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土を選ぶ悪役令嬢  作者: 南蛇井
第一章 秋

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第7話:水やり当番は王族

夜明け前の中庭は、まだ青い。


王立リュミエール高等学院の鐘が鳴るより早く、ひとりの影が動いていた。


アルフォンス王子である。


王族用の外套ではない。

動きやすい簡素な上着。

手には、じょうろ。


彼は静かに区画の前で立ち止まる。


「本日、第一菜園区画。水やり当番」


誰に聞かせるでもなく、淡々と確認する。


水は朝に。

葉ではなく根元へ。

土が跳ねぬよう低い位置から。


規則は、すでに頭に入っている。


一定量、一定速度、一定順路。


王族として叩き込まれた“日課の遂行”は、驚くほど園芸と相性が良かった。


「……本当に来ている」


校舎の廊下から覗いたマルグリットが、小声で呟く。


隣でリシャールが腕を組む。


「彼は任務を放棄しない」


「水やりは任務ですか?」


「今はな」


王子は区画を一周し、記録帳に簡潔に書き込む。


湿度良好。

ミント過密。要調整。


無駄がない。


無理もない。


そして、なぜか似合う。


数日後。


水やり当番表が正式に掲示された。


月:第一区画(王子)

火:第二区画(生徒会)

水:令嬢区画(輪番制)


誰も異議を唱えない。


むしろ、朝の中庭は静かな見学スポットになりつつあった。


王子がしゃがみ、水を注ぐ。


ただそれだけの光景。


だが不思議と、見ている者の心が整う。


「規則は、守られると美しいのですね」


セレスティーヌがぽつりと漏らす。


レディアナは微笑む。


「ええ。強制ではなく、自発ならば」


その頃、別の区画では小さな問題が発生していた。


「……葉が食われています」


エルマーが冷静に指摘する。


小さな穴。

規則正しく並ぶ食痕。


レディアナはしゃがみ込む。


「虫、ですわね」


「排除しますか」


「いいえ」


彼女は静かに首を振る。


「共存の方法を探しましょう」


その言葉に、近くにいたセレスティーヌが目を上げる。


「方法、ですか」


「ええ。殺さず、遠ざける」


彼女の瞳がわずかに輝く。


「……研究してみます」


数日後。


セレスティーヌは瓶を並べていた。


乾燥ハーブ。

酢。

石鹸水。

そして、謎の配合メモ。


「仮説一。ラベンダーは抑制効果がある可能性」


「仮説二。希釈濃度を誤ると葉が枯れる」


真剣である。


クロエが恐る恐る尋ねる。


「それ、危険ではありませんの?」


「実験済みです。三株犠牲」


「犠牲」


言葉が重い。


だが成果は出ていた。


数日後、虫害は明らかに減少した。


王子は記録帳に追記する。


虫害減少。

セレスティーヌ配合液、有効。


彼はページを閉じ、静かに言った。


「これは制度化できる」


リシャールが即座に反応する。


「使用基準を作る」


「濃度表も必要ですわ」


レディアナが補足する。


気づけば、生徒会の議題は完全に変わっていた。


・水やり時間帯の最適化

・虫除け配合比率

・区画拡張案


断罪の文書は、棚の奥で静かに眠っている。


誰も触れない。


触れる理由がない。


ある朝。


王子は水を注ぎながら、ふと呟いた。


「……落ち着くな」


レディアナが隣に立つ。


「規則が、命を育てるからでしょう」


「命を管理しているわけではない」


「ええ。支えているのです」


彼は少し考え、


「その違いは、大きいな」


と答えた。


水は土に染み込み、やがて根に届く。


見えない場所で、確かに作用する。


物語もまた、静かに根を張っていた。


かつて中心だったはずの断罪は、

今や背景にすらならない。


人々の関心は、芽吹きと湿度と、虫除けの配合に向いている。


主軸は移った。


争いから育成へ。

裁きから観察へ。

強制から選択へ。


朝日が差し込む。


王族が水をやり、令嬢が濃度を測り、生徒会が規則を書く。


誰も宣言しない。


だが確かに――


物語は、完全に別の場所で進み始めていた。

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