている。
「もしもし、王女様? その原材料名は何でございましょうか?」とシュラの声は震えている。
「お肉と野菜と塩コショウなどの調味料だけですわっ!」と可愛らしく微笑む。
「ロディ。ちょっとそっちを頼む」とシュラは言うとすぐさま調理場の方へ入った。
「リサ。何故あぁなる前に止めなかった?」
「いや……止めようとしたんだけど『大丈夫! これで最高の味よ!』って言って止める暇もなく調理しちまったんだよ」とどこかリサの顔も青ざめている。
するとその瞬間どこからか木々を破壊するような不吉な音が聞こえてきた。
「おいおい……魔物か?」
「ボソボソ言ってないでさっさと行くよ!」
リサの姿が一瞬にして消えるのであった。