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土を選ぶ悪役令嬢  作者: 南蛇井
第一章 秋

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9/12

第9話:最初の失敗

秋の光は柔らかく、

王立リュミエール高等学院の菜園は穏やかに見えた。


だが、その一角だけが違った。


「……枯れています」


セレスティーヌの声は、珍しく迷いを帯びていた。


実験区画。

混植を試みた一帯。


葉が垂れ、色が抜け、茎が細く頼りない。


クロエが息を呑む。


「水は足りていましたわよね?」


「規定量です」


王子アルフォンスが即答する。


リシャールは記録帳を確認する。


「虫害なし。日照も十分」


完璧だったはずの管理。


それでも、枯れる。


沈黙が落ちる。


「回復魔法を使いましょうか」


誰かが言った。


小規模な植物活性魔法。

授業でも習う初歩の術式。


セレスティーヌが杖を握る。


「光合成促進の補助なら――」


「待ちなさい」


低く、落ち着いた声が響いた。


振り向くと、そこに立っていたのは学院の老庭師、エドモンだった。


彼はゆっくりと区画に入り、枯れかけた苗を指で支える。


「触るな、とは言わん」


だが視線は鋭い。


「助けすぎるな」


王子が問う。


「なぜだ」


庭師は土を崩し、根元を見せる。


「根が浅い」


細く、短い。


「上だけを育てても意味はない」


セレスティーヌの杖が、ゆっくりと下がる。


「ですが、枯れてしまいます」


「枯れるものもある」


庭師は淡々と言う。


「弱いまま育つ方が強い」


言葉は静かだった。


だが重い。


レディアナが問いかける。


「見捨てるのとは違いますわね」


「違う」


エドモンは頷く。


「支える。だが代わりに生きてやらない」


王子はしばらく苗を見つめた。


王族として育った彼は、失敗を許されなかった。


常に補助が入り、常に整えられ、常に最適化されてきた。


枯れそうになれば、誰かが先回りして守る。


「……それでは根が伸びぬか」


庭師は小さく笑う。


「やっと分かったか」


数日後。


魔法は使われなかった。


代わりに、水量をわずかに調整し、土を軽く耕し、日陰を作る。


最低限の支え。


過度な補強はしない。


枯れた苗もあった。


だが、生き残った苗は、確かに違った。


茎は太く、葉は濃く、根は深く。


セレスティーヌが土を掘り、息を呑む。


「……伸びています」


王子は静かに頷く。


「自力で」


クロエがぽつりと呟く。


「失敗、だったのですわよね」


リシャールが答える。


「最初のな」


生徒会室。


議題は簡潔だった。


実験区画 一部枯死

魔法回復 見送り

経過観察


リシャールはペンを止める。


「制度も同じかもしれない」


誰もすぐには答えない。


彼は続ける。


「問題が起きるたびに強制力で修正すれば、表面は整う。だが内部は育たない」


王子が言う。


「弱さを残す?」


「許容する」


レディアナが静かに補足する。


「未完成のまま進む勇気ですわ」


沈黙。


だが、否定はない。


夕暮れ。


枯れた苗は抜かれ、土に戻された。


残った苗は風に揺れている。


庭師エドモンは遠くから眺め、ぽつりと呟く。


「やっと畑らしくなった」


完璧ではない。


失敗もある。


虫も来る。


枯れもする。


それでも、根は伸びる。


王子はじょうろを置き、区画を見渡す。


「守るとは、何だろうな」


レディアナが答える。


「倒れたら起こす。でも歩くのは本人」


セレスティーヌが小さく笑う。


「植物ですけれど」


「同じですわ」


夜。


記録帳に、新しい一文が加えられる。


失敗は管理不能ではない。

成長過程の一部である。


断罪なら、失敗は排除対象だった。


だが菜園では違う。


失敗は土に還り、養分になる。


全員が学んだ。


王子は“守りすぎ”を。

セレスティーヌは“魔法の限界”を。

リシャールは“制度の過干渉”を。

令嬢たちは“完璧でなくてよいこと”を。


そして菜園は、静かに強くなる。


弱いまま、強くなる。


物語もまた、同じように。

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