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土を選ぶ悪役令嬢  作者: 南蛇井
第一章 秋

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8/13

第8話:連作障害と制度疲労

秋の気配がわずかに混じる頃、

王立リュミエール高等学院の菜園は順調に見えた。


芽は伸び、花は咲き、虫害も抑えられている。


だが――


「少し、生育が鈍いですね」


セレスティーヌが首を傾げる。


王子アルフォンスは土を指で崩す。


湿り気はある。

日照も問題ない。


「水量は変えていない」


「虫も減っています」


レディアナが静かに言う。


それでも、伸びが弱い。


そこへ現れたのは、農学担当の教師、グランヴィルであった。


白髭を撫でながら、彼は区画を一瞥する。


「同じ作物を、同じ場所で育て続けましたな」


リシャールが即座に答える。


「効率が良いと判断しました」


「効率、か」


教師はしゃがみ、土をすくう。


「連作障害です」


翌日の講義。


黒板に大きく書かれた文字。


連作障害


グランヴィルは淡々と説明する。


「同じ作物を同じ土壌で続けると、特定の養分が枯渇し、病害も蓄積する。結果、収量は落ちる」


令嬢たちが真剣にメモを取る。


王子も腕を組んで聞いている。


「ではどうすれば良いか」


教師はチョークを走らせる。


輪作

休耕

土壌改良


「作物を変える。土を休ませる。構造を見直す」


教室が静まる。


そこで彼は、少しだけ声色を変えた。


「――これは、畑に限った話ではありません」


視線が生徒たちをゆっくり巡る。


「同じ物語を、同じ構図で続ければ、土は痩せる」


ざわめき。


誰もが、何を指しているのか理解していた。


断罪。

糾弾。

悪役と被害者。


繰り返される筋書き。


「最初は肥沃です。劇的で、刺激的で、成果も出る。しかし繰り返せば、やがて養分は尽きる」


リシャールの指先が、わずかに動く。


教師は黒板に最後の一行を書く。


制度にも、輪作が必要である。


講義後。


生徒会室。


沈黙。


リシャールは書類を見つめている。


かつての断罪進行案。

そして現在の菜園管理規約。


「……制度疲労」


彼は小さく呟いた。


王子が視線を向ける。


「何だ」


「同じ形式を繰り返せば、やがて効果は薄れる。正義もまた、消耗する」


レディアナは穏やかに言う。


「土は悪くありません。ただ、使い方が固定されるだけですわ」


「固定は秩序だ」


「ええ。でも、過剰な固定は停滞です」


静かな応酬。


リシャールは立ち上がり、窓の外の菜園を見る。


確かに、最初の勢いはない。


整いすぎている。


規則は完璧だ。


当番表も、濃度表も、間隔も。


だが――


「変化がない」


彼は呟く。


王子が言う。


「作物を替えるか」


「それだけではない」


リシャールはゆっくり振り返る。


「制度も替える」


数日後。


掲示板に新たな通達が貼られた。


第一菜園区画:来月より豆類へ変更

第二区画:一時休耕

実験区画:自由作付可


令嬢たちがざわめく。


「自由?」


「好きに植えてよろしいの?」


セレスティーヌの目が輝く。


「混植、試せます」


クロエが小声で言う。


「花だけの区画も、ありかしら」


王子は静かに頷く。


「許可する」


リシャールは書類に判を押す。


規則は維持する。

だが固定しない。


夕暮れ。


教師グランヴィルが中庭を通りかかる。


新しい苗。

空いた区画。

自由実験区。


彼は満足げに微笑む。


「ようやく、土が呼吸を始めた」


生徒会室。


リシャールは机に向かい、古い断罪案をもう一度開く。


読み返す。


完璧な構成。

合理的な流れ。

正義の演出。


だが今は、どこか単調に見えた。


「……痩せているな」


彼は静かに閉じる。


代わりに、新しい議題を書き込む。


制度の輪作案

・役職任期の見直し

・公開討論形式の導入

・休止期間の設定


王子が問う。


「必要か」


「必要だ」


リシャールははっきりと言う。


「同じ正義を続ければ、やがてそれ自体が害になる」


レディアナが柔らかく笑う。


「では、土を信じましょう」


「土は裏切らない」


「使い方が誤らなければ」


沈黙。


だが重くはない。


夜。


中庭の区画は静かだ。


一部は休み、

一部は植え替えられ、

一部は自由に混ざり合っている。


物語も同じだった。


断罪一色の畑は、もうない。


代わりに、多様な芽が顔を出す。


制度は固定ではない。


循環するものだ。


土を休ませ、

作物を替え、

構図を変える。


そうして初めて、肥沃さは戻る。


比喩は、もはや隠されていない。


畑は制度であり、

制度は物語であり、

物語は――土である。


そして生徒会長は、ようやく理解し始めていた。


守るべきは形式ではない。


肥沃さなのだ。

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