結
昼ごろ不動像を持ってきた田所住職は、上総と弥月に加え数頭の大きな犬に出迎えられ仰天したようだった。
そして社の鏡と像を取り替え、供養のため読経した。
桜子の墓前に手を合わせた後、上総は夜中にあった事件を話した。原因は母ではなく、曾祖母にあるということも。
住職は唸り、深く一礼した。
「これは申し訳ないことをした。……考えてみれば、母御の守りとして社があるのだからな…それに思い至らず、弥月さんには怖い思いをさせてしまった」
再び深く謝罪する僧に、弥月は大丈夫だと笑った。
「…しかし、その池之宮の屋敷というのは……」
「いえ、父が言うには第二次大戦のどさくさで今では誰の所有かわからなくなっているそうです。墓の方もその大戦で破壊されてしまったようで、今では場所もわからないそうです」
上総の言葉に、住職はやれやれ、と溜息をついた。
「では、あなたの曾祖母の念だけが残っていたということですな……。とはいえ、この屋敷に住んでいたわけでもあるまいに、どうして今ごろ…? ここに、何かゆかりのものがありますまいか?」
これには上総もお手上げだった。何しろ父は、母を死に追いやった曾祖母を毛嫌いしていた。縁のものなど家に入れようとも思うまい。
その傍らで首を捻っていた弥月は、あ、と声をあげた。
「関係があるかどうかわかりませんが、このまえ掃除していたら天袋から出てきたものがあります。ちょっと取ってきます」
駆け出していく弥月に、黒いシェパードが一頭ついて行く。
離れに戻り、天袋から古い西陣織に包まれたものを取り出した。
それを持って現れた弥月に、シェパードは「ウウ」と唸りを発した。
「……サリー、これ嫌いなの…? やっぱり、これが原因なのかな…」
弥月はシェパードに呟き、急いで上総と住職のもとへ行った。
彼女からそれを渡された途端、住職の太い眉毛がピクリと動いた。
「中は……?」
「見てません。…なにか細いものみたいですけど。さっき、サリーが嫌そうに唸ったから間違いないと思うんですけど……」
弥月と、その彼女にぴったり身体をつけている犬を見つめ、住職は頷き、そっとそれを広げた。
「簪か……」
鼈甲に牡丹の彫刻を施した、若い娘がするにはいくぶん重すぎる印象を受ける。
「これが、原因でしょうな……。念が纏わりついておる。すぐ清めたほうがよろしいが、寺へ持ち帰ってもよろしいですかな? できればご一緒に供養していただきたいが」
「はい」
田所住職の言葉に二人は頷いた。
※
後日、曾祖母の世話をしていた女性と連絡がつき、話をしてくれた。
「桜子様は奥様がお亡くなりになったときお見えになりまして……。ええ、ご主人には内緒だと仰っておりました。それで、せっかくですから形見わけのお品をお渡しいたしました」
彼女は最後にこう言った。
「ご気分でひどく取り乱されたりなさいましたが、本当はお優しいところもおありで、仕える私たちには目をかけてくださったのです。旦那様の目を盗んで、閉じ込められていたお蔵からよく外にお連れしましたよ――」
あれを境に、続いていた原因不明の熱はすっかり引いたが、数日間は強制的に母屋で寝食させられ、上総は上機嫌であれこれと弥月の世話をやいた。
そろそろ離れに戻ると言った彼女に不満げな表情を見せたが、たかだか2、30メートルほどしか離れていないのに、なぜに御機嫌ナナメになるのだろうか。不思議だ。
『あの子のそばにいてやって下さる?』
『だって、あの離れは天原の嫁になる娘のものですもの』
弥月は数日ぶりの離れの前で、がっくりと肩を落とした。
できれば、聞かなかったことにしたい。
尾を振って出迎えてくれたシェパードたちに「やあ」と声をかけ、その傍らにしゃがみこんだ。
「…あれは、やはり約束したことになるんだろうか……」
正しく約束したとは言えない。だが、言質をとられたことは確かだ。
死人に口なしとは言うが、彼女は思うのだ。
「耳はあんだよ、耳は。―――いや、問題はそこじゃない……」
気付いてしまったのだ。
自分の中で離れがたい思いが大きくなっていたことに。
「はああぁ……」
まるで「あきらめろ」といわんばかりに頬をペロリと舐められた。
弥月の大きな溜息が届いたのかどうか……。
林の奥で池の水面がキラキラと輝きを増した。
了
ホラーっぽくを挑戦してみたのですが、果たしてどうなのか…。
楽しんでいただけたら幸いです。




